荒野からやってきました ~死の支配者と荒野の旅人~ 作:マガミ
死の騎士。この世界においては、上級以上の冒険者達や兵士が準備を整え、作戦を考え、運を味方にして、それでも誰かしらの犠牲の上でようやく撃破が成る、そんな強大なアンデッドだ。遭遇報告が多いのはカッツェ平原と呼ばれる場所で、運が悪いと遭遇する。
ユグドラシルにおいては、防御寄りのステータスとどんな強力な攻撃でも一度だけ防ぐ能力を持つ、敵にすると少し厄介で、盾役として味方に付ければ使い勝手の良いモンスターである。死霊系を修めるモモンガさんとしては、低コストも相まってポピュラーなものだった。
さて、そんな死の騎士が村を襲う兵士達を無力化しようと行動すれば、確かに誰一人、即死はしていないのだが、いっそ即死した方が幸せだったのではなかろうかという惨状が繰り広げられている。
弓矢。そもそも刺さりもしない。
剣。傷もつかない。
盾。上から腕ごと叩き潰される。
切りつけても剣ごと腕ごと砕き返され、盾で防御してもこれまた腕が砕かれる。逃げようとすれば、剣圧で砕かれた地面の破片が襲いかかり、脚や膝を痛めつける。
主な負傷は内骨折。死の騎士にしては絶妙な力加減である。砕かれた方はたまったものではないが。
生者への憎しみで動くアンデッドにあって、この世界で最高のネクロマンサーと言える死の支配者、モモンガさんに生み出された死の騎士。ステータス自体も職業レベルのアビリティ補正を受けて強力になっているが、それ以上に特筆すべき点は、明確な知性を持って行動している点だろう。
有象無象の対処。集団行動を取るのであれば、頭を抑えるのが効率的だ。
死の騎士は視線の先に、他の兵士を盾にしながら喚き散らす男を確認する。感じる力量は周囲の兵士以下、恐怖に歪んだ顔は知性の欠片も感じられない。だが、そんな情けない塵芥が指揮官だと直感で判断する。
怖気をふるう咆哮を放つと、兵士達がのけ反り、一部に至っては尻餅をつく。巨体に似合わぬ跳躍をすると指揮官だと目される男の目の前に立つ。地面の揺れに立っていられず、べしゃりと表現する感じで倒れる。
死の騎士を間近に見上げるこの男。名はベリュース。この部隊の指揮官ではあるが、箔付けの為の強引な隊長就任であり、能力的な意味でも部下の忠誠心の意味でも無能である。無能の働き者を地で行く彼は、原作とアニメなどを含め死ぬことは確定しているが、その死に方はバリエーションに富んでいて、ある意味、愛されているのかもしれない。
「おかねあげまじゅ、おええええ、おだじゅけー!」
ついでに漏らしている。死の騎士は躊躇無く腕を伸ばした。顎を砕けばいいかな? 程度の考えだ。
「そこまでだ! 他の兵士共よ、これ以上の抵抗はお勧めしない!」
低く、威厳のある声が響く。兵士達や村人達が見上げた先には、見たこともない豪奢なローブを纏い、精緻で綺羅びやかな杖を持ったアンデッドが浮かんでいる。
いつの間にか死の騎士は剣を納め、恭しく膝をついていた。
動ける兵士達は一人、また一人と剣を落とし、呆然とした表情でただただ空を仰ぐ。その隙にトールは、到着したお手伝いロボット、Mrハンディのエインズワースに命じて兵士達を縛り上げた。
一人と一体は、手足を砕かれ倒れている兵士達にスティムパックを次々とぶっ刺している。再生の痛みに悶絶して痙攣しているが、死なないよう治療しているだけでも温情だろう。
(あーすいません、治療薬を使わせちゃったようで)
(いいっすよ、まだユグドラシルのアイテム補充の算段ついてないでしょ。私は拠点で大量に生産してますし、ただぶっ殺すよりも何かしら使い道あるでしょうし。…まあ、腹は立ってますが)
(成程。指揮官っぽいのは情報収集に使えるかな?)
