例え雨で流せずとも   作:杜甫kuresu

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ラストで衝撃的な展開とキャラ登場がありますが色々と割り切ってください、偶にはこういうの書きたいんですよ。

花のことになるとちょっと早口なAUGと庭園デートしたいだけの人生だった。


4.雨降って

”おはようございます、ミラ君”

 

 何時のことだろうか、彼が名前を呼ばれたのは。

 10年前、彼はよく基地に遊びに来る変わり者の青年だった。大人は人形に職を奪われて困窮し、良くない偏見ばかりを子供に押し付けるせいだ。人形というのは、その実関わりない人間たちの非難ばかりを浴びてばかりなものだ。

 

 指揮官の息子だった彼にそれはない。いつも遊んでくれる優しい女性というのが彼の印象に残って止まないだろう。

 いつものように銃を見せてもらって、弾を見せてもらって、そんなのではしゃいで。

 

 幕が下りるように突然辺りが暗くなる。

 取り残される彼が走り回ると、直方体に囲まれてることが分かる。

 

 真っ暗闇、ドンドンと悲鳴が聞こえてくる。

 最初は見も知らぬ誰かの悲鳴。段々と、段々と知っている声が聞こえてくる。

 

 彼が叫んでも声は誰にも届かない。凄まじい爆発音に、射撃音。音ばかりが外で鳴り響くのが聞こえてくるけれど、彼の叫びは誰にも届かない。叩く壁はびくともしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう辞めてくれ…………」

 

 起きたばかりの声は小さく、まるで声を絞り出すようだった。

 周りには寝静まった多くの人形達、恐らく合間を縫って配置を組み直したのだろう。彼女達だって休息は必要になる、そこは何も人間と変わりない。

 

 雨の音は止んでいて、僅かに外から入ってくる光は夜のもの。まだ車は揺れているらしく、それと妙に温かい。

――そう、何だか不自然に体が温かい。

 誰かに抱きつかれているような。

 

「…………!?」

 

 いや、それが比喩で済まなかったのは青年の不幸なのだろうか。

 言葉通りAUGに抱きつかれていた。何時の間に横になってしまっていたのだろう、普通に迷惑な気もするし何より彼の気が気ではない。

 

 突然降ってくる怒涛の情報量に彼が完全に固まってしまう、思考も何だか明後日の方向に逃げようとしている。

 そもそもミラ・リンクスという青年が異性に関わる機会は、精々ドラム缶の上で鶴を折る時ぐらいのもの。何であれば、彼の半径5mに立つと限定すれば年下の小さな子供に限られてくるように生活を送ってきた。

 

 フリーズしたり藻掻いたり。悲しいのは彼の腕力では脇に回された手が全く動かないことだろう、睡眠中だと言うのにどういう仕組みなのかさっぱりである。

 

「外れない…………何だこの力……ッ!?」

 

 動けば動くほどに否応なく感触が分かって焦りが加速する。

 彼女の印象は恐ろしいほど冷たく、実際手も冷たかった経緯は有ったが幾ら言っても擬似生命だ。絡められた足も意外なほど温かいし、背中の感触は言わずもがな。ミラはなけなしの誠実さでそこの部分だけは深く考えないことにしている。

 

 結局ミラがジタバタしている内に、ふと振り向くと眼が開いた彼女と鉢合わせになる。

 

「…………どうかしましたか?」

 

 静かに尋ねられる、しかも昼と変わらない真顔だ。ミラは大声を出しそうになる所だったが声を何とか押し殺す。

 

「どうかしてるよ、何で俺に抱きついてるんだ」

「寝る時は何かに抱きつかないと寝れないので。近場の指揮官さんが適任でした」

 

 頭をとんかちで打たれたような気分に彼が面食らう。

 偶々近くに居るからこんな状態になっていたらしい、別段彼がどうという訳でもなく。AUGにとって彼は”近場の抱きついて問題ないもの”だったと来る、一体ショックを受ければ良いのか信頼と見れば良いのかすら彼にはさっぱりだ。

 

 ただ一つ言えるのは、別段彼がどうという訳でもなさそうなことだった。残念ながらミラも真っ当な青年なので、もうこれに関しては単純に傷ついた。

 意識されずとも配慮はされたい。無関心が誰だって一番心に残ってしまう。

 

