side巧
滑り込みセーフ、なんとか間に合った。
時刻は08:25、朝のホームルームまであと5分。自分の席に置かれた
…
……
………
「だめだ、集中できん…!」
思わず机を叩く。
それもこれも、全て昨日ののほほんさんのせいだ。てっきり鈍感な方だと思っていたのだが、うっかり頼った結果があのザマだ。ハニートラップや賄賂の類いを送りつけられたのとは訳が違う、今回の件では言い訳できない汚点がありそれを握られ…
「ほう、では集中出来るようにしてやろう」
背筋の凍るような声。
机に被さる黒い影。
赤く光っていると錯覚する程に鋭い眼光。
しかし俺の頭蓋を叩いた程度ではこの思考は止まってくれないだろう。
いや、そんな! あの出席簿はなんだ! 真上に! 真上に!
「ホームルーム中だ馬鹿者」
「ふぁんとむっ!?」
出席簿チョップで脳天を揺らされた俺の断末魔は、しかし意味を持つ言葉を結ぶ前に虚空へと漏れ出た。
ーーーーー
「酷い話だ……」
で、昼食。今日は金曜日なのでカツカレーを食べる。
それにしても、まさかこんなに早く弱みを握られるとはな…かくなる上は俺の情報アクセス権を返上、流すべきダミー情報のみを下ろすように提案するべきか……ん?ちょっと待てよ…
「……前提条件から考え直すとどうなる…?」
「やっほーたっくー」
失態について思い詰めた思考が別方向に向き始めた丁度そのとき、隣の席にやって来たのはのほほんさん。
「なんだよ人が思考の海に沈んでいたときに。何を要求する気だ?二千円のスイーツくらいなら奢ってやるぞ」
何か思いつきそうだったところを邪魔されたせいで不機嫌だ、とアピールしながらも自分の弱みを握る相手の機嫌を取り、ついでに思考をIS関連ではなく嗜好品へ誘導する。IS関連技術に比べれば安いものだ。
「もー、そんなに怖がらないでよたっくー。別にゆすったりねだったりしないよ?あ、でも今度本土側のモノレール駅前のパフェおごって〜」
「ちゃっかりしてやがる。あそこ高いんだよな…」
まあ、俺は大森の唯一のISドライバーで世界でたった二人しかいないISに乗れる男性だ。元々引き抜き防止で高い基本給にテストパイロット・テストシューター手当や各種身体検査(骨髄その他のサンプル提供も含む)と引き換えの永久ボーナスが付くのでなかなか多い給料を貰っているし、通るかは別として後で交際費として申請してもいい。別にパフェを奢るくらいなら全く構わないのだが、それはそれとして奢ることを渋る様子を見せて少しでも嗜好品に思考を向けさせるべきだろう。
「ん〜…ん?あれ、もしかしてホントにおごってくれるの?」
驚いたような顔をするな。お前が言い出したことだろうに……
「ごちそうさまでした。さて、さっさと教室戻って盾の構造考えなきゃ」
「え、あちょっとまって〜!」
なんだかだんだんムカついてきた。冷静に考えれば、何故俺が奢ったりしなきゃならんのだ。というか俺の女装が漏れて何か問題あるのか。罰ゲームとかなんとか適当抜かして切り抜ければいい。そうだ、
そういう事なら善は急げ、授業開始までは時間がある。さっさと教室戻ってとりあえず状況だけでも伝えておこう。
「あら、アンタが噂の残虐ファイター?」
「うおっとと…と。中国の国家代表候補生の
とりあえず、入学式当日のクラスでやった自己紹介口上をやってみる。実は割とお気に入りだ。それはともかく会話だ。俺は残虐ファイターじゃない、むしろ多少親しみやすくなくっちゃな。誤解を解かなければ最悪の場合会社イメージにも関わってくるからな……
「流石に名前と顔くらいは知ってるわよ。世界で二人目の男性IS搭乗者だからね。所属とか乗ってる機体とかは興味なかったから知らないけど」
「名前を知っていてくれて何より、どうせなら所属先、大森重工の名前くらいは覚えて欲しいけどね。ともかく、言っておくけど俺は別に残虐ファイターじゃないぞ。彼我の練度の差を考えたら、単純にあれ以上の戦術が無かっただけだ」
聞いてるかのほほんさん、これはお前にも言ってるんだからな?って居ないし……いつの間に消えた。そもそもあいつは何者だ?
