私が凪であること   作:キルメド

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予里を捕縛した凪の部隊と山風部隊。一息着く間もなく敵襲の通知が届いた。予里が呼んだ応援部隊が上空から降りてくる。狙いはビル内にある武装だろう。
山風部隊と凪の部隊は文字通り共同戦線を組み、ビルを防衛する。


第八話:DNMICビル防衛戦

上空にある航空機がどれほどの物かは分からないがすでに何人かが降下しているのが見える。

「こちら屋上部隊の照見。敵影確認、パラシュートを開いた様子が見える」

『こちら地上部隊の氷村。周囲に敵らしき影無し』

山風と凪は通信を共有しているわけではないが各場所に一人ずつ付いているため状況把握は苦は無かった。

「なぁ、妙じゃねえか?わざわざパラシュートで上から降りてくるなんて」

「確かに向こうがこちらの索敵を警戒してないのかってのは気になるけど、あの量で押し切ろうって気じゃないか?」

双眼鏡を覗く仁木が指摘する様に空を舞うパラシュートの数は10を超えている。こちらの様子を伺っているのか、降下のスピードは極めて遅い。

『だが、狙いがこのビルにあることは間違いない。地上部隊も上に注意しろ。お前達の横ならレーダーで索敵ができる』

『了解!』

司令部となっているトレーラーには隊長の金眼がいる。その安心感から全員が上空に意識を移した。もう予里は捕縛されている、だというのに降りてくるとすれば目的は一つしかない。

『奴らの狙いはこのビルにある武器、ついでに予里の身柄だろう。中には絶対に入れるな!』

金眼の司令の通りに次々と隊員達は動き続ける。特別な武器は用意れておらず、持っているものは打撃用の警棒と背中に背負ったライオットシールド、そして麻酔弾入りの拳銃のみ。大凡その装備は機動隊と同じものだった。

「そういえば呉田さんはどうしました?先に動くとか行ってビルの近くでスタンバイしてたはずですけど」

この任務の間、凪の部隊は呉田の姿を見ていない。作戦前に伝えられたため情報は通っている。司令部にも前線にもその姿は見えなかった。

『あいつは先んじてビルの内部に入ってる。呉田のことだ、気にする事はない』

(ビルに?でもモニターには)

同じトレーラーにいる不動からはビルの内部にいる発信器の反応がモニターは確認できなかった。不審に思った不動はビル内部にある軍荼利に通信を試みるが、ノイズばかりで聞き取れない。

(あれ?なんでまたノイズが?)

ジャミングはまだ作動している様だ。モニターにビル内の映像が映ってないのもそのせいだろう。

予里がセキュリティを切ったのは確かに五階だけだった。だがこちらからは通らずに内部の軍荼利からは通信ができる。それが妙だった。

(それに、さっきだって通信で指示してたはずなのに……だとしたら上から?でもみんなは通信できてるし)

『どうした不動?こちらはビルの内部を駆け回っていて忙しい』

唐突に軍荼利の声が聞こえた。

「隊長、さっきのノイズは一体?」

『おそらく通信機の調子が悪いのじゃろう。こちらの方は心配せず、今は持ち場の死守を優先しろ』

「分かりました」

結局ノイズの正体は掴めなかった。本当にただ通信機の調子が悪いのだとしたら呉田の位置情報が映っていないのは変だ。意を決して金眼に聞いた。

「あの……なんで呉田さんだけ隊から離れてるんですか?」

「呉田は普段から好きにしていいってことになってる。あいつの状況判断能力はピカイチだからな。機動隊の時から上の命令よりも自分の判断を優先する自信家だった」

これが信頼というものなのだろうか。そのワードを思い出すと、ふとフジタも一緒に思い出す。彼女の信頼は山風にとってはどこまでのものなのか、不動の頭には新たな疑問が浮かんでいた。

「ただ今回は発信器を付けるのを拒否した。おそらくはフジタと同じ扱いにされるのを嫌がってのことだろう。一度痛い目に合わないと懲りないと見える」

ここで初めてフジタが任務中に発信器を付けていたことを知った。より彼女が信頼を必要とする理由も分かる。発信器は山風部隊の任務中の様子を把握しての手段なのだろう。山風と同じ管理下に置かれることによって信頼を得ようとしていたのだ。

 

一方屋上では降下した敵との戦闘が始まっていた。敵が使ったパラシュートが邪魔にならないように立ち回る。ビルの屋上という限られた足場の中で3人が別れる。状況は防衛側が不利になるはずだった。

