荒野からやってきました ~死の支配者と荒野の旅人~ 作:マガミ
なんだか暖かくなりましたが、腱鞘炎は相変わらず。
偽装として出発した馬車隊を見送ってから次の日、モモンガさんは色々な意味で力尽きているアルベドと名残惜しくも別れて、学士モガの格好をして首都ナザリックの地表に出た。
「悪い、回復系の魔法、頼んでいいか…」
「トール!?」
出口を出たら血まみれというか酷い有様のトールがログハウス前に転がっていた。口からはやばい量の血反吐を吐いている。
すぐにペストーニャが呼ばれたが、トールの負傷の原因は怪我などではなく何かしらの呪いであることがわかった。緊急連絡を受けて戻ってきたやまいこは半狂乱。何度も最上級の位階魔法をかけるもすぐに傷口が開いては膿む。
(一体何があったんです!?)
(ごめんなさい、隠れて他世界の転移実験をしてたんですが、行った先の神に呪いをかけられまして…くっそ痛い)
(そんな有様で痛いで済まないでしょう!?)
モモンガさんは「強欲と無欲」をパンドラズ・アクターに持ってこさせ、躊躇なく<星に願いを>を発動。かけられていた呪いを嫌らしい対抗手段ごと消し去った。
「あー、死ぬかと思った」
(普通なら100回は死んでます、わん…)
「…さてトール、やまいこさんに心配をかけた件と、転移実験についての申し開きは?」
「大変申し訳無い…」
トールは傷が癒えた事を確認すると、心配をかけた件について深く頭を下げた。やまいこは異形種の姿のままであったが、トールにぎゅっとしがみついて離さない。
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モモンガさんの緊急連絡を聞きつけて、各々自由行動中だったギルメン達が戻ってきた。トールはやまいこを宥めながら、集まってきた面々に転移実験について語り始めた。
「…成程、我々のリアル世界への座標周波数の特定に実験を繰り返していたと」
「ああ、この世界で穏やかに暮らせるとはいえ、あちらに完全に未練がない面子は少数派だ。何かしらそれを解消して、こっちで心置き無く過ごしてほしかったんだよ」
「トール、それは…」
「墓参りぐらい、したいだろ?」
ウルベルトがぐっと言葉を飲み込む。上流家庭を除き、殆どのメンバーはリアルに於いて幼い頃に両親とは死別している事が多い。墓といっても極小の骨壷が無数に収められた、東京湾の端に位置する巨大な共通墓地だ。ウルベルトに至っては両親の遺骨の収集をしてからになるが、魔法で解決できるだろうという想定でトールは探っている。
「危ないとは思わなかったのか?」
「いくつかの世界で命の危機は覚えたが、仮に死んでもいくつか手段はあったし、アインズさん達に譲ってもらったユグドラシルのアイテムでガッチガチに安全策を講じてたんだ」
ただ今回行った所が、地球に似通った世界であったのが油断に繋がったとガックリ。
「何処に訪れていたんだ?」
「ようやく地球とその時間軸に関わる周波数を特定できたんで少し過去に調整したら、インドの神話世界だった。やばかった」
「…え、インド?」「どのインド?」「あの踊るインド?」
ギルメンの一部を除いて首を傾げる。彼らのインドのイメージは、ユグドラシルにもある異形種やモンスターの原典、あるいは世界級アイテムなどの元ネタ程度だ。あとは「踊る映画」の伝統的なスタイルだろうか。
「ムカつくやつもいたが、大抵は面白い奴らが大勢居たから楽しかった」とトール。ただどう説明したものかと考える。
ギルメン達の殆どは「トールがやばいと言うとか伝承的世界の古代インドぱねぇな!」と言う程度の認識だったが、色々な神話や伝承に明るいタブラは独り、表情の見えない異形の姿で戦慄していた。
ユグドラシルは様々な神話や伝承のミックス世界だったが、原典と同等かより強化されたような100レベルガチ勢とタメを張れるか遥かに超える英雄や怪物が容赦なくドンパチを繰り広げていた中、トールはそれを楽しんだという。
「…因みに、呪いをかけたというか向こうで喧嘩をふっかけた相手は?」
「インドラ」
タブラがフラっとバランスを崩した。
「あんにゃろ、カルナと最後に酒を酌み交わす約束が、いくら子がかわいいからって横槍でおじゃんだ。アルジュナの奴、最後は泣いてたんだぞ…ムカついたから、譲ってもらってた<次元錨>のスクロールで固定して全力ヌカパンチで殴った」
