Q.オールマイトの授業はどんな感じです?
A.…………。
驚いた、その一言に限る。
やけに校門前が騒がしいと思えば、マスコミか。突然マイクを向けられて質問されたので声も出なかった。例え声が出たとしても、市は質問に答える気はさらさら無い。No.1プロヒーローであるオールマイトが雄英高校で教師になったことを聞きつけているようだ。
マイクを向ける記者を素通りして校門をくぐる市は、追いかけてこようと着いてきた記者に視線を向けた。
血のように赤い綺麗な目。しかし、瞳孔よりもっと奥が微かに濁っている。人間観察が得意な者でもすぐには気付かない虚構や虚空がそこにはあった。
不幸にも、その深淵を覗いてしまったカメラマンが悲鳴をあげて発狂した。虚無の犠牲者だ。彼の個性「
使わなければ知る事もなかったのに。
尋常ではないカメラマンの悲鳴により、マスコミ全ての目がそちらに向く。その隙をついて、市は表情も変えずに校舎へと足を踏み入れるのだった。
「…………へえ」
**************
「学級委員長を決めてもらう」
「学校っぽいの来たーーーーー!!!」
大盛り上がりである。
HRの本題として相澤先生が言い放った言葉に、ノリのいい男子達が騒ぐ。我先にと手を挙げるクラスメイトに多数決を提案する飯田の手もまた綺麗にそびえ立っていた。行動と言動がここまで一致していないのも面白……珍しい。
「………」
学級委員長なんて面倒なものを市がやりたい筈も無く、少し思案して提案者の飯田に票を入れた。言い出しっぺの法則というやつだ。
投票結果を見ると、飯田に入った票は1つだけ。多数決を提案しておきながら他の人に投票したようで、飯田本人は自分に票が入っている事に驚いている。しかし、結果として3票入った緑谷が1-A学級委員長になった。
可決した学級委員長多数決はこうして終わりそれぞれが興奮冷めやらぬ中、授業が始まるのだった。
昼休み。
前回、市が少し顔を出しただけで白米を嫌というほど勧められた為、もう食堂に近づくのをやめた。人とは学習する生き物なのだ。
それに生存条件的にはサプリメントと水があれば生きていける。点滴だけで人間が生きていけるように、タンパク質、脂質、炭水化物、ビタミン、ミネラルをサプリで摂取すれば日常生活は維持出来るのだ。腸の働きが悪くなって免疫が低下するがそこはそれ。
その為、昼休みの鐘が鳴ってすぐに味気ないサプリを飲み込めば市の昼食は終わり。食堂に行く意味も理由も無く、時間が過ぎるのを待つ。足を動かした方が良いと魔手が進言(とは言っても、手なので話したりはしない。なんとなくそう言っているのだろうと感じているだけだ)してくるので、校内を散歩しようと思う。
昼休みの校舎は騒がしい。広い食堂に生徒が集中している事もあるが、弁当を教室内や庭で食べようとそこらに人が散っているのも原因だろう。あらゆる所から談笑が聴こえてうるさいほどだ。人気が無い場所に移ろうと静かな場所に向かって進む。
その時、警報が轟いた。
『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難して下さい』
最高峰の雄英でセキュリティが発動するなんて珍しい。
しかも3なんて、レベル分けされている中で高めのランクだ。今いる場所は人気の無い所だが屋外ではない。放送の通り避難しようとして、道の先で何かが這い回る音に近いものがした。ズ ズ ズと禍々しい音がするような場所ではない。振り返ると、黒い靄がポカリと浮かんでいる。その靄に内部があるのか、中心から指が出現し靄に手をかける。掌を模したマスクで顔を大部分を隠しているが、指の隙間から覗く目は皺だらけの瞼と異様な眼光を携えており、狂気が顔を出していた。
だが
人の持つ狂気や虚無、無力や非道徳はこれまで市が何度も見てきたものだ。靄から出てきた青い髪の青年が宿す狂気など、生まれたての子供のようなもの。子猫をいなすようにあしらえる。
市が恐れるものでもない。
あの頃ほどでもない。
「…お前、朝見たな」
「………私のこと、知ってるの…」
「マスコミ発狂させてたし…お前の個性、雄英ヒーローに向いてないよ」
なかなかどうして鋭いようだ。そうか、朝のアレを見られていたのか。
