私が凪であること   作:キルメド

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DNMICビル屋上では苛烈な防衛戦が続いている。ビル内の武装を狙うキリの同盟軍団と、中に入れまいとする凪・山風連合による防衛戦。数は圧倒的に不利なはずだが、五人の完璧な連携もあって未だ誰一人としてビルに入っていない状況だ。
一方、呉田の正体をフジタに知らされた金眼と軍荼利は呉田捕縛作戦を開始する。隠された地下セキュリティルームに通じるエレベーターを降りて、軍荼利一人による防衛戦が始まった。


第九話:赤髪の影

片耳にはノイズばかりが流れる。地下ということもあり地上との通信はほぼ不可能だ。更にビル付近に仕掛けられたジャミングが穴を埋める様に完璧に通信を遮断する。

『間もなく奥のエレベーターに搭乗します』

『了解した。セキュリティルームで待つ』

代わりにもう片方の傍受した通信はよく聞こえる。既にセキュリティルームに呉田は到着していると思われる。

『では作戦を開始する』

エレベーターが到着し足並みが揃うと、全員が駆け出した。狭い通路に反響する足音で分かる。

(数は10程度。気付かれないことを狙うならこれが限度か)

「こちら軍荼利。進発じゃ」

司令部に向かって通信を飛ばす。地下から向こうに聞こえていなくても構わない。それだけで彼女のスイッチが入った。

「なんだあのガキ」

腕を組み仁王立ちする身長150cmにも満たない彼女を見て困惑する。外見とこの場に誰かがいること、そして彼女の鋭い目つき……その全てが全く一致しなかった。だが前に進まないわけにはいかない。

「やるぞ!」

一人が前に出るとほぼ全員が後に続いた。装備は防弾各種にヘルメットとマスク。武器は刀と拳銃。既にこの手の敵とは戦い慣れている。

(得物はともかく、まずは銃を封じるか)

まずは突っ込んできた一人を確実に倒す。近づく相手に更にこちらからワンステップで距離を詰める。そして思いっきり腹に打撃を叩き込んだ。

「つぁっ!」

「うぼぉ!」

強烈なボディブローを貰った敵は体をくの字に曲げて硬直する。それを拳を振るう勢いでそのまま押し出す。吹っ飛んだ敵は後方にいた敵と接触。軍荼利は敵を飛び道具として利用したのだ。

「一気に三人も!?」

「お主で四人じゃ」

それだけではない。吹っ飛んだ敵を追尾するように走る。小柄な軍荼利が更に姿勢を低くすることになり、飛び道具に気を取られた敵の視界の外から近寄った。

「フンっ!そしてこれで五人!」

飛び上がって延髄に蹴りを入れる。そして敵が気絶したと見ると倒れる前にその腕を掴んで振り回す。通路が狭いだけに振り回せば前に出たもう一人の敵には簡単にぶつかる。今度は倒した敵を打撃武器に使う。

「ぐおお!!」

「あと半分!」

徒手空拳で戦う軍荼利だが、その戦法はただ力任せに戦うわけではない。少ない実戦の中で吸収してきた状況判断能力こそが彼女の真なる武器と言えるだろう。悪を許さない鉄の意志がそれを盤石にする。

「くそっ!なんなんだこいつ!」

「警視庁、凪の部隊!覚えておくんじゃな!」

次々と倒されてゆく急襲部隊。銃で狙おうにも前に出た者が邪魔になる上に軍荼利の動きが速く照準が定まらない。

「チェスト!!」

「嘘だろ!ごはぁ!」

刀を振るうもあっさりと躱される上にその際に横から刀身を叩かれるだけで折れてしまう。それを目の当たりにしたショックさえ軍荼利は利用する。

「そんな……馬鹿な」

装備されているマスクの奥には絶望の表情をしているだろう。最後の一人はそのマスクの上から掴み壁に叩きつけた。ヘルメットがあるとはいえ、壁にぶつかり気絶する。脳震盪は確実だろう。

僅か数分。12人いた急襲部隊は殲滅された。しかしその中に呉田の姿はない。思考を巡らせながら軍荼利は奥へと進む。

(いるとするならセキュリティルームか)

この急襲部隊で全てとは限らない。ここに招き入れた呉田は必ずどこかにいるはずなのだ。第二の部隊を読んでいるか、セキュリティそのものに細工して凪と山風を入れなくする方法も考えられる。

(扉が開かれている。あそこか)

通路は一本道でセキュリティルームに繋がっている。そこには巨大なモニターに複数の監視カメラ映像、多くのコンピュータが並んでいた。当然部屋も5階の物よりも遥かに広い。そしてモニターの前には先ほどの兵士より少し軽装な者が立っていた。

