例え雨で流せずとも   作:杜甫kuresu

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例の通りの魔改造。
とは言いますがAUGが恐ろしく強くても私は対して違和感を覚えない気がします。

私だけでしょうか?


2.夕立

「装甲兵が勝手に…………!?」

 

 起き上がる装甲兵の群れ、ミラの表情が怖気だったものに変化していく。

 ベージュ色の無機質に角張った体つき。彼の隣に立つ丸みを帯びたAUGの姿とは似ても似つかない、起き上がり、命令を待つように静止するその姿はまるで亡霊の整列。

 

 AUGの左眼から人らしからぬ色の涙がゆっくりと流れる、ミラは思わず顔を触ろうとする。

 

「眼から血が――――――いや、何だこれ。血じゃない…………花の蜜みたいな」

「お気遣いありがとうございます。この”機能”を使うには、まだ素体が不完全なだけです」

 

 しろりと眼だけが横の彼を見ると、触れようとしていたのを思い出して反射的に手を引っ込める。

 ミラの視線が右往左往していく。AUGはそれ自体には興味を示すわけでもなく、黙って空いた片手でその涙を掬い取る。

 

「ご、ごめん」

「…………何が、でしょうか?」

 

 意味の分からない、という様子のAUGに困惑しながらもミラが口を滑らせる。

 

「いや、いきなり顔に触ろうとしたのは失礼かなって」

「失礼…………? 指揮官さんはおかしなことを仰るのですね」

 

 まるで散歩でもするような軽い足取りで彼女が扉に向かうと、同時に装甲兵達が歩き出すなり扉を開く。握った銃はAUGよりずっと最新型で、その体躯は彼女よりずっと大柄。

 

 幽霊のように音もなく歩き抜ける彼女を追うと、何だか名も知れぬ花のような残り香が鼻腔に刺さる。

 小さく振り向いて、無表情に尋ねる。

 

「私達は人間に代わり、戦場を歩く道具に過ぎません。もしかしてアニミズムのお話でしょうか…………?」

「え? あ、アニミズム? それは知らないけど、違う。君は道具じゃなくて――――――」

 

 AUGは初めて、疑問らしき表情を見せた。

 

「指揮官さんは、道具以外の”何か”に危険を肩代わりさせている…………となりますが?」

「そ、それは…………」

 

 でも道具なんかじゃなくて。エゴじゃないかと彼の脳裏で浮かぶ疑問に、言葉が口をついて出ることも無くなってしまった。

 

 じゃあそうでないとするなら、人形が何だという話が彼の中を堂々巡りする。

 人間に近いものだと宣うなら、何故彼女達は戦場に出なくてはならない? どんな戦場だって人間の不始末だ、人間の過ちの後始末を人は戦場と読んできたのだから。

 近くとも人間ではない。その後始末をする必要など有る訳がない。

 

 ならば道具と言い張るか。道具と言い張るものの喪失に、彼は涙出来るような物持ちの良い青年だったろうか。

 否。

 

 では彼女達は、一体”何だ”?

 

 AUGは改めて尋ねる。

 

「道具と仰られようと、私は貴方に逆らいませんよ?」

「違う、君のご機嫌取りなんて――――いや、これからするかもしれないけど…………今回は違う!」

 

 必死に固まらない言葉を投げつけるミラに対して、AUGは本当に不思議そうだった。

 

 自分を道具以上に定義できない彼女も、そんな荒んだ方程式しか組めなかった彼女も、ミラにはどうしようもなく辛い。人間のエゴの極みを喉元に突きつけられているような、嫌な脂汗が止まらなくなる。

 けれどそれに対して反論は出来ない。

 

 今彼は間違いなく”命令”したのだから。もう彼はそんな理想論を宣える立場に立てない。

 歯噛みしつつ、靄を払うように手が空を振り払う。

 

「俺がそれを君に言うのは傲慢だけど、きっとそうじゃない。感じる心が有るのに、それを否定するのは間違ってる…………」

「なるほど。指揮官さん、それは確かに美しいお言葉かもしれませんが――――――――」

 

 遠くから聞こえる爆発音、思わずミラが振り向く。

 

「花を踏みしだく戦場で言うには、あまりに儚いのです」

 

 装甲兵が走り出す。ミラは何も言い返せない。

 何時か返す言葉を見つけなくてはならないのだな、そんな直感だけが体の芯を燃やすような錯覚に浸る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鉄血の一番槍、いーや一番槍じゃねえな…………ともかくエクセキューショナーが来た! 戦況はどうなってる!」

『そ、それが! いきなり現れた人形と装甲兵の一団が――――――おい、来るな、アアアアアアアアア!』

 