だけど勘違いしているようで。マスコミが叫んだのは市の個性でもなんでもなく、あの男が深淵を見たからに他ならない。
「…良ければ少し、私とお話しない…?」
「……あーー面倒くさ。世の中クソだな…」
腰を低く構え、低姿勢のまま青年がこちらに向かってくる。速い。が、捉えられない速度でも無い。
触れる事で発動する個性なのか、市に手を伸ばしてきている。手が市に触る直前、無気力に左手を右へ大きく振れば小さな魔手が2本。足元左手から飛び出て青年を押して弾き返す。これは上手くタイミングを見極めないと失敗するのだ。弾かれた青年は土煙を出しながら足で踏ん張り、失速した。
「チッ……まだかよ黒霧」
「…2人で、何かを盗りにきたのね」
「…はぁーーー」
お互いに本気でやりあう気はサラサラ無い。
体裁として戦っているだけであり市は侵入者なんてどうでもよく、青年も面倒臭いから教師にチクらなければ無視してもいい存在だ。相手を殺すなど微塵も考えずに、側から見れば凄まじい応酬も本人達には約束組手に近い戯れのようなもの。実力者同士で成り立つ高次元の牽制。決め手も無いまま続く攻防は永遠に続くかと思われたが。
「死柄木 弔、何してるんです」
「遅えよ終わんのが」
死柄木と呼ばれた青年の後ろにスーツを着た男らしき者が出現した。スーツから出ている顔や手が黒い靄で形成されていて、先程青年が出てきた靄はこの男の個性だと分かる。会話からして用事が終わったらしい。これ以上戦っても時間の無駄だと判断した市は魔手を消して出方を窺った。
「変なガキ…帰んぞ黒霧」
「よろしいので?この生徒がヒーロー科ならば消した方が良いのでは?」
「どうでもいいわ、闇色さん……貴方達が野垂れ死ぬ頃には忘れるもの…」
「ああ、そいつは無視していい。コッチ側の奴だ」
「…なるほど」
2人の間での意思疎通が完了したようで、来た時と同じく靄の中へと消えていった。スーツの男の名前から推測すると個性は霧関係のようだ。完全に気配が消えたのを確かめてから、昼休み終了のチャイムが鳴った。
周りを見回して設備が壊れてない事に一安心してから、市は教室に戻ろうと踵を返す。別に報告する程の事でも無いし、聞かれるまで話さないでおこう。どうせお喋りは得意ではないのだ。
5限は委員長の他にもある委員決めをするらしい。それを取り仕切る委員長の緑谷が、昼休みのマスコミ騒ぎを食堂にて鎮静化した飯田を委員長に他薦したのだ。というか、市が死柄木と戦っている時にそんな事があったのか。敵の明らかな陽動に呆れながらも、誰かに言う程の事でもないと自己完結した。
それにしても、「非常口飯田」はやめた方が良いと思った市であった。
水曜日
「今日のヒーロー基礎学だが…俺とオールマイト、そしてもう一人の3人体制で見ることになった」
「ハーイ!なにするんですか?」
「災害水難なんでもござれ、
なぜかレスキューと英語で書かれた札を掲げて相澤先生が言った。騒つくクラスメイトを視線で黙らせてから、リモコンのボタンを押して黒板横の壁からそれぞれのコスチュームが入った棚がせり出す。
「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗っていく。以上、準備開始」
いつもの通りに更衣室へ行き、制服を脱いでコスチュームに着替える。相澤先生はコスチューム着用はどちらでも良いと言っていたが、生徒の様子を見る限り、ほとんどがコスチュームを着ようと棚から取り出していた。例外なのは先日の対人戦闘訓練にてボロボロにしてしまった緑谷だけであろう。
「ねね、天魔ちゃん!前から思ってたんだけど、コスチュームカッコいいね!」
「私も私も!着替えてすぐ行っちゃったし、反省会も帰っちゃうからお話出来なかったからねー!」
着替え中に、市も含めて7人しかいない1-A女子に話しかけられた。
透明な葉隠に、反転目をもつ芦戸。他にもパンキッシュな耳郎に大きな目をもつ蛙吹、聡明で万能な八百万に汎用性の高い個性の麗日。市とは違い、社交的でコミュニケーション能力が高い今時の女子と表現できる。市の様子に尻込みしていたけれど、勇気を出して話しかけてきた良い子達だ。
「…天魔 市。友達になってくれるの…?嬉しい…たとえ嘘でも…」
