荒野からやってきました ~死の支配者と荒野の旅人~ 作:マガミ
トールは原典キャラとガッツリ絡むチートマシマシな異世界転移キャラと言う時点で大分ひっかかると思ったんですが、意外です。
荒れ地に到着したというシモベからの連絡を受け、学士モガの格好をしたアインズさんは<クリスタルモニター>を使って転移先のイメージを固め<転移門>を開いた。
その間に、ナンバーズに命じて庭先で訓練をしていた帝国の面々を呼び出す。
「配下より到着したと報告を受けました。今から魔法にて向かいますが、準備は宜しいですか?」
「はい、アインズ様…いえ、モガ様。私レイナース及び随伴騎士隊、いつでも準備できております」
「宜しい。ウルさん達は何かあります?」
「特に無い」「さくっと行こうか」「問題ないですよー」
今回同行するのは、ウルベルトとペロロンチーノとベルリバーだ。トールも後から来る予定である。帝国と聖王国から使節団が来る日ではあるが、パンドラズ・アクターに責任者として対応を任せる予定だ。
「では参りましょうか」
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所代わって、首都ナザリックのログハウス前。ここ最近は、朝は頑張って起き出してくるやまいこと、いつもの日課になりつつある転移実験・調査予定のトールが居る。
「…くれぐれも、気をつけてね?」
トールの装備は中枢機能はそのままにリング状に小型化し、AR表示機能を備えたPip-Boyと、モブに紛れ込むような旅装束だ。現代風の洋服にも似ている。
が、外見だけだ。
バリスティックウィーブによる強化の他、防護障壁を発生させるバリアウィーブに加え、データクリスタルを解析して再現した様々な耐性と、モモンガさんから譲ってもらった魔法的な各種無効化能力を付与してある。
これは、転移予定先が地球型世界と仮定しても、以前の伝承的インド神話世界などの厄介な時空に跳んでしまった場合の保険である。
あるのだが…、銃弾どころか砲弾や光線や粒子砲の飛び交う戦場だろうと、放射線や毒物や呪い乱れ飛ぶ空間だろうと、宇宙空間や金星地表であろうと、生命維持は当然で健康かつ平気で出歩ける装備となっている事には、誰も気づいていない。
閑話休題。
「ああ、行ってくる」
雷鳴のような音を立てて姿が消える。やまいこの体感的には一瞬だが、すぐさまトールが現れた。顔立ちはそのままなのだが、つい先程の出で立ちとは異なっている。
「おかえり」
「ただいま」
トールは駆け寄りたい衝動をぐっと堪え、側に控えているエインズワースに指示を出す。尚、駆け寄りたいのはやまいこも同様である。似た者夫婦ですね、とエインズワースは内部で思考する。
「ただいまエインズワース。検疫情報を確認して断絶障壁を維持した状態で除染開始、血液サンプルを取ったらテストを」
「かしこまりました、いつもの行程ですね。何かしら特異な事項はございましたか?」
「西暦二千年代だったが…東京都内にいきなりモンスターと槍持ちのレギオンが出る世界だった。異世界と通じる門が現れたとかで大騒ぎ。政府管理だったから通れなくてな」
夜の銀座に現れて、遠い記憶から有名で馴染みのビアホールでビールと料理を楽しんだトールは、素泊まりでビジネスホテルにて一泊の後、銀座をぶらぶらしていたらそこにローマな感じの軍団が現れた。
「レギオン? 軍団…ふむ、あれですな、アニメ化もされたという自衛隊が活躍する作品」
「え、あれ、教えたっけか?」
「スキャンしてアーカイブしたデータベースからです。私が管理しておりますので」
かの作品の正史では「銀座事件」と呼ばれる民間人の大量虐殺事件。突然かつ無差別なため、流石にトールも全てを守ることはできなかった。日本国内のため下手に銃器を取り出すことができず、手持ちにあったスワッター…木製バットで応戦しつつ、ワークショップの機能で車両などを移動させてバリケードを構築しながら兵士やモンスターの行動を制限した。アインズさん達から譲って貰っていた低級ポーションなどのユグドラシル製アイテムは目立たないものから大放出である。
そして警察に協力しながら民間人を誘導、皇居の門が開いた事からそちらに逃した。細かい逃げ遅れが居る可能性から、警官の制止を振り切って兵士やモンスターの群れに突貫した。
