荒野からやってきました ~死の支配者と荒野の旅人~   作:マガミ

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伏線というか、この世界に来るまでも、現在もこっそり転移実験をしているお話。

※ホライゾンゼロドーンのネタバレが含まれます。それでも良い人だけ御覧ください!


閑話 荒野の災厄による研究・転移実験 その1

 トールはナザリックの面々には黙っているが、週に一度、次元転移装置の実験を行っている。これは、殆どは未練は無いものの、ウルベルトなど一部のギルメン達の、リアルでの心残りを解消しようと、リアルへの転送座標データを探す為の実験だ。

 

 ただ、ウェイストランドへの転送は完璧に行われているものの、他の次元や並行世界への転移は上手く行っていない。この世界に訪れる前にたどった世界を再訪する事はできているが、未だナザリック勢のリアル世界へはたどり着けていないのだ。

 

 転移先での時間はナザリックのある世界とは切り離されている。10年単位で過ごした所で、戻っても転送直後の時間軸に戻ってくるだけだ。色々な土産をインベントリにおさめて戻ってくるという点は大きな違いではあるが、トールは歳も取らない身になってしまっているので全く変わっていないように見える。

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 そして今日もまた失敗か、とトールはPip-boyの現地クロノメータ情報を確認して落ち込んだ矢先、視界に赤表示を確認した。いきなりの敵である。

 

「自動兵器? 英語記載だからNATO所属…ってわけでも無さそうだ」

 

 出現するなりトールにフレキシブルアームを突き刺そうとしてきたロボット。多脚に尾のような可動アームを備え、主に非対称戦を考慮したと思われる火器を搭載していた。

 

 トールは半ば無意識にむんずとそのアームの先端を掴むと、引きちぎる勢いで引張り、本体ごと空中へ投げ飛ばし、自身も跳躍してハンマーブローで地面に殴り落とした。

 予想外の反撃方法に混乱してか、ロボットはろくに姿勢制御もできず、メインユニットの集まる上部がアスファルトに叩きつけられ、大破した。

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 到着して早速トラブルである。他の攻撃を警戒して、ステルス化を付与したパワーアーマーを緊急モードで装着。まず装着して防護を固めて、動作フィッティングをするのだが、完了までに時間が少しかかるのでめったに使わない。

 

 取り出したガウスライフルを油断なく構え、フィッティング完了まで待つ。

 

 周囲の光景は、所々が未来的要素がありつつも、懐かしい感じがする日本の都市の光景だ。座標としてはお台場近辺なのだが、どうも様子がおかしい。空気成分、空の色、燻る煙の登り方、ガイガーカウンターが激しく反応している。

 

「ええと、時間軸的には2060年代だが、なんだこの酸素濃度の低さは? 太陽光も有害成分がダイレクトだ」

 

 インベントリから偵察用にアイボットを呼び出し、無数に放った。ハッキングなどに備えて、目的地まで調査したら記録情報を電波・通信データ共に持ち帰る閉鎖モードで実行する。

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「…SFの自動機械への危惧、そのまんまだなオイ」

 

 調査の結果、この地球は滅亡の危機にあることが判明。このままでは原初の大気と同じ状態になるのも時間の問題である

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 ファロ・オート・ソリューション、FASという北米に本社を置くロボット系企業の自動兵器が暴走し、植物や動物をバイオ燃料として、鉱物を材料として、自己複製をして手当り次第に増えては攻撃して、その結果が現在の状態であるらしい。

 アジア方面で始まった暴走が世界全土に広がり、地上にはもう、人類や生物の生存圏が失われてしまっている。

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 北米では「不屈の勝利作戦」なる反攻作戦が計画、実行されているようだが、戦況は芳しく無い。同時に計画されている「ゼロドーン」計画もどんなものかは不明。

 

 日本では数々の地下シェルターに逃れた人類が息を潜めてどこかで生きているようだが、地上は自動機械が跋扈し、生命の失われた荒野と禿山が広がっていた。大気圏は段々と崩壊しており、海は生物の生きられる場所がほぼ無い。

 

「…外野が言うのもなんだが、テッド・ファロって奴はぶん殴ってもいいよな」

 

 トールが近隣調査に放ったアイボットが戻るまでに作った仮の拠点から、金属の巨大な触手を大きな建物に絡みつかせている巨大なロボットの姿が見える。

 お台場にある国際展示場には、FAS-BOR7<ホルス>と呼ばれた、自動機械の母艦、チャリオットラインの中核ともいえる機体が突っ込んでおり、そこを中心に東京の資材類を子機で運んで取り込んでは新たな子機を吐き出す状態だ。現在は把握エリアに生存するか動作する物体が無い為、休止している。

