例え雨で流せずとも   作:杜甫kuresu

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多分ガンダムUCが好きな人は割と好きなんじゃないでしょうか。


1.曇天

 俺はその日、父の横について歩く彼女に一目惚れした。

 何とチープな開幕だろう、きっと半世紀前のB級映画だってこんな出だしじゃ監督は納得しない。恋の始まりなんてそんなものなんだろうか、あまり信じたくもない現実かもしれない。

 

 心臓が高鳴るのがみっともなくて。父の言葉に返事できないのもみっともなくて。何だかそれでもどうでも良いやって、それすらもみっともなくて。

 

 しかしあの出会いが運命だったとしても、俺がこれから刻む鼓動は――――――きっと俺の意思だった。

 だからこれは、俺が進む物語。運命じゃない、人々なんて御大層でもない。なにか歴史が動くとかも、多分無くて。

 俺が進むだけのことを、沢山の人間が背中を押してくれる話になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの女の子、綺麗だった…………」

「またその話してるぜ、ミラ」

 

 ミラと呼ばれた青年が溜息をつくと、彼の周りに小さな子供が寄ってくる。ドラム缶の上、慣れた手付きで折った鶴を手渡した。

 少女の一人はニコニコしながら受け取るなり、離れた子供のグループに見せに消えていく。ミラはぼんやりと彼女達の笑顔を頬杖を突いて眺めているばかり。

 

 横に居た青年がニヤつく。毒にも薬にもならない顔つきの、意地悪な笑顔だって穏やかん青年だ。

 

「親父さんの職場に見学に行って、「部下の人形の子可愛い」だけ言ってる奴なんてお前ぐらいのもんだ。まあ確かにちょっと――――――可愛かったけどな」

「だろうさ…………ハンジだってそう言うと思ったさ」

 

 ミラの溜息が深くなるなりハンジが笑う、珍しく引きずっている姿がハンジには喜ばしかったらしい。

 

 手先ばかりが器用なミラだが、彼はいつも物思いに耽るばかりであまり同年代の輪というものに入りたがらない。全くコミュニケーションが取れないわけでもないのだが、しかしハンジの誘いを数度後に断るようになるといつも「なにか違う」と答える。

 困った親友だが、しかし心根の優しさを知るハンジはどうしてもほっとけ無い。いわゆる腐れ縁である。

 

 そんなミラが以前向かった職場体験というのは彼の父の居場所――――――グリフィンの軍事基地の一角だ。

 近所だからとたまたま開かれたキャンペーンに応募しただけ。乗り気でなかったミラも今ではこのざまだ。

 

「まあまあそんな物思いにふけっちゃってさ…………せっかく親父さんが裕福だからって学校だって行けてんのに。お前は勿体ないよ、資源は有効活用しろってば」

「学歴で入れる職場に何が有るか、俺には分からないよ。青臭いなんて分かってるけど、でもお金や権力じゃ買えないものが俺が欲しい気がする」

 

 学校にだって入れないハンジからすれば意味不明だった。ただそんな理想主義は、意外と嫌いじゃない。

 

 そんな変わり者、というより勿体ない生活ばかりするミラには夢がない。夢がないなんて、21世紀も後半に差し掛かる今どきに笑うようなことではないがミラには深刻極まりない。

 漠然と生きる日々がもう嫌だった。我儘なんて知っているが、何だかそれが納得できない。ヒーローにはなりたくないけど、自分の世界でも彼は主人公じゃない気分がしてならないのだ。

 

 何時か横から出てきた誰かに主役を横取りされるんじゃないか。そんなアリもしないたらればに彼は時々悩むくらい。

 

「お金とか権力じゃ買えないものも腐るほど有るけど、買えるものも腐るほど有るんだぜ。まずはそっちを拾ってから考えなよ、お前は焦りすぎだ」

「ハンジは父親みたいなことばっかりだ、変なやつ」

「変でいいよ、お前はもっと見てくればいいと俺は思う」

 