「嘘じゃないよ!私、麗日お茶子、よろしくね!」
「ウチ、耳郎 響香っての」
「私は八百万 百ですわ」
「ケロ…蛙吹 梅雨よ。私思った事を何でも言っちゃうの。天魔ちゃん、私あなたが少し怖いわ」
「…そう」
蛙吹の指摘に、女子が驚いた顔で彼女を見た。冷静で洞察力が鋭く、先見性も高い。個性は詳しく分からないが、人間としては弱点が少ないな。同じ歳でここまでの子を見るのは初めてだ。
「あなたは…とてもまっすぐに尽くす人なのね…」
どうしてこの子は傷ついた顔をするのだろうか。別に雄英には友達を作りに来ているわけではない。怖いのならば怖いままでいい。恐怖は人間がもつ本能的な感情であり、無理に克服する必要はないのだから。
「バスの席順でスムーズにいくよう番号順に二列で並ぼう!」
「飯田くんフルスロットル……!」
緑谷の指名にて委員長になって嬉しい飯田は張り切って訓練場へ向かうバスの乗車を仕切っている。そんな努力もむなしく、乗るバスは新幹線の指定席のように全席が一方向を向いているタイプでは無く一般バスのように向かい合った席順になっていた。本人はそれを予測出来なかったのを悔しがっている。
バス内では対人戦闘訓練で一緒のチームになった轟と隣の席になった。共通の話題など無く、会話の必要性も感じない為寝ることにしよう。轟も精神統一なのか目を閉じているのでお互い様だ。
バスに乗って揺れる事しばらく、到着した所は学校設備とは思えないほど大きなレジャーランドだった。セントラル広場から放射状に広がる6つのアトラクションが設置されている。
「すっげーーー!!!USJかよ!!?」
「水難事故、土砂災害、火事……etc.あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も…
(((USJだった!!)))
アトラクションの説明をしたのはスペースヒーローの「13号」。
個性「ブラックホール」にて障害物をほぼ無効化し災害救助でめざましい活躍をしているヒーロー。彼が現場にいれば雪崩も土砂崩れさえも吸い込んでしまえる。使い方を一歩間違えれば、人間を吸い込んでしまうものだ。
「えー始める前にお小言を一つ二つ…三つ…四つ…」
(((((増える…)))))
「皆さんご存知だとは思いますが、僕の個性は“ブラックホール”。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
「その個性でどんな災害からも人を救い上げるんですよね」
「ええ…しかし簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう個性がいるでしょう。超人社会は個性の使用を資格制にし、厳しく規制することで一見成り立っているようには見えます。しかし一歩間違えば容易に人を殺せる「いきすぎた個性」を個々が持っていることを忘れないで下さい。
相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。この授業では…心機一転!人命の為に個性をどう活用するかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つける為にあるのではない。救ける為にあるのだと心得て帰って下さいな。
以上!ご静聴ありがとうございました」
紳士的にお辞儀をして演説を終えた13号にクラスメイトは喝采を浴びせた。飯田はブラボー!!!とイントネーションを変えて何回も叫んでいる。そんなに今の演説が響いたのか。
一同の叫び声に反応してか、USJ内の電気が消え、噴水から出る水が不定期に止まる。
「一かたまりになって動くな!!!」
「え?」
「13号!!生徒を守れ!!!」
突然、相澤先生の怒声がUSJ内に響いた。いつもと違って本気の憤りや困惑を混ぜた声色に、生徒が何事かと広場の階段下を見る。つい先日出会った彼らではないか、あの時の狙いはカリキュラムだったのか。黒い霧からワサワサと大人数が溢れてくる。まだ状況を理解出来ていないのか、入試のようにもう始まっているのかと問う切島に相澤先生が
「子供を殺せば来るのかな?」
なんともまあ、物騒なことで。