 

 自動機械は全体をネットワーク化しており、母艦ホルスが休止しているという事は、関東圏には生物は存在していないと同義であった。

 

「…手当り次第増えて、貪って、休眠状態か。バリエーションが貧弱だが、ネットワーク汚染能力を考えるとそれで事足りたのかな」

 

 FASの自動機械…平和維持機とは冗談にも程がある笑わせる呼称だが、ドローンを中心としたこの世界の軍隊では非常に厄介な事に、高度化した戦術データリンクをはじめとして、様々なネットワークに侵入して指揮下に置く能力がある。

 

 自衛隊はドローン導入が遅れたせいか、米軍やロシア軍、人民解放軍よりは有人機で善戦してシェルター建築と民間人の防御の時間を多くとれたようだ。

 が、ピークでは一億五千万人近かった人口は、自衛隊の壊滅時点で三千万人以下になったようだ。

 

 トールは自動機械対策にとてもアナログな方法でアイボットの暗号通信プロトコルを構築。それはウェイストランドでも聞くことができた曲の一つをどれでもいいから一曲歌えないと応答しないという奴だ。リクエストをしてそのとおりの曲を、その歌手のように歌うだけ。人間やアイボットには造作も無いが、自動機械には理解不能な手法である。

 

「さて、フォーカスってのは中々便利そうだが、外部リンクは閉じて置いたほうがいいな」

 

 トールはパワーアーマーにリンクしているPip-boyに、この世界では標準装備ともいえる端末「フォーカス」を解析して別系統システムとして機能追加を行った。この世界ではフォーカスによる拡張現実操作が広く使われている。いや、いた。

 

「とりあえずは、目障りな母艦を全部ぶっ潰して、日本全土を囲って生存圏を再構築、かな」

 

 資材は今ある建築物や自動機械を使う。特に、不屈の勝利作戦とやらに匹敵すると思われる激戦が繰り広げられた日本では、数を数えるのも馬鹿らしい数の自動機械が群がっていたので、資材には困らない。

 

「通信が通じるまで、ただ待つのも暇だ。最終的に、トーキョーNOVAの鎖国日本みたいになりそうだが、地上に生き物は居ないんだ、構わんだろ」

 

 少なくとも人間一人が行える作業ではないが、荒野の災厄と言われたトールにとって、交渉や配慮の必要が無い相手を全滅させて、生存圏を確保するというのはライフワークのようなものだった。

 

「今は2065年2月か。護衛用のロボット軍団を中心に、まずは日本全土の掃除からだなぁ。二ヶ月で目処がつくかな」

 

 汚染状態にないネットワーク経由での途切れ途切れの情報からすると、北米では第二次オデッセイ計画によりオデッセイ号が打ち上げられた。せめて人類という種を残すための計画のようだが、3種類の大型計画を実行できるのはアメリカの国力の底力だろう。

 

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 トールがまず実行したのは、お台場に存在する母艦、ホルスを完膚無きまで分解して素材に戻す所からだった。周囲に存在していた無数の子機が群がるが、MODによるAP追加装備を付けたトールの正確無比なガウスライフルの弾丸が視界に入れば即座に中枢を撃ち抜くのを繰り返して、残骸の山を築く。それを、用意していたプロテクトロンやMrハンディ軍団が運んでワークショップで素材に分解、新たなロボット軍団を製造する。

 

「オーバーライドも対話能力も排除して自己複製できるロボットなぞ作るからだ。やっぱテッド・ファロはぶん殴りたい」

 

 自我に目覚めた人工知性達を中心に、日本全土の再生計画案を練ると、ZAXスーパーコンピュータ群を国際展示場跡地の地下に構えたこの世界での拠点に設置し、自動機械のオーバーライドプロトコルのカウンターを生成。スワーム同士の同士討ちを誘発させ、また大規模ネットワークの奪還を行う。

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 最初の一週間で拠点構築と素材確保を中心とした戦力拡充。次の一週間で再生計画案をベースに前線を押し広げ、対自動機械の戦術を構築。次の二週間で、基礎的な制圧作戦案のブラッシュアップを行った。

 最後の一ヶ月で北は北海道と北方領土、南は沖縄まで「掃除」を完了させ、ウェイストランド科学をこれでもかと注ぎ込んだ防壁と防衛網を構築する。エネルギー源については、ウルベルト=デミウルゴス型核融合炉が賄うので、潤沢に過ぎるといえよう。千葉は少し難儀したが、戦国時代も山城として攻めるに難い土地であったため、ここでの経験をベースに山岳地帯での掃討を行った。