「ふーん。ま、私は別にアンタが残虐ファイターだろうがそうでなかろうがどっちでもいいけどね。搦手を使おうがどうしようが、真正面から『衝撃砲』でぶっ飛ばしてあげる」
「だから残虐ファイターじゃないってのに。模擬戦の時は、少々お手柔らかにと願いたいね……模擬戦と言えば、凰さんクラス代表になったんだっけか。意気込みは?」
「当然、そっちのクラスの代表なんかぶっ飛ばしてあげるわ。一夏には『覚悟しろ』って伝えといて」
一夏か。そういえば一夏との関係も聞いておくべきか?……いや、藪を突いて蛇を出すのは望ましくない。一夏側からだけでも十分な情報は集まるだろう。
「わかった、伝えとく。じゃあまた」
「ん」
さて、ちょっと時間が押している事だし、全部は書けないから事情説明の文面書けるだけ書いて下書きに保存しておこう。
ーーーーー
「うん、文面はこれで良さそうだな」
授業も終わって放課後、推敲して参考資料(写真や録音データなど)を添付してメッセージを送信。
『生徒会長と新聞部が俺を嗅ぎまわっている。尋問されても「アポを取れ」とそちらに丸投げする。また、生徒会長と新聞部副部長から逃げるために女装したことが布仏本音に露呈。ただしこれは開き直って踏み倒す予定。何かあれば連絡されたし』
本当はそれぞれの出来事毎に時刻や場所なども書いてあるのだが、まあ要約するとこんなところだ。
「……こんな状況でも、仕事は増えるのな。まあ別にいいけど」
連絡用のメールアドレスに届いたのは試作装備の運用試験依頼。割とよくあるタイプの依頼で、一件ごとに報酬が設定されている割のいいバイトだ。もっとも、それを運用する為に必要な知識や技能、報告書作成の為の作文能力があるのなら、であるが。
「今回のお仕事は
仕様を見る限り、火力は純粋に強化されているようだし、それなりに楽しみだ。
「輸送ヘリが来るのが30分後。ヘリポートで元々持ってた暫定試作型と交換して、練習エリアで試験開始…と、了解」
まずはトイレで女装するところからだ。歩き方も気をつけよう。
ーーーーー
「録音機能良し、録画機能良し、演習ブースの初級射撃訓練モード起動よし、データ採取用システム起動確認…良し。これより、突撃銃槍最終試作型2号の運用試験を始める」
幸い、厄介な2年生コンビも居らず、道中で怪しまれることもなく、スムーズに到着、試験開始出来た。
「まずは、射撃だな」
トリガーを一瞬だけ引き、放す。放たれた4発の弾は、狙った1つの標的へと突き進み、うち1つが中央に命中。残り3発もまあ悪くない位置に当たったようだ。
「用途上の判断で単・連の切り替えが無いのは面倒だけど、まあ悪くない。連射行くか」
今回試験するタイプは、どうやら俺の提案がある程度反映されているようだ。
まず、内蔵火器がアップデートされている。4門あった
「用意されてるFCSも特に問題無し、シークレットサービス側の集弾性も思ってたよりは高いな…ランスに固定されてるからか、挙動としては『銃身が重くてしっかり保持されてる』状態に近いな。15式部分は全く文句無し。ただなぁ、ランス刀身が付いてるから結構重い……近寄られたときぶつけて逃げられるのは強みだけども取り回しが悪いなこれ」
まあとはいえ、シークレットサービス側含む適性距離での火力はなかなか馬鹿に出来ない。
「次は、推進器での突撃か」
クラス代表決定戦で使った試作型からの大きな変更点としては、刀身の形状が挙げられる。元々はy=1/2x-0.25(0.5≦x≦2)をy軸で360°回転させたような古典的なランス状だった刀身をマッハ2.5でのショックコーンを想定した形状に変更したことで、ブースト時のエネルギーロスが大幅に削減された。突きでの貫通力こそ下がったが、どうせシールドバリア相手に貫通とか望むべくもなく、また速度上昇により破砕力が上がったから問題無い。
「後ろのロケットエンジンが強化されただけじゃなくて干渉しない位置にジェットエンジンが付いたのは、なんというか設計した人の本気度が垣間見えるね。突進大好き人間かよ」
言いながら各エンジンの設定を見直す。うん?これは…突撃用のアプリケーション?なるほど、全身の推進器やシールドバリアの随時編集でもっと効果的に加速できるのか。突進大好き人間かよ。
ーーーーー
とまあそんなわけで『これは、良いものだ』と太鼓判を押してレポートを書き終えて送信、その後もまた練習を続けて数十分。練習エリアから出て整備室に出た俺を迎えたのは例の2年生コンビ。だがもう怖くない、何も怖くない。
