男はまだ裏社会に降臨しながら二人を育てている。心配していたが、意外にも真面目に育てているので「やれば出来るではないか」と感心した。学校に通わせてもいいのだが、警察に見つかると厄介なので組織の信頼出来る者にも手伝わせて面倒を見ているようだ。
市も時々組織を訪ねては懐いてくる子供達の相手をしている。声を聞かせたくないので体術か、少年の個性で変身しつつ声を変えて勉強を教えている。
闇を渡りながら人救けをしては
「君が例のレプリカかな?面白い個性を持っているね…少し、私の話を聞いてくれないか?」
「………」
「おや、警戒しているのかい。僕の名前はオール・フォー・ワン。君の事が気になっていたんだよ…その個性、僕にくれないか?」
「断る」
あの時とは違い、マスクで顔が隠れていない。まだあそこまでの怪我を負っていないということか。
「やれやれ…君にも良い話だと思うのにね。個性をくれる代わりに、望む個性を与えてあげるよ。どんなものでもいい、言ってくれれば叶えてあげる」
「…私は自分に満足している。叶えて「あげる」と言う時点で、私の事を下に見ている者に従うつもりはない」
「………ああ、すまん無意識だった」
そうやって、自分の下にいる者を嘲笑して操ってきたのだろう。この男に関しては、個性の出し惜しみはしなくていい。するつもりもない。ここで負けて個性を奪われてしまったら、何の為に市がここにいるのか。
全力で抵抗する所存だ。
右腕が赤黒い光を帯びて、何かが市に向かって放たれる。顔に食らって仮面が割れないように最低限の気を配りながら、オール・フォー・ワンとの戦いが始まった。
結果は引き分け。
本気を出されると勝てる見込みが無いので、高度な
「素晴らしい…このレベルの僕に渡り合うとはね…。けれど、そういう事か。
君の個性は強個性だが、
裏があるように思えてならないが、市を狙わないと言うのなら提案を受けよう。これから先もあんな戦闘をする気は無い。
施設まで案内する気は無いらしく、人を呼んでオール・フォー・ワンはどこかへ消えた。呼ばれたのは白衣を着た女性だ。名乗ろうとしたが、そこまで干渉するつもりも無いので遮った。
施設へ着くと同時に怪我の手当てをされて、包帯を巻かれる。顔は死守したし腕も偽物なので、足と胴体しか手当てされていないが、性別はバレてしまっただろう。顔を見られていないのが唯一の救いだ。
この世に素顔を晒す気は無いのだから。
終わったら組織で義手のメンテナンスをしてもらおうと考え、それまで暇なので女に何を研究しているのか聞いた。
「ああ、私は遺伝子学の研究をしているの。一昔前まで個性なんて概念は無かったのに、光る赤ん坊が生まれてから社会は大きく変わった…。
なぜ個性と呼ばれるものがあるのか、それは遺伝子に繋がれたデータなのか、何をもって私たちを人間たらしめるのか。人間に発現する個性が動物に出る事例もある。私は、それを知りたいの。遺伝子の時点で、生まれる命の個性を操作出来るのか、無個性に変更する事は可能なのか?
研究する度に思うの、人間ってなんだろうって」
…人の命を、科学で解明しようとしているのか。
それは結論が出るものなのかは市には分からない。だが一人の学者が命の答えを出した所で、全人類が当てはまる訳ではないのだ。それが多様性と呼ばれるものであり、人間が関わり合っていくのに必要なもの。
「…人間が持つ合理性と不合理性のせめぎ合い。そこに、命を科学する難しさがあるのでしょうね」
「そう。人間の身体を数値として解析して、その答えだけでは納得しない人間。だから私は、人を研究するの」
随分と崇高な想いだ。
そういう考えの者が世界に一定数いるからこそ、性善説や性悪説が唱えられるのだろう。そして、それに感銘を受けるフリをした世間が中身の無い「それらしいこと」を声高に訴えるのだ。
それから本当に気が向いた時に施設に行き、素人目線で個性についての意見を聞かれたりアドバイスを求められたりした。
正直、市に聞かないでほしい。
「……やつれた?」
「ああ、分かる?研究も楽しいけど、子供の世話を任されてね…。自分の知らない事に気付かされる反面、忙しくてしょうがない」
そう愚痴を零すわりには笑っている。日々に満足しているようで何よりだ。
**************
日本を縦横無尽に移動し、各地に足を伸ばしすぎて自分がどこにいるかあまり把握していなかった。
道を歩いていると、広い家の前で何かを殴る音が聞こえる。それに続いて子供がえずく声と喉を鳴らす音、怒鳴る声と聞くに堪えないものだ。周りの人間は気まずげにそそくさと通り過ぎたり、イヤホンをして聞こえないフリをしている。誰も通報しないのだろうか?
