荒野からやってきました ~死の支配者と荒野の旅人~ 作:マガミ
自由都市で衝撃の告白があった夜が開けて次の日、トールがやまいことコブ(ユリ)付きデートに赴いている頃、モモンガさんはベルリバーとペロロンチーノ、そしてウルベルトと共に帝国に向かっていた。
「…門を出る時、やたら見送り多かったけど、何かしたのか?」
「いやあ、遺跡調査の移動中に強めのアンデッドを退治してたら、横殴りではあったけど…」
「ああ、成程な。大方、うっかりギルマスが死の支配者の状態で平野に入って、強めのアンデッドが増えたって所か」
「うっ」
図星である。ベルリバーとペロロンチーノは苦笑い。
「所でウルベルトさん、帝国は苦手というか、あの爺様から逃げ回ってませんでしたっけ」
「フッフッフ、今回はイケニエが居るからな」
「ご愁傷様です、モモンガさん…」
「え、そんなに怖いんです?」
ウルベルトは、楽しそうな表情から一転、魂が抜けたような顔で語り始めた。ポツリポツリと語られる内容に、実害を被っていなかったベルリバーとペロロンチーノの表情が青くなっていく。モモンガさんはそれ以上に顔色が悪くなっていく。
地面を這ってくる目を血走らせた老人とか、振り返れば視界の端に同じ老人とかホラーすぎる。
「ま、まあ、我々は有名ですが、流石に国内に入っていきなり、訪問されるとかは流石に無いでしょう。ウルベルトさんだって、変装して行くのでしょう?」
「当たり前だ。爺に這い寄られるとかホラーだぞホラー」
尚、帝国は国の境界に監視網を敷いている。それにジルクニフからしてかなりフットワークが軽いため、希望的観測は無意味である事をモモンガさん達は知らない。
「無名の新人ですから、そんな酷いことにはならないでしょ」
「どうだろなぁ、バレたら厄介だぞあのタレントとか」
フールーダ・パラダインのタレントは、使用可能な魔法位階を見抜くという物と調べはついている。真の能力を隠したいナザリック勢としては少々厄介なタレントである。
ユグドラシルの上級者の嗜みとして、自己情報の隠蔽があった。特殊なスキルか上位の看破系魔法を用いなければ見抜けないよう隠すのは常識であるので、それ以外の面でバレないよう気をつけなければいけない。
「…隠蔽のアイテム、絶対外さないようにしないと」
と言うものの、モモンガさんは油断なくロールを肉付けする事にする。始まりの九連星の新人として行く事と、学士の装いに相応しく、最古図書館からユグドラシルの設定書、色々な魔法に関わる研究本や神話本等などを持ち出している。ついでに古典TRPGの魔法大全なども。
後でタブラや死獣天朱雀にユグドラシルの魔法に対応する元ネタについてレクチャーを受けよう、と考えるモモンガさん。ナザリックを出る直前、トールに頼んで本は予備(翻訳コピー)を用意してあるので、もし件のホラー爺が出現したら、当たり障りなく会話した上で、本をスケープゴートにしようと画策している。
「気分替えてこれ食いましょうよ!
空気を変えようと、インベントリから紙袋を取り出すペロロンチーノ。
「何が入ってるんだ?」
ガサゴソと取り出されたのは、包み紙に入った合計8つのパンだった。二種類あるようで、それぞれに1つずつ配られる。
「揚げてあるっぽいのと、白い粉は砂糖?」
「両方揚げてありますけど、こっちがカレーパン、粉がかかってるのがアンパンだそうです」
ユグドラシルでも食料アイテムとして存在した。が、より効果が高いものが存在しているので此方の世界に来てからほぼ誰も食べたことは無い。また、食堂を切り盛りするカワサキも菓子パンや惣菜パンは専門外であるため、作ったことはない。
「食料アイテムのと違うのか?」
「トールさんの拠点で生産した材料で作った、パン製造プラント量産品だそうです。正規稼働開始したとかで、試食品なんだって」
「…ほんと何でもあるなあそこ」
調子を見ながらなので、日の生産量は種類ごとにそれぞれ百個程度である。長期稼働と最大稼働のテストで、最大生産は二千を想定している。
それらは生産後、パンの食べ頃に合わせて時間経過のない食料用無限格納コンテナに納められる。レシピの種類はまだ少なく二十種類程度だ。覚えている限りのレシピは開発・生産しておきたいとトール。最終的には五十品目程度に落ち着くらしい。
