今までだったら押し負けていたであろう激闘を耐えて確信する。私が成長してきた経験を、個性“レプリカ”にも反映出来ることを。
「
赤くなっていた魔手が闇に沈み、再び出てきた時にはその手にたくさんの釘が刺さっていた。魔手自体を躱せても、あの釘が掠るだけでダメージにはなるだろう。出し惜しみをして負けるなんて言語道断。初めから全力で行かせてもらおう。
私は魔手を出し、兄が
「私も兄様も、もう飛べないのよ。後は泣いて眠るだけ」
「戯言を……僕の翼はまだ飛べるし、眠る気は毛頭無い」
「きっとイカロスの翼ね。可哀想な兄様」
「それは市の方だろう?僕はダイダロス、堕ちることはないよ」
ギリギリと握られた手同士が音を鳴らす。私だって、無意味に20年を過ごしていたのではない。確固たる実力をもって、兄と眠る為に舞い戻ってきたのだ。
頭上で行われていた剣劇を制したのは、魔手だった。
生きた証が欲しい。
誰かに称えてほしい。
前はずっと考えていたのに、人を救うことを知った私にはさほど重要な事じゃなかった。
戦いが熾烈さを増す。
【並列演算】と【思考加速】を同時に行って、
けれど、これでいい。身体にダメージが蓄積されていくのを感じる。身体のパフォーマンスが悪くなり、攻撃を受ける回数も多くなってきた。
「そろそろ限界じゃないのかな?僕以上にダメージが多い。油断はしないから、決めさせてもらうよ」
「…たくさん考えて、答えに行き着いたの。私じゃ、兄様を救うのは無理かもしれないって」
「そう、それは残念だったね。“
「……!」
魔手が相手しているのとはまた別の
今の技はそう簡単に撃てるものではなく、強化に回した魂を多く削るので連発は嫌がるだろう。現に頭上で魔手と戦っていた
逆に、あの大技でしか相殺出来ない攻撃を受けるしかなくなったという事だ。勝利を確信したからこそ兄は手札を出し切った。
私を殺さなかったから、負けるのだ。
地面に横たわったままで、考える。
誰かを救いたい。
誰かを守りたい。
その起源は、兄を救いたかったから。
行き着いた答えは、長年思っていたものとは違っていたけれど……納得もしてしまった。結局、私は誰一人として本当の意味で救うことは出来ないのだと。自分を表現することは大切。けれどそこに「誰かを救う」という崇高な理想が生まれた時、エゴの塊になってしまうと分かったから。
「……市、もういいだろう?僕を救えないと結論を出したのに、どうしてそんなに頑張るの?」
「まだ、やることがある、から…」
「やること?誰も救えないと分かって、まだ足掻くの?それとも諦めないで僕を救う?」
「それは無理」
「…………」
「兄様は、兄様が勝手に…自分のやり方で幸せになれるから!」
私が兄を救うことは出来ない。けれど、兄は幸せになれる。私の存在があろうとなかろうと、幸せになれる生き物だから。
人は弱くない。誰しもが生まれながらに幸せになれる権利を持っているから。
「
横になったままの私を、多くの魔手が抱えて兄に向かう。今まで出した技とは比べものにならない威力のもの。個性“レプリカ”は私の残り体力が少ないほど強化される性質を持ち、追い詰められた時に本領を発揮するのだ。これまでに追い詰められた事がないから気付くのに遅れてしまった。
これを迎え撃つには、先ほどの
20年前はその片鱗を纏った腕で受け止められていたけれど、今はそんなことで止まるほど甘くない。
それでも抵抗しようと薄い
「僕に何度も語りかけた強い意志と思い、その中に混ざる諦めに似た絶望。……大人になったんだね、市。その幾重にも積み重なり、折り重なった想いは、きっと誰かの心を打つ力強さを持っているよ」
すかさず魔手で兄の身体を後ろから掴んで動きを封じる。今のがカウントされているならば残り3人。けれど、それを相手する体力は残っていない。そんなことは既に理解している。
だから、眠ろう。
「………っ市…まさか…」
「母様から、兄様を止めてって言われたの。兄様を連れて行く…貴方の代理品として生まれた私の役目」
地面に固定される兄の元へ近付き、隣に座る。そういえば、大きくなった兄の顔を近くで見ることは無かったと残った右義手で頭を撫でた。
「ちゃんと満足してる…だって兄様と一緒だもの。兄様も、寂しくないよね?」
「……く、あははは……仕方ないなあ…好きにしなよ」
兄が力を抜いて夜空を見上げた。
その胸を枕にして、兄の身体に伏せる。
コポコポと水が沸騰するように、闇が広がる。私の周りに広がった闇はこれまでとは違う場所に繋がっていて、きっともう帰っては来られないだろう。私自身も、帰ってくるつもりは無い。
兄と共に身体が沈んでいき、目を閉じる。
あの時に手放した筈のゆりかごが、優しく身体をなぞっていく。
こうして私は
**************
一夜明けて、二つの戦闘によって壊されたビルや埋まった住居に埋まった民間人の救助が行われる。レポーターによって中継され、カメラ越しの被害はお茶の間に衝撃を与えた。
『オールマイトの交戦中もヒーローによる救助活動が続けられておりましたが、死傷者はかなりの数になると予想されます…!!
そして長年の謎だったレプリカの正体が判明し、女性の詳細を調査中です。レプリカと謎の青年が戦った近くで、雄英の
元凶となった
「次は…………次は、君だ」
短く発信されたメッセージ。
それは一見、まだ見ぬ犯罪者への警鐘。平和の象徴の折れない姿。中継映像を見てそう捉えた大半の人間が、オールマイトへ歓声を送る。
その中で、正しくメッセージを受け取った少年だけが、涙を流していた。それを隣で黙って見る幼馴染。
平和の象徴オールマイトの折れない意志に騒がしい世界の中で、2人だけが静かだった。
『数年前からレプリカと共に行動していた少年は事情聴取の為に警察へと連行されます。
あ、あの白い髪の少年です!情報では
レポーターの焦る声と共にブレながらカメラに映ったものは、戦いでクレーターのようになった地面に黒い点が浮かび上がっている所だった。
「レプリカ様!」
「あ、待て!君!」
『レプリカの協力者である少年が黒い点に向かいました!なんでしょうか、あれ…なっ、な!?ご覧下さい!!噴水みたいに黒い水のようなものが噴き出しました!ヒーローも戦闘態勢に入っています!
まるでいらない物を吐き出すように、水とも言えない何かが出される。地面に落ちた服を掻き抱いて、否断 峻は涙を流す。
言わずもがな、レプリカが身につけていたものだ。
そしてその意味を知った雄英の一部の生徒達が、誰に知られる事もなく泣いた。
完?