 見てくればいいって何なのさ。

 

 ミラは曇る空を見ながら景色の陳腐さに目を閉じた。

 ハンジは困ったように頭を掻いて暫く唸った後、仕方なさげにミラの肩を叩く。

 

「…………しょうがない、もう一回見てくるか? あの人形」

「何で」

「お前が見たくて仕方ない顔をしてるからだよ」

 

 そんな顔してるかよ、と言う彼の表情は少しだけ緩まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、改めて案内を務めさせていただきます。識別名はスプリングフィールド、短いお付き合いになりますが、よろしくお願いしますね」

「よ、よろしくおねがいしまーす…………」

「お願いします」

 

 翡翠色の瞳にライトブラウンの髪、整った顔立ちには淑女らしい軍服がよく似合う。その絵画じみた姿にハンジは頬を緩ませていたが、ミラは柔和ながら特にもたつく所作は見られない。

 

 彼らの再見学はすぐに認可された、何しろ名前を出すなり、”基地の管理者”から既に返事が出されていたと告げられたのだ。

 父親はもとより彼らが来ることを見越していたらしい、少しだけミラは舌打ちしていた。

 

 早速と案内を始めたスプリングフィールドの最初の質問はミラに対して。ハンジは少し拗ねた。

 

「その、やはり指揮官業に」

「それは、ごめんなさい。違うんです」

 

 言い切る前に否定すると、そのまま顔を逸らしてしまう。スプリングフィールドは申し訳無さそうに顔を逸らす。

 

 彼は父親が嫌いだ。理由は様々だが、取り敢えずミラの中では「命を使い捨てる職」というものに抵抗があった。

 別段人権団体に肩入れしようなどという趣味こそ無いものの、ミラにとっては人形は人間と同じものだ。世間では中々そうとは言われにくいことも多いけれど、少なくとも父親に手を引かれ、言葉をかわした人形達を道具と割り切れないのが彼の全てと言える。

 

 スプリングフィールドだって彼は面識がある、何度も相手をしてもらった覚えも有る。勿論仕事の合間を縫って、ではあるが。

 だからこそ”あの女の子”がミラは忘れられなかったのだから。

 

「…………誤解しないでくださいね、貴方のお父さんは決して――――」

「言われなくとも。でも、まだ呑み込むには俺が若すぎるんだと思います」

 

 ハンジも黙って背中を叩くことしか出来ない、彼の眼は確固とした残像を帯びている。

 

 決して、全く分からないわけではない。

 ただ、少し時間が足りていないだけ。それは皆分かっている。

 

 スプリングフィールドはその後も自然な笑顔のまま、けれど歩幅の狭まるミラに合わせて案内をした。実はミラが父の職場に訪れたのは、前回で実に10年ぶりだった。

 あの時は分からなかった様々な用語を今のミラは噛み砕ける、ハンジはミラの又聞きの知識ながら理解することが出来る。

 幸せなことだ。ミラには分からなくとも、ハンジには幸せと分かった。

 

「次の執務室は――――――案内するまでもないですけど。今は取り敢えず休憩しましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ早速俺は座っちまおっかね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幸せは、長続きなどしない。ハンジはそればかりは忘れていた。

 ミラは、知らなかった。

 

 ハンジが我先にと座り込んだテーブルが、壁からの衝撃で消し飛んでいく。

 凄まじい煙に消えた後ろ姿がミラの脳裏に焼き付くのを止めるように、スプリングフィールドが両腕を背中に回して彼の体を衝撃から守る。

 

「――――――――ハン、ジ…………?」

 

 力なくミラが手を伸ばし、顔を覗かせようとするとスプリングフィールドが更に強く抱きしめ、そのまま明後日の方向へと走り出す。

 鳴り響き出す警報、一瞬見えた夥しい深紅色の血液。もつれもつれにスプリングフィールドに連れられるミラが叫ぶ。

 