「動くな!」

威嚇として銃を構える。こちらを見ても特に驚いた様子はない。一階のカメラ映像には先ほどの部隊は映っていないからだろう。

(呉田ではないな。体格が合わない)

顔はヘルメットとマスクで確認できないが見る限り身長は160cm半ば、呉田の身長は176cm。呉田がここにいないとすれば既に脱出している可能性がある。見回す限り地下セキュリティルームに隠れられる場所はない。

(となるとここにいるのは捨て奸か)

追いつかれないように呉田を逃すための足止め要員。上手く引き込めば逃げ先を聞くことができるだろうか。

「お主のリーダーはどうした?お主を捨て駒にして逃げ出したか?」

マスクをしているため目元以外の表情はよく見えない。ただその目もとも遠目からでは確認できない。ゆっくりと耳元に手を当てようとすると軍荼利は距離を詰めた。

「動くなと言っている!通信機を作動する前に撃つ!」

一瞬停止こそしたが、その言葉を無視して手を伸ばした。予備動作を見てから軍荼利は引き金を引いた。

「…………」

麻酔弾のヒットと通信機の作動はほぼ同時だった。その証拠は軍荼利にある。僅かに傍受したノイズが聞き取れた。

(僅かに遅かった。スイッチを切って回収するか)

倒れた兵はまだ何も言葉を発していない。麻酔弾で眠らせてるとはいえ言葉が漏れる前に奪うのが適切だろう。ゆっくりと軍荼利は近づいた。

「…………」

「……タヌキが!」

呼吸の違和感に気付いた軍荼利が再び銃を向けるが、その下から肘が伸びた。握力の強さで跳ね飛ばされることはないが銃口を向けることができない。

「ちっ……」

敵は僅かに舌打ちをした後に床を蹴って飛び上がった。無理やりに腕をかち上げた上に距離を取られる。何か細工をしているのか麻酔弾が効いているようには見えない。

「あくまで交戦する構えか」

金属製の棒を取り出した敵を見て対照的に拳銃を仕舞う。己の拳を以て沈めるしかないという判断だ。すると初めて敵が声を上げた。小声だが傍受した通信で軍荼利に聞こえる。

『この声が誰か、わかるか?』

聞こえたのは今まで傍受していた物と同じ声、つまり呉田の声だった。呉田がいると思わせ誘い出すのが目的だったのだ。

「ボイスチェンジャーか。よく調整したものじゃ」

通信のスイッチが切られると同時に襲いかかる。今まで釣られていたに過ぎないという事実で集中を乱すつもりなのだろう。

「ふんっ!」

しかしこの程度では軍荼利は揺らがない。軌道を読み取り手の甲で鉄棒を挟み抑えた。防御されても敵はすぐにスイッチを押す。

「…………」

目を細めた。本来ならこの攻撃で身を翻すはずだが、その予想は外れることになる。軍荼利は電流をものともしない。

「残念じゃったな。このグローブは電気を通さん。少し熱いだけじゃ!」

余裕の表情と共に左手で棒を押し、空いたスペースから右手を抜いて電撃棒を掴み、へし折ってみせた。電流が全く効かないと見るとすぐに手を離して蹴りの体勢に入る。

「中々速い判断じゃ」

両腕を交差して蹴りをブロックする。軍荼利の踏ん張りを利用して蹴った衝撃で距離を取った。それを見るや軍荼利も地を蹴り開いた距離を詰める。放り投げた電撃棒が音を立てて地面に転がった。

「だぁ!」

「ふっ……」

体ごと突っ込んできたパンチを敵は躱した。先ほどの一連の動きでその細い体では軍荼利の力を受けきれないことを十分に理解したようだ。180度回転して軍荼利はまた地を蹴る。

「そう何度も躱せると思うな!!」

当然回避される。だが今度は地に足をつけたままの攻撃。すぐに回避の動きを追いかけるようにステップを踏む。超至近距離で戦い慣れている軍荼利にとってはこの程度のことは造作もない。