「殴った!?」「結果は?」
「初戦はあいつ逃げやがった。スーリヤが仲裁しに来たから一度は手を引いたけど」
「お、おう…」
地上では影響が大きかろうと、稼働していたインドラのアヴァターラを追っかけて神界の端に殴り飛ばした上でステゴロをふっかけたそうな。元からゲームのクラッシュを招きかねないバグ技であるヌカパンチは、現実化した影響か全力では空間の破砕と次元の崩壊を招き、慌ててインド神族が決闘場となった何もない空間を全力で封鎖したらしい。
「次元破砕とか…シヴァ辺りに何か言われなかったのか?」
「腹抱えて笑ってた。褒美だとか言って試練か修行か拷問かわからん苦行に放り込まれたけど無事終えて、インドラに再戦して顔だけ執拗に殴った最後に鼻フックきめてやった。またシヴァが大爆笑してた」
「神々の王に鼻フック…」「何してんの荒野の災厄!?」
「そしたらインドラにキレ散らかされて強制送還。呪いのおまけ付きだった…」
「私やタケさんと比べて、どんな強さでした?」
「強いっちゃ強いが…、ぶっちゃけ二人と模擬戦してる方が苦戦する。アヴァターラだったからかもしれないけど」
「ど、どうしたんですタブラさん!?」
「何でもない、何でも無いんだ…」
ナザリック勢の体感的には一瞬だが、次元転移から帰還直後のトールの酷い有様は、どうやらインドラから受けた呪いだったらしい。位階魔法等では完治しなかった中、「この程度は恩返しにもなら無い」とモモンガさんの<強欲と無欲>と超位魔法<星に願いを>を使ってあっさりと治療された事を思い出す。
「我々の持つ力が神の呪いにも対抗出来ることを喜べばいいのか恐れればいいのか…」
「本体相手でなければ戦える可能性がある時点で俺らってやばいな」
「今更じゃね?」
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インド神話世界の件の後、モモンガさん達はトールの実験継続には難色を示したものの止められないと考え、格は落ちるが様々な耐性データクリスタルを入れた防護用のアイテムを押し付けた。トールは転移先で誤作動や稼働しないなどの可能性から科学技術で再現できないアイテム類は避けていたものの、やまいこに涙目で押し付けられた以上は断れる筈も無く、渋々装備している。
また、どのような世界に行ったかはレポートを提出する事になった。殆どは訪れた世界の映像記録だ。
ただその後、自身の記憶を元にした、新たな時空座標への転移実験アプローチとその成功に、帰還したトールは独り苦悩していた。その後の調査でも自身のとある仮設が実証されてしまった事が、余計に拍車をかけていた。
(原典軸の派生世界、作品世界への介入というか、俺という異物が行く時点で派生世界が発生しているのか…)
トールとしては深く考えた上で認めざるを得なかったが、ようは自分が「二次創作物でのオリ主」の状態であるという事だ。
尚、何らかの作品世界への転移周波数を脳波パターンを共鳴させて設定した値で転移した場合、最初の転移ではトールの記憶から一時的に作品世界の知識は消え去る。
ご都合主義といえばそれまでだが、荒野の災厄が現れる時点で作品の舞台どころか世界の常識を壊しかねないので、トールが大人しくしていない(望み薄)限りは大差ないだろう。
ナザリック勢と邂逅するまでに訪れた世界についても、今回の転移実験からの帰還をした時点で思い出してしまった。
「結構オタクだった筈が、色々知識が抜けてると思ったわ…」
ヲタ界隈では、大きな転換点になる作品や、強烈で訓練されたファンが愛し続ける作品、または誰しもプレイして共通体験を齎す作品が多々あるが、有名作であったにも関わらずすっぽりとそれらの知識が抜けてしまっていた。
「あーうん、思い出した…そっか、うん」
一つ一つ思い出す度に、顔が青くなっていった。その後、数日に一度になった報告会で、ぶくぶく茶釜はトールに訪ねた。
「所で、トールさん乙女ゲー世界とか行った事あるんです?」
「何の因果か一度あるけど、考えてみてくれ。絢爛豪華な花束の中、葉っぱしか無い半枯れ木が交ざってる異物感を」
ミスマッチにも程がある。
「無いですね」「無いわ」
「無いよな? モブにもなれん、目周りシャドー処理のおっさんがあんなキラッキラした世界で何をしろと」
「悪役令嬢とかざまぁとか、そういう感じのイベントは?」