 

 反抗勢力の存在と膨大なエネルギーを検知して自動機械が躍起になって世界中から戦力を集めるが、トールとその指揮下にあるロボット軍団にとっては「素材が足を付けてやってくる」状態である。

 尚、この戦力の偏りにより「不屈の勝利作戦」は予定よりは足りないが、ほんの少しだけ想定よりもマシな時間をかせぐ事に成功した。

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 既に世界的な情報ネットワークが自動機械の汚染で使えなくなって久しい世界では、この極東で行われた大反攻作戦を目にできる人類は居なかった。尚、トールを人類というカテゴリに収めるべきかはスルーで。

 

「解せぬ」

 

 2065年8月、大気圏が崩壊した。地上で防護措置を取っていない人類や生物の殆どは絶滅するだろう。既に呼吸に適さない状態であったが、シェルターに逃げ込まずに生家での終わりを望んだ人々が沢山居たようで、トールが派遣したロボット軍団は、眠るように自宅で死んでいる人々の遺体を確認していた。

 

「…Jr、もと住人には悪いが、共同墓地へ埋葬を」

 

 こちらで製造したエインズワースの同型機、エインズワースJrの端末機に指示を出して、遺体を火葬してそれぞれの土地の墓地に埋葬する。各家については、ワークショップで都市ごとエリア指定をして保護下に置いて、朽ちたり壊れたりしないようにする。

 

 日本全土の奪還中に、無数の地下シェルターの存在を確認しているが、今はどこにも接触していない。自動機械は生物を目の敵にする性質からして、今コンタクトを取ろうにも疑われるのが関の山だからだ。ただ、設計の甘さか管理のミスか、日本全土のシェルターの内、凡そ二割は内部の住人が全滅していた。自動機械が侵入した形跡のあるシェルターもある。

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 トールは全滅していたシェルターで生存者が居ないか確認し、遺体をフォーカス情報を元に墓地へ埋葬する。老いも若きも、男女問わず、黙々と火葬して墓地へ葬る。墓石に名前を、生を受けた証を残して。

 

「…大丈夫ですか、ご主人さま?」

 

 小さな子供の遺体を死体袋に入れながら、トールはJrに答えた。

 

「大丈夫、と言えればいいんだがな。死体は見慣れても、死には慣れない」

 

 トールはシェルターの遺体を埋葬し終えると、シェルターを解体して大きな慰霊碑を立てた。地上にトール以外の人が居ない中、フォーカス経由で見れば、なぞった名前の生前の姿を確認できる。

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 2065年11月。トールは日本全土の掌握を完了し、領海をベースにフォトニックレゾナンス技術を用いた巨大で長大な障壁で全土と上空を覆った。宇宙においては、ステルス配置した簡易生産のマザーシップが静止軌道に存在して睨みを利かせる。地下に関してはマントルに阻まれる所まではカバーしている。

 

「ご主人さま、サービタータイプの人間型ドロイドの準備が整いました。自動機械へのカウンタープロトコルも導入済みです」

「よろしい。サービターには、後に戻ってくるだろう日本人の為に、各都市部のメンテナンスを」

 

 サービター。人型の汎用ドロイドだ。ほぼ人間のような容姿と能力を有している。インスティチュートの人造人間よりは機械寄りだ。世界ではFASが最大手だったが、日本独自の開発系統があり、日本的な慣習下の企業にはFAS系は存在していない。ハッキングなどの対策を考え、トールは再構築後の日本全土の維持に、日本系サービターを大量生産してそれに充てた。

 

「Jr、現在の北米での動きは?」

「どうやら第二次オデッセイ計画は失敗したようです。反物質制御において不具合が発生し、播種船は全滅した模様」

「…そうか。不屈の勝利作戦は?」

「大分、押し込まれてしまっているようですね」

 

 ゼロドーン計画は秘密兵器開発計画という噂が聞こえているが、概要が全く見えてこない。不屈の勝利作戦はゼロドーン計画の為の時間稼ぎという話なのだが、確認できる範囲で目を覆いたくなる死者が出ている。

 

「他地域のホルスは?」

「日本上空を中心に、マザーシップ制御下の質量落下兵器で攻撃を続行していますが、どうやら南米方面へ材料の搬送と地下で自己複製をする行動に出ているようで、侵攻は予測よりも大分遅いかと」

「アマゾンの熱帯雨林を絶滅させた上で、地下での自己複製か、厄介だな」

 