「おい、ハンジ! 返事してくれ、ハンジってば!」

「走って! 振り向いては駄目!」

 

 後ろから聞こえる足音に引かれるようにミラが黒煙の向こうを見ようと目を凝らすが、代わりに出てきたのは紫色のバイザー頭の女達。

 

 呆気にとられるなり更にスプリングフィールドが強く手を引くと、急に耳に手を当てて喋りだす。

 

「指揮官! どうなっているんですか――――――――」

 

 何かを聞いたスプリングフィールドが顔を真っ青にする。

 

「――――――鉄血工造のAIに異常!? ならあの人形達はもしかして…………そんな」

「どういうことですかスプリングフィールドさん!? そんな事よりハンジが、ハンジが――――ッ!」

 

 話は噛み合わない。

 

「了解しました、すぐにそちらに誘導します! 残った人形達で援護をお願いできますか!?」

「はい、はい! ルートは此方まで転送されました、ナビゲートをお願いします!」

 

 そのまま空いていた手をミラの方に回すと、殆ど上半身を引っ張るような形でスプリングフィールドが更に加速する。

 刹那に弾丸の嵐、ミラが目を見開いて叫ぶ。

 

「うわぁ――――――!」

「しっかり走って、貴方まで失うわけには行きません!」

 

 もつれもつれの足で必死に走る。どんなランナーだって追いつけないスプリングフィールドの疾走も、命の危機に晒されたミラの足は自然と追いついていた。けれどそんな事に驚く暇は無い、彼はドンドンと逃げなくてはならなかった。

 

 彼らが右へ、左へ、階段を登り、直線を走り、そんな事をする間にドンドンと銃を持ったIOPの人形達が逆方向へと消えていく。見たことの有る顔も居た、ミラは何も言うことが出来ないままスプリングフィールドに連れられていって、最後には顔を覆うことしか出来なくなっていく。

 

 その速度にすら爆発は追いつく、銃声の後に迫ってくる何かは的確にミラ達の少し後ろを追っている。皆殺しにする気なのだろう、想像するだけで彼の足が竦みそうになっていく。

 

「頑張って、あのエレベーターで下に降りれば取り敢えずは安全ですから――――!」

「は、はい…………!」

 

 直線に見えたエレベーターが開くと、そこがまるで無敵のシェルターのように見えた。溢れる明かりにミラが僅かに安堵する。

 

 もう涙すら浮かべていたミラの横を何度か弾丸が通り抜けたものの、何とかエレベーターまで辿り着く。

 急いでスプリングフィールドが通信機をミラノポケットに入れながらエレベーターに叩きつけるように放り込むと、そのまま数字を押して扉を閉じさせる――――――彼女は中に入っていない。

 

「えっ――――――スプリングフィールドさん、早く!」

 

 嫌な予感に脂汗をかいたミラに、スプリングフィールドが煤だらけの顔で笑う。出来るだけ柔らかく。いつものように優しく、それでいて自然で、安心するような。

 それが作り笑いだったのだと、彼は気づいてしまう。

 

 閉じていく扉に手を伸ばすけれど、叩きつけられた体は上手く動いてくれない。きっと彼女はそうすることも気づいていたのだ。

 涙ばかりが視界をにじませる。

 

「…………お願いだから、貴方まで――――――!」

 

 

 

 

 

 

 

「ミラ君の前では、最後までかっこいいお姉さんが居たいんです」

「ごめんなさい、つらい思いをさせてしまうけど――――――」

 

 

 

 

 

 

 

「待って!」

 

 扉が閉じた。扉を叩きながらミラが名前を呼んでも、もう彼女は答えない。

 エレベーターがドンドンと下へと降りていく中、上で大きな爆発音。今までのものとは違う、理由もなく彼女が自決したのだとミラは胸を抑えながら悟ってしまった。

 

 額をエレベーターにこすりつけて唇を噛みしめる。

 