(この時期に、この鎧の連中が国内で襲撃するとかありえないんですよね、吐かせましょ)
裏で緩くも物騒な会話をする二人。村人の方へ向かっていたアルベドが、村人達の治療を終えて戻ってきた。モモンガさんは魔法を解いて地面に降り立つ。
「ご苦労。私が向かうよりも、魅力的な声のお前が優しく声をかければ、村人達も警戒を緩めてくれただろう?」
「え、ええ、至高の御方の慈悲、彼らも涙を流して感謝しておりました」
優しい声音の死の支配者に、鎧姿のアルベドは何かに撃ち抜かれたかのように一瞬だけ硬直した。
村人達はこのやりとりで、回復薬をてずから使ってくれた鎧姿の女性が、目の前の恐ろしくも威厳在るアンデッドの配下である事を認識した。
(すいません、何かの形でポーションの補填はします。速効性がスティムパックには無いもんで)
(使った所で二桁前半ですよ。収納ボックスを何十個も埋め尽くした低級ポーションで役立ったなら御の字ですってば)
「さて、この痴れ者共の処遇は如何いたしましょう?」
(兜を被ったままだと、声は綺麗なのに余計に迫力が増すなー)
(なんかこう、モモンガさん相手じゃないとすっげぇ怖いっすね)
「装備の整い具合から野盗の線はなさそうだが…」
「俺も同意見だ。この鎧の意匠はバハルス帝国の兵士のそれだ。だが、この時期にサボタージュ、後方攪乱をするには派手にすぎる」
初老の男性を手振りで招き寄せるトール。彼はこの村の村長だと名乗る。
「村長殿か。すまないな、人間の身としては恐ろしいだろうが、今だけは我慢してくれないか」
恐ろしげな容貌とは裏腹に、優しく理知的で威厳在る声音。村長は自身が若い頃、王都での式典で聞いたランポッサ王の演説を思い起こす。
「とんでもございません! 貴方様のお陰で、誰一人欠く事無く、怪我もあの鎧の方に治療して頂きました。高価で希少な回復薬ををいくつも頂き、何とお礼を言ったらいいか」
「構わない。あの程度は腐るほど所有している。
このトールが懇意にしている村と聞いてな、恩をついでに売ろうとしたまでさ」
「トールさん…いえ、トール様のお知り合いでしたか、どおりで。
所でその、貴方様のお名前をお聞かせいただけないでしょうか」
モモンガさんは、少し考える素振りをしてから威厳ある声で宣言する。
この世界に来て心細い中、早々にトールという知己を得たが、ナザリックを守ると決めたあの日、全てを背負うと誓った。これから名乗る名は、その現れだった。
「私は…、モモンガ・アインズ・ウール・ゴウン・ナザリック!
…親しみを込めてアインズと呼ぶがいい」
バサァっとローブを翻すモモンガ…いや、アインズさんがそこに居た。完全に魔王ロールである。
(モモンガ様…、いえ、アインズ様かっけぇ!!!!)
アルベドは、兜を被っていなければとても他所様には見せられないような顔になっている。モモンガがアインズと名乗ることに思う所はあるが、それ以上に忠誠と愛情を捧げる男の堂々とした姿に色々溢れ出てしまっている。
この女淫魔も、かの属性特盛吸血姫とどっこいである。下着の件を笑えない。
「まあ、私自身はとある地下墳墓に居を構える、しがないアンデッドだがね。拠点に訪れたトールが話のわかる男でな、友誼を結んだのだよ」
(ギルド名を背負う、か。大きな借りのある私が言うのも何ですが、誰かしら再会できるよう手伝いますよ)
(ふふ、ありがとうございます。実際の借りについてはこれからですし、そんなに気負わないで下さい)
モモンガ・アインズ・ウール・ゴウン・ナザリック
王国での命名規則によれば、王族と同じ5節の名前だ。村長としては伺ったことの無い家名だったが、目の前の理知的で威厳在るアンデッドは、どこかの国の王族か王家に繋がる身分であった人物なのだろうと考えた。
今は大人しくしている死の騎士。アレ程の強力なアンデッドを従える人物だけに、卓越した能力を持った高貴な血筋の方だったであろうと。古代の王であったのかもしれないと。
実際は勘違いなのだが。
村人達による兵士達の拘束と監視場所への連行が続く中、案内した村長宅で粗末な椅子で申し訳ないとお詫びしつつ、アインズさんに座って下さいと村長は促し、主題を切り出した。
「先程、対価をと仰られましたが、他の村からすれば十分豊かではありますが、実際の金銭などはあまりございません。
一部は物納の形でお支払いする事をお許し願えませんでしょうか」
「大丈夫だ、日々の厳しい貴方達から毟り取る積りはない。
私としては、既にトールには相談しているのだが、村を拠点として王国内を旅する為に、ここに居住していると言う仮の事実が必要なのだよ」
表情は変わらないので窺い知れないが、目の前の…奇妙な仮面を付けたアインズさんに、困惑した表情になる。
「そ、そんなもので宜しいのでしょうか。私どもの骨折りでは到底、返しきれるか怪しいのは重々承知しておりますが」
「構わない。さあ村長殿、荒らされてしまった畑や家の事もあるのだ、今は傷を癒やして疲れを取り、明日からの為に食事を取るといい」
私はアンデッド故に食べられないのは残念だがね、と愉快げに言う。
白磁のような骨の顔をわざわざ仮面で隠してくれた眼の前のアンデッドは、冗句も言う気さくな性格のようだ。
「失礼します! 村長、あの皆さんが戻って来られます! 先程、使い魔の伝令が!」
「なんと! 機会が良いのか悪いのか…」
村長は一瞬表情を喜色に染めたが、アインズさん達を見て複雑そうな面持ちに変わる。
(紹介したかったプレイヤーの面々が戻ってきたのか。モモンガさんはアンデッドの姿だし、事情を知らないと厄介な事になるって思ってるのかも)
(なんとまあ義理堅いって言うか。実際、彼らって大丈夫なんです? ちょっと不安)
(同行させてるアイボット経由で、拠点ごと転移してきた異形種の人が居るので紹介するって言ったら、メッセージで大丈夫大丈夫って言ってたんですが、大丈夫かな?)
