12話:ダウナー系と雄英体育祭
USJ襲撃の翌日、体制を整える為か臨時休校となった。流石に雄英もそこまで図太くはないみたいだ。休日を挟んで学校へ行くとクラスメイトが数人チラホラと集まっていた。入学初日から登校時間逆算に成功した市は、最近HRが始まる30分前に登校出来ている。後から来た人も今日は自主的に席へ着き、どうもおしゃべりの雰囲気ではなく皆黙って席に着いていた。
時間になると扉から包帯で全身を覆った相澤先生が入ってくる。口も見えずに腕も固定されていて、どう考えても安静にするべき見栄えだが復帰したようだ。プロ根性とは恐ろしい。
「俺の安否はどうでも良い。何より戦いはまだ終わってねぇ」
はて、まだ終わってないとは如何に?まだ学校内にスパイでもいるのだろうか。
「雄英体育祭が迫ってる」
「クソ学校っぽいの来たあああ!!」
「待って待って!敵に侵入されたばっかなのに大丈夫なんですか!?」
「逆に開催することで雄英の危機管理体制が盤石だと示す…って考えらしい。警備は例年の5倍に強化するそうだ。何より
そうなのか、初耳だ。暮らしている部屋にテレビなんていう人類の叡智があるはずもなく、そもそもテレビで特集されるほどの重要度である事に驚いた。1つ1つのスケールが頭のおかしい学校だ、良い意味で。
ヒーローを志すなら、と言われても市はその限りでは無いし、本音を言えばどうでもいい。
**************
放課後。
2週間後に体育祭があると言われても、やることはいつもと変わらない。
家に帰って布団に寝転がり、天井を見て過ごすだけ。時間を潰す趣味や遊ぶ友達も金銭的余裕も無く、電気代がかかるので全ての電気を消して暗い中で虚空を見つめ、夜が来たら寝る。陽が昇ったなら起きる。食べ物も最低限で、トイレに行く頻度も少ない。軽く野生児の生活のようだが、不満や不備は無い。
人生に余計な事はいらず、ただ来たる日に向けて生きる。頭の中で呪詛を漏らし、語りかけてくる怨念や己を確固たる意志で抑圧し今を過ごす。
より良い明日などなく、その代わりにより悪い昨日はなかったのだと。
ヒーローでもなく、敵でもない半端者の市はそうして精神を保っているのだ。
「(全ては幻想の中、私はあの中にいた。あの時間のあの空間、あの瞬間にしか無かった居場所はもう無い。ああ、嫌だ、怒らないで。私は悪くないの、本当よ?本当に悪くないの。誰も助けてくれなかっただけで、私の正当性は損なわれていない。だって、だって…)」
軽い人格崩壊を起こしかけた市を引き止めたのは、麗日の声であった。
「うおおお…何ごとだあ!!!?」
その声を聞いて、1-A扉を見れば人も通れないほどたくさんの人で埋め尽くされていた。出れないと愚痴った峰田の隣を爆豪を通ると、泣きそうな顔で彼を指差している。何か言われたのだろうか、代わりに謝っている緑谷が可哀想である。
「敵の襲撃を耐え抜いた連中だもんな、体育祭たたかいの前に見ときてぇんだろ。意味ねェからどけモブ共」
「知らない人の事とりあえずモブって言うのやめなよ!!」
初対面の人間にいきなりモブ群衆と言い放つのすごいな。デリカシー皆無だから出来る芸当だ。戦闘はともかく、人格に難ありと市ですら思わざるを得ない。周りの犬にキャンキャンとうるさいチワワのようだ。その気迫に押された生徒が後ずさり、その後ろから紫色の髪と濃い隈を携えた少年が前に出た。
「どんなもんかと見に来たがずいぶん偉そうだなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい?こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するなぁ」
……どこかで見たことあると思えば、彼は受験会場で一緒になった少年ではないだろうか?魔手で人を救けた時に感じた視線の主だ。嫉妬と共感が混じった目で見つめられていたのを覚えている。
「普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったって奴結構いるんだ、知ってた?体育祭のリザルトによっちゃヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ……。
敵情視察?少なくとも普通科おれは、調子のってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー宣戦布告しに来たつもり」
「隣のB組のモンだけどよぅ!!敵と戦ったっつうから話聞こうと思ってたんだがよぅ!!エラく調子づいちゃってんなオイ!!本番で恥ずかしい事んなっぞ!!」
A組から爆豪への非難の目がすごい。「なんつー事言ってんだ」とでも言いたげである。ハードルを上げるだけ上げて無言で帰ろうとした爆豪に切島も耐えられなかったのかツッコんだ。
「待てコラどうしてくれんだ!おめーのせいでヘイト集まりまくっちまってんじゃねえか!!!!」
「関係ねえよ…」
「はぁーーーー!?」
「上に上がりゃ関係ねえ」
それは爆豪だけであってA組は巻き込まれたようなものだが。面倒ごとに関わるのは市とてごめんだ。
「く……!!シンプルで男らしいじゃねえか!」
「上か…一理ある」
「言うね」
「騙されんな!無駄に敵増やしただけだぞ!」
何を思ったのか、直情的で情に熱い切島が丸め込まれた。しっかりしろ、である。
というか扉の前に集まられたら純粋に邪魔だ。爆豪が群れを抜け、市もそれに続こうとカバンを持って扉へと歩いた。
俯きながら遅く歩く市を不気味に思ったのか、1人を除いてモーセのように道が開く。扉前で立ったままの紫髪の少年を見上げた。ヒーロー科編入と爆豪に喧嘩を売っていた割には身体が鍛えられていない。ヒーローになりたいと思っていても、ズルズルとそれを引きずっているのかトレーニングをしていないのかもしれない。
「…入試会場、一緒だった…」
「…確かに一緒だったけど、俺のこと知ってんだ」
「別に。願いや夢に
そう言って紫の少年とすれ違う。またあの時のように背中に視線を感じた。
体育祭まであと2週間。その期間はテレビにも取り上げられる体育祭の種目決定や、その準備に費やされるのだろう。その間に生徒は準備をしておけ、という事か。クラスメイトの何人かは、校庭や入試時に使った演習場など施設を借りて個性を調節していた。
日常のルーティーンを変える事もなく2週間はあっという間に過ぎた。
ヒーローに憧れる者、そうでない者。
自分の意思を世間に発信する者、策を練る者。
それぞれの思想が入り混じり、熱い体育祭の火蓋が切られた。