結果的に、二重橋の英雄と讃えられたある非番の自衛官とは別に、目撃証言から「妖怪血飲ませ」ほか、サファリハットに赤い上着姿でバットを持ち、兵士やモンスターを無双状態で殴り倒した画質の悪い動画から「やばんちゃん」「銀座のバットマン(物理)」と讃えられたそうな。
閑話休題。
「あー、それか。思い出した。二重橋と秋葉原で遭ったあのとっぽい兄ちゃん、怠け蟻のアヴェンジャー(イタミさん)かよ…」
お台場でイベントが再開したらまた逢おうとか固く握手を交わした男の顔を思い出して、独り苦笑しながら衣服をいつもの地味な野戦服に着替えるトール。通信音が鳴り、エインズワースがホロディスプレイに情報を表示。やまいこも覗き込む。
「除染措置並び検疫調査は終了、健康体です。今回のこれで標準的現代社会の周波数は概ね特定できましたね」
「本当に何もファンタジーやら伝奇的やらSF的な要素の無い世界には一度も行けてないけどな…」
「こうなると、もう少し教授からリアルの歴史詳細を確認して、既訪の中から近似の事件がある世界の情報サンプルを取った方がいいかも?」
「成程、そういうアプローチは大事だな…」
「過去情報よりピックアップしておきます」
エインズワースに指示をいくつか出して、ログハウス前に待機しているメイド達に目配せすると、考え込んでいるやまいこの肩を叩く。
「お茶をして一息入れたら行こう」
「そうだね。あ、ボクは紅茶にしてもらえる?」
「畏まりました」
ナザリックメイド達に用意してもらった香り立つコーヒーと紅茶をお互い堪能した後、首都ナザリックを訪れる予定の来賓を出迎える準備をする。
ギルメン達も出るには出るが、ナザリック側の責任者はパンドラズ・アクターだけである。補佐に髪の色を変えたラナーが就くのだが、これにアルベドとデミウルゴスが賛同した。
ラナーは首都ナザリックの小さな家で、クライムとラブラブ生活をしていたが、何かしら役に立ちたいと言う事で立候補してきたのだった。
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来賓はバハルス帝国の外交大使と、ローブル聖王国の外交大使だ。運が良いのか悪いのか、防御の関係上開いていた門が南側だけだったため、反対方向だったにも関わらず帝国と聖王国の一団が鉢合わせした。
別段、敵対している訳でも無いが帝国は覇権国家の側面を持つため聖王国側はかなり警戒していた。対して帝国側は、大使として訪れたのがなんとジルクニフ帝ご本人ということで、これまた警戒せざるを得なかった。
「よぉうこそ! バハルス帝国の外交大使御一行様並び、ローブル聖王国外交大使御一行様!」
そんな緊張感漂う彼らの前に、豪奢な制服…おそらくは軍服だろう…を纏った、黒髪の美青年が現れた。彼は巨大な門扉の上から美しいフォームで跳ぶと、縦回転しながら門前の石畳の上に華麗に着地。遅れてついてきた風が、かなりの速度で落ちてきた事を示していた。この辺りはアイボットが録画しているので、アインズさんが連続で精神安定化するのは必死。
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美青年は被っていた帽子をくいっと上げると、大仰にして優雅な仕草で礼をする。上げた顔はとても整っていて、微笑みと共に白い歯が光る。帝国と聖王国共に、女性の護衛達がほうっとため息をつく。
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美青年の正体は、人化したパンドラズ・アクターである。
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以前までは英雄モモンの影武者として立ち回っていた関係上、人化の姿も健康的かつ少し整えた、リアルのアインズさんがベースになっていた。
しかし、ある日にポロっとパンドラズ・アクターが「父上」とアインズさんを呼んで、それに喜んで返事をしていたという話がシモベからギルメン達に伝わり、どうせなら立太子させちゃえという事で、名実ともにアインズさんの子として準備をしていた。アルベドの嫉妬ビームについては、アインズさんが身を挺してガードした。