「何で……………何で貴方まで、別に一緒に降りたって問題は――――!」

『エレベーターのケーブルを切られては困るからだ――――――ミラ』

 

 通信から聞こえた声にミラがハッとする。苦しそうに呻く声が挟まれる。

 

 ゆっくりとした動作で通信機を取り出して、絞り出すように尋ねた。

 

「…………また、貴方が殺したのか」

『否定はしない。死なせるにも、そんな決断をさせるにも――――――若すぎるのだ』

 

 聞き慣れた、いやもう懐かしくて恨めしい父親の声。思わず感情の限り叫ぶ。

 エレベーターは、とてもゆっくりと下っていくばかり。

 

「何で、何でですか! そうやって貴方はすぐに諦める、大人は皆そうなんですか!? 別にスプリングフィールドさんを殺さなくたって――――」

『結局……別の人形を使い捨てる』

「そこまでして俺を守る意味があるんですか!?」

『無ければ! 俺とて、此処までするものか――――――けほっ、けほっ!』

 

 何かを吐き出すような音。ミラの顔が真っ青になる。

 

「父さん、父さん!?」

『…………真っ直ぐ、来い。まって――――――いる』

 

 切れた通信、開く扉。薄暗い通路は肌寒い。

 通信機をかなぐり捨てながら、ミラが歯噛みして走り出す。

 

「真っすぐ行けば良いんだよな、父さん…………ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…………!」

「来たか…………ごほっごほっ!」

 

 相変わらず薄暗い部屋の奥、”彼女と”見慣れた男の顔が有った。息切れして目線のぐらつく彼でも分かる、紛れもなく父だった。

 口から血を吐き、体中から血の牡丹を咲かせているのが臙脂色の制服越しに分かる。息もミラと同じくらい荒く、分かりたくなくてもその猶予が分かってしまうくらいだ。

 

 並んでいる弾薬と、薄暗い奥にある何かには目もくれずに男に駆け寄る。

 

「何ですか。家にも戻らず、人形もろくずっぽ守れず、こんな体たらく! 俺に一体何の用だって言うんですか!」

「…………」

 

 男の顔は見えない、思わず胸倉を掴む。

 

「息子だからって俺だけ助けて、何がPMCだ! 貴方達は夢も無くした青年一人の命も守れやしないくせに! どの面を下げて!」

「やかましい!」

 

 思い切り跳ね除けられる。力はとても弱った男のものではなく、ミラは驚くより先に恐ろしかった。

 

 そもそも、ミラが男に力ずくで何かをされたことなど無かったのだ。

 部屋の奥で眼光が光る。

 

「お前を助けたのは息子だからなどではない! 複数人を集めては場所が割れ、更にすぐ身近に人形を配置できていたのがお前だったからだ!」

「自惚れるなよ、俺とて息子だからと命の重さを見誤ったりなどせん!」

 

 そう言いながら血を吐く男に、”彼女”が背中を擦る。

 

 大きな白い花弁のシラユキゲシを添えた、ブロンドの髪。琥珀のようで冷たい瞳に、まるで喪服のように真っ黒な衣装。

 そして手に持つのは銃、紛れもなく”彼女”だ。

 男は”彼女”の肩を借り、ミラの方まで歩くと胸倉を掴む。

 

「俺がお前を選んだのは、もう一つ!」

「お前がそう言ってのける男であると、俺が何より知っているからだ! そうでなければお前のような青二才、戦場で救う意味があるか!」

 

 そう言って胸ぐらを放り投げると、力なくミラが倒れ込んでしまう。

 

 あっけにとられる彼を背景に、男が”彼女”に何かを耳打ちしたかと思うと、”彼女”がしゃがみ込むなりミラの手を自分の胸元に押し当てる。

 

「えっ、ちょっと――――――」

「大人しくしておけ」

 

 何か振動音と光が手元から溢れたかと思うと、万力のようだった手が突然に離される。

 全力で手を抜こうとしていたミラはそのまま転がって壁に頭を打つ。

 