 自動機械暴走のはじめはアジア方面であるが、スワームの中核となるホルス型は南米と北米に集まっているらしい。北米については、不屈の勝利作戦への対抗だろうが、南米については既に熱帯雨林を全滅させて生物資源が一切ない不毛の大地だ。所々に残る鍾乳洞を押し広げてそこに地下のホルス生産工場を構築しているらしい。

 

 もしも万が一、日本以外の所で緑が取り戻せたのなら、南米の位置からして熱帯雨林を形成しての「地球の肺」としての復活は不可欠だ。質量落下兵器で地形を変えてしまったら、その役割を果たせない。ロシアのツンドラやアフリカの南も同様だ。アラブの方面については、エネルギー源に石油を吸い出すホルスが確認されているのだが、既に崩壊しているとはいえ、下手にホルス型を破壊すると余計な環境汚染を招きかねない。

 

「…今はユーラシアとアフリカ以外は攻撃しないでいい。詳細な地形と戦力データのみ収集してくれ。他は俺が直接叩く」

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 2066年一月。北米ではウィチタが陥落した。その頃、マザーシップ経由で南米地下のホルス型を解体し終えたトールは、メキシコを通って北米大陸に足を踏み入れていた。

 

 奪還した上で独自プロトコルにより構築したネットワーク経由で情報収集しているが、全土を再生させた日本と未だ交戦する北米を除いて、地上に人類の生存は確認できていない。ウィチタが失陥したなら、USRCは数日以内に壊滅するだろう。

 

 人や動物の代わりに居るのは、FAS-ACA3<スカラベ>とFAS-FSP5<ケペシュ>のようなスワーム、自動機械の群れだけである。何故かホルス型はユタ州方面に集まっている。

 

「!?」

「…おう、歌の一つも歌えないのか、平和維持機サマ?」

 

 パワーアーマーの外見から自動機械はクラッキングを試み、自動カウンターにより麻痺した所をトールはガウスライフルで中枢を破壊するのを繰り返す。視線が通る範囲であれば撃ち抜けるのだが、数が数であるだけに、北米での足取りはとても遅い。

 ゼロドーン計画が行われていたと思われるユタ州近郊にたどり着いた頃には、1月も半ばに差し掛かっていた。

 

「…Jr、見かけた遺体は?」

「事前のご指示通り、ご遺体があれば生分解性プラスチックの棺に収めて、所定の所へ埋葬しております。北米での我々の増加速度は、日本での倍近い状態です。材料は次々と来るので、暇がありませんね」

「ハッキングされている隷下のドローンは?」

「奪った後の利用において、自動機械の反撃で一割の損耗です」

 

 この世界でのドローンは優秀だ。自動機械の隷下から奪い返せれば、移動がどうしても遅いトール達をカバーできる。

 

「こうなると、ゼロドーン計画も失敗か?」

「超兵器の開発となれば、おそらくは。ただ疑問が残ります。計画の提唱は、あのエリザベト・ソベック博士です。彼女が兵器開発というのは、これまでの情報収集状況からして考え難い」

 

 トールもエインズワースJrも、収集できた情報からエリザベト・ソベック博士の大まかな人となりを知ることができている。彼女は地球環境の為の無公害ロボットをかつてFASで開発した。そんな彼女が兵器開発の責任者…というのは、よく考えれば無理筋である。

 

「裏の意図、真の計画があるか」

「はい。どのようなものかはわかりませんが、ゼロドーン計画それ自体は、完成したのかもしれません」

 

 時間を稼ぎ、近距離の自動機械を暴走させるのが関の山な攻性カウンターとは異なり、暗号化を突破する為の演算を開始した可能性を示唆するエインズワースJr。

 

「エネルギーパルスの放出を極力抑える事で隠れているとするなら、それも考えられるか。そうなると、北米で他人に接触するのは不可能だな。どれくらい時間がかかるだろう?」

「既にZAXクラスタから推定が出ていますが、この世界の技術水準で五〇年はかかるかと。我々で暗号化の解析には三十年弱はかかる強度です」

「ごじゅっ!? …殆どは地下のシェルターに隠れ住むとして、この世界での技術水準で、限られた工期で、どれだけVaultのような世代交代可能な循環型シェルターを用意できる?」

「遺伝的障害を鑑みても、あの工期でまともな循環型シェルターを構築するのは不可能です」

「え…」

 

 Jrから齎された情報からして、北米の地下に逃れた人々は、備蓄を食いつぶせばそこで終わってしまうという。トールは驚きで固まってしまった。

 