「…近いうちに兄弟ができそうですね。本当に大丈夫ですか、父上?」
「だ、大丈夫だ、大丈夫…」
容姿はアインズさん以外があーでもないこーでもないと考えた結果、線の細いリアルのアインズさんを乙女ゲー方面で超美形化した感じである。コンセプトは王子様だそうな。
「まじで王子様やwwww」
「キラッキラしてるんだけど!」
「顔立ちと言うかパーツ一緒なのになんぞこれwwww」
人化した姿をお披露目した際、トールだけが見えているが、当然ながらアインズさんはぺっかぺっか光っていた。
閑話休題。
「私は魔導皇国三宰相が一人にして…」
注目が集まった所で自己紹介をはじめたが、なんだか様子がおかしい。
「え、宜しいのですか? …は、はい、んぁりがとうございます!」
なんか嬉しいらしい。
「こほん、改めまして…私は魔導皇帝が第一子、アクト・アインズ・ウール・ゴウン・ナザリックと申します! 気軽にアクトとお呼び下さい!」
なんだか歌い出しそうな感じで自己紹介。大使一行は困惑しつつも「まずは我らが首都ナザリックへ!」という事で、巨大な門扉から首都ナザリックの中へご案内。
パンドラズ・アクターは予め門の中に呼んでいて待機させていたスレイプニルをアイテムで呼び出して跨ると、「開門!」と一声叫んでから先導した。
「もし万が一億が一攻めるとして、あの外堀を超えるのにどれだけ犠牲がでるやら」
「こいつぁ驚いた。深い外堀に磨かれたような外壁だけでも厄介だってのに、内側にこんな広い場所を用意してんのか」
首都ナザリックの外周は、初期計画では堀などは無かったが、数度拡張した最後で大森林の地下水脈の一つにめり込み、中にあった湖から流れの一つを寸断する事となった事から下流の影響を考えて地上に出させた。どうせならと全周に堀を作り上げ、経由して本来の接続河に合流するように調整した。
石材は古代コンクリートをベースに、表面をウェイストランド科学のコーティング剤で覆ったもので、緩やかなカーブで反るように形作られた上にとても滑らかである。堀も全てつるつるなので、一度落ちたら、百メートル毎に設けられた外へ向かう階段を使わねば、一人では登れない。
「半周回った目算ですが、この内側の広場を除いても帝都より都市中枢部の方は広いかもしれません」
「ん? 畑が作られてるってことは、これ、普段は農業区画なのか?」
「全ては賄えないにせよ、他の外周区割りにこの面積の畑があるとすれば、単純な兵糧攻めでは年単位かかるでしょうね」
外壁と内壁の間にある広いエリアは、兵力展開にも使えるような広さがある。下手すれば、王国と帝国がカッツェ平野で展開していた全ての兵力が余裕を持って入れる面積だ。
この規模の都市なら相応の備蓄も用意してある筈で、攻める側は外壁を突破しない限り、年単位で兵糧を浪費するという悪夢のような状況が続くだろう。
尚、このエリアなのだが対外的に農耕をしているフリをするための農業区画だったりするが、もっと悪い事に、地下大墳墓の生産区画はそれだけでこの規模の人類都市用の糧秣や食料を用意できる。
「こんなのを建築しようと思ったら何百年かかるんだ? 転移してきたってのは本当でしょうな」
数度拡張したけど現地生産で、工期は一週間程度だとは夢にも思わない。犯人は荒野の災厄。
「…驚きすぎて言葉が見つからん。はは、我が友の国はどれほどの規模を治めていたやら」
「大陸規模の大国家と言われてもさもありなんって奴ですな」
「世界の終焉まで存続させたというのも頷ける」
サービス終了まで維持してたのは地下大墳墓だけです。
「しかし、丁度ローブルからも大使が来るとはな」
「あちらは国の内情もあり女王本人は流石に来れずとも、王兄を大使として送ったか」
「直々に出向く大将と流石に比べられませんて」
「我々が居ない間に、帝都でやらかす奴らが居なければいいですが」
「その為の爺だ。研究尽くしだが、成果の一端で配置されたあの数のスケルトンには驚いたぞ」
アインズさん達のチートな贈り物で第7位階に到達したフールーダは「第7位階死者召喚」で念願のデスナイトの召喚と支配に成功。他にも大量の上級骸骨戦士を戦役の遺骨の欠片を触媒に呼び出し、皇城に密かに配置している。