体の中心を捉えようと下から襲いかかる拳になんとか左腕を上から合わせる。インパクトの瞬間に呻き声が漏れた。

「ぐっ……!」

小さな悲鳴と共にガードした左腕ごと弾き飛ばす。また距離は開いたがその左腕は痺れて満足に動かせていないことが見てわかる。しかし軍荼利は追撃に動かなかった。

「その声、その目……貴様、まさか」

僅かな悲鳴、二度に渡る至近距離でのやり取り、それらから判断して軍荼利は一瞬だけ攻め手を止めた。そして拳を更に硬く握り込んだ。

「そこまでだ!!」

力を溜めた重い一歩を踏み出す前に声が響いた。聞き覚えがあるその声がした方を向くとこちらに銃を向ける山風部隊員の姿が見えた。

「ふぅー、薩摩さん相手に腕一本なら安いかな」

「呉田……貴様らはグルだったか」

最初に近づいたときに正体に気付いていればこうはならなかったか。或いは更に騙されていたか。問いを繰り返しても答えは出てこない。

ただ目の前に現実だけがあった。ヘルメットとマスクを取れば見覚えのある鮮やかな赤い短髪と顔が現れる。首を回し軽く笑うその顔を軍荼利は知っている。

「どうも、お久しぶりです」

フジタがそこにいた。外見的特徴も一致していたが接近するまで気が付かなかった。自分の不甲斐なさを噛み締める。

「おとなしくしてもらおう」

ゆっくりと近づく呉田。その表情には余裕の笑みも焦りもない。予里とはあまりにも対照的だ。

「屋上の降下部隊も地下の急襲部隊も全て囮、この場に誘い出すのが目的か。一体なにが」

そこまで言って足元に銃弾が飛ぶ。呉田の銃から放たれたものだ。

「おとなしくしろと言ったはずだ」

間違いなく実弾。黙ってしまった軍荼利をフジタが興味深気に見つめている。

「拘束しろ」

「はいはい」

指示されるとフジタは懐から手錠を取り出す。そして動けない軍荼利の腕を両手に回して拘束した。抗おうものなら呉田に撃ち抜かれているだろう。

「これからどうなる」

「さぁどうなるんでしょうね。わたくしはその辺は知らされていませんので」

「ならばお前の予想を言え」

軍荼利を見下ろしてヘラヘラと笑うフジタ。まるで嘲笑っているように見えるそれに拳がギリギリとなる。

「使用法が多すぎて。まぁ、なんとも言えませんね」

フジタらしい答えは返ってこない。ただ彼女のそれは両手を上に向けて惚けたようなポーズを取っている。

「ただそのままでいてもらうと、わたくしも困りますね」

付け足すように言ってのける。その声を聞いた呉田の表情は変わらない。二人を見る目は冷たい。呉田の正体を知っているのは軍荼利と金眼のみ。

そのうちの片方が捕らえられたとすれば、金眼が取れる行動は限られる。おまけに凪の隊長である軍荼利が捕まったとなれば凪の部隊の立場が危うくなる。不動の件も一緒に明るみになれば更にだろう。

(隙を見て手錠を外すのも難しいか)

呉田とフジタの目を奪うことは難しい。下手に動くだけでも銃弾が飛んでくる。そもそも軍荼利の力を知っていて拘束をするなら普通の手錠とは思えない。

「自分の利益のためにこういうことになったわけです」

微笑むフジタの表情には飛粋のような違和感は見つからなかった。

 

フジタが呉田に接触したのは潜入前日の朝だった。もちろん呉田の正体も全て分かった上での接触となる。

早朝に呼び出しの連絡をして普段人が入ることのない地下の書庫へと案内する。もちろん彼女の行いに対して呉田は疑いの念がないわけではない。いつでも捕らえる準備はできていた。

「何の用だ?この対面は本来ならあり得るはずがないんだが」

「いえいえ。怪しむなら盗聴をしても、なんなら今すぐ本部と通信繋いで垂れ流しにしても良いくらいですよ」

本部、そんな言葉が出てくるはずがない。呉田の猜疑の意思は確信を持って消去された。盗聴用のレコーダーと通信機をオフにする。やっとかとフジタは一息ついて資料を取り出した。

「どこでそれを?」

「つい昨日、向こうのビルの周りをウロウロしてるお方から。予里のやり方が仇になりましたね」

転写したメンバー表を見せると呉田の不機嫌そうな眉が更に険しくなった。そこには確かに自分の顔が写っている。

「こんなところで脅迫か。それとも逮捕宣言か。或いは」

「同盟……というよりも協力関係の約束ですかね。わたくしの方から持ちかけたい」

首や肩を鳴らす彼女の姿はスパイとして事後報告している姿からはとても想像できない。呉田が疑っていた裏の顔とも言えるだろう。

「お前の任務にか?情報を寄越せば不問とすると言うつもりなんだろうがそうは行かない。お前も不用意に人を処分できない立場なはずだ」

「ええその通り。正直立場はあなたの方が圧倒的に良いはずです。周りの環境も含めて」

今この場で証拠を提出して呉田を弾劾したとしても、呉田が嘘だと言えばいい。そうすれば彼を信頼するどこかに必ず遺恨が生まれる。スパイとしてその遺恨はいずれ致命傷に変わる危険性を秘めていた。