 おいおい最悪らしいな、と通信音量を下げながら舌打ちする。細められた赤い瞳はとてもこの虐殺の首謀者とは思えない輝く美しいものだった。

 

 黒い髪に戦場らしからぬ肌色多い服装。右手の凄まじいアームと異様な形をしたブレードが特徴の鉄血ハイエンドモデルの一体、エクセキューショナー。どうやら切り込み隊長の任を何者からか得ているようだ。

 順調と思われた奇襲に刺す暗雲。降り始めた雨も相まって気味が悪く、エクセキューショナーはすぐに別の部隊に繋げ直す。

 

「なんじゃこりゃ、悲鳴が聞こえてんだが? 状況を伝えやがれクソッタレ、オレはお前らの絶叫聞くために通信繋げてんじゃねえんだよ。叫びたきゃ猿轡でもしてな!」

『じょ、状況としてはグリフィンらしき人形、及び装甲兵が次々とこちらの部隊を圧倒しています! 恐らくこのグリフィンの人形が全指揮権を持っていると見られ――――』

 

 報告の手前でエクセキューショナーが喋りだす。

 

「あーオッケーオッケー。ベリーグッドだやくたたず、そりゃあさっきも聞いたんだよボケ。じゃあ数と位置は?」

『基地の地下方面、数は少なく見積もって数十! 我々の火力では装甲兵が落としきれません!』

「それでいーんだよ、それで。じゃあ――――――出るか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おい待て! 情報ぐらいは吐かせてくれてもバチは――――」

「すみません。もうその言葉は五度程お聞かせいただきましたので、結構です」

 

 四肢を撃たれ、倒れ込んでいた鉄血の胸にそのまま銃を乱射する。激しく乱れる銃痕とは裏腹に表情は相変わらず薄く、撃ち殺した鉄血など目もくれずに銃の状態を眺める。

 

「やはりコアは頭蓋ではなく胸。IOP製とそう変わらないのかしら、どうせこうなるのは分かっている筈なのに……」

 

 呟く言葉はあまりに冷たい。すぐ傍で聞くミラは言葉一つ一つに心臓を突かれるような、言い知れない肝を冷やす感覚ばかりに襲われている。

 悠長にAUGが構え直す間にも装甲兵は隊列を組んで前進を続けていた、匂うは常に火薬の残り香、AUGの無防備差に比べると火器と堅強さに富む。

 

 ゆっくりと追いついたAUGが端に残る虫の息の鉄血達にとどめを刺す。乱射するように手を振り回す所作、空いた片手は緩くミラを抱いている。併せて回る可憐な動作に似つかず弾丸は的確で、全て人形の胸だけを狙い撃っていた。

 

「装甲兵の皆さんは基礎ルーチンに徹底の二文字が不足していますわ。彼が取り寄せたのは初期ロットの方だったのでしょうか…………」

「凄い…………あの装甲兵は全て君の指揮下なのか?」

 

 AUGはあっけらかんとした様子で頷く。

 

「私が特殊、というのはそれだけのこと。最も、基礎的な動作をそれなりにはオートマチック化出来ていなければ私の思考リソースの関係上、そもそも盾にしか出来ませんが」

 

 盾にしか出来ない。

 

 その言葉を聞いた瞬間にミラの心の片隅にあの爆発音が響き出す。その笑顔が頭に焼き鏝で押されたように思考から剥がすことも出来なくなって、それはさながら呪いの様相。

 高揚で消えていた感覚が突然に舞い戻ってくる。押し寄せる情報の波は仄暗く、血の生暖かさが末端神経を撫で回す。

 

 無くしたものを戻すことは出来ない。それは人形という凄まじいブレイクスルーを経ても変わらず、やはり”失われた事実”を覆すことなど不可能だったのだ。

 

「スプリングフィールドさん…………」

「スプリングフィールド…………ああ、彼女ですか。ロストしたと聞きましたが」

 

 含蓄もなく告げたその一言が刺さる。誰がなんと言おうと、彼女がミラの道を繋げる犠牲になったという認識は変わらない。

 彼も前を向こうとはしている筈だ。ただ、やろうとして出来たならば人類はこんな所に来ることもなかった。

 

 AUGが沈んだ彼の手を引きながら小首をかしげる。

 

「バックアップは取っているはずですから、復旧は可能ですよ」

 

 それは彼女なりの励ましのつもりだったのだろうが、尚更にミラの肩が丸くなっていく。

 予想外の展開にAUGは少しだけ困ったように眉をひそめる。

 