というか相変わらず作りすぎである。先日、この世界特有の「調味料を作る魔法」の解析が完了し、データクリスタル化されたそれを用いた魔道具で、未だ手元では植物データが無くて生産できない香辛料の類を補助的に生産しているそうな。
閑話休題。
「ほう、こいつがかつて居た、たっちの大先輩の定番って奴か」
二一世紀では、小腹が空いた時用や夜食などに食されたというポピュラーな惣菜パンと菓子パンだ。古典の刑事ドラマでは、アンパンと缶コーヒーは刑事の張り込みの定番だったな、などとウルベルト。飲み物はこれまた、トール拠点で生産された缶飲料が複数種類である。
そして実食。
「糖分は脳が活性化するな!」
「二一世紀ずるいわー、美味いわー」
「カレーとパンが合う…少し暖かいのが丁度いい」
「俺、アンパン好きかも」
揺れの少ない馬車の中、なんだか幸せそうにパンを齧る面々。最後に缶飲料をぐびっと飲んで「ほうっ」と一息つく。
「カレーはカワサキさんのと違いましたね?」
「味は見てもらったらしいけど、なんでもカレーパン用のカレーは水気少なめで冷えても美味い奴がいいんだって」
「この缶珈琲、配合が好みだ。後でダース単位で頼めるか聞いてみよう」
リアルでは珈琲の本物は超高級品である。かつての代替珈琲であっても自然由来の材料なら同様だ。化学合成の一般向けの物は、飲む泥水というような代替と言うのも憚られる代物だ。それでも仕事の区切りなどに缶珈琲モドキは飲まれていた。
(今度、魔法の大釜でアンパンとカレーパン出して貰って試食してみよう)
ただ後に魔法の大釜から出てきたそれらには、モモンガさんはがっかりしてしまった。登録されていたアンパンやカレーパンはそれなりの味ではあったが、二二世紀ではアンパンやカレーパン自体が超高級食材の塊であり、高級品ですら、二一世紀の一般的品質のパン類に味が劣る。実際に食べたことがある者は富裕層ですら高齢者に限られてしまい、食に関して研鑽が失われているのが品質の低下に拍車をかけた。
尚、トール拠点の大量生産品は、質としては二一世紀の少しお高め系のパンだ。より高級なものは繊細な味の調整が必要なため、まだ試作継続中である。
閑話休題。
「ほら、見えてきました。少し寄り道しての遠回りでしたが」
「あれが帝国国境の都市? 名前なんだっけ」
「いつも入国審査だけして素通りでしたから、覚えてないです」
「以前のエ・ランテルより余程、活気がありますね」
身分証代わりの傭兵証明で門はスルー。内部を検分に来た衛士が緊張気味に挨拶してきたので、ベルリバーとペロロンチーノが気さくに返しておいたのだが、感動されてしまった。
確認を終えた衛士が上司に報告、羨望の目で見られてそれが周囲に波及してどよめく。モモンガさん達は「またかー」的に思いながら通り過ぎた。
「あと、今回は闘技場がメインですけど、帝国には魔法学院があるってのは聞いてますよね?」
「確か、平民でも優秀なら無償で通えるんですよね」
「魔法を使えずとも学び、発展のための人材の育成ができる体制か」
政治、制度、そして人材。それがこの古くて新しい帝国という国を盛り上げている。先見の明ある皇帝は、これからの基盤も育てている。
「…肥沃とは言い難い土地、乏しい食料自給率、それだけが帝国の弱みですね」
「…優秀だな、ジルクニフ皇帝は」
門から離れてすぐ、影の悪魔からの都市の状況報告を馬車の中で受けていたウルベルトは、整えられていない生の情報を聞いて、そつのない統治と優秀な配下の働きに感心する。
突き抜けた才でなくとも、貴族と平民問わず優秀で誠実な奴らを的確に配置してある。トップダウンでの命令はそれなりに弊害もあるが、中央集権化を成功させたジルクニフ帝のカリスマと実績なら、反対も起きづらい。
「が、優秀止まりではある。うちの悪魔的ブレイン達や、想定外予想外な動きには踊らされるだろうさ」
くくっと含み笑い。モモンガさん達は「うわぁ」となる。因みに悪魔的ブレイン達に含まれるのは、ぷにっと萌え、デミウルゴス、アルベド、パンドラズ・アクターである。優しい気質の創造者が親である若干一名は「そこまではちょっと…」と抗議するかもしれないが。
「穏便に行きましょうよ、穏便に!」
「半ば観光旅行なんですから!」
「わかってるよ。何だよもう、人が悪巧みしてるみたいに」
「「「そうとしか見えません!」」」
「解せぬ」
本気か冗談か素かと言えば、素なのだろう。息をするように身についた悪役ロールが堂に入り過ぎである。