「…………」

「それで、何か用事ですか?」

「ちょっと…………外で風に当たってくる…………」

 

 すぐに外れた腕に、いよいよ敗北感が滲んでくる。惨めだ。

 逃げるように車両を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きたのか」

「ええ、ちょっと。見張りを変わってます」

 

 無理もないか、とダネルが彼の横に腰掛ける。車両の上は冷え込む夜には良い場所ではなかったが、離れるわけにも行かない。彼の逃げ場は何処にも無かった。

――まあ、彼に任せるくらいなら自分でやったほうが人形は効率が良い。気を遣ってもらっていることに変わりはなかったりもするのだが。

 

 雨上がり、湿った地面に比べて月明かりは淡く強い。光を吸ったダネルの髪に、ミラは昔写真で見た”枝垂れ桜”を思い出した。冷え込んだ風に靡く姿は記憶にあるあの桜にそっくりだ。

 ぼんやりと眺めているのに気付かれる。

 

「…………髪は傷んでいるかもしれない。そうジロジロ見ないでくれるか」

「いや、綺麗だと思うよ。昔から言ってはなかったけど」

 

 飾りげもなく答えた言葉に、ダネルが髪をかきむしって目を逸らす。

 

「何処で覚えてくる」

「えっ?」

「お前の親父さんにそっくりだ。気分は悪くないが、銃も言葉も無闇矢鱈に乱射するものじゃない」

「AUGは乱射してたような」

「その話はやめろ、アイツは例外だ」

 

 アレはやっぱり例外だったんだな、とミラは納得してしまう。というより戦場の常がアレなのも困る。

 

 暫くダネルの大真面目な物言いが面白かったのか笑いながら辺りを見回していたが、並走する車両の人形を何度か流し見して、繰り返す毎に顔を少しずつ陰らせていく。

 彼女は何も言葉をかけようとはしなかった。それが慰めにだってなりはしないことを知っているからだ、淀みを流さずに楽になろうというのはとても傲慢で、過信も甚だしい。

 

 そんなに強くなれたなら誰だって苦しまない。

 

「言える内が華だよ。言葉も届かなくなったら、もうどうしようもないじゃないか…………明日にだって、居なくなれるのに」

「スプリングフィールドのことか」

 

 彼が見つけたのはスプリングフィールドの姿だった。

 所詮は人形などというものでもないが、バックアップが有るというAUGの言葉は嘘ではない。当然のように彼女はミラを知っているし、ミラも彼女を知っている。

 

 何も変わりない。今日という一日を、変化を受け取れなかった人形だ。それを人は「変わらない」ではなく、きっと「変われなかった」と表現するだろう。

 ゆっくりと頷く。

 

「分かってます、こういうのって無駄なんです。無くしたものは受け入れて前に進まないと、また無くすだけ。知ってるんですよ、俺だって――――――そんなの嫌ってほど知ってます」

 

 歯のかち合う音。

 

「でも俺、強くなれませんよ…………! いきなり友達が死んで、人形を犠牲にして、父さんに託されて先立たれて」

「強くなりたいですよ…………っ。でも、皆に俺は応えられない!」

 

 誰だってぶつかって強くなる。転んでも起き上がるから、次は転ばなくなる。

 でも彼は倒れたまま歩けと言われっぱなしだ。まだ立ち上がれるほど痛みが引いてないのに、傷を負ったまま歩いていくしか無い。

 

 辛いのは知っている。知っているから、背中は押せる。

 分かってると言い張るから、平然と次を求める。

 土台無理な筈なのに。人の痛みに他人はこんなにも無力なのに。

 

 それを”分かる”等とダネルは言えない、彼女がかつてそうであったからだ。

 黙って塞ぎ込む頭を撫でることしか出来ない。

 

「…………強くなれなんて言葉は無責任だ。でも、私達は人形で、お前が指揮官になってしまった。強くなくては指揮官が務まる訳がない」

「お前の苦悩は分からない。ただ壁を乗り越えるために、一つだけ大事なことを教えてやる」

 

 そんな言葉も酷だというのも知っている。

 

