荒野からやってきました ~死の支配者と荒野の旅人~   作:マガミ

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料理を美味しそうに描写するのって、本当に難しい


幕間 食堂の厳つい面々と平和な食事

 エ・ランテルでの「死の螺旋」騒動が終わった頃、盗賊の討伐が終わり、一時閉店しているカワサキの「食堂」内で、行儀良く寛いでいる面々がいる。クレマンティーヌ、ニグン、そしてザ・ファイブズとブレイン達である。

 

「お互い仲良くとまでは言わないが、店の護衛の為だ、行儀良く適切に距離を取って待っていてくれ。一斉に居なくならない限りは外出も自由だ」

 

 細かい所までは伝えていないが、王国国内の主だった盗賊の討伐を終えてくれた褒美だという。使い倒され気味であった、ザ・ファイブズの面々は安堵のため息。

 

「小腹が空いた時用に保存の魔法をかけた鍋に豚汁、コーンポタージュスープ、カレー、あとは牛肉のぶつ切りステーキとライスを多めに用意した。酒は駄目だが、お茶は用意してある。明後日には戻るだろうから、全部食ってくれると助かる。食い方と片付け方はクレマンティーヌに聞いてくれ」

 

 そう言った後、カワサキは魔法ででかけていった。残された面子は暫くは沈黙したままだったが、クレマンティーヌとニグンが名乗りをあげ、それに答えるようにザ・ファイブズの面々、そしてブレインが続いた。

 

「ボス達は別格として、ガゼフとアダマンタイト級冒険者を除いたら、王国内の強者がほぼ全員じゃないか?」

「これでまあ、魔法詠唱者のボスには歯が立たないんだからなぁ」

 

 流石にまだ、食事の時間帯ではない。ザ・ファイブズの面々とその他で別れて、談笑とまでは行かない微妙な感じで会話が続いている。

 

「あんたも、他の面子も強いな?」

「ふふん、許しが出たら、模擬戦でもやろーか? ニグンちゃんはどう?」

「ちゃんではない。私は遠慮しておく。貴様らのような英雄の領域は、私には荷が勝ちすぎる」

「戦術眼は健在だねー。…ん? …あーそっか」

 

 クレマンティーヌは何かに気付いたように鼻をひくつかせて、顔を顰めた。

-

 ザ・ファイブズに居るアンデッド、デイバーノックは、先の褒美と渡された「人化の腕輪」なる魔法のアイテムを、虚ろな眼窩ながらうっとりと眺めている。

 

「あのさー、うち一応飲食店だから、さっさとそれ付けて匂いを抑えてくれない?」

「…む、そうか」

 

 クレマンティーヌの苦言に意外と素直に従ったデイバーノックに驚く他の面々。魔法発動時に時折吹く風が出て、その場所には地味なローブを纏った男が立っている。

 

「まだ墓地っぽい匂いがする…」

「クレマンティーヌ、お預かりしていた消臭と清潔の魔道具を」

「あ、そっか。ありがとねニグンちゃん」

「ちゃんじゃない」

 

 クレマンティーヌから乱暴に手渡されたそれを身につけると、微かに男から漂っていた墓地の匂いが消える。クレマンティーヌは食堂の魔道具を起動、食堂内に漂っている匂いを打ち消し、除菌消毒を済ませた。

 

「おお、このような魔道具もあるのだな。素晴らしい」

 

 フードを取り去るデイバーノック。アンデッド時のくぐもった声が変わり、人間のそれ…、意外な程、美形の中年男性の姿になった。声も渋い。

 

「びっくりした。幻影じゃないのよね?」

「存在を自覚して初めてだが、血と肉、皮があり、熱を身体から感じている。素晴らしい! ああ、素晴らしい!」

 

 ゼロ達は呆気にとられている。クレマンティーヌが手を叩いて注目を集めさせた。

 

「はいはい、そろそろご飯の時間だよ。ニグンちゃんは私と一緒に配膳の手伝い、他の面子はテーブル拭いて椅子とか用意ね。おうブレイン、あんたはお茶の用意しな」

「俺がお茶かよ。淹れ方なんか知らんぞ?」

「魔法のポットに入ってるからそのまま注げ。あとクレマンティーヌ、ちゃんではない」

 

 厳つい面々がガタガタと動いて食事の準備である。何処と無く楽しみにしている気配もあって、余計にシュールだった。

-

 預っている無限の背負い袋から、山と焼かれた牛肉のぶつ切りステーキを取り出す。保存されているので焼き立てである。棚からステーキ用と伝えられていたソースを二種類、テーブルの上に並べた。胡椒と塩のみで焼かれたステーキの匂いに、ほぼ全員が唾を飲み込む。

 

「これ、牛肉なのか?」

「そういやゼロは、ステーキとか好きだったよな。そだよ」

「早く食いたい…この匂いはやばい」

「よそうから配んなさい。あと摘み食い禁止だからね」

「あ、ああ。だがこの匂いは…反則だ。エド、はやく準備するぞ」

「はいはい、子供みたいにそわそわしないの」

 

 豚汁とコーンポタージュの蓋が開けられる。匂いが広がる。どちらにしようかと迷う所だが、半ば反則ながらクレマンティーヌとニグンは両方をそれぞれ器に盛り、それぞれ配る。

 ライスの釜が開く。甘い香りがほのかに立つ。食堂のライスの事を知る面々は、再びごくりと唾を飲み込んだ。

 

「さて、行き渡ったね? 肉は食い終わったら終わりだけど、汁物とライスはお代わり自由。あと肉は強い味付けしてないから、二種類のソースかこのミックススパイスか、あとは塩ね。質問は?」