今回の外交の主目的は魔導皇国との国交樹立だが、これについてはお忍びで訪れていたアインズさん達と事前に交渉済みなので、対外的なポーズの意味合いが強い。副目的は、未だこびり付くように残る旧帝国貴族復権派の炙り出しだ。愛妾のロクシーも了承済みというか、殆どの絵図を描いたのは彼女である。
炙り出しの件は事前に魔導皇国側にも報告してあるが、それを聞いたアインズさんは内心、ドン引きである。ウルベルトとぷにっと萌えは称賛した。
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さてもう一方の外交大使の一団、ローブル聖王国の皆さんであるが、事前の邂逅で耐性ができていた帝国とは異なり、経由する事になった王国の様変わりっぷりに驚いた上、更に魔導皇国の首都ナザリックに度肝を抜かれた。
遠くから見える氷炎のランドマークタワーからして、近郊のエ・ランテルから余裕で見えている訳で、今回の外交大使団の中に捩じ込まれた反聖王女派の息がかかった連中は、王国を通った段階で口数が減り、今に至っては完全に喋らなくなった。
「妹が決断した国交樹立交渉に随分と反対してたね」
「聖騎士団団長も反対していましたが」
「彼女は例外だよ」
死の神を自称するアンデッドもどきなぞ何するものぞ、と元気だった連中が意気消沈していく様は、王兄カスポンド・ベサーレスにはとても滑稽に見えた。
「神の御座、とはこの都市の事を言うのだろうね」
「カスポンド様、それは…!」
カスポンドは王国通過時に見た復興や発展具合、特に道の整備状況をつぶさに確認していた。通過に伴い国家代表として挨拶に来た唯一の王位継承者ザナックに話を聞いていたが、提供元は魔導皇国の息がかかった商会の協力があったとの事だ。
(道を作る技術、その高さ。そしてそれを安価に無尽に提供できる事、これを知れば妹もケラルトも凄まじさを理解するだろう)
王国側に入った途端、馬車の揺れが極端に少なくなった。高い技術で凹凸を抑えられた均一の硬い道は、流通を活性化させる要因になるだろう。
だが、そこに思い至らない連中が聖王国には多い。今同行している中にすら居る訳で、ケラルトに報告してある種の篩い分けに使うべきかもしれないとカスポンドは考えている。
尚、色々とお考えの王兄には悪いのだが、道の整備技術の根幹は荒野の災厄が古代コンクリートを提供した。後は運搬周りをル・シファー商会のゴーレムを、他作業を国家事業として急ピッチで王国民を雇用して進めさせた。
結果、王国側は借金をしての事業だったが、雇用した民草が経済を回すことで巡り巡って王国全般で経済が上向きになり、納められる税金が増えたので、国庫の余裕は逆に増えた。一度動き出した金の流れは経済を強く動かし続けている。
この結果に、必要な所に横領無く正しく国家事業が行われていればと、王もザナックもレエブンも深くため息を吐いた。
閑話休題。
「パベル、私は言葉を翻す積りは無いよ。
私の意見をはっきり言おうか?
…魔導皇国を敵に回せば、聖王国は消える。地図上から文字通り、消え去るだろう」
二の句を告げないパベルから視線を外すと、聖王国の存続、その一点をどう守り通すか、王兄カスポンドは頭を巡らせた。
「そういえば、トールさんの言う21世紀代の世界で、特に気になったのは?」
「そうですね…、魔法やらそういう要素がほぼ無いんですが、鍛えた武術家が異様に強い世界がありました」
「ふむふむ。トップクラスとかは、ユグドラシル換算でどの位?」
「スキルや魔法、装備が無ければ、100レベルでも苦戦する可能性が」
「え…?」
「スキルや装備のない、プレイヤースキルの範囲で言えば近接ツートップとガチでやりあえると思います」
「それ本当に人類? トールさんの同類なんでは?」
「私は人間ですからね? 彼らも十分怪しかったですが人間でした」
「怪しかったんじゃないの…」
「あら、ケンイチさん、考え事?」
「ミナセさん、また来てくれないかなぁって…」
「まーたため息しているね。でもま、確かに面白い人物だったね」
「あの人の…武器…刀、凄く…驚いた。他も一杯…」
「他の世界から来た、というのも強ち嘘では無いのかもしれんな」
「へっ、どうだかなぁ。ま、少し晩酌が寂しいっちゃ寂しいが」
「ほっほ、また来てくれた時に、聞くがよかろうて」