荒野からやってきました ~死の支配者と荒野の旅人~ 作:マガミ
「…お早う、アルベド」
「お早う御座います、モモンガ様」
モモンガさんの自室。お互い人化した上で少し気怠い朝の時間を過ごしている。アイテム類も色々外しているので、身体のスペックはさておいても若干、腰が重い。所謂朝チュンである。爆発しろ。地下大墳墓内のロイヤルスイートなので鳥の声は無いが。
「昨日は…」
言いかけた所で、アルベドはモモンガさんの唇に指を伸ばした。
「私の前だけ、存分に甘えて頂いたのです、役得です」
「そ、そうか…。
先に起きてからずっと見られていたのか? 恥ずかしいな…」
「ふふ、お休みになられているモモンガ様の寝顔はとても可愛らしくて、つい…」
「むむ…予定まで時間はまだある。もう少しゆっくりしようか」
その言葉に微笑むアルベド。ピロートークも万全。かつての童貞悟さんはもう遠い所に行ってしまった。
アルベドの濡羽のような髪を弄びつつ、心地よい感触に目を細め、そのまま二度寝と相成ったモモンガさんである。
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(…やっと落ち着かれた。私達、いいえ、私よりも思われている部分がある事は、妬ましくもあるけど)
昨晩は、他の至高なる御方々や守護者達の前では抑えていたものが、アルベドと二人きりになった所でモモンガさんは感情を爆発させた。泣き叫び喚き散らし、そしてアルベドを抱きしめて誰向けとも知れない謝罪の言葉をつぶやき続ける愛しい男の姿。それをそっと抱きしめあやし続けた。
「ごめん、俺、アルベドが大事だし、皆も大事だし、他の守護者も、シモベ達も、ナザリックみんなみんな大事だけど、トールさんだって、それに近い位、大事に思えてたんだ…!」
独白を穏やかにただただ肯定し、少し落ち着いた所でアルベドはモモンガの全てを受け入れ受け止めた。前衛職構成とはいえ、装備も無く人化した状態ではまるで嵐のように翻弄された。電源が切れたかのように眠ってしまったモモンガさんを抱きしめ、朝まで半ば微睡みながらその寝顔を見ていた。
そして今も、二度寝をして穏やかな寝息を立てるモモンガさんを見ながら、思考を巡らせる。
(トールが意識を取り戻し次第、ヨイヤミの情報を確認しなければ。あのトールが、敵対表示の相手から奇襲を受けるのは明らかにおかしい。ならば、ヨイヤミに攻撃できない、あるいは攻撃し辛い特徴があった筈よ)
こんにちは死ね!が日常茶飯事であったウェイストランドでは、Pip-boyの敵味方識別はトールの生命線であり、コンパクトで(狂気的に)優秀な識別ルーチンはそれを殆ど外した事は無い。Pip-boyを素材にしているハイエンドモデルのナザリックギアにも組み込まれている機能であり、より身体に馴染んでいるトール以上に機能を使える者は居ないものの、信頼度は高いので傭兵業や冒険者業などでも活用されている。
(今後の活動範囲については、聖王国に留まるのは明白。モモンガ様の鬱憤の解消と心の安寧の為、一撃で終わらせたりはしないわ)
現時点で推察される活動規模から、ナザリックの全力を持ってすれば被害を受ける前に押し潰す事は可能だろう。ただ、用意に時間がかかると自ら暴露していた、あのトールが瀕死になった攻撃は厄介だ。それを完全に封じつつ、一撃では終わらせず、自らが行ったことを後悔させながらすり潰し、背後の組織共々生き地獄に落とさなければならない。
それでこそ、今まで受けている恩に報いる事ができるだろう。
(ふふ、意外と私も、あの男が気に入っているのかしら?)