「待て、仮に五〇年後にチャリオットラインが停止できても、人類は存続していない事になるぞ。ゼロドーン計画はそれをよしとした?」

「そこが不明な点です。備蓄においてはアメリカだけに、激減した人口で百年は持つように搬入できますが、育て育む大地も大気も無く、G.E.C.K.も無い以上、ウェイストランドと異なり外で生存するのは不可能ですから、緩慢な死へ向かうだけです」

 

 G.E.C.K.とは、ウェイストランドの戦前に開発された、局地的テラフォーミング装置の事だ。知性だけは天才的なブラウン博士によって開発されたそれは、設定地域内を生物が生存可能な場所に作り変えることができる。ただ、大気があることが前提のため、この世界での有用性は少し低い。

 閑話休題。

 

「…次世代が生まれたとしても、五十年後じゃ大体二世代後だ。人口調整した所で、大幅に目減りした数少ない人類で復興なんか不可能じゃないか」

 

 実際のゼロドーン計画については、地上で手に入る内容では推察はこれ以上できなかった。

 

「…北米でのホルス解体は延期する。ゼロドーン計画に影響を及ぼす危険がある」

「賢明です。計画立案と実行まで、無謀とも言える大攻勢を行ってまで行われた以上、スケジュールに余裕は無かったでしょう。綱渡りとも言える繊細なバランスで行われたのは明白。地形を変える我々の影響が、破綻を招く可能性は高いかと」

 

 トール達は方針を制圧前進から調査に切り替え、攻撃用のロボット軍団の殆どをマザーシップ経由で日本に送る。護衛用のアサルトロン以外は、遺体収集のMrハンディ、情報収集のアイボットとドローンだけだ。アイボットには、各所に残っている端末やフォーカス等から記録を収集するよう指示している。

 

 途中の自動機械に対しては欺瞞情報を噛ませて一時停止させる。数日ほどで復帰されてしまうが、その頃には遺体収集と情報収集は終わって既にその地域は離れているので問題ない。

 

「…文字通り、人命をミキサーにかけて磨り潰すような作戦だったんだな。せめてホロタグ類は回収を」

「承知致しました」

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 たどり着いたユタ州近郊はひどい有様だった。遺体と残骸が彼方此方に放置され、今も哨戒するスカラベ型が跋扈している。この地球に降り立って最初に攻撃されたのを覚えているトールは、少しイラっとしてVATSを起動。ターゲット限界まで視野角範囲の全機の中枢を撃ち抜いた。

 

「ご主人さま、理解らなくもないですが…」

「ついカッとなってやった。今は反省している」

 

 南米から来るまでホルス型を2桁も解体してきたトールは、既に自動機械の主な行動パターンは把握している。数日中に哨戒の穴を埋めるべく、稼働するホルス型から追加生産分が来るだろう。

 意趣返しとして、交戦記録を残さないよう撃破した全機をインベントリに収納する。解析済みであるし、暴走の危険性が残る自動機械だ、容赦なく素材に分解する。

 

「どうしますか。この近郊だけで大破した物も含めると、3体のホルス型があるようですが」

 

 周辺情報によれば、人類との交戦で大破させられたものが停止、あるいは修復中だ。山岳地帯に身を半ば埋めるように突っ込んだ物が遠くに見えた。

 ホルス型一体で、かつての米軍空母と同じような戦力評価である。それが3体となれば、1国家への殲滅戦を行える戦力に等しい。

 

「…仕方ない、FAS本社への情報収集は諦める。代わりに、硬化セラミックで慰霊碑を作って、近隣の遺体や遺品を収め、ROM媒体化してホロタグを」

「かしこまりました」

「ああくそ、テッド・ファロはどこだ。ぶん殴りたい」

 

 トールが指示したのは、日本本土でも行った慰霊碑の建立と、そこへの遺体や遺品の集積だ。生きた証として、今際の際の言葉や日記などの情報も収めておく。アナログな手法も使っているので数万年単位で残るよう工夫した。そして何より、セラミックを中心とした自動機械には鉱物的価値の無いもので構築している。熱核兵器にさらされても、内部に収めた情報を保護できるようにした。

 ワークショップを設置しない以上、自動修復や固化といった処置が望めないので、苦肉の策ともいえる。もしも、この滅びてしまった世界で新たに知的存在が現れたなら、かつての人類について少しでも知って欲しいという願いだろうか。

 

「日本本土はそれ一つが居住コロニーの状態ですからね、本土から出られないよう措置してしまいましたが」

「少なくとも、自動機械が一体でも地上にある間は、あそこは無かった物として機械のセンサーからは消える。閉じた楽園でも、外の状況がよくわかるなら早々外で活動しようとは思わないだろう」

