ダウナー系が本当のヒーローになるまで   作:鶴クレイン

61 / 68
気付いた人はいるでしょう、前回で曲が終わっていない事を。


61話:re.??の声※

そういえば、最初はどのくらい前だったっけ?

自分(ワタシ)という自我は個性の中で沢山の数がせめぎ合っている。いつの間にか自我を持っていて、気付いた時には市を認識していた。一番最初の記憶はそれだ。途方にくれる市に、なぜか心が痛んで頭を撫でたのが始まりだった。

 

市の母親は場所を選ばずに手を生やす個性で、人体に手を生やして関節を極める関節技(サブミッション)の使い手だった。市が「白色さん」と呼ぶ女性と同じく研究者で、遺伝子学を主に実験を行っていた……ような気がする。

そこまでは覚えてないから分からない。

 

 

 

 

市は、どこにでもいる普通の少女()()()。明るい性格の14歳で、友達もたくさんいる。中学の帰り道に突然知らない場所に出て、苦労して家に帰ると知らない人間がいた。

それがキッカケだったと思う。正直、自信は無い。

今までの友達も存在せず、携帯電話も繋がった先で「誰だ」と言われる始末。市が14年間で築いてきたものが全て無くなったショックが大きかったのか、夜に公園のベンチで膝を抱えている市を見たのが自分(ワタシ)の原点。

 

そんな市を利用しようと14歳の少女を嘘で丸め込んで、個性実験のマウスにした。血を抜かれ、あらゆる個性を身体に入れられて、戦闘向き個性のサンドバッグにされた。そのせいでいつも身体はボロボロ。年端(としは)もいかない少女なんてお構い無しに暴行を加え、市は排水管を這うネズミのように扱われた。

ある日研究所に火が回り、ゆっくりと這いながら出口に向かう市を自分(ワタシ)は救けられなかった。市自身が自分(ワタシ)を使おうと考えていなかったから。

 

 

 

 

そして、とある部屋で見つけたのが市のクローン。

自分が救からないと思った市は、自分(ワタシ)をクローンに全て譲渡したのだ。市自身だったから、不本意だったけどクローンには問題無く乗り移れた。市が望んだから、クローンを研究所から逃した。振り返れば研究所は崩れて炎が広がり、あの子は死んだ。

 

自分(ワタシ)はクローンの個性になり、普通の高校に入学し、クローンの兄に襲われて死ぬ寸前にどこからか来た男によって過去へ跳んだ。跳んだクローンは紆余曲折を経てまた研究所に戻り、今の(クローン)のクローンが作られた。

 

 

複数ある自我が一つずつ分かれて市と共に過去へ跳び、それを何十回と繰り返して、自分(ワタシ)は気付いた。

自分(ワタシ)の最初の主である市は、クローンの兄である男が並行世界の自分とコンタクトを取った時に巻き込まれてこの世界に来てしまったのだと。その拍子にただの個性である自分(ワタシ)の自我が芽生え、市を見守っているのだと。

市のやりたいこと、求めることは手に取るように分かる。自分(ワタシ)の中をゆりかごのように思い、安心感を得る事も知っている。

 

 

 

()()()()()()()()()()()ということも。

 

 

 

前回は過去に跳んだクローンが仮面を付けて「レプリカ」と名乗って人救けをしていた。過去に跳ぶ際に自分(ワタシ)が分かれて見守ることになった市は…なんというか普通だった。少しレプリカの事を神格化し過ぎているとは思ったけど、マシな方だ。

__________けれど、

 

 

『…………おいで』

 

 

そうやって自分(ワタシ)に呼びかけてくれた。

個性でしかない自分(ワタシ)を家族のように呼んだ。

_______________ああ、この子は個性に過ぎないはずの自分(ワタシ)を必要としてくれているのだと。

 

 

 

『私の個性の名前は……レプリカ

 

 

………………ああ、ああ。

自分(ワタシ)の名前。以前に切り離された自我の誰もが持たない自分(ワタシ)だけのもの。月日を経る度に増えていた自我を、一つが過去に跳ぶ為に切り離された瞬間、全ての自我を支配した。

この子の為に生きよう。望むのならばなんでもする。期待するならば100%以上で応える。

自分(ワタシ)はこれから、この市の為に力を奮おうと決めた。どの自我にも渡さない、自分(ワタシ)だけの主。

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、そんな兄と共に眠るなど許せない。

自分(ワタシ)なんかでは、市の心の傷を癒すことは出来ない。自分(ワタシ)の黒い手で抱きしめたい。声が出るのならば、傷跡と痛みも全部抱いて叫んであげたい。

 

けれど、20年で精神が成熟した市にそれは必要ない。市はとても強くて、きっと一人で前を向いていくんだ。

それならばいい。寂しいけれどそれでいい。

………だけど、もし。

もしも涙が溢れてしまう時が来るならば。

 

 

市の痛みを、辛さを、弱さを抱くその心を、自分(ワタシ)の無力で非力な汚れた腕で抱きしめさせてほしい。

 

自分(ワタシ)は無力だ。

黒い手で市の敵を倒すことしか出来ない自分(ワタシ)は無力だ。

自分(ワタシ)は市の個性だから、レプリカが市にしたように心を救うことは出来ない。

……自分(ワタシ)は無力だ。

無力な自分(ワタシ)で、市を救いたい。

救いたいけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

__________これだけは出来る。

市、闇の中で眠らないで。

自分(ワタシ)(想い)を聴いて。

自分(ワタシ)は、もっと市と一緒にいたい。

 

