荒野からやってきました ~死の支配者と荒野の旅人~   作:マガミ

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騒動が起きないなんて事は無い。


死の支配者と帝国の商業区

「これは、受け取れない。貴方が稼いだお金、ご家族の為に使って」

 

 仕事の準備の為、旅装束に着替えて荷物を整理していた少女の所に、家令が現れてこっそりと金貨の入った袋を渡した。だが少女はそれを良しとはせず、家令に押し返す。

 

「ですが…」

「駄目、家のお金は私が何とかするから。せめて、迷惑をかけている息子さん達に」

 

 様々な場所へ金の無心をする両親を怒鳴り、期限を延ばして借金を返しては、再び両親はどこかで借金を作る。いたちごっこである。

 

「危険の多いお仕事なのでしょう、ワーカーの仕事は」

「それは承知の上。大丈夫、信頼できる仲間達だから、貴方は妹たちの事をお願い」

 

 悲痛な表情の家令。少女は目を逸らす。

 彼はこの家に長らく仕えてきた家系であり、ジルクニフ帝の粛清の嵐の中、息子が帝国軍に進路を変え、仕えた家が没落して次々と使用人が暇を出される中、最後の御奉公と今も家の全てを取り仕切る。

 両親は今も没落の現実を受け入れない。妹達はまだ幼いが、家令が執り成してくれなければ、色々と拗らせてしまうだろう。

 

「かしこまりました…アルシェお嬢様」

 

 周囲の期待を受け、かの大師匠にも大きな期待を寄せられていたが、現実を見ない両親の放蕩に家が大きく傾いたことを知るや否や、ワーカーという危険と隣り合わせの道を選んだ少女。現状の打破もできない、泥濘にはまりこんで身動きのとれない今の悪夢のような状況の中、藻掻き苦しんでいる。

-

 原作においては、依頼でナザリックに侵入し、決死の覚悟で彼女を逃した仲間の犠牲も無駄になり、死体はバラバラにされて有効活用された少女、アルシェ。妹達は帰らぬ姉を待ち続けた挙げ句、両親が借りた借金のカタに売られ、玩ばれた挙げ句、幼い命を落とした。

 

(どうしたら…いいの…、誰か…)

 

 涙は流さない。だが、縋る先も無く、少女は沈んだ顔で仲間の集う酒場に重い足取りで歩いていく。

 彼女の運命は未だ、一欠片の希望も無く、深い闇の底を彷徨っている。

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 まあ、この世界でのアレとの邂逅からして、悲劇が喜劇にひっくり返る訳だが、それは後のお話。

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「ほう、帝都に入ったか。滞在先は?」

 

 執務室で書類を精査していたジルクニフは、諜報員からの報告で「始まりの九連星」が帝都入りした事を知る。ちょっとフールーダがそわそわしているのをじろりと睨んで落ち着かせた。

 

「どうやら元貴族区の、取り潰しになった貴族の家ですな。最近、改装して宿泊施設の営業を始めた所があるようで」

「むう、そうなると宿で待ち受けて、というのはやり辛いな。誰か残っているなら、客として帰りを待つか出待ちが精々か?」

 

 この皇帝、何気にフットワークが軽い。

 

「先触れを出して尋ねるとしても、仕事などで来ている様子ではないですな。よもや観光…いや、ありえぬ」

「何かしら政治的な意図があると見ていいだろう」

 

 いいえ、勘違いです。まじ観光です。

 

「先日の平野での働きといい、我々には敵対的では無いと思いたい所。しかし何ですな、あの霧の中、飛行の魔法を使った状態で、面では無く点で撃ち抜く精度とは…」

「しかもウルベルトでは無いようだ。む、そうか、王国の村を救ったという重鎮ではないか?」

 

 いえ、アインズさん本人とペロロンチーノです。

 

「これは我々から使者を出す事が読まれていたと考えて宜しいかと」

「むう、あちらの諜報網は耳が早いか。何かしら魔法的手段を使っていると思った方がいいな」

 

 いえ、黒い絨毯のローラー作戦とネットワークです。

 

「弱った。今現在、我々で上を行ける要素が見当たらん。爺、お前の言う通り、此方から下手に出るのが今は得策であろうよ」

 