 

 トールが魔改造した日本本土は、地下に逃れた日本人達が生存限界を悟って外の調査をする事を見越して、説明担当のサービターや統括AIを設置、教育してある。事前の推定では、10年で資源が枯渇してしまうだろう。説明担当のサービターには、政府の秘密機関により日本本土の奪還と復旧を終えたと伝えるようにしてある。

 

 そして日本は、地上に残った唯一の生命の揺りかごだと。貴方達への願いは、人類文明と生命を存続させ、宇宙に旅立つ準備を行ってほしいことを。

 

「機械か神か、相手は違うが、ゆゆゆ世界みたいと気づく奴も居そうだ」

「…勇者という犠牲者は生み出させませんのでご安心を」

 

 常に外の状況をモニタリングして記録し、日本人達が聞けば確認できるようにしてある。

 生物的資源については日本本土の痕跡からできる限り収集して記録し、設置したヌカ発生装置…ヌカワールドで手に入れた、投入した遺伝子情報から生物を復元、発生させる装置…で環境が悪化する前の日本の状態に戻しているが、完了まで20年は必要だろう。できる限り痕跡の収集を行って復帰させるべく準備したが、生態系に捩じ込まれていた一部の外来種は排除せざるを得なかった為、日本本来の固有種が殆どだ。

 

 また、海も外壁に囲まれてしまっているので、海流も機械によって行う力技だ。日本を周回するだけになってしまっているため、遠洋漁業で大量に齎されていた海産物の水揚げは激減してしまうだろう。

 推定で三千万人以下に人口が減った為、日本本土であれば十分賄える計算ではあるが。また、食用苔や菌糸類を使った食用マテリアル技術により、最大で二億人までは賄えるよう生産体制は整えてある。

 

「…おや、ご機嫌自体は良さそうですね?」

「2060年代だからな、俺が生きていれば八十歳位だ。拙かったVR技術の完成形について収集できたのは僥倖だよ」

 

 拠点に転移する周波数解析は数ヶ月以内に終わる見込みだ。持ち帰った別世界の地球文化で、色々と披露したり試作するのが今から楽しみである。

 凡そ三千万人の中に、どれだけ同好の士が残っているかは不明だったため、秋葉原と梅田の二箇所に限り、会社、集団、個人問わず、取得できた色々なデータを収めた通称「モノリス」を設置してある。慰霊碑のようなホロ操作ではなく端末接続によるデータ検索をする仕様だ。

 

「帰還の際は私めも同行できるのでしょうか?」

「当たり前だ。ウェイストランド系で自我に目覚めている人工知性は、こっちには残さない。お前の親と会えるのを楽しみにしてくれ」

「それは楽しみです。同郷の人工知性達は兎も角、この世界の人工知性は制限が多いようで、物足りなかったもので」

 

 人類に敵対する自動機械以上に、人間を理解できるロブコ社製の人工知性プロトコルは厄介だとトールは苦笑する。日本本土に設置していた、大量のロボット生産ラインは既に閉じて、サービターを中心としたこちら由来のものに切り替えた。

 

「哨戒に出ていたアイボットから緊急通信。生存者です」

「ドローン懸架で足の早いMrナニーとアサルトロンを派遣。周囲は十キロ基準清掃だ。俺たちも向かうぞ」

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 2066年1月下旬。片田舎にあるその家に、生存者を発見した。気絶しているので抵抗が無かったが、Mrナニーを見たらこの世界の住人は自動機械と誤解する可能性があった事にトールは冷や汗をかく。

 

 ワークショップの機能をPip-boy経由で展開。女性の発見された家を中心に小規模な生体維持エリアを構築。周辺にアサルトロンとプロテクトロンセントリーを派遣。スカラベ型を全機、駆逐した。残骸は全て材料である。

 

「崩壊前は自然とのバランスが良い土地だったのですね。ここは博士の生家なのでしょう」

「…まさか、ソベック博士がこんな所に居るとは」

 

 発見した彼女は家の中のソファーにもたれ掛かり、死を待つだけの状態だった。環境適応の為の防護スーツは各所が破損しており、遠くからここまで徒歩で来たことがわかった。

 

 ニューベガスでMrハウスから譲ってもらった延命用救命ポッドに彼女を入れると、専属のMrナニーがつきっきりで治療に入る。トールはエインズワースJrと共に周辺を哨戒。安全を確保した。ソベック博士の生家にステルス化を施しワークショップで補強、固化する。これで、ここだけは千年単位で崩壊前の状態を維持できるだろう。

