荒野からやってきました ~死の支配者と荒野の旅人~   作:マガミ

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荒野の災厄とその目覚め

「覚…さ……す…」

 

 聞き慣れた声にトールが治療溶液の中で目覚めた時、治療ポッドの硝子越しに隣の管理室の窓に見えたのは、端的に言ってホラーな光景だ。

 肉食獣に鳥と甲殻類はまだしも、骸骨に石像に火の玉にスライムに冒涜的な口の塊にタコみたいなのに…etc。

 そんなのが窓に張り付いて視線をじっと向けていると来れば、並の人間ならSAN値直葬だろう。

 

『…!?』

 

 トールですら一瞬で意識が覚醒して意識を戦闘状態に持っていった地球の古今東西ホラー要素の一枚絵。とてもじゃないが平静でいろという方が無茶振りである。

 だが、窓の端の空間に、困ったような安心したような、見慣れたポニーテールの女性が居たので踏みとどまった。

 

『…お早う。目覚めた途端に見る光景としては、少々心臓に悪いんですが』

「「「あ…」」」

 

 治療ポッドと窓越しの会話の為、表層思考スキャナによる音声通話で響くトールの声に、モモンガさん達は異口同音に間抜けな声を漏らした。

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 モモンガさん達はトール覚醒の情報に急いで集まった。人化どころか偽装人化すらせずにトールの拠点に集まり、案内されるままに集中治療室に入ってきたのである。廊下を走らないように早足で歩く異形種の群れとかシュールすぎる。

 

 その結果が、治療室を見る窓に張り付く無数の異形種フレンズという訳である。明るかったからまだマシだったが、暗がりで窓いっぱいにそれだとしたら、トールも流石に悲鳴を上げたかもしれない。ちょっとした意趣返しに、後でトランキルレーンを使って、見た光景を画像として保存する予定である。

 

『一週間経過か。思ったより時間がかかったな』

「御主人様、まだ例の侵食は隔離は終えても駆逐ができておりませんので、完了までご容赦を」

 

 シンス…インスティチュートの第二世代人造人間型の筐体を操作し、Msナニーと共に治療に尽くしてくれているのはエインズワースだ。端末を操作し、横たわっていた治療ポッドを九十度回転させてから縦に動かす。

 主従の会話の間に、ナザリック側の幾人かはそそくさと人化に切り替えており、視線が正面になったトールに代表としてモモンガさんが話しかけた。

 

「加減はどうですか?」

『見ての通り身動きが取れませんが、想定よりは悪くは無いですよ。エインズワース、除去までの再計算は?』

「二週間と言った所です。試験的に用いた変換炉の補助で、侵食自体の力が初期想定より抑え込めておりますので」

「よかったです。…いきなりですいません、相談などはどれくらいで許可されます?」

「御主人様に代わりお答え致しますと、明日からは1時間程度に限り受け付けさせて頂きます」

 

 トールは酸素マスクをした状態でプカプカと浮かびながら顎に手をやろうとするが、治療の為に神経系は一部、動作しないよう抑制しているので動けない。

 

『表層意識スキャンは動作してますから、敵情報の概要をまとめて用意しておきます』

 

 かの敵対プレイヤー、ヨイヤミとの交戦において有効な動きを取れなかった原因について、意識が戻ったトールとしては早急にナザリック側へ伝えておく必要がある。

 

「助かります。あと、可能なら聖王国関連の情報、閲覧許可をください」

『聞いたなエインズワース、閲覧許可コードを』

「承知致しました。皆様、名残惜しいかと存じますが、面会についてはあと5分程度までとさせて頂きます」

 

 無事な顔が見れてほっとしているので、一言二言声をかけて終わりにするギルメン達だったが、二名だけは声をかけてすぐにどこかをガン見していた。視線はトールの顔ではなく、やや下の方である。釣られて他の面子も視線を落とした。

 

「姉ちゃん達、何を見て…こらこらこら!」

 

 それに気付いて窓の前でばさっと羽を広げるエロゲマイスターだが、素晴らしく早い無駄のない無駄な動きで視点を移動させ、ぶくぶく茶釜と餡ころもっちもちはガン見を継続。

 

「こ、これがおっきくなって山ちゃんに…ごくり」「人体の神秘だねぇ」

『ちょっと、謎の光とか無いんだから!』

 

