荒野からやってきました ~死の支配者と荒野の旅人~   作:マガミ

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今際の際の記憶 たっち・みーの話

 私の場合、ですか…。

 あの日はいつものように準備して、仕事に出ようとした矢先の出来事だったな。私の住むエリアで、フロアの支えを狙ったテロが起きた。

落ちてくる天井に建物が耐えきれず、そのまま押しつぶされたと思う。轟音を立てて、上階の人の悲鳴が響いて、最後の感触は、握った妻と娘の手から温もりが消えていく所で、同時に、自分の腹に開いた穴から血が流れていく感覚。

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 ああ、死ぬんだなと、ぼんやり思いながら目を閉じた。

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 目覚めた時、目の前にあったのは心配げな家族の顔だった。周囲を見て、外である事に気づいてマスクが無いことに慌てて、娘に教えられるまで一人騒いでしまったんだ。今も誂われるが、勘弁してほしい。

 着ている服は、避難しようとしていた時に着ていた制服のままで、妻は部屋着、娘は学校の制服だった。うちの娘可愛い。え、話の続き?

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 困惑しながら妻と現状を確認しようかと移動を考えていたら、娘が草原の向こうから車が走ってくると言って指を指した。古びた米軍仕様のハンビーが走ってきて、そこから彼、トールさんが現れた。

 

「警察官と女性二人?」

 

 彼自身が困惑してたので 日本語が通じてるので私も安心してしまったのか、正式な所属と私達の名前と市民IDを伝えたのだけど、余計に混乱させた気がする。

 

「あー、3人はご家族という事でよろしいか?」

「はい。アーコロジーがテロに遭ったようで、天井が落ちてきて私達は押しつぶされたと思ったんですが…」

 

 自分でも死んだと思っていた。それを聞いた彼…トールさんは、合点がいったと重要な質問を投げてきた。

 

「MMO、ユグドラシル、プレイヤー、この言葉に覚えはあるか?」

 

 今度は私達が驚く事になった。何年か前に引退気味になった事と、それと入れ替わりに妻と娘が始めていて90レベルになった事、サービス終了日に一緒にギルド長に挨拶に行く予定が、アーコロジー管理機構のスキャンダルに伴うガサ入れでご破産になり、会えなくなってしまった事等を話したと思う。

 

「何人か、そちらと同じ様にこの世界に来たプレイヤーを保護している」

 

 私達の「リアル」とは違う世界に来た。その事に一番動揺したのは恥ずかしながら自分で、妻と娘の方がなんだか平然としてた。先にこの世界に来ていたウルベルトに知られて笑われたよ。

 

 その後、ベルリバーさんやブループラネットさん等、先に来ていた面子との驚きと喜びの再会をして、モモンガさんが未だ来ていない事に落胆した。

 そして、自分も皆も、妻も娘も、人とは別の姿を持つ事に驚き、困惑した。異形種になっている時、ユグドラシル時代のカルマ値と、種族の特性に引っ張られてしまう事も、混乱に拍車をかけた。だけど、ウルベルトが皆を一喝して、コントロールの仕方を教えてくれた。今もあの時の事を感謝するのだけど、受け取ってくれない。

 

 妻と娘の事もあって、当時はまだ…ええと、20層程度しか無いって聞いた拠点の居住区に住む傍ら、未だ数名だけだが馴染みの仲間達と共に傭兵団を立ち上げた。いつまでもトールさんにおんぶに抱っこというのも、社会人としてはよろしく無い状態だと思ったからね。

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 この世界は自然が沢山で、未知も驚異も沢山だ。幸いというか、異形種の姿とは別にユグドラシルでの能力を使える事が判明していたから、油断をしなければ死ぬ可能性は低いと思って、割の良い仕事を考えたら傭兵団だった訳だ。

 

 ただ、遠征に赴いた竜王国で、私はこの世界の現状を知った。人間種はとても弱い。そして、ビーストマンは彼らの正義、事情で動いている事も。

 

 とはいえ、目の前で人を殺させる訳には行かなかった。加減はしたけれども、後で聞いたら「無双ゲー?」と言われる程、疲れるまで暴れまわってしまったらしい。覆面をしていたけどね。

 

 命を奪う感触に慣れてしまったのは、良いことだったのか悪いことだったのか、今も考える。ウルベルトの方が、まだこの世界での現実に適応していたと思う。

 

 リアルでは全てがままならない中、私もウルベルトも足掻いていたんだと、今更思う。既に体制を覆すには束ねる力すら残されていない、もうどうしようもない現実の中で。

 

 ただ傭兵仕事の傍ら、遠征で戻る度に次々と馴染みの面子が現れたのは、困惑を通り過ぎて笑ってしまったっけな。

 

 トールさんは昔から相変わらず世話焼きだったよ。週毎に拠点が広くなって、案内に毎度エインズワースを呼ぶ羽目になったな確か。

 

 結構な面々が集ってもモモンガさんが来なかった期間、実は苛立ってたのは私が一番で、二番目がウルベルトだったと思う。ヘロヘロさんは最後にログアウトしたと酒の席で泣いてた訳で、慰めるのが大変だったと思う。だがウルベルト、お前は酒が過ぎると笑い上戸になるのはなんでだ。

 

 この世界に出現して9年間、皆がバラけないよう心を配ってたけど、モモンガさんは個性豊かな上によく喧嘩する私とウルベルトをよくもまあ宥めてくれたものだと今更ながら感心した。9年はあっという間に過ぎてしまったように思う。モモンガさんとナザリックが現れたと聞いた時は喜び過ぎて馬上でウルベルトに叩かれた。その後はメコン川さんと同じ感じかな。

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 最後とこれからの最初に言うとすれば、モモンガさんありがとう。これ以上の言葉が浮かんでこない。リアルはどうしようもない足掻きを続けた私でよければ、これからも皆で生きていけるよう全力を持って力を振るうよ。

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 今度こそ、皆、楽しんで生きていこうじゃないか。リアルの柵も多分あちらには残っているだろうけど、どうせ向こうでは私も死んだ身だし、幸か不幸か、妻と娘も一緒なんだ。楽しんだっていいよな?

 




 きゃっち・みーこと未来ちゃんは、ローティーンでこちらに来てもう少しで二十歳です。人化した外見は殆ど成長していない事と、男性とのお付き合いに最強のパパが立ち塞がるのが最近の悩み。精神的に成長はしていますが、ティーンの感覚が大いに影響してお転婆気味なのも、母のような淑女を目指す彼女としてはこれも悩みどころです。

 るっく・みーこと瞳さんは、不謹慎ですがと前置きした上で、歳を取らなくなった事を実は密かに喜んでいます。ただ、気になっていた小皺がそのままだったので、毎日頑張ってお化粧です(同じ女性で注意深い人がスッピンを見て漸く気付く位)。美容系魔法が無いかと密かに調査しています。開発するような人が居れば、全力でお友達になる所存だったり。

「ねえケラルト、私、あちらの方面で良い出会いがある気がするの!」
「魔導皇国方面ですね…」

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