「人間誰しもが情報よりも情を優先するようにプログラミングされているんですよ。もちろんわたくしも」

そのため実質的に警視庁内部に情報をばら撒くことはリスクが高すぎた。小隊員一人のために自分の手を汚す、そんなことをするのは正義を盲信する馬鹿だけだとあっさりと言ってのけた。

「いい加減警視庁はくだらなくなったんですよ。どこへ行っても邪魔者扱い、業績を認められても存在そのものを誰も認めてくれない、意見もろくに通らない……わたくしにはもっと別の可能性があるとしか思えないんですよねぇ」

そう言って壁にもたれかかりながらヘラヘラと笑った。決してスパイとはそういうものではない。だが小規模な組織ならともかく大規模な警視庁内では見えるスパイがいれば非難される。あえて姿を見せているフジタにとってはそれが耐えられなかった。

「おまけに凪の部隊まで現れて、というわけか。目障りなのはどっちも同じと見える。目的はなんだ?」

「それは提案を飲むということで?」

「その後次第だ。お前が警視庁を出て行くなら飲んでやらない事はないが、この場に残るなら次の邪魔者はお前だ」

「一度やったら誤魔化せませんよ。それに凪を潰したって津守ヨモギがいる。凪が処分されても必ず生き延びて動く。そのまま警視庁にいたら、あの人が老いさらばえるよりも頭撃ち抜かれる方が早そうで怖くて眠れませんね」

それだけ凪の部隊はヨモギも含めて互いに厄介な存在でもあった。目的は凪の部隊を潰すこと、その結果フジタは今後こちらに関与しなくなり呉田及び『キリ』には確実な利益が生まれる。交渉は成立した。

「なるほど……それで話をしたら予里が凪を欲しがったわけですか。なんならわたくしが行きたいくらいなんですが」

「いや、あいつは大八洲への手土産としか考えてない。組織が傘下に入るならともかくお前みたいな個人や凪のような少数部隊なら、きっと使い潰されるだけだ」

報酬よりも先に次の任務があるだけ。それはある意味で機械に対する扱いとなんら変わらなかった。

「奴らのネットワークは広く太い。以前から独自の薬物研究を行っているモウリョウとも繋がりがあると聞いた。疲労も情緒も吹き飛ばす薬品なんかがあるかもな」

モウリョウ。昨今は動きを潜めてはいるがその名を知らぬ者はいない。もちろんフジタもその名前に反応した。

「おまけにリザード社や倶楽部トリムヘイムとも仲が良さそうで……そりゃ下に付きたがるわけだ」

それだけの物が個別で動いていながら同盟を結んでしまうのは非常にまずい。ただ仲が良かった者に被害が出たからというだけで小さな闇組織は簡単に破壊される。そうなることを誰もが恐れていた。