 なんだか驚異的な読みで上を行かれてると勘違いされているこの状況は、黒い絨毯ネットワーク経由でナザリックに一度集約され、内容を見たデミウルゴスが深い笑みを浮かべた。

 

「今の時点での帝国への視察…、私の想定以上の効果だ。ふふ、それにしても帝国はとても素直です、多少は便宜を図っても良いでしょう」

 

 報告書類を纏めるデミウルゴスは、なんか色々深く考えて勝手に感心してる(いつも通り)。当番で報告書を受け取ったチグリス・ユーフラテスは、異形種の状態で読んでよかったー!と思うと共に、帝国からの使節団が来る事、ジル帝が直接来る事を<伝言>でメンバーたちに伝える事となった。

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 やまいことユリを滞在先に残し、トールを加えたモモンガさん一行は帝都の商業区へ向かう。目抜き通りは人が多く、活気に溢れている。Pip-Boyかナザリックギア内蔵のPip-Boyから、MODベースの戦術データリンクが起動され、全員の位置情報が共有されている。これは近距離において敵味方識別と共有を行う機能で、あまり遠距離になると電波障害の都合上リンクが途切れるのだが、極近距離では有効な機能だった。

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 …迷子防止に。

 

(迷子防止に戦術データリンク使うとか面白すぎるでしょ)

(も、もう迷子にはなりませんよ!?)

(見かけた魔道具を「えっ、面白い…」とか言って一人逸れかけたのはどこの皇帝陛下様でしたっけ?)

(いやあれ、面白かったんですって!)

(まあまあその位で。先ずは高級店で一部の装備を売りに出して、様子見と資金調達を)

 

 堂々と歩いているように見えて、モモンガさんこと学士のモガは周囲の様子に興味津々である。ペロロンチーノことペロンは、鋭い視線で周囲を見ながら軽い足取りで腕を後頭に組んでそれに続く。モモンガさんから目を離さない為だ。リバーことベルリバーは、目的地の高級武具店へ先導して歩いている。

 

 尚、トールは彼らの後ろを歩いているだけだが、ペロロンチーノはちょっとセクシーな装備の傭兵や恐らくは冒険者かワーカーの女性をチラ見してるのに気付いている。

 

「おいあれ、まさか…」

 

 どこかの仕事で傭兵をしていたのか、幾人かのこの世界基準ではベテランの部類に入る連中が気付いてひそひそ話。ベルリバーが気付き、モモンガさんが顔をひきつらせ、一行の足取りは少し早くなった。

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 帝都でも有名な、一点物の魔化された装備を多く取り扱う武具店に着いた。一見さんお断りな雰囲気の店だが、身なりの整った用心棒が、ペロロンチーノやベルリバーを見るなり硬直して、手持ちの何かの魔道具で連絡を取っているのに気付いた。

 

「いらっしゃいませ、始まりの九連星の皆様。本日はどのようなご用件でございましょうか」

「ふむ、初めての来店ですが、顔を知られているとは僥倖。手持ちのいくつかの武具、その買取査定と、取り扱っている魔道具類のリストを拝見したい」

 

 では此方へと、店の二階にあるお得意様用スペースへ案内される。モモンガさんとトールは行かず、取り扱いの武具や魔道具を見ると言って、ショーケースへ。ペロロンチーノは苦笑しながら、ベルリバーと共に上へ上がる。他にも幾人かの客が商談中だ。

 

「さて、武具の買取査定との事ですが、防具類はサイズ調整の関係上、あまり高くは買取できないことをご容赦下さい」

「指輪型の魔道具と、服に近い防具だが自動調整の機能を持つものがある」

「ほほう! 流石は高名な傭兵団、そのような物をお持ちとは」

 

 ベルリバーは別途用意していた鞄に腕を入れ、5つほどの指輪とドレスに防具がついた装備を取り出した。取り出した指輪はそれぞれ、矢避け、毒耐性、病気耐性、跳躍力増加、盾硬化の装飾具だ。ドレスに防具がついたものは、胸甲とガントレットだけだが衣服の性能と合わせてフルプレート並の防御力を有した上に、回復効果と自動浄化機能を持つセット防具である。

 

「こ、ここ、これは!?」

 

