荒野からやってきました ~死の支配者と荒野の旅人~ 作:マガミ
なんだかもうナザリックでのトールの定位置になりつつあるログハウス脇。コンロの上に鉄網と鉄板を置いて一人、早めの夕飯を用意していたトールの側に、カワサキが現れた。
「よっ。なんだよ、一人でバーベキューか?」
「おろ、カワサキさん。食材の調達?」
思ったよりも食う連中が増えて、夕方の追加注文に少し足りないと自ら取りに来たらしい。ログハウス内から一般メイドが出てきて、カワサキの分のリングオブ・アインズ・ウール・ゴウンを手渡す。
「ありがとな。
なんだよ水臭い、時間あるなら来たっていいんだぜ」
「これはまあ、個人的なドライエージングの実験さ。計画の発動前に仕込んでたのが、丁度いい塩梅になった」
「ドライエージング? そのカビた塊が?」
「あー、リアルだともう食材からして殺菌前提で、概念が殆ど無くなってるのか。戻る前に問題ない奴用意しとくから、戻る前に一口食べてくといいよ」
「おう、面白そうだ。また後でな」
そう言って転移していく。恐らくは、一般食堂の食料庫か、デミウルゴス牧場の食肉倉庫に行って量産系の肉を取りに行くのだろう。いつもなら食材はエ・ランテルの市場で調達するが、計画後の王国は食料の需要の高まりもあり、王国民から食材を奪うのもアレと、ナザリック産のものの内、大量に出せる物を暫く使うとの事である。
カワサキを見送ったトールの目の前、まな板の上に鎮座するのは表面は白くカビた木の塊のような物体である。
目の前にあるのは、都合1年前から個人的に進めている、熟成肉用の菌類を付着させての熟成肉作りによる試作品だ。調べていた熟成肉の製造条件を満たして各種の肉類を保管、その上で発生した有用な熟成作用を示した菌類のみを選抜、それらを用いての「枯らし熟成」である。カビたり腐った香りではなく、香ばしさが漂う。
「まずは牛肉と猪肉、鹿肉からだ…」
使う肉塊から表面を大振りの料理ナイフと道具でこそぎ落としていくと、中から赤い宝石のような色合いの熟成肉が現れる。香りも強くなり、ログハウスで仕事をしていた一般メイドの一人が、何事かと凝視している。
鉄板を確認。薄切りと塊焼きで行くと判断。戻ってくるであろうカワサキの分を切り分けておき、いざ焼きへ。
「~♪」
鼻歌で、ウェイストランドでも流れていた曲を歌う。少し調子外れながら、機嫌良さそうに金網で肉を焼いていく。時折胡椒と岩塩を振りながら、塊を先に表面を満遍なく、そして肉汁を閉じ込めたら鉄板の上でじっくりと焼き上げる。
その脇にある薄切り肉を金網の上で焼き、胡椒と岩塩を少しだけ振りかけると、焼き目が付くか付かないかながら火の通った肉を頬張る。
「うめぇ! 大成功! 量産いけるな!」
他の野生動物肉というかジビエも大成功だった。思わず頬が緩む。
エ・ランテルで仕入れた肉は特に良い物でもない肉だったが、都合数ヶ月の成果はここに成功で結実を迎えた。牛肉に至っては、生前ですら食べたことが数度のドライエージングビーフである。鼻を擽る香ばしさ、深い旨み、噛めば噛むほど味の深さを感じる。労働牛のそれを使ったとは思えない程の美味さであった。
横で見ていた一般メイドは、ごくりと唾を飲み込む。同僚の姿に何事かと現れたもう一人も、トールが嬉しそうに頬張る薄肉に視線が釘付けである。
「ん? ああ、少し試食してくれないか? 元がこの世界の悪い肉だったんだが、かなり化けた。アインズさん達に提供する前の、まあ毒味って事でさ」
猪肉、鹿肉、牛肉。焼き上がって胡椒と岩塩が振られる。
最初は躊躇した二人であったが、漂ってくる香りに抗えず、トールから差し出された皿とフォークを持ち、載せられた薄切り肉を見て都合何度目かの唾を飲み込んだ。
意を決して、揃って肉を頬張る。
「「!!!」」
言葉も出ない。労働牛の肉? 野生動物の肉? それがどうした! これは魔法の大釜から出てくる肉類に匹敵する美味さ! 鼻孔を突き抜け、口いっぱいに広がる幸せ! ああ、飲み込むのが勿体ない…!