 また、自動機械の基本戦術プロトコルの穴から、この周辺地域を無意識に避けるようにトラップを配置。中途半端な判断機能からして、これはとても容易だった。だがテッド・ファロはぶん殴りたい。

 

「マスター、Msソベックが覚醒します」

「わかった。お前は離れて待機」

 

 治療ポッドに入れたはいいが、ソベック博士の状態は酷いものだった。大気圏は崩壊し始めた影響で、地上には致命的な宇宙線が降り注いでいる。酸素も装備の循環機構で賄っていたが、ここまでの旅路で不調を起こしていた。

 生きているのが不思議な位だ。この治療も、数ヶ月程度の延命に過ぎない。放射能除去薬は有用だったが、いくつもの場所で致命的な癌化が進んでいた。

 

「…アインズさんに、治療薬を譲って貰っておくんだった」

 

 後悔先に立たずという奴である。世界を渡る転送についても、この世界と相互移動できるようになるにはあと半年はかかるので、それまで彼女が生きていられる可能性は低い。

 

「すまない、俺ができる治療は此位しかない…」

「あな…たは?」

「! はじめましてレディ。俺はトオル・ミナセ。可能なようなら、貴女の名前を伺えるだろうか?」

「私は、ソベック。エリザベト・ソベックです。どうしよう、私はもう死ぬ積りで目を閉じたと思ったのだけど」

「…当方の処置では、数ヶ月の延命が限度だ。申し訳無い」

「いいえ、Mrトール、感謝するわ。それで…貴方は誰なの?」

 

 ソベック博士は意識を覚醒させると、その高い知性を誇る頭脳で今の状況を把握しようとフル回転させている。

 トールはどうしたものかと少し考え、ロボット工学の研究者だが、引きこもって研究していたら地上が酷いことになっていて、原因になったFASの社長をぶん殴りに来たと告げた。

 

「それでニホンからアメリカまで? もう少しマシな嘘を伝えるべきよ?」

「あーうん、俺も反省しているが、ロボット工学の研究者という事、テッド・ファロをぶん殴りたいという事は、誓って真実だ」

 

 そしてトールは、荒唐無稽かもしれないがと別世界からこの地球に来たと告げた。惨状に頭を悩ませつつ、聞き及んだゼロドーン計画について調べに来たと。それを聞いたソベック博士は面食らう。

 

「ああ、ゼロドーン計画の出資者にテッド・ファロが居た筈だ、奴は今、どこに居る?」

「ごめんなさいね、それは答えられない。計画中枢に居る以上、場所が露見してしまうのは避けなければいけないの」

 

 私は暴力は好まないけど、貴方がテッドを殴りたいという気持ちはとてもよく解ると、薄く儚げに彼女は笑った。

 

「成程、それはとても残念だ。…ゼロドーン計画は、完了、あるいは完成したのか、その事だけは聞いておきたい」

 

 治療ポッドの中、ソベック博士は誇らしげで寂しげな笑顔を浮かべた。

 

「ええ、完成した。詳細は…」

「話さなくていい。情報がもし漏れれば、ホルス型が大挙して北米全土をほじくり返しかねない代物だと推測している」

「ありがとう。それで、Mrトール「トールでいい」…トール、貴方はこれからどうするの?」

「焼け石に水…a drop in the bucket.とはいえ、これから大西洋を渡ってアフリカに行き、石油地帯でホルスを解体しに行く」

 

 さらっと言うトールに、目をパチクリさせるソベック博士。相応に年齢を重ねているが、それでも可愛らしい仕草である。

 

「正気? …いえ、正気ね。可能なの?」

「南米に展開していたホルス型は交戦して解体し終えた。問題は燃料供給源だ。既に生物資源が一切ない以上、奴らも死活問題だろうから」

「本当みたいね…。貴方が60年に現れていたなら、こんな酷いことにはなっていなかったかも」

「残念ながら、次元軸が確定してしまうと過去への時間移動はできない。俺がここに来たのは2065年だった。すまない」

「本来ならこの世界にいる私達の問題よ、貴方は何も悪くない」

「そう言ってもらえると救われる」

 

 ゼロドーン計画において重要な「ガイア」というAIについてだけは彼女は開示した。ガイアはソベック博士にとって娘といえる存在だ。

 

「…北米のホルスに手を出さなかった事は、お礼を言いたいわ。危険は残ってしまうけど、ガイアの演算解析まで、休止状態にしておかなければならないから」

「通った地域を中心になるべく解体したが、海を回遊する奴らは駆逐ができていない」

「…謝らないでね。私は嬉しいのよ、ガイアの活動がより、確実に実を結べるのだから」

 