 だが、傷痍兵を捨て置くのは戦場だけで十分だ。誹りも恨みも甘んじて受けてでも、彼女にだって伝えたい言葉は有る。

 時として残酷な言葉も、例えそれが呪いになるとしても、誰かを歩かせる理由になってくれるならば。

 人形がするには独善的で、人間臭くて、悲しいくらいにその場しのぎ。

 

「お前の親父さんも、スプリングフィールドも、お前に強くなれと言えるような性分ではない」

「死んだ者のために生きるのではなく、死んだものに恥じない生き方をしろ」

 

 ダネルの瞳が、川に落ちた桜のように淡く揺らぐ。

 

 その丸くなった背中が昔の自分に繋がってしまったのだろう。違うことは知っているし、理解してはいけないものなのだが近いと言ってしまえばどうしようもなく近いはずなのだ。

 

「戦場では多くの人形が呆気なく死んでいく。お前の感情を否定する気など無いが、時には今日の比でない程消えてしまう日もある」

「バックアップの取れる私達の命の重みがどれ程有るのかは分からない。下手をすれば家電製品と何ら変わらないのかもしれない」

 

 ただ。

 

「忘れるのは難しい。忘れないのなら、忘れない為に私達は、踏み台にした命に後悔しない歩き方というのを心得るしかない」

「分かるか、ミラ・リンクス。お前は誰かのせいで悩むんじゃない――――――他ならぬ自分と戦い続けるんだ」

「呑まれるな。少なくとも指揮官はそれを望まない、保証してやる」

 

 乱暴な手付きに感じる、僅かな薬指の違和感。

 彼女がグローブを取った姿は見たことがなかったが、その感触は小さな頃に覚えがある。

 

「…………指輪?」

 

 気づくとダネルは咄嗟に右手を放す。

 そう、それは父親の乱暴な指の感触によく似ていた。あんまり手を押し付けるから指輪が痛いのまでそっくりで、変な感じだった。

 

「おっと。お前は変なところで勘がいい、あまり言うなよ」

「…………父さん、浮気は流石に」

「違う」

 

 不名誉のあまりにチョップが入る。

 

「前の基地の指揮官だ……しまったな、あまり気付かれないようにしてきたんだが」

「本当に仲、良かったんだ」

 

 まあな、とニヤリとする。

 

「もう死んだが」

「――――――――ゴメン」

 

 さらりと言ってのけた言葉にミラがまた縮こまってしまう。ダネルはまたミスをした、と少しだけ自分を責めた。

 

 彼にとって誰かの死というのは、まだ”そういうもの”らしい。

 

「こちらこそすまなかった。つい、戦場に居ると重みを忘れてしまう」

「押し付けたのは俺達だ、貴方がそうなる程に戦わせた方にだって責任はあるはずだよ」

 

 それは此方には返しにくい言葉だがな、と自嘲気味に笑う。

 

 ミラは昔から似ている。こんな無骨な女に似合わない、立派な物を渡してきたアレに。忘れてやろうにもメモリに刻み過ぎで、消してしまう労力が無駄にすら感じてしまう。

 アレも瞳が子供のように真っ直ぐで、一度言ったらやり通すが基本の変なやつだった。本当は弱いくせに、意地を張ることだけは一人前で、何だかんだと人形も信用されるのも少し似ている。

 

「アイツも似たようなことを言ったよ。割り切ればいいのに」

「それをしたら、父さんとの約束が守れない。俺は止まる訳には行かないんだ」

 

――また彼も、おかしな約束をさせてしまったものだ。

 

 そう思ってはみたが、ダネルの口元は笑っていた。ミラは反面、手をギュッと握りしめる。

 

「AUGの手にはまだ外骨格がついてた…………外せるまで、俺は止まろうとは思えないよ」

「それは結構。お前が望むままに振るまえ、戦いは私達が何とかしてやるさ」

 

 ただし夜更しは程々にすることだ。

 そう言いながらダネルが彼を車の中に無理やり押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このガキが指揮官だと?」

「そうですが、何か問題でも」

 

 AUGが銃を持った時のそれのような鋭い目つきで返す、朝から車は止められて男達が立ち並んでいた。

 何でも夜明け早々ミラの指揮権に関して揉め事が起きていたらしい。理由は予想のつく簡単なもので、”こんなガキに避難民の命を任せろというのか”というもの。

 