 魔法は使えないようだが鑑定眼を持つらしく、上ずった声で問う担当者。ベルリバーが効果を説明の上で、鑑定が行える術者を呼んで確認してもらいたい旨を伝える。

 

「しょしょしょしょ少々おままお待ち下さい!」

((慌てすぎ…))

 

 担当者が目を白黒させながら、鑑定ができる術者を急いで引っ張ってきた。中年の術者は白い手袋をして指輪を手に取り、<道具鑑定>を使う。

 今回、売却用の装備を作ってもらった際に気をつけたのは、魔法による鑑定において<道具鑑定>が有効な範囲に収める事だった。

 ただ、その辺り「縛りプレイ」と勘違いしたのか確信犯だったのか、製造職の三人は自重しないで機能を盛り込んだ。素材を自重しないでいいせいか、テンションが上がって誰も止められなかったというか気付かなかったらしい。

 

(これちょっとまずくない?)

(い、いやあれ、駆け出しからちょっとの装備じゃないですか)

 

 こしょこしょと言い合う二人を尻目に、今度はなんか店のお偉いさんが出てきた。

 

「この度は当店をご指名頂き、大変ありがとうございます。

 その、大変申し訳難いのですが、これ程の品々となりますと、当店経由でのオークション出品が最良なのですが…」

「構いませんよ。どれか一点の代金を即金で頂けるなら、多少なり割安で構いません。他の品を貴店に委託するのも構いません。

 傭兵団もまあ、出費が嵩みますから」

 

 何事もないように言うベルリバーだが、内心汗ダラダラである。傭兵稼業が長いものの、補給についてはトールとル・シファー頼りだったので、こういった相場に関して疎い。

 

「なんと…! ああ、どれも素晴らしい! どれに…ああ、迷う!」

 

 うめき声を上げながらの熟考の上、支配人は「矢避け」の指輪を選んだ。これは使用して一〇分の間、魔法以外の殆どの投射攻撃を無条件に防ぐ装具で、使用後は効果時間終了から三〇分程のインターバルが必要だ。

 尚、同じく「矢避け」の装具をこの店では取り扱っているが、使用後、攻撃を防ぎ終えると効果が消える使い捨てである。その事からも、破格の性能と言っていいだろう。他の装備も、現状取り扱いのある装具の上位版と言っていい。

 

「で、ではこのお値段で…」

 

 提示された額は、ベルリバー達的には悪くないし、オークション出品の手間を負ってくれるなら申し分ない。ちらと額面を見た程度でサインをすると、周囲から様子を見守っていた他の客や店員が溜息を漏らした。

 

「代金は此方に」

「ええ、確かに」

 

 再び中を見た程度で受け取る。重量の解析では、帝国金貨で提示額と同じ量が入っていると確認できているのだが、店側は信頼の証と確認も最低限に受け取ってくれた事に、内心、畏敬の念を持った。そんな気はベルリバーたちには毛頭無いのだが。

 

「では、私達はここに一週間程滞在しています。オークションは長引きそうですか?」

「い、いえ、四日…いや、二日で開催の上、代金をお持ち致しますとも!」

「急かせるようですいませんね、私達は帝都に拠点を持っていませんから」

 

 ペロロンチーノは今借りている元貴族の屋敷が中々いいなと思っていて、場合によっては自分の貯金から出して買い取り、別荘兼拠点にしてもいいかなと考えていた。

 

「さて、魔道具のリストを拝見できますか?」

「俺、モガさん達を呼んで来る」

 

 下で色々な魔道具や武具を見ては「えっ、面白い」と言うだけのマシーンと化していたモガことモモンガさんと、純科学(Fallout基準)で再現できるものは試作しようかなと見学していたトールが呼ばれ、二階に上がってきた。

 

「お、これなんて面白くない?」

「ほー、これが口先だけの賢者の魔道具類か」

「大きくないなら、屋敷に届けてもらいますか」

 

 緊張する支配人と担当者を尻目に、渡されたリストを見てわいわいやる男共。尚、この武具店はある商会の系列店の一つであり、本店には魔道具が多数あるため、今モモンガさん達が見ているのは本店の在庫にある様々な魔道具だ。

 

「エンリやンフィーレアの土産?」

「ほら、ポーション研究の委託してるじゃないですか」

「成程ねぇ。あ、バレアレの婆ちゃんにも同じのを届けたいな」

(バレアレ!? あの、エ・ランテルに居るポーション研究の第一人者、バレアレ氏ですとぉ!?)