「敵になる前に味方になる作戦ですか。その作戦、もし予里が失敗した場合はどうするつもりですか?」

「……なるほど。お前の目からは失敗すると見えるのか」

「100%という数字が嫌いなだけですよ。大八洲に近づける上に武力的な同盟を予里と結んでいるのなら『もしも』は考えているでしょう?」

フジタの声色は平坦なものだった。やはりフジタの本質は見えてこなかった。ただその敵意がこちらに向けられていない事だけを重視した。

「予里がやられたら、少しでもこちらが武装を奪う。すぐにキリの同盟からも兵を出してビルに押し込む。警察が入ってくる前にな」

「数に押されるのは少数精鋭の弱点ですね。ただビルの中ということは数の利点を活かせますか?入り込もうにも予里を捕らえられるとすればビルは制圧済みでしょうし」

「そうだな。だが中に入れた奴が独自に手に入れた武器さえ手にできればいいわけだからな。逃げるポイントはある」

呉田は見取り図を取り出した。そして地下セキュリティルームを指差す。

「ここには地上に繋がる非常用エレベーターがある。地下に到達すれば脱出は確実だ」

「この地下に出入口があると……これは使えますよ」

ニヤリと笑うフジタ。その細めた目にはどのような未来が見えているのか。

「上空の部隊を囮にして少数の急襲部隊を地下から入れて武装を奪う算段か。屋上に戦力を集中させたところを狙うと」

「その地下からの潜入すら陽動に使いましょう。上手くいけば兵器だけでなく大八洲への交渉材料も手にできる」

凪の部隊には乱獅子ゆらがいる。それを利用すれば大八洲が乗ってこないはずがない。

「なるほど……アレは本当にあの乱獅子の血統なのか。そいつを捕らえるか」

「無理ですね。だいぶ可愛がられてますし、チーム内の結束は硬い。何より乱獅子さん一人だけ誘い出すのは難しい」

しかしその結束を逆利用できること、4人の中で単独で動かせる存在に目星をつけていることを説明した。

「凪の部隊なら誰でも捕えれば一緒と思った方がいいです。そこでターゲットになるのは薩摩さんです」

提案されたのはあえて金眼としぶきに情報を流して、しぶきを単独で地下に誘い出す作戦だった。フジタの立場だからこそできる上に呉田の作戦に嘘がないことが大きい。情報漏れも隊長である金眼としぶきにのみ極秘任務として伝えるため問題ないだろう。

「囮として潜入部隊を10人ほど出し、それを倒させた上でセキュリティルームまで誘い出す。あとはそこで抑えればいいわけです」

呉田がキリの構成員であることが分かれば間違いなく捕縛するためにしぶきは侵入経路を辿る。一本道を通って来るため他に行く場所はない。

「それでセキュリティルームで俺が待ち構えていればいいと?」

「いいえ、そこにはわたくしが行きます。呉田さんは1階に隠れていれば見つかることはないでしょう。わたくしが薩摩さんを誘い出したら合図をします。後は降りてくるまで頑張って耐えますね」

「それで捕らえることができれば凪の地位を落とすことも可能な上に、大八洲にもいい手土産ができるわけか」

凪の部隊の人間が捕らえられればゆらが黙ってはいない。それを理解している大八洲もこちらの交渉に乗るはずだ。上手くいけば予里の下に着くよりも待遇が良くなるかもしれない。

「お前あれと戦闘なんてできるのか。バレるだろ」

「どうせ警視庁を離れるんですから、むしろ好都合ですよ」

自分なら確実にしぶき相手に時間を稼げることを主張した。正体がバレた場合はしぶきの動揺を誘える。スパイとしてミスすらもプラスになる状況だった。

「まぁ彼女らが潜入してる間は好きにやっててください。大方、予里の方から妨害を命令されているんでしょう」

作戦は決まった。ともすればこれ以上顔を合わせる必要もない。

「お前どこまで知ってる……それを吐けば協力する」

「あなたの名前が宍戸凌馬であること、予里が元大八洲であること、山風であなたはある程度の自由を得ていること、ぐらいですかね」

「上等だ」

握手は愚か見つめ合うことさえせずにその場を去る。互いが互いの利益のために何をするかを決めた。これ以上の言葉は不要だった。

 

その後フジタは山風と凪に情報を提供、更に金眼としぶきに独自で殲滅作戦を提案した。任務当日にフジタはこの地下に潜伏していた。凪の部隊の潜入、二つの部隊の防衛戦の経過を見て調整されたボイスチェンジャーを使い兵を侵入させ軍荼利には奥に呉田がいると思わせる。

そして部隊を蹴散らした軍荼利との戦闘を経て今に至る。凪の部隊隊長を拘束することに成功した。

「全てお主の思う通りに事が運んでいるというわけか」

「ええ。信頼してもらってありがとうございます」

鋭い剣幕で睨みつけるが、銃を向けられては効果はない。その場から一歩も動けないしぶきをフジタは笑う。

「じゃあわたくしはこれで。そろそろ上の方も片付くんじゃないですか?早急な撤退がオススメですよ」

後は軍荼利を持ち帰れば作戦は終了。武装よりも遥かに良いものを手中に収めることになる。

フジタは首を鳴らしながら背を向けた。彼女もあとは屋上の戦闘が終了する前にビルから出ればいいだけの話だった。

「そうだな。これで任務は終了だ……完全に」

 

 

 

 

 

銃声が響いた瞬間、呉田の銃撃はフジタの胸を貫いた。前のめりに倒れるフジタが軍荼利の視界には鮮明に写っていた。




大八洲師団の棟梁は乱獅子しおん。乱獅子ゆらの姉にあたり、大八洲を抜けた彼女にはかなり執着している様子が見られる。そのためしおんを相手にする際に凪の部隊に関するものは交渉材料としての価値が高くなる。ましてや妹ゆらの仲間となれば尚更でしょう。活発化する大八洲に取り込まれるための裏技に近いものと見ていいかもしれません。

フジタが撃たれた。呉田には彼女が必要なかったようだ。そして軍荼利の運命は……次回、最終局面へ!

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