「やっと捕まえたわ、『空飛ぶアンティーク』さん」
「そうよ、今日こそは私の取材を受けてもらうから!」
こいつらの正体がなんだろうと関係無い。俺はただこう言えばいい。『上にアポを取れ』と。
「すみませんが、上にアポを…」
ひと呼吸置いて覚悟を決めて言ったその瞬間、ポケットから工場の環境音とサイレンを組み合わせたような曲が流れる。お気に入りの着信音、葛城さんからだ。
「……ちょっと待って下さいね、電話です。…はいもしもし?」
『もしもし、葛城です』
「ああ、葛城さん。こちら坂上です、どうしました?」
『さっきメールで見た件だけどね、
「……はい?」
ちょっと電波かなにかが悪いのか、変な言葉が聞こえた気がする。
『だから、その2年生2人の取材、受けて。あと女装で弱み握られてるんだったね。それもある程度言いなりになっておいて。こっちに話通してくれれば都合良い方に回しておくから』
「……あのちょっと電波か何かがおかしなことになってるようなんですが、大丈夫です?……それとも本当に、取材受けて、そのそっちの件も…そうしろと?」
にわかには信じがたい。何を考えているのだ葛城さんは。
『いや、メール見てちょっと会議開いてね、そこで決まったんだよ。その二人はそれなりに素性が割れてる、なら適度に「坂上巧、与しやすし」と思わせておいた方が後々怪しまれずに暗躍できるでしょ?』
暗躍前提かよ。
『それに、女装の件での脅迫だけど、むしろされたらボーナスポイントだ。なにせ古今東西最強のカード、被害者属性が手に入るからね』
脅迫された、という事実で逆に脅迫するのか……なんだか複雑な話だ。まあいい、理由はわかったし、そういうことなら文句はない。
「あー、まあわかりましたよ。答えられるものは答えておきます。それでいいですね?」
『うん、それでお願い。じゃ、またね』
「ええ、ではまた。………さて、先輩方。取材受けますよ」
通話を切り、新聞部副部長へと向き直る。
「なんだか知らないけど答えてくれる気になった訳ね、じゃあまず質問!今回クラス代表になった織斑君って、坂上君から見てどんな人物?」
これはまあ、『答えてもいい質問』だろう。一夏がどんな奴か…か。
「そうですね、クラスメイトとしては『予習が足りない以外は良い学友』で、友人としては『気の置けない仲』…のつもりですね」
「あー、いいですねいいですね!具体的にはどんな人物です?」
……これ、さては答えてほしかったのは『どんな人間関係か』ではなく『どんな人物像に見えるか』の方か。
「具体的に……俺から見ると『努力家で理想家で才能もあり、それでいてそれを鼻にかける様子もない。ただ時々人の話を聞かないし意地っ張り』…なように見えますね、今のところ」
「ほうほう、べた褒めって訳でもないけど結構評価は高いのね」
「まあでも実際凄いやつですよ、一夏は。周りはほぼ全員が女性でアウェー環境、姉は元世界チャンピオンなので周囲からの期待がプレッシャー、更に自分の専用機は玄人向けを通り越してクソ仕様……っと、ここはカットでお願いします」
「はいはーい、汚い言葉は聞かなかった事にする、と。おっけー」
まあ、所属してる大森は倉持に喧嘩売ってるのでこの位は気にしなくても良いと言えば良いのだが、このくらいの『可愛げ』は演出しておいた方が良いのかな、なんて思ったりもするのだ。
「ともかく、そんな状況でよくもまああれだけの結果が出せますよ。流石一夏、クラス代表も納得です」
「なるほど。『なんだかんだ言ったけど、一夏の強さは俺が保証するぜ』と」
「キャラ変え過ぎじゃないですかね」
「はい次の質問!クラス代表になった織斑君に、クラスメイトとして何か一言!」
いや無視かよ……クラスメイトとして一言。これも別に良いだろう。
「クラスメイトとして。そうですね…よし、決めました」
「おおっ、ではどうぞ!」
「一夏!折角クラス代表になったんだ。優勝してスイーツ無料権(半年分)きっちり取ってこい!お前ならできる……以上です」
「あっはは、スイーツ好きなの?」
別にこれは答えてもいいだろう。まさかスイーツ好きだってのが会社や俺自身のピンチになるとは思えないし。
「ええ、大抵は1日一品は食べてますね」
「なるほど〜」
深く頷きながらなにやら考えてる様子の副部長。なんだなんだ何事だ?