 

 帝国にも知られる腕前のバレアレ氏の名を聞き、やはり傭兵団としても格が違うと感心した様子の支配人。

 

「村の子供達に、何か情操教育に役立つ魔道具とか無いかな」

「いいな。それで魔道具研究に興味を持つ子が居るかもしれないし」

 

 火を出す、水を出す、風を吹かせる、固める、移動させる…そう言った基礎的ながら高級な品質の魔道具も選んで見る。後に、カルネ村の孤児院でニグレドを母と慕う双子が、齎された魔道具を興味を示し、幼い間から魔道具職人の才能を目覚めさせて(職業レベルが生えた。しかも二人共「ジーニアス」で)、村の便利と発展に寄与する事になるが、今の彼らは「だったらいいな」程度の思いつきだったりする。

 才能の発見時、報告を受けたモモンガさんは、側に控えていたデミウルゴスとパンドラズ・アクターに称賛されて、ぺっかぺっかと精神安定化が発動。実情を知るアルベドもそれに乗ったせいで、引っ込みが付かず「ふふ、たまたまだ」と言って乗り切ったが、後でアルベドをちょっといぢめた(性的な意味で)。

 閑話休題。

 

「馬車の車輪も、サス無しに振動軽減とか衝撃吸収とか、帝国は発展具合がすごいな」

「こういった魔道具の力の入れようには感心しきりです」

 

 戦う職に人気の品には興味を示さないが、生活等が便利になる魔道具類には特に興味を示す面々。

 一通りリストを見終えて、先程受け取った金貨袋を取り出すと担当者を呼び寄せる。

 

「このリストでチェックした物を全て、届けて貰う事は可能ですか? 代金は此方から差し引いて下さい」

「は、はい!」

 

 金貨を受け取ると、ばびゅんとか音が出そうな勢いで離れると部屋の端で算盤を弾き、大きな金貨袋から代金を取り出す担当者。

 

「残りです。魔道具は配達の準備が整い次第、先程伺った場所へお届けいたします」

「ありがとう。さて、長居してしまいましたね、また何かあったら来ます」

 

 モモンガさん一行は、他の客からは畏怖の念、店の従業員からは感激の表情で、ズラッと並ばれてお見送りされる。

 

「大仰ですよ、今日は色々と面白い物を見せて貰い、楽しかったです。また機会があれば伺います」

 

 多少なり強張ってるベルリバーとペロロンチーノを尻目にモモンガさんが気負う事無く言えば、このような扱いに慣れている人物なのだなと、店側の勘違いが加速している。周囲の客達は言わずもがなだ。

 

(…上へ報告しておこう)

 

 装具の掘り出し物が無いか訪れていた帝国兵の一人は、モモンガさん一行が去ると店を出て、上司にあたる4騎士への報告書を纏めた。慎重に接触の機会を見計らっていたジルクニフとフールーダは、下から上がってきた報告書の内容に感心し、次の日、門を開けたら二分で皇帝という、トールもモモンガさんも思って見なかった遭遇の要因となる。

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 次に訪れたのは、出店やらが続く市場だ。偽物もあるが、その辺りは個人の目利き次第と、用途が解らない品物や怪しい品物が広げられている。

 

(いくつか、ユグドラシルのアイテム類がありますね)

(交渉次第ですが、目ぼしい物は買っておきます?)

(お、ならPerkで交渉してみますね。予算はどんとできましたけど、節約できる所はしておきましょう。どれがどれか判りませんので、そこは宜しく)

(了解です)

 

 ベルリバーとトールが連れ立って、市場を巡っては目ぼしい物を買う。トールは商交渉が有利になるPerkと装備に切り替え、相手が強気から涙目になるまで値切って、ちょっとだけ色を付けて買う。

 

「ケツの毛まで毟られるかと思った…」

「容赦無いが、提示額より少し上で買ってくれただけいいさ。しかしなんでまた、あんなガラクタ欲しがるんだ?」

「魔道具の研究なんだと」

 