「それでも、俺の目の前から歩いていったあの人は戻らないよ」

「貴方との記録も恐らく残っているはず。一体それの何が不満なのですか?」

「不満じゃない、そうじゃないけど…………!」

 

 それは間違っている。ミラのエゴの極まる所であり、そしてそれを容易に否定できる論理も存在しない。

 

「あの時あの瞬間に背中を押してくれた人形は、もう帰ってきたりしない…………! 今日の時間を失ってしまったらもう、俺の知ってる彼女とは違う」

 

 人の細胞は数ヶ月も有れば全て別物に入れ替わる。決して常に不変でいることは出来ないし、変化を受け入れることで針は刻まれてきた。

 

 そうして重ねてきた時間が、全ての生き物の存在を過去と繋げている。誰とも言えない誰かが、”誰か”であるのは時間が証明しているからに過ぎない。

 一時でもその時間を失ってしまえば、もう同じとは程遠い。

 例え疑似体験しても、例えどれほど性格が一致していようと、彼女を繋ぎ止めている時間はもう消えてしまっている。

 

「…………人間は、とても難しいのですね。私にはよく分かりませんわ」

「でも、そんなよく分からない俺のために戦ってもらう事になる」

「それは構いません」

 

 装甲兵の隙間を縫うように一体を撃ち抜くと、そのままマガジンをリリースしながら引いていた手でそのまま彼の体をぐいと寄せる。

 

 息のかかる距離、冷たい手のひらよりももっと凍えるような、底の見えない表情が鮮明に映し出される。

 

「これから理解できます。貴方が私を手に馴染ませるように、きっと私も貴方の手に馴染むようになってみせますわ」

「それが人形という”道具”の最大の力なのですもの」

 

 吐き出す言葉も冷たい鋼のようなのに、その双眸はいっそ苦しいほどに人間にしか見えなくて。

 

 彼の鼓動は段々と、彼女への危機感を表すものへと変化していく。いつか必ず彼女には向き合う日がやってくる事が見えているのだ。

 どうしようもなく人形は人間に似せられて、人間になるにはどうしようもなく人形で。

 その瞳に灯る感情は言葉などまるで嘘っぱちのように淡く煌めいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおいお前ら、戦場のど真ん中でラブロマンスおっ始めてんじゃねえよ――――――きっしょくわりぃ!」

 

 飛び込む弾丸、AUGがミラを抱き抱えて崩れ落ちるように避けた。

 途端に装甲兵がエクセキューショナーの周りを囲み始めるが、乱暴に振るわれたブレードがどんどんと装甲を引き裂いていく。まるでティッシュペーパーか何かのようだ。

 

 割れた窓から横殴りの雨が入ってくる、AUGの肌にかかる水が何だか艶かしくてミラは目を逸らしてしまった。

 

「しょっぼい装甲だぜ、しかもトロい」

 

 向けられた射線に弾かれるような、無軌道な動作ですり抜けるとメインカメラをもう片手の拳銃で撃ち抜いていく。

 

 叩きつけられる銃は音もなく斬り去り、気づけば彼女は円の外側、振り向く装甲兵を一斉に切り払う。

 

「相性が悪すぎたな、どうするよロミジュリもどき」

 

 ギロリと向いた赤い眼光がミラの思考をも撃ち抜く。

 まるで狼がじっと此方を見ているような毛の逆立つ嫌な感触、自然とAUGの手を強く握り返すと、AUGは小さく力を込めた後に手を放す。

 

「アイツ、他のとは明らかに――――」

「殲滅に手段は選びませんわ…………指揮官さん、下がってくださりますか」

 

 言葉を挟もうとした瞬間、またあの琥珀の瞳がじぃとミラを見る。

 

 何かを試しているような、暗に強制を強いるような、きっと何もありはしない瞳。けれど勘違いするには十分すぎるくらいに断固としたものがその視線には込められているような錯覚が彼の思索を常に憚ってならない。

 仕方なく言われるままにミラは走って逃げていく。

 

「…………俺は邪魔、なんだな。存分にやってくれ!」

「了解、すぐに護衛の装甲兵が行きます」

 

 

 

 

 

 

 

「ちんたら敵の前でラブロマンス続けてんじゃねえよ!」

 

 目を離した隙に漆黒が飛びかかる。大きく振りかぶられたブレードの行く先にミラはぶわりと汗が溢れ出た、AUGはまだ気づいていないのか微動だにしない。

 凄まじい勢いで振り下ろされるそれはさながらギロチンのソレ、見るだけで血の匂いが鼻を突いて正常な判断力が削がれそうだ。

 

 しかし叫ぶ前にAUGが一言だけ、小さく呟く。

 

「――――――少しお静かに」

 