仕方ないので、誰も見ていない瞬間を見計らって敷地に侵入した。音が聞こえてくるのは道場のような場所であり、中の様子を探るため、壁に背中を預けた。
「……、…誰だ!!」
声は大きいのに、何を言っているかまでは正確には分からない。けれど警戒とともに叫ばれた言葉だけはハッキリと聞こえ、直後に熱が近付いているのを感じてその場から飛び退いた。
壁が赤く膨らんだと思ったら、それを突き破って炎が駆ける。見事に穴を開けた壁の向こうから、威厳のある声で呼びかけられた。
「侵入者……この俺をエンデヴァーと知っての犯行か?」
「………」
いや、ごめんなさい知らなかった。これから他人の敷地に侵入する時は名札を見てから入ろう。
今の轟音を聞きつけたのか、
「今の音なに!?」
「来るな冬美、警察に通報しろ。ヒーローの要請は要らん」
「え……、うん、分かった」
冬美…どこかで聞いたことある名前だ。
いつ、どこで聞いたんだったか…。そういえば、エンデヴァーは轟の父なんだったか。轟、轟…………。
「(………ああ、あの時だ)」
市がここに飛ばされて初めて遭遇した子供が、確かそんな名前だった気がする。両腕が無いのを母親に告げ口した子供だ。という事は、ここは市が落ちた公園の近くか。
道場に空いた穴からエンデヴァーに姿を現し、その厳格な顔を見る。
「…その仮面、貴様が噂の奴か。ヒーロー気取りの犯罪者め」
側から見れば、ヒーロー気取りに見えるのだろう。
けれど、市はそんなこと微塵も思っていない。自分のやりたい事をしているだけで、周りがそう持ち上げているのだ。むしろ、そう言い
「ちょうどいい。貴様の行動は目に余ると思っていた所だ、ここで潰れておけ」
「……お断り」
炎がこちらに向かってくる。市の知っている轟とは威力も練度も桁違いだが、彼の戦い方に似ている。あの手に掴まれたら終わりだが、本人はそんなに速くないので逃げるのは簡単だ。
むしろ、出した後の炎を遠隔操作で高温にする事が出来ると考えて回避した方がいい。赤い炎の被害を受けない距離で避けても、その瞬間に青い炎にされてしまったら火傷を負わされてしまう。心配すべきは顔付近に放たれた炎が酸素を燃やし、急激な酸素濃度変化による意識の混濁。そうなってしまえばこちらに打つ手は無い。とにかく、炎に臆したら負ける。
オールマイトに次いでNo.2の実力を持つエンデヴァーだ。戦闘力も並のヒーローとは比べ物にならない。
カチリ。
笑ってしまうくらい遅くなった世界を走り、
「……ぐっ!?」
「…そう簡単に潰されると…困る」
「っ貴様……ただで済むと、思うなよ…!!」
「…………人の気持ちを、無視していない?」
「ヒーロー、でもない奴に…分かってたまるか!」
「誰かに勝ちたい、勝たなければ。追いつくために、なんでもしよう。……それは、貴方の怒り。視野を狭くして、他人を見ないようにしている。貴方の怒りは正しい…けれど、目の前にいるのは誰?」
諭すつもりなんて毛頭無く、説教をしているつもりも無い。No.2ヒーローなのだ、根は公平にして厳粛であり、在り方が平和の象徴と少し違うだけ。
聞こえていたかは定かではないが、遠くでサイレンが聞こえるので撤退するとしよう。よく見ると、道場内に少年がいた。……あれはもしかしなくとも、轟ではないだろうか?
