ダウナー系が本当のヒーローになるまで   作:鶴クレイン

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炎があがる。
林間合宿にてふざけて形容した地獄絵図などではなく、本当の地獄がそこにはあった。
涙を流して生き絶える者、喉を抑えて横たわる者、四肢が吹き飛んでいる者、顔の上半分が無い者。

そして市は、自分がどこにいて、何を成そうとしていたかを再確認した。




55話:re.天魔 市:オリジン

 

 

 

いつものように気が向いたので、施設に向かった。

いつも会話する白衣の女性の元気が無い。研究への好奇心は衰えていないようだが、何か別の所で問題があったのだろうか。

 

「え?ああ、大した事じゃない。ただ、最近は気が進まないことをやらされてるから、そのストレスが顔に出てるのかもね。…そうだ、今だから言うけど実はこの研究所に君の子供がいるんだよ」

「…、子供?」

「正確に言ったら子供では無いんだけど。ほら、初対面で怪我の手当てをしたでしょ?実はその時にコッソリ血をサンプルに回してね。求められた結果が出なくてイライラしてたから試しに君の遺伝子に寄せたら成功しちゃってさ…」

「……………、」

「より細分化して言うならクローン?前にも言ったけど、子供の世話っていうのは君のクローンの事。もしかしたら、君の顔にそっくりかもね」

「…名前、は?」

「それは秘密。私の受精卵を使ったけど私にちっとも似てない可愛さだから君似だよ」

「なぜ、このタイミングで」

「……………今日、ここは警察とヒーローによって閉鎖される。私が通報したからね…君と会えるのもこれで最後。ここにいる人間、誰も救けなくていい。全員が罪深くて、哀しい人ばかりだから。私もここで生まれて育ってきたから、長いことここにいる。良心の叱咤ってワケじゃないけど、とにかくそういうことだから。今日はもう帰りな、巻き込まれるよ」

 

 

そう言って、白衣の女性は部屋を出て行った。

____なんてことだ。今日が、その日。この施設が、市が生まれた場所だった。

 

一度も外に出た事がないから、施設の外観など知らなかった。子供など一人も見なかったし、あの女性は研究に誠実だった。

……ああ、だから市の相手を任されたのか。

裏でやっている事を知られたら、間違いなく邪魔をするからと。気が向いた時と言って頻度を減らし、取り留めの無い事をさせて帰す。全ては、警官やヒーローにレプリカも研究に賛同していると印象付ける為。

 

 

こんな簡単な事にも気付かなかった。神様しか思い出せず、その他の事が何一つ分からない。市の記憶はもう壊れかけている。

サイレンが鳴り、悲鳴が聞こえ始めた。オール・フォー・ワンが虐殺を始めたのだ。自分を知っている全ての研究者を口封じの為に殺して。

部屋の扉を破壊されて、巨悪が顔を見せる。

 

 

「やあレプリカ、その様子だと気付いてしまったのかな?せっかくだし、君も目障りだったんだ。研究者はほとんど殺したし、君も始末しておこう」

「………」

「嬉しいだろう?もう会えない研究者たち皆と会えるんだ」

 

 

慣れ親しんだ狂気が、今この瞬間だけは恐ろしい。

オール・フォー・ワンの右腕が膨らみ、その腕で殴られた。いくつもの壁をぶち抜いて、一等硬い鉄骨に背中をぶつけて止まった。

起き上がる気力も無い。全てが嫌になって、魔手の闇に引き摺り込まれていたい。あの優しいゆりかごの中で、ただ無意味に時が過ぎるのを待っていたい。

 

 

それでも、市の身体は起き上がろうとしていた。

頭がやめろと言うことを、壊れかけた心がそうしろと叫んでいた。

どうして、市は起き上がろうとしている?

生まれた時の記憶は、もう何も無い。

なのにどうして。

 

 

「………ん?」

「あ……あぁああぁあああああぁああぁぁぁああ!!!!!」

「っ!?」

 

そこからはただ走った。何をしているのか分からないくらい叫んで、飛び出して________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理性を取り戻すと、そこにオール・フォー・ワンはいなかった。施設は炎に包まれ、人間も機械も関係なく燃えていく。

どこかの扉を壊したのか、眼前には太い柱の下敷きになった白衣の女性と幼い市が泣いている。

白衣の女性。白色さん。市の、母親。

 

(君は、誰かの代わりになる為に生まれたのではなく、オリジナルの可愛げがなさすぎて親が君を生んだのサ!思いっきり甘やかす為にね!)