 何を見ているかといえば、ナニである。再生治療により新生したそれは、元よりほんの少しサイズアップしつつも、未使用故のういういしい色合いで、治療液の中「こんにちは!」していた。

 

「毛が無いし怪我も無い」「成程、中々でかい」「平時でそれか」

「羨ましいな!?」「使う相手おらんやろ」「言ってはならん事を…」

 

 ペロロンチーノの尽力も虚しく、釣られて他のギルメン達も見て各々の感想を述べた。モモンガさんも見ており、感想は「俺も負けてないな」である。アルベド大勝利(何)

 

『全員でまじまじ見ないでくれますかねぇ!?』

 

 身動きが取れないトールは焦る。そこに助け舟を出したのは、やまいこだった。エインズワースに指示してトールの治療ポッドの位置を最初に戻し、くるりと振り返ってギルメン達ににっこり微笑みかける。

 顔が若干赤いのは致し方無い事だろうか。

 

「おーいみんなー? …表出ろ」

「「「ごめんなさい!」」」

 

 流石に病室ではぶっ飛ばされなかったが、一斉に治療管理室を出たギルメン達は、蜘蛛の子を散らすように逃げた。ペロロンチーノはそれを見送ってから、トールとやまいこに一礼すると去っていった。

 

「全くもう」

 

 腰に手を当てて溜息。エインズワースはドアを閉めると、各種バイタルデータのチェックと、追加治療の準備に入る。

 

『心配かけたね、もう大丈夫、ありがとう』

「うん、お早うお寝坊さん。もうあんな無茶は…ううん、モモンガさん達を守ってくれてありがとう」

『どういたしまして。早く治して、舞子に触れたい』

「ボクもだよ」

 

 会話は途切れ、硝子越しに見つめ合う二人。エインズワース達は空気を読んで信号通信でやり取り。ロブコ社製人格プロトコルは学習次第で空気も読める優秀さであった。

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 トールが覚醒したのは、魔導皇国が国元へ戻る外交使節団を送り出してから半日後である。

 ナザリックのシモベ達へも通達が出され、トールと交流のある守護者達は、安堵する至高の御方々の姿に喜んだ。そして、ナザリックが誇る知恵者三名は、送られてきた敵対プレイヤー「ヨイヤミ」の情報と、聖王国の詳細情報について意見を交していた。

 

「…ふむ、ターゲット情報が周辺一帯になっていたと」

「トォール殿のヌカパンチは強力ですが、加減をせねば周辺に影響を及ぼしかねません。そんの程度で負傷する至高の御方々でぇはありませんがっ、フィールドを乱して不利になる可能性を避けたと言う事ですな」

「索敵情報の方向と、VATSによる照準情報の明らかな異常…これは、相手の身体となる部分が一帯を覆った?」

 

 FalloutにおけるVATSでの射撃と格闘では、ターゲット可能な位置が異なる。射撃は解析した部位について個別に狙えるのだが、ヌカパンチ含む格闘攻撃では全体をターゲットするしかない。MODで部位を指定して格闘攻撃を行えるようになっているのだが、現実化した影響か、交戦して相手の情報解析を行わないと部位狙いができない仕様に変化していた。

 

「それなら辻褄が合う。成程、元大王国の周辺たるカッツェ平野を今も覆うのは、その残滓という訳ですか」

「世界級アイテムの類では無い事が、逆に取り込みの成功となったのね。ナザリックが所有する山河社稷図とは異なり、閉じ込めるのではなく覆い被さっただけとすれば…」

「ペロロンチーノ様、ウルベルト様の攻撃が効果を出したのも、強力ではない故の効果ですねっ」

「それに、出現と撤退は課金アイテムの使用だと断定されています。強力ではなく便利程度の使い勝手の中で、該当するものがあると。ただ、この世界では補充の手段が無い」

「それに事前の準備で消費した以上、おいそれと連発はされないと」

「保有エネルギー量の推定データ…これは、連打できない証左ね。攻撃前と後で、三割程違うわ。口振りから言って、もう2度撃てはするけど、二回目、三回目には何かしらの問題があると見ていい」

「ふむ。人間種プレイヤーだったとの事ですが、解析ではレベルは100以上…かの竜王の躯も使役しているというよりは、融合している可能性がありますな」

「それで異形種たる至高の御方々を罵倒するなど…いやはや、怒りを通り越して愚かさに呆れ返るね」

 

