陽は既に落ち西が僅かに赤くなっているのを除けば、空は暗い雲に覆われ辺りは闇に包まれている。
工場群を抜けて一本道を西へ西へと歩み続けて3時間ほどが経過した。道中には折れ曲り錆びて焦げ茶色になった何かの看板に崩壊したガソリンスタンドらしき建物、白骨化した元動物と元人間、そして遠くでゾンビの如くゆっくりと蠢くELIDだけがあった。
そろそろ安全な寝床を探さねばならない。ハンドガンの戦術人形以外は基本、暗い場所の視界が悪くなる。その上夜は一般的に獣が活発になる。コーラップスの影響でどんな獣やELIDが徘徊するかわかったもんじゃない。
どこか良い場所はないかと探していると、原型を留めている一軒家を見つけた。周囲は枯れた木と朽ち果てたトラクターとピックアップトラックがあることから元は農家だったのだろう。
外から見る限り人の気配は感じない。ホルスターからSteyr M1912を引き抜き、一応ノックをして玄関を開ける。
「邪魔するぞ」
ギィっと音を立ててドアを開ける。中は掠奪に遭った形跡があり、窓ガラスは割れて散乱し家財道具はほとんどなかった。
砂埃を被り所々床が抜けた部屋を警戒しながらゆっくりと探索する。ギシ…ギシ…と抜けそうな床を鳴らしながら歩みを進めると、比較的新しい足跡が残っていた。ライトを照らすと足跡は裏口からキッチンらしき部屋へと続いている。
誰か居る
そう直感した。冷却用疑似血液を送り出す心臓を模したポンプの鼓動が早くなり、無音の家でバクンバクンと鳴り響く。
足跡を見るに人型の何かがいる可能性がある。人間か人形か、ELIDか鉄血か、あるいはそのどれでもない何か。
慎重に足跡を辿るとキッチンの真ん中で足跡は無くなっていた。そこをよく見ると小さな取っ手がある。ここの中に何者かが隠れているのか。
Steyr M1912を構え開く方向と反対側に立ちゆっくりと取っ手に手をかける。そして思い切り開け放ち銃口を向けた。
バタンと小さなドアが床に叩きつけられ砂埃が舞う中、銃口を向けたままゆっくりと床下収納庫か地下室への入り口であろう穴に近づく。
中から出てくる気配はない。入り口をライトで照らすと階段が続いていた。おそらく災害用のシェルターであろう狭く古びた階段を下る。
低く狭い階段を進むと小さな呻き声が聞こえた。最大限に警戒し耳を澄ますとその呻き声は少女のような声だ。更に進みライトで照らすと物置ほどの空間に少女が倒れていた。
黒を基調とし赤い縁取りの上着と白いスカート、先端に行くにつれて赤くなっているブラウンのツインテール、傍らにはプラスチック製の突起が少ない拳銃が転がっている。
データベース参照、ハンドガンの戦術人形Glock G17。少なくとも敵ではないらしい。
「だ…れ…?」
G17はようやくこちらに気づいたようで顔も向けずに問う。
「通りすがりの戦術人形だ。バッテリーが切れかかっているな、少し待ってろ」
カバンに入れていた予備バッテリーを取り出し、G17の首筋にあるコネクタに繋ぐ。じっとしてろと言って地下シェルターから出ると足跡を手で払って消し、ドアを固く閉めて戻ってきた。
5分ほどで戻ってきたが僅かな時間でバッテリーはそれなりに回復したらしく、G17は繋がれた予備バッテリーを持って壁に寄りかかって座っていた。
「助けてくれてありがとうございます。…あなたは誰ですか?」
「名前を聞く時はまず自分から、と言いたいが今回は特別だ。余はMannlicher M95/30、試作の戦術人形よ。して、なぜこんな所に倒れていた?」
「それは…」
G17が目を伏せ、ポツリポツリと語り始めた。
G17はG&K管轄区域の辺境にある地区に配属されたばかりの新人だった。
辺境なだけあって鉄血の数は多くないが小規模な斥候部隊との小競り合いは度々発生しており、それに対処するためハンドガンとサブマシンガン主体のフットワークの軽い部隊で構成されていた。
ある日、いつも通り警戒網に引っかかった鉄血の斥候部隊を倒すべく出撃したG17を含む小隊は現場へと急行した。
いつもと同じScoutやDinergate数機で構成された斥候部隊を難なく倒し基地に帰還しようとした。
その時、前衛のスコーピオンのダミーが何の前触れも無く頭を撃ち抜かれて即死した。それを合図に次々と銃弾とレーザーが飛び交い、1体、また1体とダミーが倒れていった。
奇襲を受けたと報告し、指示を受けて抵抗する時には既に戦力の1/4が失われた。G17はこの時初めて敵の正体を見た。
SP65"SCARECROW"
鉄血の斥候部隊を統括するハイエンドモデルはこの時を待っていた。
失っても痛くない機械型の小規模な部隊を薄く広く小出し、G&Kの戦力を偵察すると共に相手が機動力が高いが火力が低い部隊編成に変わるのを待っていた。
小規模な部隊で釣り出し火力で叩きのめしてG&Kの防御に穴を開け侵攻する。
その意図を察した指揮官は撤退を命じ即座に予備部隊を向かわせた。しかし前衛のステンとスコーピオンが倒されると小隊は総崩れとなり、小隊火力の要であるガリルがJaegerにコアを撃ち抜かれ、P38が文字通り蜂の巣にされ、M1911は反撃する間もなく腕を吹き飛ばされ出血多量で機能停止した。
ようやく戦闘に慣れてきたG17にとって余りにも恐怖の光景だった。内心で先輩と仰いだ仲間が次々と殺されていく光景を目の当たりにし、恐怖のあまりに逃げて逃げて、見つからないよう右へ左へと走り気がつけば救難信号も届かない奥地まで来てしまった。
下手に動こうにも鉄血支配地域のど真ん中で基地まで帰れる保証はない。仮に救難信号を出して届いたとしても、信号を受信した鉄血が先に来て散々拷問し情報を引き出した後に殺されるのは明白。
どう動いても詰みだった。それでも藁をも掴む思いで救難信号を出し、鉄血から逃げていた。部隊が全滅してから3日目になり、とうとうバッテリー残量の底が見えてくる。
丁度その時にこの一軒家を発見し、無我夢中で電源を探すも中は掠奪に遭った後で何も無い。せめてもの見つからないようにと地下室に逃げ込み、バッテリー消費を最小限にしてじっと2日間耐えていた。
そしてMannlicher M95/30を名乗る戦術人形がやって来て今に至る。
「なるほど、そんな事があったのか」
一通り話し終えて口が渇いたのか渡した水のペットボトルを1/3ほど飲むG17。飲んでから未開封の貴重な水を飲んでしまったと後悔するも、別によいと慰める。
「して、G17の基地はどの方角だ?」
「へ?まさかここを出るって言うの?」
「決まっておろう。ここにいてもじきに見つかる。ならばこの状況を打開するしかあるまい?」
ニヤリと口角を上げる白髪オッドアイにG17のハイライトが若干消えたのは見間違いじゃないだろう。