 

どうして、あの男の言葉が浮かぶ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神さま………?」

 

幼い自分の目に、市が映っている。

自分に言われた言葉に、曇っていた視界が晴れるようだった。

 

 

市はずっと、自分を救った神様になりたかった。

20年前に来て、その事実を受け入れて、心の何処かで見ないフリをしていた。

 

 

市はもう、神様になっていたのだ。

もう、ここで泣いている幼い子供ではない。

神になりたいと目を曇らせているほど幼くなどない。

現実を見たくないと目を覆う子供ではない。

市が生まれた時からもうそれは決まっていて、市ははじめから自分の神様だったのだ。

 

そんな分かりきった事にようやく気付いて、そして覚悟は決まった。仮にそれで倒れようとも構わない。

幼い自分は、市に新しい夢を見た。その夢を追いかけて20年以上過ごした。神様に憧れて10年、過去に跳んで10年、それに後悔は無い。夢から覚める時間だと気付くのに、20年もかかってしまった。

 

 

夢見せたなら、幕引きも市の役目だ。

 

 

 

市を見上げる自分に近付いて、その頭を撫でる。

このゆりかごも、こうなっては足枷だ。さぁ、お前の帰るべき場所に帰るといい。

 

今まで共にいた個性を、自分に譲渡した。自分自身に移動するのだから、拒絶反応などある訳がない。

 

 

 

「…ぇ?」

「個性はあげる。だから約束して?」

「…………はい、神さま」

「この先なにが起こっても生きると。貴女が生きる事で、ほんの少しでも世界は変えられる」

 

 

なぜなら、私が生き続けた事で自分の神様になれたから。

 

 

「その身体でずっと生きてきたんでしょう?」

 

コクリと頷いて、幼い自分は気を失った。それを自分に譲渡した魔手に人気の無い所へ運ばせて、下敷きになった母親を見る。

怒りと尊奉(そんぽう)、憂い、憧憬(しょうけい)は全て飲み込んだ。初めて、こんな穏やかな気持ちになれたかもしれない。

 

 

 

重い柱を退かして、母親を横に抱き上げる。

仮面に隠れて、私は泣いていた。

 

 

「…母様、長かったよ。気付くのに、たくさん時間がかかっちゃった。

母親を救けなくていい、なんて無茶言って…」

 

 

炎が轟々(ごうごう)と舞う施設の中を行く当ても無く歩く。柱によって腹が凹んだ母の顔は、綺麗だった。似ていないと言っていたが、本人が気付いていないだけで私は母にちゃんと似ている。

生まれた世界を再確認するように、一つ一つの部屋をゆっくり見て回った。そろそろ全てが燃え尽きてしまう。

 

とある部屋で、一人の少年を見つけた。炎の煙に焼かれて咳が酷く、あれでは呼吸も苦しいだろう。けれど、喉に手を当て涙を流したその目から、生への執着を見た。

ならば、私が救けよう。

 

 

名残惜しいけれど、母を壁にもたれかからせて少年を抱き上げる。破れかけたローブを顔に押し付け、煙を吸わないようにしていた。

 

 

「ゲホッ…ハァ、ありが、とう…ございます…ゴホッ」

「話さなくていいから、寝なさい。起きた時に、またお話ししよう」

「………は、ぃ」

 

 

空っぽの頭で、ずっと生きる意味を考えた。私が生まれた意味を考えた。そして、答えは既にあの時から私の中にあった。

 

人間は生まれた時から、誰もが夢を見て、現実と比較して失望してきた。けれど、誰一人として夢を見なかった者はいない。私の夢は叶い、望みが叶ったその時は、次の夢に向かって生きよう。形を変えて、紡ぎ続けるもの…それを、終わらない夢と呼ぶのかもしれない。

 

 

私の原点(オリジン)

気付くのに、思い出すのに、自覚するのに随分と待たせてしまった。

私が戦う理由。人を救ける理由。

やはり私の全ての始まりは、皮肉にもこの場所だったということか。

 

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