神世界からの来訪者   作:禅 

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勇者の懸念

『私にはもう、時間が無いの。だから、あなたが──』

 

 これは、一ヶ月前私の言った言葉だ。

 でも、その私は、私であって、私じゃない。

 

『一ヶ月……ワ……ルギス……ムル先……来訪者……ぶない。……助けて……どうか……ど……か!』

 

 続いて途切れ途切れ聞こえてきたのは、幾つかの単語を思わせる言葉達。

 恐らくは、一ヶ月後、魔王達の宴(ワルプルギス)、リムル先生、来訪者、危ない、助けて、どうか、といったところだろう。

 

 この感覚は、初めてじゃない。今まで幾度となく経験してきた感覚だ。

 これは、そう。未来の私からのメッセージ(・・・・・・・・・・・・)だ。

 しかし、今回の記憶は、今まで思い出したものとは少し違う。

 

 断片的で、不完全な記憶。

 

 天魔大戦の際、世界最強の魔王──ギィ・クリムゾンと対峙した際の記憶と比べると、その差は一目瞭然だった。

 まるで、スキルの効果が何かに阻害されたかのように不確定な記憶。

 その原因は勿論、内容も詳しくは分からない。

 だが、ただ一つ。はっきりとしていることは、未来の私が、現在の私に助けを求めたことだ。

 

 一ヶ月後に開かれる魔王達の宴(ワルプルギス)で、リムル先生に危機が?

 

 来訪者、とは一体誰のことだろうか。

 それに、今のところリムル先生から魔王達の宴(ワルプルギス)があるなんて話は聞いていない。

 この平和な世界に、わざわざ魔王達の宴(ワルプルギス)を開く程の出来事が起こるとも思えない。

 ……でも……。

 

「どうした?そんな難しそうな顔をして。悩みでもあるのか?」

 

「レオンお兄ちゃん」

 

 私に声をかけたのは、私の幼馴染みでこの都市エルドラドを治める八星魔王(オクタグラム)が一柱、レオン・クロムウェル。

 天魔大戦後、私はレオンお兄ちゃんの城に居候することになった。

 時々ルミナスの所に遊びにいったりもするけど、基本はここで暮らしている。

 ……だけどいずれは、リムル先生の所に行きたかったり。

 

「ううん。ちょっと考え事をしてただけ。大したことじゃないから、気にしないで」

 

「……お前は今まで、たった一人で、長い間戦ってきたんだ。平和な今くらい、俺を頼れ」

 

 レオンお兄ちゃんはいつも私のことを気にかけてくれる。

 長い間、ずっと一人で運命と戦ってきた、私のことを。

 私も、今の平和を失うのは嫌だ。

 

「……ありがとう、レオンお兄ちゃん。じゃあ、聞いてもらっても良い?」

 

「ああ。なんでも聞いてや──」

 

 レオンお兄ちゃんの言葉を遮るように、城内に地鳴りのような轟音が響き渡る。

 空気が震撼し、音のエネルギーが城全体を殴り付けた。

 ところどころ、城の壁にひびが入り、その魔力回路に乱れが生じる。

 

「何事だ!」

 

「レオン様!ご無事で!」

 

 レオンお兄ちゃんの元に真っ先に駆け付けたのは、黒騎士卿(ブラックナイト)クロードと銀騎士卿(シルバーナイト)アルロス。

 レオンお兄ちゃんの配下のなかで、最も忠実かつ、最強の騎士達だ。

 

「どうした!?この衝撃は一体!?」

 

「は!城の上空に、正体不明の物体が出現したとのことです。この振動は、その魔力によるものかと。ただ今、各騎士団長達が破壊を試みていますが、依然として砕ける気配がありません!」

 

 クロードが報告をするのと同時に、レオンお兄ちゃんは城の外へと転移した。私もそれを追うように転移し、そこで目に入ってきたのは。

 

 かつて戦った暴風竜、ヴェルドラのあの巨体をもしのぐ大きさの宝玉。

 緑色に輝くその宝玉は、中心からエネルギーを発していて、そのエネルギーによって城はおろか、国全体が揺れているようだった。

 

「「「「四重羅閃(カルテットスパイラル)!」」」」

 

 四人の騎士団長の合体技が、宝玉に向かって放たれた。

 四人の魔力が混ざり合い、放たれるのは四重螺旋を描いた斬撃。

 その威力は、悪魔公(デーモンロード)の最上位に致命傷を与えうるレベルにまで達していた。

 斬撃が宝玉にぶつかった瞬間、凄まじい爆風が起こり、四人の騎士団長達を吹き飛ばす。

 宝玉は全く壊れる様子はなく、むしろ中心からのエネルギーが強くなったように感じられた。

 