「私からも質問、いいかしら?」
おっと、要警戒対象更識生徒会長からの質問だ。
「まあ、構いませんが?」
「どうも。さて坂上君、あなたは世界でたった二人しかいない『ISを動かせる男性』な訳だけど、このことについて何か感想はあるかしら?」
この質問が来るか………まぁ、良いだろう。答えは決まっているし、この答えが何か問題を生むとは考えにくい。というかこれ以外の答えとかあるのか?
「最高、ですね。『息を吸える』『水が飲める』『ご飯が食べられる』これらと同じくらい、『空を飛べる』というのは素晴らしい事ですね。」
「な、なるほど…ISが動かせることじゃなくて『空を飛べること』の感想と来たか……」
「……?どちらも同じことでしょう?」
よくわからない先輩だ。
「さて、そろそろいいですか?整備室で関係ない長話は迷惑でしょうし、俺もやりたいことがあるので。次回からは待ち伏せじゃなくて事前に連絡してもらえるとありがたいんですがね。あ、連絡する時はこっちのメールアドレスに、質問の内容も合わせてどうぞ」
会長も新聞部もこういう質問は基本的に要警戒だからな、時間をとって対策してから臨みたいものだ。と言う訳で今日はここまで。
「あ、じゃあ私から最後に1つ!何か一言、かっこいい奴お願い!一夏君の『俺に触るとヤケドするぜ』とか!」
……まあ、この位は良いだろう。というかあいつそんな古い感性なのか、ちょっと意外だな。
「かっこいい奴って………ああ、じゃあアレですね、自己紹介でもしましょうか」
言われてやるのは意外と恥ずかしいのだが、まあお気に入りの台詞だしやってやろうじゃないか。
「俺の名前は坂上巧。坂の上に『スキルフル』『エクイジット』という意味の巧で坂上巧。以降、お見知り置きを」
…うん、意外と恥ずかしいな。
「ほー、ふーん、なるほど…」
「へぇ…」
なんですかいなその反応は。何か問題でも?
「ま、まあ別に問題は無いけど……」
「ちょっと意外だったわね」
「そうですか?まぁ、ともかくまた今度。さようなら〜…………はっはっは、こっちは要求されたから応えたんだっつーの。知るかこの野郎」
2年生2人を見送り、十分に離れたところで愚痴を呟く。
「……さて、と。突撃銃槍のFCS微調整、シールドバリアの飛行用形状調整の自動化、そして手持ち用大型シールドのデザイン…仕上げなきゃならないことは山ほどある。全く、これだからISドライバーはやめられない!」
伸びをして、空いている作業ブースへと向かう。今日はどこまで出来るかな?どこまででも良いぞ。できる所までやってしまえ!
ーーーーー
・突撃銃槍最終試作型2号運用試験報告書
射撃:4門のうち1門を15式機銃に変更し残る3門もハイパワー化したため近距離での火力は大きく上昇、接近阻害効果もより高まっている。ただ、推進器の追加など前号より重量が増えたため多少取り回しが悪化し、照準速度が低下した。まあ、それでも槍部が一般的なブレードより遥かにリーチが長いのでそこまで気にする必要も無いだろう。
格闘:重量が増したため殴りつける時の威力は増加、より硬く太く丈夫になった槍部はそのままガードにも使える。ただし引き換えに取り回しが悪化したのでこちらからの迂闊な接近が危険であることには変わりない。引き続き自衛用として使うのが吉か。
突撃:突撃用プログラムがFCS流用ではなく専用のものに差し変わったため突撃精度が大いに上昇。個人的には距離の優位を捨ててわざわざ接近するこの機能に疑問を覚えないでもないが、威力自体は確かなものであり、また最高速度を超えて機動できる点は素晴らしい。
総評:射撃、格闘、突撃の全てにおいて要求性能を満たしており、自衛用に限ればバランスの良い装備だと考えられる。文句なしに良い装備だろう。