王国での一連の計画が終了した後、モモンガさんの正式な伴侶となった事をトールは祝福して、これから生まれるであろう子供の事も考えた様々な準備を嬉々として行っていた。これからの孫の可能性に、気が早すぎる祖父のような感じといえば伝わるだろうか。実年齢は実際お爺ちゃんであるのはツッコまない方向で。
(モモンガ様、貴方様と過ごす幸せで穏やかな未来のため、私アルベドは万難を排して、事にあたります)
そう心のなかで決意して、静かな寝息を立てる愛しい男の頬に口づけを落とした。
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滞在中の外交使節団の持て成しは、ラナーが取り仕切った。素知らぬ顔で挨拶に出た彼女を見て、ジルクニフは引きつった顔をしていたが、王国に戻る気は無い事を知ると安堵のため息である。
「アインズ陛下も仰っていましたが、溜息を吐くと幸せが逃げてしまいますよ?」
「…ご忠告痛み入る。所で、技術や制度の選定は貴女が差配したと聞いた」
「はい。事前の情報から帝国であれば即時可能な範囲を策定いたしました。積極的に取り入れて頂いた事は、この上ない喜びですわ」
トールからの技術供与については、それらをラナーに見せた後、この世界基準の技術力で実行可能な物を提供している。周辺国の態度が友好である限りは、ラナーは魔導皇国の側で大人しくしている予定である。
魔導皇帝陛下が入手した帝国製魔道具の技術力から、提案できる事項を更に用意しているとも伝えるラナー。末永く仲良くしましょうね、と伝えてきた彼女にジルクニフの頭からはらりと何かが落ちた。
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ジルクニフ並び文官集は良い食事や首都ナザリックの見学ツアーで主に饗された訳だが、騎士達は競技場や訓練場の教練に強い興味を惹かれ、うずうずした挙げ句に参加した。
死の騎士含む、教練というよりは死闘を覚悟するようなアンデッドや様々なモンスターとの「安全な」戦いに興味をそそられたのだ。
また元六腕のファイブズ、ブレイン、クライム達に加え、何故かカルネ村のエンリ達も居た。クレマンティーヌはカワサキがトールの急報に一時休店して首都ナザリック側に来ているのに同伴しているが、地上での訓練には参加していない。専ら地下闘技場での鍛錬である。
「王国にあれ程の強者がいるとはな」
「レーナ…いやラナー女史、伴侶のクライム殿も中々の強者と見た」
「有難うございます。魔導皇国四一皇の皆様に鍛えられた努力が報われたわね、クライム」
「はい、ラナー。
好きな女を守る力が欲しいか? 欲しいならくれてやる!
と仰られまして…」
どこぞの魔獣ですかというツッコミは無い。その時、トールは居なかった模様。
「先の戦での、ガゼフに匹敵するかもしれません」
「御冗談を。私など、剣士の端くれに過ぎません」
「所であの嬢ちゃん、王国の隠し玉か何かですかい?」
一時休憩に戻ったバジウッドの視線の先に居るのはエンリだ。完全に村娘にしか見えないが、軽防具を装備し、手に持っているのは大きな鈍器。軽々とそれを振りかざし、轟音を立てて死の騎士と打ち合っている。
「はい。いいえ、バジウッド殿、彼女は魔導皇国近郊のカルネ村…いえ、カルネ自治区の代表です。カルネ村は、かの始まりの九連星に縁深い場所にございます」
「呪いの除去を頂いた後、試しに手合わせいたしましたが、実戦経験の不足の他は、エンリさんはとても強い戦士ですわ」
あれ程の強者が代表とかどんな人外魔境だ!?という帝国騎士や従者の心のツッコミが揃った。尚、ブレインとゼロの手合わせは、読み合いがメインなので地味すぎて、四騎士以外には不評である。
「人妻でなければ求婚している」
「「ナザミ!?」」
その後、ゴーレムを用いた集団戦闘で職業で得ている能力を遺憾無く発揮したエンリに対して、レイナースを除く四騎士達は「過去の王国との戦争で彼女が出てこなかったのは幸い」と称したそうな。
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驚きつつも何処か和気藹々な雰囲気の帝国側とは異なり、代表のカスポンドを除いて重苦しい雰囲気な聖王国側。
門扉から大通り、用意された宿泊施設まで、かつて世界の滅びに抗った(意図的に流布されているアインズ・ウール・ゴウン伝説)末に多数の民を失ったと聞く首都ナザリックは、人影がほとんど見受けられない。
だが、栄華と技術を極めたと思われる通りは、空中に案内の文字や映像を映し出したり、今は鉄網で隔てられているが様々な商品が展示された大きな一枚硝子のある無数の店舗、道に至っては全てが石材らしきもので舗装された上、ゴミ一つ落ちていない。それに小型の巡回ゴーレムが、街路樹の落ち葉などを清掃していた。
見上げれば大通り沿いは三階を遥かに超える高さの建築物が立ち並び、遠目にはそれ以上の高さの建物が見えていた。
案内された巨大な来賓用宿泊施設に至っては、過不足無く用意された魔道灯、温度を一定に保つ空調、常に湯を使える浴室、王国でも上宿にのみ設置されているという水洗洗浄魔道便所などが全員に用意されていた。
また機能の使用方法については、応答可能なゴーレムらしきメイドが控えており、複雑な要望にも柔軟に対応する。ルームサービスも、画が切り替わる魔道具の硝子板で選んだり頼めば、すぐに対応された。
「素晴らしいを通り越して恐ろしいです、カスポンド様」
「全くだね。どれ程の叡智を積み上げれば、このような部屋を、そして都市を作り上げられるのか全く見当もつかない」