 モモンガさんとペロロンチーノは、ぶらぶらと巡って見つけたユグドラシル由来と思われるアイテムと見つけるとPip-Boyでマーカーをこっそり設置。トール達に伝える。

 

 また、他にも気になった魔道具類があったら別形状でマークし、お財布担当であるベルリバーと合流したら考えてもらおうと画策している。

 

「ん? 店主さん、これは何です?」

「ああ、山脈のドワーフが大昔得意としてたっていう、ルーン文字を使った魔法の武器さ。短剣なんだが、幸運のお守りなんだそうだ。これ一点しかねぇんだけどよ」

「え、面白い」

 

 モモンガさんは興味津々である。許可を貰って<上位道具鑑定>で調べると、確かにルーン文字の武器であり、頑丈さを増す効果の物が掘られているらしい。

 

「お、二人が来た。これです、モガさんが見つけた」

「あっちの字とは少し違うな。形状としては…アルジズか?」

「わかるんです?」

「元ヲタなめんな。とはいえ、詳しい訳じゃない、後で相談してみるか」

 

 ユグドラシルでは無かったこの世界での技術であるが、リアルでのそれらとの関係を調査すれば、データクリスタル使用以外の手段で装具の充実を図れるかもしれない。タブラ・スマラグディナ、死獣天朱雀なら嬉々として調べるだろう。

 

(山脈にあるっていう、ドワーフの国と接触図りますか)

(黒い絨毯も行けないっていうから後回しでしたけど、重要度が上がりますねこれ)

 

 ほしょほしょ相談の上、ベルリバーが提示額通り払ってルーンの短剣を購入。

 

「ふふ、日々が平穏で忘れてましたけど、やっぱりこっちって未知が沢山ある」

「遠征終わったら、今度はドワーフの国に行きますか!」

 

 安定もいいけど冒険も!と笑い合うAOGの面々。トールは微笑ましいものを見るように眺めている。

 

「さて、重要な所は一通り見ましたし…」

「闘技場いきましょう!」

「俺、途中で買い食いしたい。てかさっき食った串焼き肉、美味かった」

「いつの間に」「ずるい」「だから美味しそうな匂いが…」

 

 屋台の串焼き肉だったが、肉の質も工夫も王国のそれらと比べて段違いだったとトール。モモンガさん達は、飲食を忘れて市場めぐりである。隣に居た筈のベルリバーが気付いていない時点で、さり気なさすぎである。

 

「んな目で見ないでくれ、買った屋台を案内するから」

「「「わーい」」」

 

 欠食児童どもめ、と笑いながらいうトールは、モモンガさん達を先導して屋台へ向かっていった。

 

-

 

-

 帝国において、奴隷制はまだ存続している。ただ王国で廃止はされたが、違法奴隷が「従業員」などと言って取引が横行していたのに対し、帝国の奴隷制は一定期間の労働力としての身売りであり、年季が明ければ解放されるという、セーフティネットの側面を有している。王国では冒険者組合だが、帝国では野盗退治やモンスター討伐が軍の仕事なので、王国と比べて実入りが少ない。

-

 ただ、人間種とドワーフは身分が保証されているのだが、法国方面から流れてくるエルフや亜人は別だ。特にエルフは、奴隷の証として耳先を切り落とされた上で、逆らわないよう様々な手段で徹底的に心が折られている上、基本的には買い切りで購入者が望まない限りは解放される事は無い。

 

 闘技場へ向かう道のり、途中でどんよりとした空気の漂う場所に通りかかる。人間は奴隷の証になる鎖で、エルフや亜人のほとんどは檻の中に居る。

 ここは奴隷市場だ。

 

「…少し、気分が悪いな」

「エルフの身分保障が無いんでしたよね…」

「ん? トールさんは興味あったりするの?」

「ウェイストランドだと奴隷も居たからな。逃げると爆発する首輪を付けられていた」

「「「うわぁ…」」」

 

 ウェイストランド人を奴隷商人が強襲して首輪を付け、売買するのはどこでも横行していた。有名所は、キャピタルに居たユーロジー・ジョーンズだ。一応生かしていたが、売却したのは基本的にレイダー達である。

 