(うぉい、ちょっとまてー!?)
「問題ありません。事前にアイボットでモモ…アインズさんの事は、異形種である事も含めて伝達済みですから」
「そうなのですか。いやはや、トールさん達の懐の深さに脱帽です」
(ほんっと大丈夫なんですよね!? こっちで出会ったプレイヤーと、いきなり全面戦争とか、勝てるって言ってもやですよ!?)
(やっぱ最高でも60LV程度だとお話にもならんかー。ま、例の条件も含めて強く言ってあります、新たな友人に失礼が無いようにって)
兵士の襲撃という穏やかでないイベントの後、またちょっと血生臭くなる状況はアインズさんにとっても願い下げであった。
トールとしては、もし彼らと敵対しても、アインズもアルベドも守勢に集中すれば容易く撤退は可能だろうと判断している。事前情報として知るユグドラシルでのLV差は、戦闘職ビルドで10も離れたら絶望的だ。
「誤解の無いよう、村長殿と共に私も出迎えよう。アルベド、構わないか?」
「はい、何があろうと御身の敵を殲滅・粉砕し、その尊いお体に一切の傷がつかぬようお守りいたします」
(…おーい、アルベドさん、殲滅前提になってますよー)
「ふ、大丈夫だ。トールよ、私の期待を裏切ってくれるなよ?」
「当然だ。我が矜持にかけてかような事が無いよう取り計らっている。気の良い奴等だ、きっとお互い気に入るさ」
(何かやらかしそうなら、今後一切、カレーとからあげとハンバーグの補給はしないって言ってありますから)
ハンバーグとは言ったが、トールの拠点で生産できるのはソールズベリーステーキである。
ソールズベリーステーキとハンバーグは、挽肉を使う整形肉という点で同様だが少し調理方法が異なる。
Fallout世界では贅沢な食料アイテムの一つで、この世界に来る直前まで同行していたFallout4の男性主人公の好物だ。
ただ別段、トールに名称の拘りは無い。自動でパッケージ生産される拠点のラインをいじり、途中工程に焼きを入れて、ライスと付け合せがセットになった日本人向けTVディナーに改造している。多分、どこかのライオン頭の発明王は激怒間違いなしである。
閑話休題。
(え、そんなんで言うこと聞いてくれるの彼ら?)
(人間、贅沢に慣れるとレベルを落としたくないものですよ、ふっふっふ)
食事が必要無くなってしまったアインズさんだが、リアルでも完全栄養食と銘打った味気のない合成食料で日々を過ごしていた。食事の重要性については、本人があまり美味しいものを食べられなかった事もあり、消滅した三大欲求の中でも重要性がいまいち理解できていない。
裏で短距離<伝言>を使ってやりとりする二人。目ざといアルベドは、まるで眼と眼で通じ合うように見える二人を見て、トールに対して嫉妬の炎を燃え上がらせる。兜は被ったままなので、その表情は露呈しないがトールの背筋に悪寒が走る。
「何か?」
「いや、何でも無い。…さて、出迎えるとしようかアインズさん、村長」
背中にチクチクささるアルベドの視線に押されるようにトールは歩き出した。
次回は、原作では戦士団とガゼフ、そして陽光聖典ですが、今作では先に、プレイヤーの集まった傭兵団が現れます。
モモンガさんあらため、アインズさんにサプラーイズ(謎
まあ、傭兵団の人達の正体は察しの良い人はすぐ気づくでしょう