そんな感じで「んー!」とか口を閉じたまま唸る二人の一般メイドの反応に、気分を良くするトール。
「さて、今度は塊の方だけど…」
「すまんトール、俺にも食わせてくれ!」
「ぬぉっ!?」
いきなり声をかけられてビビるトール。見れば、鉄板の上で火が通された肉をガン見するカワサキの姿がある。食材は調達し終えたようだが、なんだか物凄く真剣な目で肉を見ている。
「あー、カワサキさんの分は横に取り分けてあるけど…」
「今それを食いたい! 頼む!」
「お、おう…」
取り分けていた分をメイドや自分の分として別途焼き始めつつ、先に火が通り終えた塊を鉄板の上で切り分ける。火は十分通りつつも薄っすら赤い色の残る肉だ。先程の薄切り肉でも立ち上った旨味が空気に流れ込んだかのような香りが辺りを満たす。
大きさとしては一口サイズ。カワサキは皿の上に置かれたそれを、震える手で箸を使って口に放り込んだ。カッと目を見開いてプルプル震える。
「ど、どうだ?」
「美味い! なんだこれは!? これは熟成肉か!? こっちに来てから吊るしの肉で良い物があったが、これはそれの上位版!?」
成程、食材の見極めで既に初期の熟成肉は扱っていたらしい。ただ、衛生観念的にリアルでは殺菌されまくった肉類ばかりだったようで、こちらの世界に来て、偶然条件が合致して熟成が進んで旨味が増した肉を食材鑑定のスキルで見分けながら、そこに更に料理人の目で見て良いものを調達していたらしい。
トールはドライエージングのかつての一般的な手法について説明。書物で読んだ事があったカワサキは感心した。
「成程な、そんな条件があったのか。リアルじゃあとてもじゃないが無理だ。これを特別な客用に確保したいんだが…」
「いきなりだな。だがいいぞ、同じブロックで生産した分があるから、余程多量で無ければ言ってくれ」
尚、熟成に役立つと思われた菌類の内、拮抗状態で効果を発揮する株は邪魔者が居ないとフィーバーしてそちらは失敗。比較的ゆっくり活動する株のものが成功し、猪・鹿・牛・豚でそれぞれ1ブロック5頭分、全体で35ブロックの実験生産をした中で、今回出したものと同等品は25ブロック分である。いつもながら生産数がおかしい。
「くっ、もう一切れ食いたいが店に戻る! 熟成肉の件、まじで頼んだぜ!」
物凄く名残惜しそうである。転移門担当に追加雇用した傭兵モンスターが現れ、カワサキを送っていった。トールは嵐のように去っていったカワサキを見送り終えると、焼き上がった残りの肉をメイドに振る舞いつつ、本日の本命を取り出した。
「と、トール様、それは?」
「比較的、牛肉と熟成条件が近かったレイジング・ブルの熟成肉だ」
最近はデミウルゴスが責任者であるナザリックの牧場において育成、食肉として加工されてシモベも口にできるようになりつつあるが、本来は外部調達のみであった、至高なる御方々用の食材である。今食べた熟成肉と同等か、より美味い。
今ある熟成させたレイジング・ブルの肉は、モモンガさんの許可の下、デミウルゴスより提供を受けたレア度が平均グレードの肉だった。
「これ、食べたらどうなっちゃうんでしょう…」
「見て嗅いで、後は食うだけだ。未だ美味いかどうかもわからん。
ま、折角用意したんだからな。食べるだろ、二人共?」
コクコクと頷く一般メイド二人。来客も基本的に無いので問題ない筈である。尚、ログハウス内の仕事は常設であるイマジナリ・ニューが終えていて、簡易充電ケーブルで充電中である。
「さぁユグドラシルの食材よ、お前の本気を見せるがいい!」
なんだかカッコいい事言ってるようだが、肉を焼いて食うだけである。まあその肉が神々の晩餐に用いられるような代物な訳だが。
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さて、どうなったかというと、既に熟成前でやばかったレイジング・ブルの肉が超化けた。超進化とか限界突破とかそんなレベルで。焼いただけだと言うのに、まさに本気を見せられた感じである。