 どうやらそれもただの一般市民、とは行かない人間達の言い分らしく、ミラは引っ張り出されるように屈強な彼らの前に置物にさせられていた。

 

「良いか、こっちは命が懸かってる! こんな銃を持つだけで息切れしそうな奴にはいそうですかって全権委ねられるほど安い命じゃねえんだよ!?」

「人の命は私達のように軽いものではありませんわ。勿論承知しております」

「ああそうだよ、バックアップは効かないからな!」

 

 ミラが歯噛みして男を睨む。

 人形がバックアップを取れることには何の疑いようもないが、だからそれが軽い命という言葉に繋げられて良いことはない。少なくとも彼にとってはそう見える。

 

 殺意でも籠もりそうな恨みがましい視線、流石に男も気づいたのかミラに突っかかる。

 

「おい何だよ、言いたげだな――――――」

 

 男の手が伸びる瞬間、AUGが凄まじい力でその右手を捻り上げるとそのまま地面に男を叩きつける。その動作はたった片手のもので、どさりと落ちた男が未だに呻き声を上げる。

 

「くそっ、いってえ!」

「すみません。ご不満があろうとなかろうと現在の指揮はミラ・リンクス、司令塔に害をなすなら――――――人形とは言え、相応の対応は可能ですので」

「何が相応の対応だ!」

 

 明らかに悪くなる空気、人形も人形で一歩も引く様子がない。

 周りで見ているだけの避難民も襲撃からこれまで上手く眠れていないのも有って、揉めているのはあまりよろしい目では見られていない。当然だ、揉め事を起こしている暇がないのは大抵の人間が分かっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ貴方が、人形の全指揮を執ってくれるんですか」

「…………何?」

 

 ミラが前に出ると、AUGに手を離すように軽く促す。彼にはちょっとだけ表情が不服そうに見えた気がしたが、実際の所表情が薄くてまるで実態が掴めてこない。

 渋々と言った様子で彼女が手を離すと、急いで起き上がった男がミラを睨みつける、後ろで見ているばかりだった男もぞろぞろと集まってきた。

 

「貴方が彼女達に指示をして、俺よりと言わずとも皆を守れるのかって聞いたんですよ!」

「お前みたいな素人よりはマシだ、俺達は軍人崩れだからな!」

 

 AUGが突っかかろうとするのに

 

「絶対に人形は手を出さないでくれ。AUGも、こんな事で力になってくれなくていい」

 

 とミラが振り向かずに手で制する。命令には、逆らえない。

 

「これは俺とこの人達の問題だから」

 

 明らかに体格も違う男相手にミラは全く引こうともしなければ、拳を握りしめる様子もない。瞳こそ真っ直ぐしたものだが、全く害意がないのは見れば分かる。

 

「はっきり言いますが、貴方達のせいで大半の人が困っているんです。俺が適任かどうかで揉めるまでもなく、此処で一々文句をつけるだけの方がよっぽど時間の無駄ですよ。鉄血が何処まで来てるかだって分かったもんじゃない」

「はっきり言って、こんな事をしてる貴方達のほうが信用ならないじゃないですか!」

 

 ミラが言い切るのと同時に男が手を振りかぶる。

 

「言わせておけば戦場も知らねえ子供が偉そうに!」

 

 彼の何倍はあろうかという太腕が顔に突き刺さる。言うまでもなくそれを止める反射神経も腕力もないミラは呆気なく殴られて吹っ飛ばされそうになる、鼻から血だって出た。

 

 ただ、その男の手をしっかりと握りしめる。殴られてフラフラするのもやっとのことで抑えて、尚その瞳が鋭く男の顔を睨み返す。

 

「そうですよ…………知りませんよ。そう言うなら教えて下さい」

「今は指揮権が誰なのかだとか、俺が戦場を知っているかどうかだとか、そんなくだらない話には全然興味がありません! そう思うなら手を貸してください、俺が非力なのは最初から否定する気が無いんですから!」

 

 予想外の行動に男がたじろぐが、彼は一歩下がるのに合わせて詰め寄っていく。気迫などというには弱々しいものだったが、まるでどちらが押し負けているのか見ても見当がつかない。