「それに比べると、まだ扱いがマシに見えてくる不思議」

「帝国民は、身売りしても期間限定だからな。衣食住の扱いも法律で決められているから、底辺の救済の意味もある」

「「「…リアルってクソだな」」」

「恨み骨髄だなオイ」

 

 そんな事を話しながら、足早に通り過ぎる。闘技場に近付くと、何か人が避けている場所が見えた。

 

「何だ?」

「…なんかキザったらしい男が、エルフを殴る蹴るしてる」

 

 ペロロンチーノがその目で確認し、眉間にシワを寄せる。

 

「おい、止めろよ誰か。いくらエルフの奴隷だからって」

「無理だって、天武のエルヤーだぞ…」

「法国の爪弾き野郎で、こっちを根城にしてるんだっけ」

 

 周囲の話を聞き、天武という名の冒険者チームかワーカーである事、エルフたちはエルヤーが買った奴隷である事等がわかる。

 

「これは躾ですよ、お前たちみたいな薄汚い亜人が、自分が何者かを自覚する為の!」

 

 だが個々の事情があるため、モモンガさん達は介入しない。だが周囲も止められず、躾という名の暴力がエスカレートする。同じ奴隷のエルフが庇うように倒れた一人に覆い被さるが、構わず硬い靴底のブーツで蹴りつける。

 

「見苦しい。恥を知りなさい」

 

 更に殴りつけようとしたエルヤーの腕を、いつの間にか近づいたベルリバーが止める。工具で挟まれたかのように、エルヤーの腕は動かない。力を込めて重心を動かそうとするも、大地に根を張っているかのごとくびくともしない。

 

「そ、それなりの額で買った以上、どう扱おうと私の勝手だろう!」

「見苦しいと言ってるんです。表立って、部下の叱責をするのは、人を使う上で無能の証拠です、理解できませんか?」

 

 そういえば「褒めるなら大勢の前で、指導なら他の目の無い所で」と、最古図書館のビジネス書で読んだ内容を思い出すモモンガさんである。

 

「む、無能、この剣の天才である私を無能!? あのブレイン・アングラウスを超える私を!?」

「彼は剣技を磨くこと、強くなる事には真摯で直向きです。只管に高みを目指して磨き上げようと努力する彼を、貴方が超える? はっ、ありえない。素手の私に勝ってから、同じことを言いなさい」

 

 心底バカにした表情で言うベルリバー。

 

(情報隠蔽の装備ですけど、前衛なら重心のとり方一つでわかりそうなものですけどね)

(その域じゃないんでしょきっと)

(でもブレイン君だって素手のベルさんに勝てないからそもそも無理ゲーじゃね?)

((それは言わないお約束で))

 

 最初は止めようとしたモモンガさんとペロロンチーノだが、目の前のエルなんちゃらという男にムカついてきたので止めるのをやめた。

-

 ただ、エ・ランテルでの計画以降、訓練や鍛錬以外は食堂に常駐しているブレインやザ・ファイブズの面々について、直属の上司にあたる武人建御雷とウルベルトはすっかり他の指示を忘れていた。

 食堂二階に隠れて常駐する転移門担当の傭兵モンスターに、6階層の闘技場へ移動させての訓練は以前指示した通りながら、担当教官たるコキュートス(人化)も、定期的に訪れるリザードマン達も、その状態にすっかり慣れているので報告を上げてもいない。

 ナザリック内での鍛錬は飛躍的に彼らの能力を伸ばしたが、それ以上に食堂に入り浸る生活を気に入ってしまっている。

 尚、最近はコキュートス(人化)と恐怖公(人化)を誘って、エ・ランテルの馴染みの店(ル・シファー商会の酒と、食堂の公開レシピを使った料理やツマミがウリ)で一緒に飲み会をしていたりする。

 閑話休題。

 

「素手で私を前に立つ?