表面をこそぎ落として出てきたのは、宝石のような赤い肉だ。焼く前だというのに立ち上る香りに一般メイド達は唾液が止まらず、トールも香りにクラクラしながら、表面を満遍なく焼いて香りと肉汁が逃げないようにすると、食べる最適の状態を逃さないようじっくり火を通した。そして、切り分けられた肉を3人共震える手で皿を持ち、同時に頬張った。
爆発した。物理的にではなく、感覚的にはそうとしか表現できなかった。旨味が凝縮された肉、香ばしく焼かれ封じ込められていた肉汁が、咀嚼ごとに連鎖爆発である。なんだか3人共、透明なボクサーに殴られてるような異様な光景である。
咀嚼を終え、飲み込むと喉と胃から余韻がする。暫くは呆けた顔になっていたが、トールは頬を自分で張って立ち上がった。
「これは、やばい…」「大変です…ああ」「おいひふひふ…」
まるで酔ったかのような感覚、腰砕けに近い感じでまだ体が余韻に浸っている。胃からまだ残り香が上がり、もっと食べたいと体が訴えている。横を見れば、一般メイドがへたり込んでおり、吐息を漏らしては喉から立ち上る香りに追撃を受けている。
Pip-Boyを操作。SPECIALの状態変化を見れば、全体に+2割で強力なバフはかかっているものの、同時に動作ペナルティとランダムな行動阻害が発生中である。
「美味いが…、とてもじゃないけど表には出せないな。アインズさんとカワサキさんに相談するか」
ペナルティと行動阻害の効果は暫くすると収まった。メイド達も困惑した表情で立ち上がる。
外見を削いだ肉をそのままにはしておけないと追加で焼く。効果は重複しないが、美味さは先程のままだ。最初の衝撃に比べれば慣れはしたが、それでも美味さの爆発には耐えきれない訳で、再び3人共ふらふらになった。
トールは食後、魔道具を起動してデンジャラスな美味さの肉について、モモンガさんに連絡を取ったのだった。
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後にこのレイジング・ブルの熟成肉を使っての試食会が行われたのだが、暫くの間、食した全員が腰砕けになり大惨事である。おまけにその肉を使ったカワサキによる料理もあったため、食べ終わる頃には異形種であっても見てわかるほど恍惚とした面々が死屍累々と転がる不気味な光景が繰り広げられたそうな。
「ユグドラシル産の食材、標準でこれか…」
「料理系職業極めたカワサキさんが本気出したら、それだけで世界を手に入れられそうですよね…」
朗報としては、ペナルティ類が切れた後は感覚が鋭くなり、食した次の日までバフ効果は続き、様々な回復・再生効果が得られることが判明した。
「これ、また何かやっちゃいました?とか言う所かな…」
「これは流石に予想外ですし、皆も喜んでますから」
判明した理由は、アルベドとシャルティアが次の日に部屋から出てこれなかったためだ。
原因は、同じく回復効果の恩恵を受けたモモンガさんとペロロンチーノで、発覚したのは部屋の掃除に来た一般メイドがペストーニャを呼ぶ事態になった事でバレた。
どのような種族にも恩恵がある回復効果が常時高速発動だったせいで、いつもの数倍の回数やら規模やらで繰り広げられた結果、底無しだった筈の二人がそれぞれ、色々戻ってこれなくなっていたのである。
いくらなんでもやりすぎと、女性陣から反省を促された。
「感度上昇の挙げ句○ヘ顔とか対○忍かな?」
「冗談言ってる場合ですか…いや俺も自重しなかったのが悪いですけど」
「二人共、説教と正座時間伸ばすよ?」
「「はい! すいません!」」
その危険性から封印も検討されたが、ギルメン達の半数以上が反対した。合議の結果、食せるのは次の日が非番か休日に限定となる。
「あれの生産を止めるなんてとんでもねぇ!」
「カワサキさんどうどう…」
エ・ランテルでは流石に危ないと、事前の約束通り通常の熟成肉が卸されるようになり、高価な部類に入るにも関わらず肉好きが定期的に注文するようになった。
また、トールは牛系食用モンスター肉の熟成について、デミウルゴスに委託した。熟成条件に関する調査はトールが継続して請負い、試食会後の成功例を牧場の食肉部門で継続生産する手筈である。
「デミウルゴス、日々充実シテイルナ。私モ今度、竜王国遠征ニテオ役ニ立テルヨウ、精進セネバ」
「お仕えする方々の為に働ける事、お互い喜ぼう」