 明らかにミラの方が体格でも、人数でも押し負けているというのに。

 

 男が再び口を挟もうとするのを抑えるように捲し立てる。

 

「貴方達も家族を失ったかもしれない、友人が居なくなったかもしれない。俺を責めたい気持ちまで否定する気はありません」

「ただ、もうそんな人が出ないように協力をしてください。指揮権の譲渡をコンソール無しで済ませるのは手続きがかなり複雑で多い――――それだけで指揮系統に長時間の混乱が出てしまうんです。貴方達はそれも知らなかったはずです」

 

 男は何も返せない。

 

「今目の前に居る人達が言いたいことも分かります、一理もあるかもしれません。だからこそ、それでも今は俺を信じてください」

「貴方達のエゴで争ってられるほど、猶予はないんです…………ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日も散々言いましたのに…………本当にそんな事を言いだしたのですか」

 

 声がするなり、男達がビクリと背筋を伸ばし始めた。声は後ろの方、彼らの更に向こうから聞こえてくる。

 柔らかい女の声だ。声色こそ年を悟らせない落ち着いたものだが、声質自体は至って若い。何であればミラとそこまでの差は無いと感じられる程度だ。

 

 男達が整った所作で道を開ける。開けた道はさながらレッドカーペット、安上がりな貴族舞台に少女がゆっくりと歩いてくる。

 

「全く、自分より一回りも離れた青年に正論をぶつけられて恥ずかしくないのかしら――――――――恥というものを知りなさい。一部の声が組織の声、貴方達のせいで”Hundert”の品位も、関係のない命も失われてしまいます」

 

 長いピンに目立つ黒のサイハイブーツ。短めのベスト・ワンピースの藍色が眩しく、止められた金釦が冷たい風格を醸し出す。

 白――――――正確には透明だろうか。色素の抜けた長い髪に、赤い瞳。しかし左眼は眼帯で隠しきれぬ大きな傷跡が残っており、よく見れば手先やちらりと見える足にもその痕があった。

 

 被る帽子は軍帽だろうか、真っ黒でその雰囲気によく似合っている。

 駄目押しと言わんばかりに黒いファーコートを羽織る姿は、さながら鴉。

 

「わたくしに畏まる暇が有ったら彼に謝りなさい。全くもって正論、今そこは論点にする意味がないわ」

 

 そう言いながら彼女がミラの前に立つと、帽子を胸の前に当てて深々と頭を下げる。

 

「わたくしの部下のご無礼、謹んでお詫び申し上げます。普段は此処まで酷い方達ではないのですが…………どう言いましょうか、如何せん浅慮が過ぎる時が有るもので」

 

 妙齢の少女に謝られたはずだったが、何故かミラまで畏まってしまう。

 恐らくその所作が堂々としていてまた誠意のこもっていたものだったからだろう。

 

「い、いえ。状況が状況です、誰だって居ても立っても居られなくなる」

「…………そう仰ってくださるのは有り難く存じますが、実際ご無礼を働いてしまいましたので」

 

 そう言いながら凄まじい勢いでミラを掴んでいた男の腹に回し蹴りを叩き込む。

 吹いた風には柔らかく優しい匂いが混じっていたが、行われた行為は暴力そのもの。呻いて倒れる男を一瞥した後、周りの男達を睨めつける。

 

 ミラは咄嗟に構えを取りそうになってしまった。

 

「良いですか。法は犯しても人道を違えないでください、本来ならわたくしが頭を下げて済む問題ではありません。暴力は結構、ただし理性の元に振るいなさい」

「それが出来ないならば今すぐ撃ち殺します。良いですね」

 

 誰も答えない。

 

 それを良いことに改めて、等と言いながら少女が振り向いて一際丁寧な礼を見せた。

 

「お見苦しいところを。わたくしはMauser Karabiner 98 kurz、I.O.P製の元グリフィン所属の人形です」

「今はカラビーナとだけ名乗って非合法組織”Hundert”の代表をさせていただいております。是非とも、ミラ・リンクス様に知識的援助が出来れば望ましく思いますわ」

 

 知識じゃなくて暴力的援助の方が頼りになりそうだ。

 ミラの正直な感想はそれに尽きた。


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