帝国側は、提供技術の発展の末がこの首都ナザリックの姿と推察できているが、途中技術に断絶のある聖王国側では見当もつかない状態である。
尚、感想を述べる二人には悪いのだが、この宿泊施設は結構突貫工事だったりする。施工者は荒野の災厄。
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内装はキャピタルウェイストランドにあった高級ホテルのデザインを再生修復したもので、施設設備についてはトール基準で一般的なビジネスホテルのものに過ぎない。配置しているメイド型ゴーレムも、ナンバーズの簡易版で自律化はされておらず、ホテルに専用に設置された人工知性が支配人として取り仕切っている程度である。
食事についてはカワサキ監修の王国や聖王国料理をアレンジあるいは「本来の姿」にしたもので、更に言うとセントラルキッチン方式と保存食を解凍した代物である。カワサキが直に料理を出した帝国側とはえらい待遇の違いである。
閑話休題。
「パベル、例の連中は大人しくしているかな?」
「ええまあ、警護に天使を喚ばれたのもあって、気分が優れないと引き篭もっております」
必要は無いのだが、ナザリック側は警護してますぜ的ポーズとして、比較的人に近い姿の傭兵モンスターの中から、中位の天使系モンスターを複数ホテルの警護に喚び出した。外交使節団が去った後は、低レベルすぎて首都ナザリックの防御には適さない為、使役モンスターの強化タレントを有するニグンに任せる予定である。そこ、在庫処分とか言わない。
(勢い付く保守派の裏、そこに潜む何か。恐らく、魔導皇国側はそれを憂慮してあの武具を私達に渡したのだろう。表向きは亜人達への牽制と言っていたが、あれ程の武具や魔道具…保守派を支援する何者達かへの備えに違いない)
聖王国の背後に何かが居るのは気付いていて調査はしてますが、ゴミ装備を渡した件についてはそれ程深い意図は無い。
アインズさんの指示で、至高なる御方々の所持品だった物を譲渡すると言う話に守護者の多数が何故と考えていたものの、余剰品の処分と伝えて納得させた。デミウルゴス達知恵者グループは「成程、流石はモモンガ様」と賛成していたりする。
閑話休題。
「戻り次第、カルカ達に相談しなければ。レメディオスを蔑ろにするようで悪いが、パベル、根回しをお願いできるかな」
「聖騎士団若手の一部は難しいですが、他の色と古株はお任せを」
伝統から外れ、聖王とはならなかったカスポンド。内心、重大な責務と逆風に晒される妹に申し訳なく思いつつも、幼少の頃に比べれば鳥の羽に等しい自身の立場の軽さに実は喜んでいた。だが、それに暗雲が垂れ込めてきている事には、とても腹が立っている。
「存続か滅びか。魔導皇帝陛下に温情を頂いた以上、成果は出さないとね」
そう呟いたカスポンドの目には、力強い光が宿っていた。
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荒れ地での襲撃事件後、数日は目は覚まさないまでも経過が順調とエインズワースとやまいこの報告を受けたギルメン達は、安堵すると共に「いつも通り」を装うべく、首都ナザリックや王国での活動を再開した。
「こういう時こそ、準備は怠らず、さりとて引きこもらず、堂々とすべきですよ皆様。ま、御主人様の事です、復帰次第いつも通りご挨拶されて、笑顔で報復手段を献策されるかと」
トールの見舞いについて、現時点ではやまいことユリ以外は許可されていないのも理由の一つではあるが。
無論、素で出ている筈もなく、ユグドラシル現役時代以上の装備を準備した上でナザリックギアの機能「追加スキン」により外見は偽装してある。
「人化してるとへそ出し豪華BANZOKUだからな俺…」
「俺なんか普通に忍者だし」
「私だと胸前ガバーですよガバー」
「そのまま聖騎士なたっちさんが羨ましい」
「装飾あるけどほぼ全裸!」
「別に見たくな…姉ちゃんギブギブ!」
また活動予定箇所の周囲には索敵と隠蔽に優れたシモベや傭兵モンスターが事前に隠れて固めている。また、ギルメン達はペアでの活動をした上で、くじ引きで選ばれた戦闘向きの守護者が随伴する。
「警戒はしてるけど脅威とは判断してませんが何か」
というメッセージである。首都ナザリック内については、現在、外交使節団が居る事もあり高度な警戒態勢を敷いているが、それに加えて簡易版ナザリックギアで偽装人化したシモベが多数、都市活動の偽装も兼ねて生活をし始めている。
「例のテストで合格したシモベ、結構多いな」
「シャルティアが合格したから盛大に焦ってるっぽい」
それと、今後を見据えて「出島(仮)」と呼称している開放商業区では、音改が教育担当をしている商人兼諜報員となるシモベや傭兵モンスター達が、グランドオープン前の商業施設よろしく他の偽装人化シモベ相手に商業活動を練習中だ。偶に至高なる御方々も訪れる訳で、シモベ達も気合が入っている。
流通貨幣は物理的なものではなく、トールの拠点で溢れているキャップがデータ的に取り扱われている。
「通貨単位の候補は、AOG、NZ、魔導皇国貨…」
「価値が1ユグドラシル金貨と同じなのはいいとして、細かい通貨が無いから、データ通貨でキャップを補助にするのは仕方無いか」
敵性組織にどれ程の情報収集あるいは受容力があるかは不明ではあるため、この外部活動による挑発がいつ効果を出すかは定かではない。ただ、王国から聖王国を行き来する商人や冒険者、あるいは傭兵から伝わった噂話は、数カ月後にヨイヤミをある意味爆発させた事は記しておく。