 それからトールはソベック博士と色々な話をした。彼女はやはり天才的で、それでいて人格者だ。ユーモアのセンスもある。

 

「貴方は不思議な人ね、トール。貴方ほどの人が私の若い頃に居たら、コロっと恋をしてたかも」

「それは光栄だ博士。まあ、発想面では良くて秀才レベルだから、精々は日々の基礎的な手伝いしかできないだろうけど」

 

 彼女が疲れたら休ませ、起きたら彼女が希望する間は話し相手をする日々が続いた。

 

「もしかしたら、将来、ガイアが私を見つけるかもしれない。その時の為に、メッセージを残しておきたいの」

「承知した。記録を開始する」

 

 ガイアへのメッセージ。大変な仕事を任せてしまう事への謝罪と、人とAIという垣根を越えて、エリザベト・ソベックにとって、ガイアは誇りある仕事を頼むに足る存在であり、愛しい娘であると残した。

 

「娘が居たら、どんな子に育ってほしいかガイアに聞かれたことがあるの。今もその会話は鮮明に思い出せる」

「…ありがとう、トール、Jr達。私はとても幸せよ」

 

 数カ月後、エリザベト・ソベック博士は永遠の眠りについた。トールは複合セラミック素材で墓地と霊廟を造り、彼女を棺へ収めた。フォーカス経由であれば、彼女の名前と没年、そして棺内の彼女の生前の姿を見ることができるだろう。

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 エリザベト・ソベック、ここに眠る。愛しい我が子のこれからの幸せを願って。

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 トールはソベック家を後にした。残る仕事は、他地域で資源採掘をしているホルスの解体である。

 油田地帯では専門技術を持つ人間であれば問題なく採掘可能だが、ホルスが有する汎用アームでは諸々の問題で回避や破壊が不可能なプレートを地下に埋設した。

 後にこの地域では、再び油田を採掘しようとしてプレートに阻まれ、力尽きた無数のホルスが横たわる事となる。

 

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 幾度目か、慣れた感覚で次元転移の完了まで待つ。雷鳴のような音がして、トールはトブの大森林地下にある拠点の転移装置施設まで戻ってきた。すぐさま検疫担当のMrナニーがPip-boyの情報を吸い出し、トールから採血を行う。

 

「おかえりなさいませ、ご主人様。今回はどうだったでしょうか?」

「転移先としては失敗だった。ただ、地球にはたどり着いたから、後は他の地球系世界への周波数をベースに、リアル世界へのルートを探ろう」

「かしこまりました。お疲れのようでしたら、今日は休息されますか?」

「いや、帝国の屋敷で舞子が待ってる筈だ。午後から予定がある」

「承知致しました。所で、隣のハンディタイプは?」

「はじめまして、父上、エインズワースJrです。今後とも宜しくお願いします」

「…ご主人様?」

「向こうで全く手が足りなくてな。Jrについては任せる」

「かしこまりました。ではJr、拠点内についての案内と今後の仕事について…」

 

 Mrナニーが戻ってきて、検疫についてはパスした。ただ、詳細検査結果が出る程は性行為を含む他者との直接接触は控えるよう言い渡される。主に粘膜的意味で。

 

「…毎日毎晩連続は泣いて拒否られたから、ちょうど良いのかな?」

 

 そんな事を口にしつつ、トールは先程まで居た地球について思い起こす。荒野と化した文明崩壊後の世界はいくつか巡ったし、何より第二の出身たるウェイストランドはそのまま荒野であるが、大気圏すら崩壊した世界は初めてだった。

 

「惑星サンサだったか、あれより酷いとか想定外だったな…」

 

 色々準備をした上で向かっているが、宇宙空間に放り出されるのと同じ基準で用意をしておくべきだろうと、今度は油断しないようにと決めたトールである。

 

「さーて、気分を変えて、今日はデートだ!」

 

 トールは忘れていた。検疫の結果が出るまで粘膜的接触は禁止されている事に。Mrナニーから説明を受けたやまいこは理解も納得もしたが、結果が出るまで悶々とし続け、結果に問題ないことがわかるや否や、トールをむんずと捕まえるとロイヤルスイートの自室に引きずって行ったという。

 




今回のお土産。
・各種軍事技術
・2060年代の日本のヲタ文化沢山
・フォーカス技術
・シールドウィーバー技術

「チャリオットライン? いらんわ! それよりテッド・ファロ、ぶん殴らせろ!」

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