「……試すか」

 

 レオンお兄ちゃんが呟く。

 いつの間にか、背中には神々しい輝きを放つ36対72枚の翼が顕現しており、その手には神話級(ゴッズ)のレイピア、聖炎細剣(フレイムピラー)が握られていた。

 レオンお兄ちゃんが聖炎細剣(フレイムピラー)の切っ先を宝玉に向けると、レオンお兄ちゃんを中心に、宝玉を取り込む形の積層型立体魔法陣が形成されていく。

 色鮮やかな色彩により、魔法陣はそれ自体が発光と明滅を繰り返し、瞬く間に完成した。

 

「"36式聖浄化霊子撃滅光崩(ホーリーブレイクダウン)"」

 

 レオンお兄ちゃんが叫ぶと同時に、その翼が煌めき、聖なる光を発する。

 触れるものを崩壊せしめる、霊子光(フォトン)が積層魔法陣の中を駆け巡った。

 乱反射する光は、やがて結界内を覆い尽くし、その莫大なエネルギーが結界内を蹂躙する。

 閃光が収まり、辺りの景色が見え始める。……が。

 

「……これほど、とはな」

 

 その宝玉は、"霊子崩壊(ディスインティグレーション)"の何千倍以上ものエネルギーを受けてなお、無傷でそこに存在していた。

 

「硬いね……それに……」

 

「ああ。あれの中心から吹き出すエネルギーは、魔力なんかじゃない」

 

精霊力(・・・)だ」

 

 宝玉から吹き出していたエネルギーは、魔力ではなく、精霊力。

 故に、悪魔の力を持った騎士団長達の攻撃を受け付けなかったのだ。

 

「私が、やろうか?」

 

「……頼めるか?」

 

「うん。任せて」

 

 他ならないレオンお兄ちゃんの頼み。断る理由がない。

 私の究極能力(アルティメットスキル)時空之神(ヨグ・ソトホート)』の力をもってすれば、或いは、時空の彼方に消し去ることも可能かもしれない。

 私はそう希望を抱き、宝玉の近くへと降り立ち──

 

「それは、させられない」

 

 宝玉から聞こえてきた声に、愕然とした。

 その刹那、宝玉がみるみるうちに縮小し、そして。

 まるでその存在がなかったかのように、跡形もなく消滅した。

 

「何、だったんだ……?」

 

 レオンお兄ちゃんと、二人で顔を見合わせる。

 ふと、町と城に甚大な被害が及んでいるのが目についた。

 まずは、私の能力でこれを直さないと。

 他のことは、後でゆっくり話すことにしよう。

 私の記憶の件も、宝玉の件も、気になることには気になるが、それよりも、皆の暮らしを元に戻してあげることが今の最優先事項だろうから。

 

 

   ◆◆◆

 

 

「ディアブロが、消えた……」

 

 再開された魔王達の宴(ワルプルギス)にて、俺が発した第一声。

 お菓子にがっついていたミリムやラミリス、ディーノ達がその手を止めた。

 

「ど、どういうことだよ!?あいつが消えただって?あれだけの強さを持った悪魔が消えるなんて、そんなの一大事じゃ──」

 

「落ち着けディーノ。それについては、俺が説明する」

 

 取り乱すディーノを、ギィが鎮める。

 突然配下が操られ、消えてしまった俺を慮ってのことだろう。

 ギィも、意外と優しいところはあるんだな。

 

「──というわけだ」

 

 ギィが説明を終えると、魔王達が生唾を飲み込む音が聞こえた。

 

 世界に、危機が迫っている。

 

 世界の頂点に立つ魔王達には、それが理解できた。

 理解、できてしまったのだ。

 それ故に、魔王達の間に長い沈黙が訪れる。

 

「……俺からも、一つ良いか?」

 

 沈黙を破ったのは、先程意味深な発言をしていたレオン。

 心当たりがあるようだったが、実際のところはどうなのだろうか。

 その後、レオンから語られたのは、一ヶ月前の黄金郷(エル・ドラド)で起きた、原因不明の怪事件の顛末。

 そして、未来のクロエから届いた、不可解なメッセージだ。

 

魔王達の宴(ワルプルギス)……確実に、この宴だな。リムルに迫った危機は、ディアブロを操った者のことだろう」

 

「これは……まさか本当に……ヴェルダナーヴァ様の予言が……」

 

「予言、だと?」

 

 ディーノが口にした言葉に、興味を示す魔王達。

 そんな中、一人落ち着いた表情で話を始めたのは、またもやギィだ。

 

「お前も、やはり聞いていたか。……かつて、俺の友だったヴェルダナーヴァは、こんなことを言っていた。『自分がここに存在する以上、他に自分のような存在がいる可能性も否定できない』と」

 

「それって、つまり……?」

 

「ああ。ヴェルダナーヴァが創造したこの世界の他に、次元をも超越した別の世界が存在しているということだ」

 

 魔王達が、絶句した。

 この仮説が正しければ今回の騒動の全てに、辻褄が合う。

 正体不明の堕天族(フォールン)、この世界に存在しない杖、あのディアブロをも操る強者の存在、膨大な精霊力を秘めた巨大宝玉。

 これらが全て、異世界から持ち込まれた物だったとしたら……?