「「「無い」」」

「宜しい。ではこの食事を恵んでくれた、至高神の方々に感謝を込めて、頂きます」

「「「頂きます」」」

 

 もう唾液とか決壊寸前の欠食児童というか成人共は、クレマンティーヌとニグンを除き、怒涛の勢いで食べ始めた。ニグンとエドストレームは噛み締めながら味わっているが、他の男性陣は高速で咀嚼してはライスや肉を頬張っている。勿体ないのですぐに飲み込まないのだが、それでもフォークを止められない。

 

「ああ、やはりあの方から頂く食事は、まさに神の晩餐…」

 

 ニグンは最近慣れてきた箸を使って、肉を噛み、ライスを食し、飲み込んでから豚汁を味わっている。

 行儀の悪さ一歩手前なのがザ・ファイブズの男性陣とブレインだ。牛肉と聞いていたのに、柔らかさと噛みごたえと、ソースの味わいによる美味さの爆発にフォークが止まらない。ライスを食う勢いも止まらない。

 

「むほー! このライス、肉と一緒に食べて噛むごとに甘みが! おほー!」

「その声で、むほー! とか おほー! とか聞きたく無かった…美味いけどな!」

「美味いのは確かだが、テンション上がりすぎだろ。美味いけどさ!」

 

 一番食べているのはゼロとデイバーノック。デイバーノックは涙すら流しているが食べるのは止まらない。他の面々も含め、最初に選んだソース以外の味付けを試しては、違う美味さに悶絶、ライスを何度もお代わりする。

 

「甘みを感じるスープなんて…。これ本当にモロコシからできてるの!?」

「このトンジル、具が沢山だ。野菜なんて嫌いだってのによぉ、うめぇ!」

 

 クレマンティーヌは他の面々の様子に苦笑しつつ、自分用に用意したダイコンオロシとポンズソースをかけ、いつもの美味しさに舌鼓を打つ。

 白い何かに黒いソースをかけて食しているのに興味を示したエドストレームが質問する。

 

「ね、ねえ、それってどんな味なの?」

「玄人向け? 酸味でさっぱりする感じだから…って、おまえら、目が輝き過ぎだろ!」

 

 気づけばほぼ全員がキラキラした目で、ダイコンオロシとポンズソースを要求。クレマンティーヌは「カワサキが私用にって作ってくれた奴なのに…」とぶつぶつ言いつつも提供する。

 

「私はこれ好きよ。美味しい」

「おお、俺のメインで食う感じじゃないが、肉はきちんと味わえるのに口がさっぱりして、また食いたくなる感じだな!」

「腐敗と似通う酸味を味付けに使うとは…料理とは奥深い。美味い」

 

 そして食事が終わる頃には、今回分の牛肉のぶつ切りステーキは終了。豚汁もコンポタージュも無くなった。聞いているストックは明日以降はカレーのみ。カレーが何か知らないクレマンティーヌ以外の面々はあからさまに落胆している。一応、繋ぎとしてトールから預っているカワサキ監修のTVディナーやらのワンプレート保存食があるが、今は黙っている事にした。

 

「動けねぇ…、今襲撃されたら、俺は吐く自信がある」

「おいばかやめろ」

「食べ過ぎた…。はは、エド、腹がで…うおっ! 吐きそうになるから拳はやめろ!」

「腹一杯、美味いものを食うって、幸せなんだな…」

 

 ブレインは、死を撒く剣団での食事を思い出し、戻る気も一切無いが、あの食生活には絶対もう戻りたく無いななどと腹を擦りながら脱力している。

 デイバーノックと言えば、初めての「腹が苦しい」という感覚に戸惑いながら、幸せそうに椅子にもたれている。

 

「腹が落ち着いたらお前ら、皿洗いだからなー」

 

 と釘を刺すクレマンティーヌも勢いに煽られたせいで、いつもより多めに食ってしまったのを反省。今動いたら少しやばい。あと、ここ最近は運動不足なので脇腹もやばい。元着ていた軽鎧と同じデザインの物がきついのもやばい。アケミやカワサキに指摘されたらやばい。というか泣く。

 

「後で、交代ですぐ近くの酒場に飲みに行かないか? こいつ連れて」

「あーうん、ちょっと厳しいかもな。もし手が足りなかったら、ボスにどやされる」

「…やめておこう。ボスに申し出て、後で酒盛りできるよう頼んで見るか」

 

 王国基準であからさまに過剰戦力が集まる食堂。八本指の混乱に中堅の犯罪組織がエ・ランテルで動きはじめようとするも、ほぼ事前に食堂に駐留する面々が強襲・制圧で、復興の都市は暫くの間、酔っぱらいが暴れる程度の治安の良さが続いた。

 

「仕事が終わって、こいつらと手合わせして、風呂入って食事の日々…控えめに言って最高」

「酒は飲んでも飲まれるな、至言だと思う。だがまた飲む」

「飲むなら風呂上がりだな!」

「あのさー、お前らいつまで居るんだ?」

「「「ボスの指示が来ないからな!」」」

 

 いつの間にか、当たり前のように給仕やら用心棒のマネごとをする元六腕とブレイン達にツッコミをするクレマンティーヌである。

 うっかりウルベルトや武人武御雷らギルメン達は彼らの事を忘れていた為、暫くの間、食堂やル・シファー商会の護衛でのんびり暮らす事になったのだった。




ニグンの「ちゃんじゃない」を「ちゃんではない」に修正(重要

・ちゃんではない!(尻上がり)
・ちゃんではない(フラットに早口)

中の人ボイスをイメージしてみて下さい(無茶

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