「幸か不幸か、作品もキャラも大好きな転生者ちゃんが居てな、誰も不幸になんかするもんかとか息巻いてたから全面的に助けた」
「何してんの荒野の災厄!」
「フラグは?フラグは?」
「残念!おっさんでした! …まあ、舞子とお付き合いする前なら傾いたかもしれんが」
「ほほう」「ほほう詳しく」
「やめてくれ。というかJr何してんの? というか皆さん、俺の腕を掴んで…動けないんだが」
「該当世界の記録は残っておりますので、上映会を」
「さあ、キリキリ白状したまい」
「俺は無実だ!」
記録映像はダイジェスト気味だったが、トールが放ったアイボットの記録映像も交え、特待生として入学してきた主人公が様々な苦難を乗り越え、意地悪をしてきた公爵令嬢すら友として絆を深め、王国を滅ぼさんとする邪悪な意志を退けた。
その際、ワイプ映像でトールとモブ姿の転生者ちゃんが頑張る姿が脇でLIVEとかあったりする。
「やまいこさんが照れでうずくまってる」
「こうかはばつぐんだ!」
「…うん、女性サブキャラとフラグが立つような時に、やまいこさんの事を呟いて事前に折るとかある意味すごい」
「だから無実だって言っただろ…」
「他の世界で特にやらかした件はどんな?」
「やらかし前提!? いや間違ってないけど!」
「「「やらかしたんかい」」」
ある世界では、元兵士の男と交友を結んで傭兵として転戦し、激戦区となり人の住めなくなった惑星を緑あふれる星にしたり、大規模事変でのどさくさで特殊素子の製造プラントを拝借したり、コールドスリープで旅立つ友人達に、生物的寿命を補填するよう治療してから送り出した。
「…キリコとフィアナ?」
「うむす。AT乗るのもめんどいので、AATライフルで随伴したなぁ」
「「「むせる」」」
ある世界では、狂った人工知性の影響で滅びかけつつも生き延びている人類のため、頑張れば一人一台を有した状態で賞金稼ぎとして旅立てるように対抗手段である戦闘車両のシャシー製造設備を各地の集落に建造した。尚、人類に対して一定以上の大規模攻勢を人工知性影響下の機械が画策した場合、問答無用で衛星軌道から攻撃するようマザーシップとZAXスーパーコンピューターを設置済みなのが容赦無い。
「俺、戦車というか車、乗ってみたいです」
「おお、モモンガさん、普通の車両タイプの設計図あるぜ」
「ほんとですか!?」
「アルベドとドライブでデートかぁ。俺もシャルティアと…」
「教習所を作る必要あるな…」
ある世界では、世界を巻き込んだ戦争の終了時、沈没した巨大兵器群の設計情報と、解体される予定だったドック船の設計図を入手した。こちらの海ではまだ建造していないが、ナザリック勢と海に出る際に使う予定である。
「これはわからんのですが、どういう世界だったんです?」
「多分、軍艦で無双するゲームの世界だ。序盤はまだWW2頃の技術水準だったのが、巨大兵器とか現れた所からおかしくなって、最終的にはレーザー荷電粒子砲とか波動砲とかぶっぱする」
「なにそれこわい」
「ナザリックの面々でクルーズできるよう、色々と設計図は貰ってきたよ」
「お、いいな、海釣りとか漁とか皆で行こう」
「海って大型モンスターの巣窟なんじゃ?」
「大丈夫、爆雷とか砲とか積むし、俺がヌカパンチでぶん殴って沈まない漁業小型船とかあるから」
「それホントに漁業船なんですかねえ…」
ある世界の元アメリカでは、既存の社会体制崩壊の原因となった特殊な菌糸類のワクチン開発にあたり、抗体を持つ故に犠牲になる筈だった少女のコピーをウェイストランド的な三次元プリンタで製造して提供。無事、ワクチンが開発された。尚、元となった少女とその保護者の男にはドン引きされて凹んだ。
「ああそれで検疫に時間置いたと」
「どの世界もそうだけど、特にウィルス系や菌糸類の類は念入りに除染しないとやばいからな」
「そういえばウェイストランドって?」
「河川や森林地帯を除いて、放射線変異種やFEV以外の細菌とかは放射線の影響で荒野じゃ拡散すらできん。代わりに物が腐らない」
「まじか」
ある世界では、火星を拠点としていた少年だらけのPMCに協力し、最初で最後となったヤマで程よく暴れて帰還すると、地球側をほったらかして火星側をシマとして大規模再開発した。その世界独自の人型機械の技術を収集する傍ら、ショバ代を求めてきたマフィアのケツを蹴り上げて同等かそれ以上の立場に収まると、火星と地球圏外に独立した経済圏を作り上げた。