 

 俺が斜め後方に目を向けると、ルナは不安そうな顔で俺を見つめていた。

 その瞳はオッドアイから両目とも碧玉色(サファイアブルー)に戻っており、さっきまでの覇気がまるで感じられない。

 この数日で分かったことだが、ルナは戦闘などの警戒状態になると右目の色が青から赤へ変化するようだ。

 逆に、不安になると両目が深い青色に染まる。

 その事からも、今のルナの不安な心境が伺えた。

 

「ヴェルダナーヴァは、俺や各竜種にこの予言を授けると同時に、異世界からの干渉が起きた場合の対処法についても指示していた。これこそが──」

 

「全世界の力を結集し、世界の終末に抗うための会談。終末の混世宴(ラグナロク)、だろ?」

 

 ディーノの言葉に、こくりと頷きを返すギィ。

 次いで、ギィは椅子から立ち上がり、宣言した。

 

「近いうち、この魔物の国(テンペスト)にて、終末の混世宴(ラグナロク)を執り行う。各国の国王及び重要人物、次元を越えて遭遇した世界の住人の代表を、ここに集結し、異世界からの危機に立ち向かう計画を立てる。各々、国交を結んでいる国に早急に連絡を。開催は一ヶ月後、正午からとする。それまで、それぞれの準備を整えろ」

 

「分かったのだ」

 

「了解じゃ」

 

「OK」

 

「……ああ」

 

「分かった!」

 

「了解ですぜ」

 

「いいだろう」

 

 

 

 各魔王達がギィの宣言に肯定の意を示し、真剣な表情で返答する。

 その傍らで、僅かに俯く少女が一人。

 真なる勇者、クロエ・オベールである。

 

(これで、本当に良かったの……?リムル先生への危機は、去ったの?)

 

 クロエは、得体の知れない胸騒ぎに、戸惑いを覚える。

 何か、大事なことを忘れているような、そんな感覚。

 そんなクロエの心境とは裏腹に、時は無情に過ぎていく。

 

 

   ◆◆◆

 

 

 魔王達の宴(ワルプルギス)が終了し、その夜。

 俺はルナと一緒に、夜風に当たりながら夜の魔物の国(テンペスト)を歩いていた。

 流石にここまで深夜になると、皆寝静まってしまって、昼の間の騒がしさが嘘のようだ。

 

「ねえ、リムルお姉さん」

 

「なんだ?」

 

「私、外から来たの……?」

 

「……そうだな」

 

「私、ここにいていいの……?」

 

「ああ。記憶が戻るまで、俺達が責任を持ってお前を守るさ。とはいっても、今のお前は多分、この国で俺とヴェルドラ、ディアブロの次くらいに強いだろうけどな」

 

「……ふふ。私、もっと強くなる」

 

 ルナは、その碧玉色(サファイアブルー)の美しい瞳をキラキラさせながら、俺に向かって笑いかけた。

 ……確かに、魔王達の宴(ワルプルギス)にてルナが別の世界からのスパイである可能性があることが話題にあがったのは事実だ。

 それでも俺には、この隣を歩む少女が嘘を吐いているようには思えない。

 一ヶ月という短い時間は、思った以上に俺達の絆を育んでしまった。

 

 

 もし、万が一ルナが別の世界からのスパイだったとしたら、俺は──

 

『どうする?』

 

「え?」

 

「?どうかした?お姉さん」

 

 ルナが、きょとんとした顔で俺を見る。

 気のせい……なのか?

 

「……あ、いや、何でもないよ。それより、そろそろ戻るか」

 

「うん……あ!そうだ。明日の朝御飯、私が作ってもいい?」

 

「え?できるのか?」

 

「うん。ちゃんとシュナさんに教えて貰ったから」

 

「そうか。じゃあ、お願いしようかな」

 

「やった!ありがとう!お姉さん!」

 

 俺からの許可を得て、満面の笑みを見せるルナ。

 ……今はまだ、万が一とか、難しいことは考えなくても良いかな。

 

 

 魔物の国(テンペスト)の夜空に浮かんだ美しい半月が、二人の魔物を照らしていた。

 

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