兄と共に眠りたいと願う市にとって、自分(ワタシ)の想いは裏切りと思われても構わない。神の子イエスを裏切った男のように、今こうするのが最善だと思考した。

20年で綺麗に伸びた髪が元の長さに戻り、生まれたままの姿で眠っていた市が薄く目を開けた。そう、それで良い。自分(ワタシ)を見れば、闇に溶けた市を引き上げられる。

だから、市。

 

 

 

 

_______________おはよう

 

 

 

 

 

……自分(ワタシ)を見た。

ほら、市の兄も「いってらっしゃい」って言ってる。「妹と一緒でないと眠れないのかなんて思われたくない」って送り出してる。この闇にいる限り側にいるからと微笑んでいる。

 

だから、一緒に行こう。

自分(ワタシ)、市と過ごすこれからが楽しみなの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

個性に幾つも宿っている、とある自我のお話。

 

 

 

**************

 

 

黒い点から吐き出された市の服を掻き抱いて、否断 峻は涙を流し、カメラマンが泣いている彼をカメラで抜く。

その少し遠くで魔手に身体を包まれた市が、まるで水中から浮かんできたかのように地面から出てきた。裸体の市を「見せてたまるか」と際どい所を隠した魔手以外が消えて、それにまずオールマイトが気付いた。

 

 

「………なんて、ことだ」

「え?あれって……」

「ッレプリカ様ぁ!!!!」

 

 

オールマイトの声に顔を上げた否断の視界が、市を写した。その視線の先をカメラが追い、それと同時に叫んだ否断が走る。誰よりも先に市の元へ辿り着いた否断は市を抱きしめて、今度は違う意味の涙を流す。遅れてオールマイトや警察が到着し、オマケに中継映像を見ていたパワーク3人組が警察署で暴れて取り押さえられた。

否断の泣き声がうるさかったのだろう、眠そうに目を開けた市を確認して更に否断が泣いた。

 

 

「……っ、レプリカ、様ぁ…!」

「…もう、違う。次レプリカって呼んだら…無視するから…」

「はい…!はい、天魔様!」

「…………そうじゃない」

「ふぁい!」

 

不満そうに否断の頬を抓り、限界だったのかまた眠る。

頬を抓られてなお笑いながら嬉しそうに泣く否断を、オールマイトは個性継承者の少年を思い浮かべながら見守った。

 

 

『ご覧になられたでしょうか!レプリカと思わしき女性は無事です!たった今、どこからか現れて気を失ってしまいました!警察の手によって毛布がかけられています!神野で起こった戦いの内、一つの鍵を握るレプリカの正体が判明し、世間は混乱に包まれています。ネットでは「体育祭で見た雄英生では」との声もあがっており、これまでのレプリカの無免許による人命救助に賛否両論ありますが、どのような処分が下されるのでしょうか!?』

 

 

病院に運ばれたラグドールと虎、元々いたピクシーボブの容態を見ながら、マンダレイは神野の中継を見る。もうすぐ個性「テレパス」を持つ彼女は救助活動に呼ばれるだろう。彼女と共に中継映像を病室で見ていた少年が、手を強く握る。そことは別の病室で、植物状態になっていたヒーローの夫婦が目を覚ました。

 

 

宛名不明のスヴァスティカまで、あと________

 




タイトル「re.ユダの声」

【挿絵表示】

一人称が「市」ではないということは、今までの語り部は個性の魔手さん目線でしたよ、というだけのお話。
Q.一人称が「私」になったのはいつでしょう?

曲はメガテラ・ゼロさん派。
51話で書いたMADで、轟くん目線なのに途中から緑谷目線になる所が本当に好きです。

分からない方に(私の中で)分かりやすく説明すると、
魔手の中に複数の自我がある→59話にて「個性の大半が、意志を持っているかのように分裂して」→52話にて「気のせいかとも思える小さな違和感」は今まで複数あった自我が切り離されて一つになっている事を無意識に感じたから→譲渡された個性は月日を追うごとに自我が成長し、複数宿る事になる→また過去に跳ぶ時に一つが分かれる。

今回はこの小説の世界にて切り離された一つの自我のお話になります。違う世界に行けばこの自我ではないかもしれないし、この結末に辿り着かないかもしれないし、市は個性に「レプリカ」と名付けないかもしれない。雄英に入学していないのかもしれないし、敵になっていたかもしれない。
絶対に通る道は1:兄と戦って負けそうになり2:誰かの個性によって過去に跳び3:自分のクローンが作られ4:クローンに個性を譲渡すること。
それ以外は市の自由意志によって決まるので、ほんの少しでも違ったのならばヴィジランテとしてのレプリカは存在しなかったかもしれない。市はレプリカに神を見出さずに日々を過ごしていたかもしれない。個性をクローンに譲渡した後に自殺したかもしれない。兄と20年の時を経て再び戦わなかったかもしれない。

そんな数ある可能性、たくさんのIFの中で「レプリカを神とし、兄と戦い、否断 峻によって過去に跳び、意志を継ぐようにレプリカとして活動し、見覚えのある白髪の少年を救け、兄と共に眠る選択」をした市を書いたのがこの小説になります。
貴方の考える世界ではどうなっているのでしょうか?
原作のように市がいない世界?それとも士傑高校に入学している世界?否断 峻ではなく時間操作系の個性の持ち主で時間跳躍?…など、人によって様々でしょう。

長い解説にお付き合いいただき、ありがとうございます。(ちゃんとまだ続くよ!ヒロアカ完結まで書くつもりだよ!)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。