「デジマ!? ミカやだんちょー…いや、ビスケたんは!?」
「ビスケット推しだったのかよかぜっち…ああ、全員存命だ。地球圏は知らん」
「本来ならどんな流れだったんで?」
「幸せを掴みたかった少年兵の傭兵団が時代に翻弄されて主要メンバーほぼ全滅エンド」
「「「うわぁ」」」
「火星を緑地化推し進めて雇用を大幅改善して、地球圏外苑をほぼ掌握させた」
「よくやった! やまちゃんのおっぱいを揉む権利をやろう!」
「いつも揉…いや、かぜっち後ろ見て後ろ」
ある世界では、ウェイストランドでも見たことがない厄介な生物が跋扈する人外魔境で出会った、冒険家という少し年上の男と意気投合して妙に美味い米を収穫して食ったり、無人の都市を探って変なボール球をけって遊んだり、見上げるような巨体の怪物をぶん投げて遊んだ。
「人類がほぼ全滅した世界だったのかな?」
「わからん。出会ったのがそのオッサンだけだったからな。あんまり内陸には行かずに海岸沿いを旅してた」
「それで、半周回った所で帰ってきたと」
「そんな感じ。百年単位で旅してたみたいでびびった。ああそうだ、米の収穫前に捕まえた変な蛇は、毒抜きして蒲焼きにしたら美味かった」
「…ねぇトールさん、何か変な修行とか習わなかった?」
「習ったぞ、必須だと言われて覚えたが…そういや皆、すげぇエネルギー量だよな、今更だけど」
「餡ちゃん、これまさか」
「うん、暗黒大陸…」
ある世界では、なんだか現代っぽいが随分と次元的には不安定だった。魔法というか魔術というのが裏で存在しており、それに関わる聖杯と魔術儀式の戦いに巻き込まれた。
「それって…」
「現代だと思ったら型月世界だったでござる…」
「ルートは?」「多分UBWだったと思うけど、無理やり全員助けてみた。爺は蟲蔵ごと潰して、大聖杯はバラした。AUOとは幾度かドンパチしたけど、最後は爆笑して去っていった」
「何してんの荒野の災厄wwww」
「イリヤは!? イリヤは!?」「落ち着けエロゲマイスター」
「青子に頼んで別の体に」「よくやった!」
「ただ最初、出現した矢先、ラジオが入って喜んだのもつかの間、居合わせたセイバーに斬りかかられて反射的にカウンターしたらモルスァみたいな事言って飛んでった」
「「「うわぁ…」」」
ある世界では…、etcetc.
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他にも色々あるが、古いヲタの中では雑食型であったトールは無意識に無数の世界に訪れていた。そして、元ネタ的な世界の知識からすれば、大なり小なり影響が大きすぎるやらかしをしていたのである。二次創作物における「メアリー・スー」的な「俺Tueeee!」を散々やらかしてきた訳で、
(とんでもねぇ事しちまった…)
と独りで頭を抱えるが、後の祭りである。トールが訪れた世界の記録は色々残ってる訳で、モモンガさん達はなんだかわいわい盛り上がっていた。訪れるのはちょっと…と言う感じだが、他にも世界があるというのはわくわくするらしい。
もしかしたら、モモンガさん達だって何かしらの原典世界があり、そこに介入してしまったのではないかと思い当たるトールだが、
(まあ、MODマシマシでウェイストランドに居た時点で、今更なんだがな!)
身も蓋もない意見である。
(誰かの手のひらか妄想かはさておき、いいんだ、俺は前を向いて生きる)
無駄にポジティブである。
(…生前、願っても叶わなかった嫁さんも居るしな)
にへらと笑うトール。次元の壁を越えて殴りたいこの笑顔。
「何なんだよアイツは!? どこからどう見ても人間だった癖に! 何で壊れない! 死なない!?」
(笑いすぎて腹筋崩壊)
「…権能も無し、神気も無し、それでいて次元一つに匹敵する力の渦のような魂。加えて、私のような創造の技を無数に持つとは。興味深い」
「あれ多分、人間として積み上げた技術の産物だな」
「おい、たかが人間がそこまで到達したってのか!?」
「あ、呪い解かれたみたいですね」
「嘘だろ!?」
「へいへい、ただの人間に神の呪い解かれてどんな気持ち? どんな気持ち?」
「」
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