市は、固い試験管の中で生まれた。
母体から卵子を取り出して作った受精卵の遺伝子操作によって完成した子供だ。市には同じ工程を経て作られた兄がいて、そちらが完成品と呼称されていた。市はその完成品に万が一があった時の代わりであれと作り出された存在だった。
市を生み出す卵子を提供した母親と呼ぶべき存在は好奇心旺盛で、兄を生み出す為に自分の身体を提供した人。顔は知らない。
容姿、頭脳、戦闘能力の全てを市より優遇された兄は、市のことを「使えない役立たずだ」と見下してくれても良かったのに、兄は毎日の頻度で市に会いに来る。
幼かった市は、それを大層嬉しがった。
市には、教育係…というより世話係がいた。名前は教えてもらえず、いつも白い白衣を着ていたから「白色さん」と呼んだ。彼女は絵本を読み聞かせたり、一緒に遊んでくれたりと世話係として相応しい仕事をしていた。
自我が形成し始めて数年、4歳になった市に個性は発現せずに一年が経った。兄は
「個性が欲しい」と。
その日から、市は自分がぬるま湯に浸かっていたことを知った。
市を生み出したのは、子供により強い個性を植え付ける為の実験所だった。自分の個性に不満を持つ者、無個性の者、自分の個性が金になる者と理由は人の数だけあったが、みんな口を揃えて「殺してくれ」と泣き叫んでいた。
市は兄のスペアだった事もあり、その実験所のトップの更に上の人とテレビ越しの面談を行った。
『この子が彼のスペアかい?兄は闇の個性を持っているのに無個性なのか…。うん、いいよ。僕が直接あげてもいいんだけど』
「滅相もございません!!私どもで必ず、貴方の満足する個性を定着させてみせます!
『……そうか、期待しているよ』
市の個性実験が始まってから兄は会いに来なくなった。白色さんも来なくなった。
市は、ひとりぼっちになってしまった。
身体の中に入れた個性は馴染まずに市を内部から破壊する。五歳児の体力ではすぐ瀕死になり、その度に回復の個性で元通りにされてまた個性を入れられた。
寝ている時間は、頭を開いて脳実験の始まりだ。神経レベルの精密さで脳のリミッターが外され、常人では耐えられない情報量を整理することが出来るようになった。その副産物が【思考加速】である。
「そういえばさ、完成品の遺伝子操作って具体的にどうやったの?」
「あ?なんで今更」
「なんか気になって。上手くいかなかったって聞いた割にはヒョイって出来てたから」
「…機密事項だぞ。………数年前からこの施設にレプリカがいるって噂、知ってるか?」
「まあ噂だし。それで?」
「……俺は知ーらね。何も言ってないし」
「はぁ!?最後までハッキリ言いなさいよ!!…………?え?」
「お?」
「……………もし、もしかしてよ?そのレプリカの遺伝子パクったとか…?」
「さぁねー。レプリカの遺伝子参考にしたとか言ってないし」
「言ってるじゃないですか!」
ある日、そんな会話が聞こえた。兄には及ばないながらも優秀な頭脳を持つ市には会話の意味がしっかりと分かった。
顔を知らない「レプリカ」が、今の市を生み出した。遺伝子を真似したと言うのなら、市は「レプリカ」のクローンではないか。
白色さんが読んでくれた絵本には、「神様は自分の姿を真似して人間を作りました」と書かれていた。
_________レプリカは、市の神様なのだ。
市は、自分の神様になったレプリカに会いたくて仕方がない。レプリカに会うことだけを実験を乗り切る目標にして毎日耐えた。
そして、施設にヒーローが突入した。その動きを察知したのか、狡猾で用心深いオール・フォー・ワンは自分の事を知る研究者を殺して施設から去っていった。
「嫌だ、嫌だ!!!死にたくない!死にたくない!!!」
「また家族に会いたい!まだ何も謝ってないのに!」
「生きたい…っ生きだい!!」
そうやって生を願った者から、オール・フォー・ワンによって殺されていく。
残されたのは、何が起こっているか分からずに発狂する者、自害する者と様々。そこには地獄があった。生きたいと願う者が死んで、死にたいと思う者が生き残った。この研究所にいる全ての者が、命に嫌われていた。
個性による被害が施設を壊し、市に向かって太い柱が落ちてくる。
神様に会えずに、死んでしまうようだ。でも、今までの苦しみが終わるならいいのかもしれない。自分の死を受け入れようとして、身体を強く押される。
大きな音がして、市の代わりに誰かが下敷きになった。
「……白色、さん?」
「…………無事、ね」
今にも消えてしまいそうな、か細い声だった。命が燃えていく。死ななかったはずの命が、市のせいで消えていく。
「ほら、早く行って」
「…やだ、嫌だ」
「やだじゃない。これからは、ちゃんと生きるんだ。生きられるんだ」
「
「…市はいつから悪い子になったんだい?いい子にするって約束しただろ?」
「やだ、一緒。悪い子だもん」
「私は生き埋めになるだけ。大丈夫さ」
「…白色さん」
「…じゃあ悪い子の市ちゃん。いつかの未来で、
優しく笑って、白色さんは目を閉じた。きっと、もうその目を開けてはくれないのだろう。研究所ももう少しで全壊する。突入したヒーローは、殺された研究者の回収に勤しんで実験体の市の所へ来ることは無い。なぜなら市以外の実験体は死に、泣き声一つあげない市に気付かないから。
白色さんの死体の近くに座って、呆然と天井を見上げる。もうすぐ崩れて市を目掛けて落ちてくるだろう。
市は生きることから逃げた。死ぬことから逃げた。何もかもが怖くて、今すぐ目を抉って何も見たくない程に逃げたかった。
そんな市がいる部屋の扉が破壊され、差し込んでくる光と共に狐のお面が見えた。
_________ああ、なんて神々しい
「神さま………?」
その光景に全てを忘れ、思った事を言っていた。
返事など勿論無く、近付いてくる神さまは市の頭を撫でる。途端に力が流れ込んできて、今までどの個性も受け入れなかった身体に個性が発現した。
市は、「レプリカ」から個性をもらったのだ。
「…ぇ?」
「個性はあげる。だから約束して?」
「…………はい、神さま」
「__________________」
…あの時、神さまは何て言ったんだっけ。もう声も覚えていないけれど、
あの日、市という少女は生まれ、神様と約束をした。
そして、市は自分も神様のようになると誓った。神様のような人になって、兄を救うのだと決心した。
市を救けてくれた神様その人になりたかった。
『起きなさい』
…起きろと言われた。起きなくては。
その残像の中、不意に
_________市の、終わりの夜がきた。
「ああ…おはよう、天魔 市。そして夢の感想を、聞かせておくれ」
トガちゃんが聞いたら共感してくれるような心情です。
好きな人みたくなりたいと思う。
好きな人と同じになりたい。
同じものを身につけたい。
その人そのものになりたい。
そんな幼少期の決心をズルズルと引き立って雄英生になってしまいました。
溜まったイラストを描くので、日曜まで更新が少し遅れます。全部描いてアップするので、そうしたら続きを書きます。
焦らしプレイと言うのですよね、こういうの笑。作者的にも早く書きたいので焦らしプレイです。
次回更新を気長にお待ちください。