荒野からやってきました ~死の支配者と荒野の旅人~ 作:マガミ
前回のトールの件で色々考察を戴いて、かすってない事に安堵しています(にやり)
今回は、「強欲と無欲」(+EXP薬)+「星に願いを」をカジットを使って実験した結果です。
「お疲れさまです、カジットさん。さっき汲んだばかりの水です、置いておきますね」
「ありがとうございます」
カジット・デイル・バダンテールは、カルネ村で鍬を手に畑を耕していた。通りかかった村人が挨拶した上で、柵に水袋をかけていった。
カジットは農民のような格好をして、頭には麦わら帽子を被っている。先日、エ・ランテルから用事で来たクレマンティーヌに大爆笑されたが、母が生きていた頃は畑仕事をしていたので、別段、気にしていない。
「…忘れぬものだな、鍬の握り方も、土への入れ方も」
カジットが耕す畑には、彼の他に麦わら帽子を被ったスケルトン達が居る。スケルトン達は同じく鍬を手に畑を丁寧に耕す。このスケルトン達はカジットの手による物ではなく、かの死の神、死の支配者たるアインズ様より預かった貴重な労働力だ。自分が作成する物より遥かに細かい作業ができる。
「ヴォ…」
「おお、死の騎士か、あちらの起こしは終わったのだな」
肩にかけた手ぬぐいで汗を拭っていると、フランベルジュと盾を背にかけ、手には巨大な牛鍬…本来は牛馬に引かせて地面を抉り起こす道具を持っている。細かい作業ができないが、単に決められた範囲で引っ張るだけなので、力のとても強い死の騎士にとっては簡単な作業である。
「未だ、魔法の深淵、その端にも至らぬ…不甲斐ないな」
「ヴォ?」
「そう言うな。不甲斐ないのだよ、頂点たるお方より様々な資料を授けて頂いたにも関わらず、魔法の使用位階が一つ、上がった程度なのだ」
いつしか、死の騎士の言いたいことが簡単に解るようになった。恐らくは神の恩寵なのだろう。
「ここに居たか、カジットよ。休憩中にすまないな」
すぐ側に転移門が開き、中から死の神にして魔導皇国皇帝、アインズ様が現れる。側仕えに怜悧な美貌のメイドが控える。
「こ、これはアインズ様! かようなお見苦しい所を…」
「よい。二つほど要件があってな、お前に私の実験の被験者になってもらう。ああ、死霊魔法絡みではないぞ?」
「被験者、でございますか? …解りました、この身を捧げさせて頂きます」
「そう身構えずとも良い。ここでは何だ、我が拠点へ招こう」
カジットは鍬をスケルトンに預けると、死の騎士へ軽く会釈をして再び現れた転移門に入った。
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見上げれば、夕闇の空が見える。だが、星の位置が違う。死の神の拠点というならば、ここは異世界なのだろうかとカジットは不思議そうに空を見上げる。
「ふふ、ここは我が拠点ナザリックの第六階層。友が手ずから作り上げた場所でな、あの空はかつてあった我々の世界の星々を再現した天井だ」
「なんと…!」
遠見の魔法を使ってようやく天井とわかるのだろう。カジットが招かれた広場からでは、普通の美しい空にしか見えない。
「さて、二つほどある要件の一つ、まずそれを話そう。
お前は復活の魔法の研究に時間が足らず、アンデッドと化して時間を確保したかった、そうだな?」
「左様にございます」
「今から、お前に軽い若返りの魔法を使う。けいk…いや、集めた魂の力を代償に用いる魔法でな、願う内容で代償の量が異なるのだ」
「た、魂の力…」
死の支配者がお集めになられた魂の力、それを代償に若返りをお試し頂ける…! 実験と称されたが、カジットは身に余る栄誉に体を震わせた。
「では行くぞ、超位魔法<星に願いを>、カジット・デイル・バダンテールを二〇歳若返らせよ!」
見たこともない超巨大な魔法陣が展開され、吹き荒れる力にカジットは尻餅をつく。そして体をキラキラとした物が包み込み、魔法陣が砕けた所で閃光が走る。
「強欲と無欲の消費量は…ふむ、換算して20%程度か。てか、これだけしか使ってないの?」
思わずアインズさんは素の声が出てしまうが、カジットには聞こえていない。カジット本人は地面に手足を付き、体に起こる変化に耐えていた。弱っていた心臓が早鐘のように鼓動、手足も痛いほど血がめぐる。手の肌が若々しく変わっていく。
「どうだ、どこか苦しい所はあるか?」
「い、いえ…思うように動かなくなっていた手足が、気を張らずとも動くので、驚いてしまって…」
顔を上げたカジットを見て、アインズさんはパカーンと口を開いた。精神安定化が発動して冷静になるが、考えていた以上に外見が変わっている。
(こんな人の良さそうな顔が、なんでまたあんな悪人面になるんだよっ!?)
思わず心の中でツッコミを入れるアインズさんである。
色々苦労があって頭髪も無くなっていた上、地下に籠もって研究ともなれば肌も青白い訳で、他のズーラーノーンの連中とのやりとりも含めて、穏やかな日々なんかなかった影響である。
「自分の顔を確認するといい。ユリ、手鏡だ」
「はい。此方を」
カジットは恐る恐る差し出された手鏡を覗き込む。そこには未だ法国に居た頃、まだまともな形で魔法研究をしていた頃の自分の顔があった。ふと頭を触れば、短いが確かに自分の頭髪がある。
「なんと…」
「経過観察は必要だが、一先ずは成功か。
ではカジットよ、お前の母の遺品などはあるか?」
問われた内容を理解できず、一瞬呆ける。
「!? まさか、まさか! わ、我が母の復活を!?」
「そうだ。私の目から見て、残念ながら今の魔法を扱えるようになる研鑽は困難と判断した。酷なようだがな」
努めて優しく伝える。その心遣いにカジットは事実を突きつけられた落胆もあるが、それ以上に感謝する。
「い、いえ、自分の才の無さは重々承知しております…」
「カルネ村へ来て以降、私の命とはいえ、お前はよく働き、最近になって使用位階を一つ上げた。村人との関係も、ナザリックより来る我がシモベへの応対も良い。スケルトンの運用も的確で、とても良い拾いものをしたと思っている」
「も、勿体ないお言葉!」
「そこでこの褒美となる。お前の母親が復活したあかつきには、カルネ村へのさらなる貢献を期待する」
「あ、ありがとうございます!」
カジットは肌身離さず持っていた母の遺髪を、震える手でユリに渡した。見窄らしい布だが、大事に包まれたそれをアインズさんは受け取り、先程と同じ様に超位魔法を発動した。
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…その後、カルネ村には歳の近い母と青年が新たに加わった。最初は若返った事と母親の存在を驚かれたが、かのアインズ様のお力ならと納得される。若返りには羨ましがられたが、日頃、母親の為に魔法の研究をしていたと聞いていた為、欲深く自分も若返りを望むような村人は居なかった。
青年は得意とする死霊魔法を使い、カルネ村の労働力を補った。後に、アインズ様直属の死の騎士程ではないが、同じく死の騎士を呼び出せるようになり、カルネ村の畑仕事はとても捗ったという。
ガチ農民だなカジット。
尚、自分もまあ農夫の端くれなので、本当はもっと色々と畑仕事について描写したいのですが、そういうのは今回は見送り。帝国での開墾事業の際に、提案内容としていくつか記載する位かなー。