 …いいだろう、貴様、明日の午後、闘技場で私と戦え!」

「いいのですか? 私もまあ、そこそこの腕と自負していますけど、素手で私に負けて、その後の評価は大丈夫ですか?」

「貴様が負ける言い訳になるだろうよ! 丁度いい、憂さ晴らしに一瞬で沈めてやる」

「…私は、止めましたよ?」

 

 言った言葉はもう戻りませんと、ベルリバーは目の前の男に告げる。モモンガさんとペロロンチーノは、特に奴隷エルフには思う所は無いのだが、何かベルリバーの琴線か逆鱗に触れたのか、平坦な声が怒りを含んでいる事に気付いて黙っている。

 

「ふん、傭兵ごときがこの天武のエルヤー・ウズルスに吠えたものだ。今なら、這いつくばって靴を舐める程度で許すと言っているのに!」

「ありえませんね。もう問答は無駄です、明日、宣言通りに闘技場でお会いしましょう。

 …泣いて這いつくばって靴を舐めるなら、許してあげますよ」

「こ、この…!」

(うっわ、ベルリバーさん怒るの久し振りじゃね?)

(俺も久し振りに見ました…)

 

 衛兵が騒ぎを聞きつけて駆け寄ってくる。エルヤーは奴隷の躾だと主張し、止めようとする衛兵を押し退ける。

 

「貴様、名前を聞いていなかったな!」

「傭兵団、始まりの九連星が一つ星、ベル・リバーです。闘技場の手続きはしておきますので、さっさと消えて下さい」

 

 怒り肩で周囲を威圧しながらエルヤーが去る。奴隷エルフが一礼してそれに続いた。

 

「あ、あの、私は闘技場の受付担当なのですが、明日の試合について手続きを…本当に、本当にされるのですか?」

「ええ。書類があるようでしたら記入しますよ。それよりもわざわざ駆けつけて頂き、ありがとうございます」

 

 手渡された書類に必要事項をサインし、懐から取り出した傭兵証にインクを付けて押す。

 

「ほ、本物の始まりの九連星!」

 

 周囲がどよめく。先程までは腕っ節のある謎の傭兵だったのが、主だった仕事場ではない帝国まで名前が響き渡る、高名な傭兵団の一員と周知された。

 

「明日、指定の時間に厄介になります。それでは」

「行こうか、リバーさん」

 

 ガタイのいいトールが近づき、ペロロンチーノとモモンガさんも続く。エルヤーと異なり、自然と人垣が割れていく。

 

(すいません、少し個人的な事で止めたくなって)

(構いませんよ。明日はまあ少しだけはっちゃけて下さい)

(剣技じゃなくて素手ってのが意地悪いですね)

(ああそうか、ベルさんは剣系の乱撃ビルドでしたっけ)

 

 ベルリバーのビルドは、対集団戦用の広範囲連撃ビルドだ。AOG保有の世界級アイテム「幾億の刃」による攻撃回数の大幅増加とも相性がいい一人である。反面、防御が心許ないので、ぶくぶく茶釜などのタンクがヘイトを上手く誘導してくれないと、倒しそこねた際のヘイトが集まりすぎる欠点がある。

 

「今日は騒ぎになっちゃいましたし、夕食は…」

「帝国って出前も発達してるそうだ。市場で案内した屋台の店主が言ってた」

「お、いいですね! 前金で色々、頼んでみますか!」

 

 予算の範囲でと個別にベルリバーが金貨を渡した。手分けして「これは!」と思う料理を出す店に出前を頼み、夕方になる前にモモンガさん一行は滞在先に戻る。

-

 ただベルリバーがうっかりして多めに金貨を渡した為、屋敷には各所からよりすぐりの帝国料理が山程集まり、やまいこを始めとして、様子を見に来たギルメン達が苦笑いしていた。

 

 尚、モモンガさん達は、なんとも言えない顔でチグリス・ユーフラテスから受け取った報告書を見て全員がお茶を吹く羽目になった。

 

「お、これ美味いな!」

 

 ジルクニフ帝の件で気もそぞろなモモンガさんとは別に、遅れて現れたカワサキは、屋敷の食堂でテーブルを埋め尽くす料理を前に色々つまんで、王国との傾向違いや工夫多さにホクホク顔だったそうな。

 




「ボクが代わりに出たい位」
「試合直前に、エルフ達の身柄について要求しますか」
「代わりに何を見せ札にします?」
「出してない刀があるからそれで」
「えーと自己修復、鋭刃化、耐久増加、聖水付与…微妙じゃね?」
「いやいやいや、十分だって」
「試合終わったらブレインにプレゼントするか」
(あ…ブレインの事すっかり忘れてた)
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