 刹那に彼女の右足が凄まじい勢いで振り上げられる、ブーツの漆黒が静かに捉えているのはエクセキューショナーの右手首――――――ブレードの持ち手だ。

 

 速すぎる斬撃に人の肉体は反応できない。それと同じように誰もが目を剥く暇も得られないまま、行為が執行されていく。

 まずその足首が的確に持ち手を捉え。

 次にAUGの身体が足先とは真逆からふわりと浮き上がる。

 最後に空いた左足がエクセキューショナーの頬を的確に蹴り砕いた。

 

 舞台の一幕のように始まった足技に壁へと叩きつけられ、鉄血製の身体が惨めに悲鳴に軋む。

 

「かはっ――――!」

「それほどコアを無駄遣いなさりたいのでしたら仕方ありません、お望み通り刈り取って差し上げます」

 

 重力もお構いなしに音もなく着地すると、ちらりとミラの方を見た。

 走り抜けながら驚いた様子で見ていたのに、初めて小さく笑ってみせる。得意げなのか、安心させたいのか、意図はまるで掴みようがない。

 

 雨の音ばかりが声を掻き消していく。

 

「AUG――――!」

「恐れることもないでしょう? 貴方の”道具”はこういうものなのですから」

 

 機械のように振り向くと、無表情にAUGを乱射する。角に消えたミラにはもう彼女は見えない。

 

 スキンの剥がれた金属の貌が歯を鳴らして迫る。

 

「てめぇ、ナニモンだ!」

「さあ? 私の素性に一体如何ほどの価値がありまして?」

 

 するりと避けるとそのまま乱射して明後日の方向に走っていく。頭に血が上ったエクセキューショナーは地面を砕きながら凄まじい勢いで加速し、後を追う。

 

「チッ、生け捕りかと思ったが辞めだ。お前はオレが此処で潰す――――――もう油断はしねえぞ、ゴミ人形!」

「やれるものなら」

 

 更に加速、当然のようにAUGは逃げていく。

 

 基地は彼女達にはあまりに狭い。曲がり角には壁を砕きながら手をめり込ませて旋回し、通路で始まる銃撃戦は常に装甲兵が現れ、拳銃が打ち鳴らされ、まるで紙くずのように兵が捨てられる。

 階段は殆ど一投足。AUGが悠長にマガジンを装填した瞬間、エクセキューショナーのクローが迫る。

 

「ははっ、舐めてくれやがる」

「ではこうしましょう」

 

 すぐさま手すりを掴むと勢いで身体を放り投げ、階段を一気に飛び降りる。乱射しながら逃避行は続く。

 

 また曲がり角に階段。一層早くなった彼女の足が階段を上り、曲がり階段を上りきり、そして姿を消す。

 エクセキューショナーの予感が何か嫌な感覚に悲鳴を上げたような気がしたが、しかし見失っては話にならない。アレは今潰すべき対象。

 

 今が恐らく一番早く始末できる。手柄でもなければ、焦りでもない。

 今壊さなければ立ちはだかるだろう、そんな自信だけが彼女の身体を突き動かす。

 

 

 

 

 

 

 

 それがミスだったのだ。彼女は賢しいが、同時に予期せぬ事態を想定できなかった。

 階段の上には確かにAUGは居た。銃を構え、雨に濡れ、そして彼女を見下ろしていた。

 

 ただ一人ではない。

 其処には何十もの部下だったはずのバイザーが見える。

 

「何――――!?」

 

 全てが銃を一斉に構え、エクセキューショナーの胸元を一心に狙っているのが分かる。

 

 クラッキング? いや馬鹿な、速すぎる。今彼女が登り切るのはよくて五秒、その間にクラッキングできるほど彼女達のプロトコルも単純なはずがない。

 では何故鉄血が彼女に銃を向ける。スローモーションのように止まっていく世界の中で彼女は考えた。

 意味もなく。

 果てしなく。

 そして答えは一つだった。

 

 歯噛みして睨んでやる。最後の抵抗というやつだ。

 

「テメエ、最初から此処に誘導してたんだな――――――ッ!」

「貴方のような兵士でさえ、戦場では道の花と変わりません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さようなら。次の素体でお会いできることを、心より願っておりますわ」

 

 同時に降り注ぐ凄まじい銃弾の雨にエクセキューショナーは瞬く間にシステムダウンしていく。十や二十の弾丸で壊れずとも、百や二百の弾丸に耐え切るような設計はされていない。

 見送る葬儀屋の表情はまるで雨風に心を攫われたように無関心。

 

 雨が止んだ時には、何も動かぬ静寂だけが無慈悲に決着を指し示していた。

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