「おるぁ!着地前が隙だらけ!着地しても隙だらけだぜ!」

愛染が飛び回りながらパラシュートを切断して体勢を崩したところを抑える。状況に見合った最適な手段と言えよう。

「おっと、女の子じゃなくて残念でした。ふんっ!」

「命までは取らない。お前ら全員捕縛するだけだ」

山風部隊も負けてはいない。装備自体は機動隊と変わらないが軽い身のこなしで動き回り、警棒で的確に喉や脇腹などの的確な弱点を突き膝から倒れれば即座に手錠をかける。最初の6人はなんということなく倒された。

「基本的にビルの屋上狙いってところだな。こいつら銃器すら持ってないのが気になるが……隠してる?」

「馬鹿なことを言うな。上から掃射されてない以上その線はない」

「本当にな。銃火器くらい持ってくるだろ普通……それともフレンドリーファイアでも気にしてんのか?頭わっる」

上空にはまだ何十人もの影が舞っている。これからは持久戦になってくるだろう。3人で守り切れるかという点に僅かながら不安は残る。

『そっちの様子はどうじゃ?』

「おい隊長!てめえビルの内部じゃなくて屋上来いよ!!」

『うるさい!屋上以外のところからでも入ることができるじゃろう!その場合は内部にいる人間が当たるのが最適、だからこそ最低でも2人はいなければならん!』

「ちぃ!めんどくせえな!」

また敵が降りてきた。即座に戦闘体勢に入るが屋上には10人ほどの敵が次々と降下し続ける。拠点防衛において、やはり数の不利は如実に現れる。地上では氷村と詩宮が警戒体勢状態のまま待機している。

『他勢に無勢か。氷村!お前上行け!』

「はい!?地上の方は」

『詩宮とこっちにいる青ネクタイに守らせる。そこの緑ネクタイ連れて上行け!』

「分かりました!」

状況を把握すると孔雀も愛染に連絡を取る。事は急を要していた。

『じゃあ最短ルートな!』

「オウケーイ!」

戦闘中の愛染がワイヤーガンを取り出し屋上から撃つ。当然行き場のないワイヤーフックはそのままビルの壁に沿って重力に逆らわずに下に垂れ下がる。

「狙いは、ここ!」

その垂れてきたワイヤーフックを狙い孔雀がワイヤーガンを発射した。ビルの真ん中辺りで小さな金属音と共に互いのフックが引っかかる。

「氷村さん、ちゃんと捕まってて」

「は、はい」

『せーの!』

両肩を横から氷村に掴ませて、2人は同時にワイヤーフックを引き戻すように操作した。

「うわっと!引っ張られ」

「あ、壁は走ったほうがいいですよ〜」

孔雀の体が持ち上がり、しっかりとそれを掴んだ氷村の巨体ごと上へと引っ張る。そして氷村は孔雀を前に抱えたまま引っ張られてビルの壁を駆け上がる。

「うおおおお!!とうちゃーっく!どりゃあ!」

実にほんの10秒程で五階建てビルの屋上まで2人が到達した。当然そのまま戦闘に参加する。シールドを前に掲げたまま突っ込み、氷村の巨体で吹っ飛ばしながら防衛ラインを気付く。

「来たか氷村!んで、あの女の子の肌触りはどうだった?」

「壁走りながらそんなの堪能してる余裕ないっての!」

仁木が軽口を叩くと真面目に返す。もっともその内容は真面目という言葉からは程遠いものかもしれないが。

「おい孔雀、あいつセクハラだぜ?斬るか?」

「あははは、ああするしかなかったからね……愛染後ろ!」

「おっサンキュー」

こちらも戦闘中ではあるがやや緊張感に欠ける会話をしていた。孔雀が的確に敵の装備の間を差し込む様に麻酔弾を当てる。たちまち眠った敵兵は拘束される。

「弾切れか……麻酔弾をいくつかこっちにも貰えないか?」

「いいですよ。ただし、装填にはちょっと工夫が」

「ご安心を、扱いには慣れてる」

孔雀が放り投げたホルダーをキャッチすると言った通りに慣れた手つきで拳銃に装填してすぐにぶっ放す。見事に首に命中してまた1人倒れる。

「さっすがプロ。すごいね山風部隊って」

「アタシ様達も負けてらんねえな!!」

完璧な防衛ラインを築いていた。山風と凪の連合5人はただひたすらにビルに敵を入れることなく立ち回る。気絶し拘束された兵達が屋上のあちこちに転がっていた。

(すごい……山風の人達も葉栖美さんもゆらちゃんも、土壇場で連携とってる。全く隙がない)