「っつ!」

「……………彼女の名前は、AUG。少々特殊な人形でな、もうお前の言うことしか聞かん」

 

 突然の言葉にミラの眼が固まってしまう。

 

「えっ?」

「…………いや、本音を言おう。すまない、俺はもう長くない――――――――この人形をお前に託すまでが、精一杯だ…………けほっ、けほっ!」

 

 血を吐き出す男の言葉にミラは手を振りながら質問攻めを始める。

 

「い、いきなりなんだって…………人形を、俺に? どうして? 何に使えって?」

 

 今まで散々放任したくせに。

 母が死んでも顔色一つか変えなかったくせに。

 人形一体も守れないくせに。

 今更父親面か。面が厚いにもほどがないか。

 

 そんな積もり積もった感情が色のない言葉になって消えていく。男の返答は、まるで返事になっていない。

 

「お前が考えろ…………ソイツはお前の銃だ。人形であり、銃であり、お前を導く葬儀屋」

 

 

 

 

 

 

 

「きっとお前は、これからその力に思い悩む日が来るだろう。持たなければ良かったと、知らなければ良かったと俺を呪う日が来る」

「いいさ。俺を恨むが良い、父親など恨まれ役で結構だ、好きに恨め、墓もいらん。あいつの墓にだけ通ってやればいいさ、だがな」

 

 

 

 

 

 

 

「止まるな。お前には可能性が託された、お前にだって可能性がある。諦めるな、進め、例えどんな不条理を見ても、腐るな」

「俺は酷い命令をしている、だが止めないぞ」

「お前が見たものを、知ったものを、聞いたものを、触れたものを、全てソイツで示せ。もうお前は無力じゃない、あの日のように帰らなかった誰かに何も出来ないお前じゃないんだ」

「お前のしみったれた理想が俺には果てしなくくだらなく――――――――そして眩しかった、だから」

 

 

 

 

 

 

 

「その力で、この世界を照らしてやってくれ。お前の思うように、お前の望むように、お前の願うように」

「そして出来れば…………おまえ、も――――――し、あ…………に――――――」

 

 言葉は絶え、男は崩れ去った。

 ミラの眼には涙はない。知っていたことだ、男が――――――いや、父が長く生きれる性分でないなどと。

 

 彼女が、AUGが彼を支えた優しい手付きが全てを答えている。

 例え今まで、どれほど不器用で、どれほど無骨に世界を支えてきたとしても――――――男は、父はきっと苦悩してきた。

 

 ミラの見た姿は、初めて彼のズレた歯車を戻した。”父”は確かに、戦い抜いていた。

 母を失う以前から。

 数多くの部下を失っても。

 

 ならば言葉はいらない。

 もう十分すぎる。

 

「………………君は、AUGっていうんだね」

「はい。命令はありますか、指揮官さん」

 

 指揮官か、と乾いた笑いが漏れる。

 

 彼が何より忌避していたそれになってしまった今。どうしてだろう、それは言葉に尽くすほど不快ではなかった。ただ、その名前を呼ぶべき男が去った感触だけが虚しいだけ。

 涙は流れた。けれど、もう涙だけではどうにもならない。

 

 戦うしか無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「AUG。君の持ってる全力で、この戦況を逆転出来るかな」

「分かりませんが、指揮官さんが命令するならば。命を賭すのも已む無しかと」

 

 已む無しか、随分と信用はなさそうだ。

 ただ、彼はもう、命を背負う覚悟だけは決まっていた。

 

「分かった。頼むよAUG、死力を尽くして此処の敵を倒してくれ! もう誰にも、大切な人に謝るような真似をさせるわけには行かない!」

「了解」

 

 部屋に蠢く無数の装甲兵達が、同時に動き出す音がした。

 その出会いが運命だとしても。

 

 その思いはきっと、彼だけのものに違いない。

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