 あれよあれよと、詳らかにされる「ヨイヤミ」の情報。裏に支援する組織の影が無ければ、為す術もないまま引きずり出す事ができた筈だ。それだけ、あれだけ短絡的な存在を操作しながら隠れ続けている奴らが厄介な証左である。

 

「事前の方針通り、準備と警戒を維持しつつっ、暴発による自発的暴露を待つ事と致しましょうっ」

「見つけても一撃で決めては、裏の連中が隠れてしまうわ。道化が引っ掻き回すのを見物しつつ、尻尾を出すのを待ちましょうか」

「踊らされる連中がいっそ哀れだね。無論、容赦はしないとも」

 

 想定される勢力は、聖王国保守派、プレイヤーとして保守派に接触しているヨイヤミと、それらに資金と物資を融通して操作する組織だが、トールから許可を得て齎された情報から、プレイヤー級が別途居ると思われる組織の姿も確証が取れた。

 ただ、派遣済みのアイボットからの情報では、後者の組織は聖王国での活動を止め、痕跡が残っていない。

 

「事前の推定情報の補強や確定ができました。不確定要素の殆どが排除できます」

「かの情報網では都市部の狭い場所や地下は苦手でしたね。その辺りはシャドウデーモンと恐怖公の眷属に任せましょう」

 

 ステルス化して移動するアイボットの影にシャドウデーモン、アイボットの表層には無数の恐怖公の眷属と、ビジュアル的にはたいそう宜しくない偵察ユニットが聖王国に派遣される。

 

「組織の規模や数、大まかな活動状況は私達の推測とほぼ同じとして、この世界の水準からすると異質ですね」

「ええ、こうなると居なくなった連中の方が厄介かしら。目的も見えないわ」

「引き続き捜索は続けさせよう。では次だ」

 

 トールからの提供データは勢力の活動情報だけではなく、現在も治療中の攻撃の余波についてもレポートが纏められている。

 

「隔離し、除去を行っている侵食エネルギーは、宝物殿に納められたかの槍と類似していることが判明した、ですか」

「これが先手を読むという事だね。鉱山設置直後から鉱石再出現時間を切り詰め、産出素材を熱素石と防御用装備作成に最優先とされた至高の御方々の慧眼には感服する」

「既に至高の御方々用の物は作成ほぼ終えているとの事。てずから創造頂いたシモベ用に現在着手されてます。私めはっ、至高の御方々の御慈悲に深い感謝を捧げたい!」

「それは皆同じ気持ちよ。ただ、首都ナザリック自体は囮だけど、私としては段々と愛着を覚えているわ。防御体制はどうなの?」

「愛着については私も同じだよ。既に例のブレスの際に用いた防御方法を基に、緊急展開用防御障壁のプランが出されている。あくまでも理論上ではあるが、世界級アイテムの攻撃だろうと、例のブレスだろうと、二度は防ぎきれるそうだ。ただ、ウルベルト=デミウルゴス型核融合を増設しても、連発された時点で防御障壁側がシステムダウンするだろうね」

「モモンガ様も危惧する危険性ですもの、万全では無いにせよ防げる可能性がある事は僥倖と考えましょう」

「地上に仮居住するシモベの避難、迎撃体制についても纏めておきたい所ですな」

 

 防衛に万全を期す…、既にやりすぎ感は否めないが、相手の手札が全て読みきれた訳では無いので、最大攻撃が来る可能性に備えるのは当然といえよう。

 核攻撃やツアーのブレス、超位魔法の直撃や連打に耐え、世界又は1つの次元に匹敵する力を相手の消滅に費やすというある種の呪いに等しい力を対消滅で防ぎきれる訳だが、まだ不足かもと傭兵モンスターの中から索敵と防御に特化した者の雇用召喚をプランに追加した。多分、謎の組織さんが知ったら「近付けもしないだろいい加減にしろ!」と叫ぶだろう。

-

 こうして、魔導皇国としての活動、首都ナザリックの防衛に関するまとめ、現時点で推察される敵の情報が円卓会議に提出された。

 

「「「すげぇなおい」」」

 

 というのがモモンガさん達の感想である。正体のそれ自体は不明ながら、推測される規模や活動予測など、考えていた以上に詳細な情報である。若干、こちらの意図が好意的すぎる解釈をされていないでもないが、事前決定とそれらの情報に従い、ナザリックは深く静かに行動を開始した。

 




次は、なんでも無いんだぞというアピールで各地で活動する姿かな

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