戦闘が始まってから既に10分ほど。互いの射程距離を完全に把握していることもあって穴ができない。盤石と言えるだろう。

『すいませーん。全然来なくて退屈なんですけど』

地上にいる詩宮が呑気なことを言っている。内心では不動も退屈や焦燥感を抱いていた。自分がそこにいないということが痛烈に突き刺さる。

「お前は待機だ。いざって時のリーサルウェポンだからな」

『はいはーい、でも私がテルミちゃんのとこ行きたかったな〜』

地上からは屈伸などの準備体操をする詩宮の冗長な声、屋上からは仁木の軽口が聞こえる。しかし前線では緊迫した戦闘が続けられている。

「さて……そろそろ動くか」

唐突に金眼がポケットからデバイスを取り出した。その液晶画面にはモニターと同じく近辺の地図が映っている。違いがあるとすれば発信器のポインターが付いていないこと、そして僅かながら立体的に映るビルの内装が異なる。モニターのマップよりも少し広く見えた。

(あの空洞ってなんだろう?それに五階にセキュリティルームの奥の部屋がちゃんとある。私達のにはなかったのに)

鍛えられた視力と脳内での分析は不動にとってあまり良い予想をもたらしてはくれなかった。

「何を、するんですか」

「するというか、もうしている。あのビルの内部でな」

デバイスには一つだけ赤い反応がビル内にある。金眼はニヤリと笑い、不動は不穏な空気を感じていた。戦闘準備と言わんばかりに鉄線を伸ばす用意だけをしていた。

『屋上は大丈夫か?』

「あぁ、上から入られることはないだろう。降りてくれ」

トレーラーの中に軍荼利の声が響いた。不動は警戒を解く。そしてデバイス内の動きに集中した。

 

この潜入作戦の裏ではもう一つの作戦が動いていた。

(屋上の方は順調なようじゃな)

通信内容で大体の動きを察して計画通りに進んでいる事を確信する。ビルの内部にいる軍荼利はあるポイントへと向かっていた。内部と言ってもいる場所は一階だ。地上部隊が突入すればすぐに見つかってしまうだろうが、金眼の指揮を計算しての作戦なのだからその辺りは懸念材料にはならない。

『戦力が上に集中した。作戦を開始する』

(来た!)

もう片方の耳に取り付けている通信機が別の通信をキャッチした。本来ならそれは傍受した通信を拾うためのものでこの状況ではほとんど機能しない。あったとしても山風部隊のものを拾うくらいだろう。

潜入した際に一階のある場所にセンサーを取り付け、そこより低い位置から発せられる僅かな電波を変換して自分の通信機に通していた。

『武器は二階以上にある。好きな物を使って少しでも多く奪え。この際足がついても構わない』

『了解しました』

軍荼利はその声に聞き覚えがある。呉田がこのビル内で通信を行っている。狙いはこのビルに大量に保管された武装だろう。DNMIC社長予里が要請した応援部隊か、或いはそれ以外の何者か。詮索するよりも先に体が動いていた。

(あとは一人で食い止めるだけか……ふふふ、柄にもなく燃えてきた)

軍荼利の体が武者震いする。前の単独潜入とは訳が違う防衛の単独任務なのだ。これから先自分の前に立つ全ての敵を己が拳で倒さねばならない。そう心と体に告げる。

一階の端にある部屋。ID入力式でのロックがかかっている。通常暗証番号が各部屋で一つ決められているため、その分析をすれば簡単にドアが開く。

(じゃが、このIDを入力すると)

軍荼利は分析した物とは違うIDを入力した。通常ならばエラーと弾き出されてしまうはずだ。しかしこの場合は異なる。

「よし」

隣の壁がドアとなりエレベーターが現れた。普通ならドアを開けるためのIDが解析されるため、もう一つのロックに気付かずに素通りしてしまうだろう。そして軍荼利はこのエレベーターにセンサーを仕掛けていた。このID入力は二度目、開くと分かっている以上疑念のあった一回目よりもスムーズに入力した。

「こちら軍荼利、エレベーターを発見。これより内部に突入する」

通信相手は山風部隊隊長の金眼。もちろんその音声はトレーラー内にいる不動にも届いた。

『敵勢力はその先の一本道を通るはずだ。なんとしても防衛しろ』

「了解した」

エレベーターが地下へと降りると、そこには一本道の通路がありその奥には五階以外のセキュリティを統合するセキュリティルームがある。またいざという時のための非常用出入口もそこにはある。