10年ぶりのクラスメイトとの再会。嬉しくもあり、どうして会ってしまったのだろうと後悔もある。まだ会う時ではない。けれど、ずっと求めていたような気もする。
クラスメイトだった時とは違い、火傷の跡も生々しい。組織で最近強請られるようになったのを思い出して、轟の頭を撫でておいた。
今の轟はまだ幼く、その身は脆い。けれど、市はその先に尊さがある事を知っている。変わるなとは言わないが、次に会う時に記憶のままでいてくれる事を望もう。
家の前に警察が到着したので、急いで道場から出て闇に入り離脱した。
**************
子供の泣く声がする。
またか、と思ってしまうが子供とは本来泣いて育つものだ。
嬉しい、痛い、悲しい、寂しい、気持ち悪い。
表現方法が少ない小さい頃は、それら全てを涙を流して訴える。
市はその涙を流す理由が、悪いものでなければ良いと思う。
あの轟家事件から半年、どこかの団地でそれを聞いた。周りに子供のはしゃぐ声や大人の姿も無い。子供が一人で泣いている。様子を見て、大丈夫そうなら違う場所へ行こうと足を運んだ。
「(……緑谷?)」
あの特徴的な頭は彼にしか見えない。どうして泣いているのだろう?
逆算して考えるに、今は10年前。個性が発現していてもおかしくない頃だ。あの超パワーを持つ個性からして一人で泣くような事は無いと思うのだが、気弱な性格の彼だ、飼っていた動物が死んだなどの理由だろうか。
この歳の子供の平均的な門限が迫っている。そのうち母親が探しに来そうだが、周りに墓のような目印は無い。
観察していると、視線を感じたらしい緑谷がこちらを向いて肩を揺らした。
「………き、狐、さん…?」
この仮面をしていると、初見の大人はだいたいビビって近寄ってこない。例外は、何事にも好奇心旺盛な子供だ。時々公園で楽しませてくれるマジシャンのような分類に入れられているのか、市を視認した途端に走り寄ってくる。正直、勘弁してほしい。
「………」
「狐さん…なんでここに…」
「…貴方が、泣いているから」
子供ならこれで騙されてくれるだろう。
「……だって、みんな僕を虐めるから」
「………」
「僕ね、オールマイトが大好きなの!家でもね、ずっと見てるんだ!いつかオールマイトみたいに、カッコいいヒーローになる!」
「…そう」
「……でも、ムコセーなんだって…。個性が無いから、ヒーローになれない、んだって…ぅ、」
無個性?そんな筈は無い。
市の知る緑谷は、個性を持っていた。加減が分からないのか自爆してばかりだったけれど、彼は無個性では無い。きっと発現していないだけで、遅咲きなだけだ。
「…それは違う」
「………え?」
「まだ分からないだけ。将来、すごい個性が出るから」
「…本当?嘘じゃない?」
「うん、本当。大きくなったら雄英においで。その時に個性があったら、握手しよう」
「オールマイトが卒業した学校……本当?本当に、また会ってくれる?僕でも、ヒーローになれる?」
この歳から、そんなにヒーローに憧れていたのか。いや、無個性と言われているから、余計に憧れているのかもしれない。緑谷の個性がどうして遅咲きなのかは分からないが、市が知る限り緑谷はオールマイトの様な性格の男だ。余計なお世話が面倒くさいとも言える。
「無責任な事は言わない。…でも、全ての人は、ヒーローになれる可能性がある」
「……〜〜ぅ、わぁ〜〜ん!」
ここで断言しないのを、自分でも
というか泣き出した、どうしよう。
見るからに怪しい不審者なのに、緑谷はローブを掴んで離さない。そういえば四年前にオールマイトに会った時も二人の少年少女に掴まれていたような気がする。
ここで引き離すと更に泣くのが目に見えているので、温度の無い義手でゴメンと心で謝りながら抱きしめた。緑谷だって母親に抱きしめられる方がいいだろうに。
すると更に泣いた。いや何故だ。泣かない為にやったのにどうして逆効果なんだ。通行人に見られたら通報待ったなしである。本当にそれはマズイ。声が響かないように緑谷の顔をローブに押し付けて泣き止むのを待った。
…子供だから仕方ないか。どうせ市が言った事も忘れてるだろう。
存分に泣いたらいい、緑谷。
君に個性が宿ることを知っている。
希望的観測では無く未来から来た者として、君の未来は明るいと約束しよう。