「これも全てフジタが言った通りか……」

拳を握りしめる力がより強くなる。これより軍荼利はこの先にいるもう一つの悪を征伐するのである。

 

昨日の夜、金眼としぶきにのみ伝えられた作戦内容。それに伴うDNMIC潜入作戦の裏にあるもう一つの狙い。

「山風部隊の裏切り者を捕縛する」

機動隊から選出された山風部隊の中に裏切り者など出るはずがない。それが一番の言葉だった。

「これをお渡しします」

フジタの手からは新たにデータを2人に渡した。その内容は明日潜入するDNMIC社の見取り図、ここで渡すということは事前に渡された物とは異なるのだろう。

「稚拙ですが本来の物に書き足しておきました。データにはない隠し部屋が5階に、そして1階から地下に繋がるエレベーターと地下のセキュリティルーム」

「地下にセキュリティルーム、そして非常用の出入口……兵を忍ばせるには絶好の場じゃな」

「まさかこんな所が隠されているとは」

「まぁ今は隠されてますが、DNMICが手放した後は普通に公開されるでしょうね」

静岡東という立地と予里の動向からフジタは推測する。ビルそのものはDNMICとの関係性が消去され不動産市場へと出回ることになる。

「それでどうする?そもそもしぶき達は何をすればいい?」

「何も。凪の部隊はそのまま作戦を遂行してもらっていただきたい。動いてもらうのはその後なので」

フジタの反応はあまりにも淡白だ。人が良さそうにヘラヘラと笑っていた時とはまるで異なる。

「もし我々の任務が無事に進み予里が確保されれば、その武装は全て警察側が抑えることになる。それを良く思わない人がここから入ってくるわけですよ。その裏切り者がね」

フジタは隠されていた二つの部屋を見つけながらしぶきと金眼以外には明かさなかった。山風に潜入した敵の油断を誘い侵入経路を一つのポイントに絞らせるように誘導した。

「この任務は山風と凪にしか知らされていない。そんな奴が出るなら二つの部隊からしかない。後は探すだけか」

「もっとも、それらしい情報は何一つ出ませんでした。何せわたくしのターゲットも警視庁に潜り込んだスパイですから」

フジタの情報収集の手腕は既に手元にある物が十分な証拠となる。それでも一筋縄ではいかなかった。

「なので一旦は別の物を追いました。予里がなぜ大八洲を出て奴らから放置されているのか。短くても入社してからの一年間、ということになりますし」

大八洲は裏切りを許さない。それはゆらが凪に入る際の事件を知っているしぶきも、常日頃から起きている大八洲の事件に僅かながら関与する機動隊出身の金眼も知らされている。つまり予里は意図して大八洲から出され成果と共に大八洲に戻るというルートを通るはずなのだ。

「企業の乗っ取り、資金稼ぎ、裏から回ってきた違法な薬物を合法的に捌く。考えられる物はいくつかありました。それなら今更シラサギを動かして武装を蓄える意味がない。おまけに元大八洲とはいえ予里のみで構成員を集めるのには無理がある」

いくら武器があったとしてもそれを使う人間がいない様では無用の長物だ。それを含め考えた末にある目的が見つかった。

「予里以外にも裏組織が関与しているわけか。まさか大八洲傘下か」

「いいえ、大八洲はあくまで予里を受け入れる事しかしない。何より予里の方からよこせと言えば大八洲に戻った時の待遇が変わってくるでしょう。傘下相手でもそれは変わらないはずです」

だとすれば予里自身の手でどこかとつながる必要がある。フジタはビル付近の裏組織を徹底的に調べ上げた。

「予里にはあの統計を生み出せるだけの能力がある。おまけに下に着けば大八洲傘下の保証と蓄えた武装を手にできる。十分な甘い蜜になるわけですよ」

今にして思えばフジタの推測は当たっていた。予里が凪の部隊に対してかけた言葉は地位の面での身の保障。おそらく他の組織相手にも同じ様な言葉で協力を持ちかけていたのだろう。そして不運なことに傷つき続けるゆらを思う飛粋の心と噛み合ってしまった。

「そこで怪しい動きがないものかと思いこのビル周辺を探してみたところ、上手く捕らえることが出来ました」

それが出来たのは拠点が判明してすぐの事だという。餌である予里の身元はともかく武装が本当にその場所にあるのかを疑ったのか、或いはその甘美な誘惑に耐えられなくなったのか、ビル周辺に怪しい人間を目撃しDNMIC社員を偽り接触した。

予里は完全に事実を隠蔽しDNMICを運営しているが、他所から見れば一人くらいは知っているだろうという思いがある。会社の大きさに対する先入観がそういった精神的綻びを生み出した。

「DNMICの社員としてある程度仄めかされば『大体のことを知っているだろう』とベラベラ喋ってくれました。その後も捕縛して色々と吐いてもらいました。最後には記憶も消したので今頃は何事もなく向こうに戻ってますよ」

淡々と語ってはいるが、その中には人に取り入りつつ情報を絞り出し無害な状態にした上で元に戻す。スパイとして痕跡を残すことなく仕事をやり終えている。さっぱりとした語り口ではあるが、敵としているならば恐ろしいことになるだろう。

「予里と組んでいる組織は『キリ』と呼ばれる三十数人からなる組織。中部地方東を中心に動いて関東にも進出した過去もある犯罪組織です。同盟を組んで実質的に従えている組織も多数あります。そしてそのメンバー表がこちら」

さも当然のようにキリのメンバー表を取り出した。あくまで捕縛した男の物を転写したらしく、全員の顔と名前が一致するとは限らない。しかしそのメンバーの中に一人、確かに金眼に見覚えのある顔があった。

「宍戸凌馬……呉田はこいつだったわけか」

山風部隊の実質的ナンバー2である呉田と同じ顔をした構成員がそこにはあった。己の目を疑うよりも早く飲み込もうと思考が回転した。

「今回の作戦中、呉田さんが動きます。直接手を出すというよりはジャミングなどの方法でこちらの連携を断つ程度のことかと思いますが」

キリとしては大八洲の傘下に入る都合上、どうしてもギリギリまで予里に任せる必要がある。あるとしても追い詰められた予里に兵を寄越すくらいだろう。

「呉田さんは山風の中でも単独行動を許されてるんですよね?」

「あいつは状況判断の能力が優れているし作戦立案の力もある。いざこちらと連絡が途絶えても大体の事はこなせる。そういう奴だ」

金眼の言葉には確かな信頼がある。それだけにこの現実は酷な物だった。

「予里が捕縛された場合、呉田さんが考えるべき最高の作戦は武装の奪取。おそらく屋上と地下の両方から攻める二面作戦でしょう。屋上からは同盟してる組織も向かわせて時間をかけながらも確実に物量で押し通し、それだけの数で通せない程の戦力が屋上に集中したら地下からの襲撃。大八洲の傘下は無理でもある程度の武装を奪える算段です」

渡された地図を見ると地下のセキュリティルームには外部と繋がる非常用の出入口が存在している。本来の資料にないのだから奇襲にはうってつけのルートだろう。

やはりフジタの説明は淡々としていた。まるで未来予知でもしているかのように、今現在それが当たっていたとしてもその語り口は妙だった。

「戦力を集中させてその裏を突くというのなら対策はどうする?」

「しぶきさんに止めてもらいます。やれますか?」

「正義を執行するまでの話じゃ」

セキュリティルームから1階へ繋がるエレベーターにしぶきを配置。奇襲部隊を全滅させるとのこと。

「なるほど……そうなると凪は屋上に二人、司令部の防衛に一人、そして地下にしぶきが入るわけじゃな」

「山風は呉田が使えない以上、二人一組で動かしたいんだが」

着実に作戦は練られてゆく。フジタのデータが偽りではないという事は彼女のスパイとしての実力、そして実際に潜入作戦で確実なものとなった。だからこそ二人は彼女の言うように部隊を展開した。

今現在、屋上から突破されそうにはない。呉田が動いたのもフジタの予想通り。自分達を含めて全てが彼女の掌の上にある気さえした。

(そうだとしても結果は変わらん。悪は必ず総て滅する!しぶきは心にそう決めた)

強く拳を握りしめる。狭い通路で軍荼利は一人、戦闘態勢に入った。




スパイの鉄則としてあるものは痕跡を残さないこと。そして殺さず死なないこと。フジタがわざわざ構成員の記憶を消して解放したのはキリの緊張状態を見切った上でもあります。もっとも逮捕を優先する警察官に押し通されると難しいのも現実です。

屋上での防衛戦が展開される裏で急襲部隊を相手にする軍荼利。そんな彼女を待ち受ける相手とは

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