大八洲師団への強烈な交渉材料を呉田こと宍戸凌馬に手に入れさせたフジタ。先に全てのやる事を終えた彼女が体験した現実は、凶弾に胸を貫かれることであった。
「お前が敵にならないはずがない。裏を嗅ぎ回る奴らは全て消す」
呉田の銃口がフジタに向けられて即放たれた。こちらを冷徹に睨みながらもその銃弾は正確に胸を貫いてフジタの体を衝撃で逸らさせた。そしてすぐこちらに銃口を向けられる。
「なっ……!」
視界の端ではうつ伏せに倒れたフジタが見える。その姿を見て軍荼利は言葉にできぬ憤りが湧き上がり、呉田を睨みつける。
「あいつを生かしておくメリットはない。どうせ味方になりはしないしな。お前は足を打てばいいだろう」
確かに呉田の方からすれば自分のことを知ったスパイをわざわざ生かすことにメリットはないのかもしれない。しかし人を背後から撃つという非道な行いに歯軋りを鳴らさずにはいられなかった。
「おいおいなんだその目は。あいつはお前を裏切った奴だぞ?なんでそんな怒ってんだよ」
「ならば貴様も裏切り者じゃ!」
「そうだな……気が変わった。生け捕りにするつもりだったが、別に死体でも構わねえや」
頭に照準を合わせ直して人差し指が引き金にかかる。その目に躊躇の色はない。冷徹なその目は確かに闇組織にいる外道そのものだ。
(一か八か……やるしかない)
軍荼利は全身に力を込めた。ギリギリのところで体を横にずらして銃弾を躱して反撃に転じるために全神経を研ぎ澄ませる。その目の光がまだ諦めていないことを呉田に気付かせ、同時に僅かな焦りと油断できない彼女の実力が引き金を急がせた。
「死ね」
(最後の賭けじゃ!)
ほんの一瞬、軍荼利の瞳が右にズレた。
「はっ!」
「逃すか!」
そして左側に体から飛び出した。当然至近距離に構えられた銃口は軍荼利を追いかける。軍荼利が着地すると同時に銃声が鳴り響いた。
呉田の手から拳銃が落ちる。弾かれたと表現することが正しいだろう。引き金を引く前に、後方右手から飛んできた銃弾が銃身にヒットした。
「ぐっ……」
そんな事をするのは一人しかいない。だが、それを確認する暇が呉田にはない。下の方でパキンと乾いた金属音がした。
「お前ら!」
「一撃必殺!!」
目の前にいる軍荼利の手錠が外れている。力技で無理やり外したのだろう。そして先程の銃撃の主も手錠をかけたのもフジタだった。
「があぁ!」
(感触が軽い……飛び退いたか)
軍荼利の正拳を腹に喰らい吹っ飛んだが、即座に飛び退いて衝撃を最小限に抑えた。山風部隊の装備の頑丈さもあってあっさりと着地する。視界の端に映るフジタが撃たれた胸を抑えて立ち上がる姿を見て即座に1階に繋がるエレベーターへと走り出した。
「逃がさん!」
軍荼利が後を追いかけるために飛び出すとフジタも並んだ。服には確かに血のりが赤黒く残っており、また銃弾が貫通した穴も開いている。
「お主……傷は確かに」
「痛みますがこの通り。今は呉田を追いましょう」
走りながら淡々と応答した。あまりにも平然としている事に軍荼利も少し驚く。
「それにしてもよく気付きましたね。普通の手錠だったこと」
「……信頼したまでの話じゃ。ヨモギさんが信じたフジタというスパイをな」
「それは結構」
エレベーターに繋がる通路は一本道、すぐに背中が見えた。そしてエレベーター見えてきた。
「逃げられるか!?」
「いいえ、あのエレベーターは自動で一階に行きます。だからここで止めましょう!」
呉田が振り返り様に銃を構える。しかし持っているのは山風の装備の拳銃のみ。大した武器にはならなかった。
「その程度、この軍荼利には無力と思え!!」
直撃も床や壁からの跳弾も全て軍荼利の目には見えている。そうなってしまえば簡単に反応されて全てを両の手で掴まれて握り潰される。エレベーターが動き出したがもう遅い。
「動くな!これ以上はないぞ」
呉田は両手をあげる。そしてそこで一つのことに気付いた。呉田の手元にあったエレベーターのボタンは発光していない。つまり呉田はボタンを押していない。上で搭乗した誰かがいる。降りてくる誰かがいる。
「増援、金眼さんってことはないよな」
捕縛されているとはいえ、予里がいる中で司令部を一人にするのは悪手でしかない。まず来ることはないだろう。
呉田を道の脇へと移動させ軍荼利が横につく。そしてフジタがエレベーターに銃口を構えた。
重たい音とともにエレベーターが停止して扉が開いた。照準は視認した瞬間に下に傾き修正された。
「……詩宮さん?何故ここを」
ほんの数歩前に進ませたのはエレベーターが自動で閉まるため。驚き聞きはするが力は一切緩めない。照準は彼女の小さな体に向けられていた。
「私の独断です……呉田さんを離してください!」
「それはできません」
「なら撃ちます!」
「それよりも速く撃ちます」
互いに同じような拳銃を向けている。しかし詩宮も山風の一員、近接戦闘は慣れている上に身体能力は段違い。当てられる保証はなかった。そもそもフジタからすれば詩宮に傷を負わせることはメリットがなかった。
「何故この男を助けようとする。こいつは山風部隊に潜むスパイじゃ」
「違います!そのフジタって人の情報は全てが事実ではありません!私は呉田さんを信じます!!」
おそらく作戦の前に呉田が吹き込んだのだろう。こうなると下手に暴走させるわけにもいかず、かと言って無理やり麻酔弾で眠らせるわけにもいかない。たとえ後から金眼の言葉があったとしても不信感が生まれてしまう。
(元を辿れば呉田をハメるために事前に作戦を伝えたせいか)
フジタ個人の信頼は構わないが、凪の部隊隊長である軍荼利に飛び火するのは非常にまずかった。
「分かりました……」
(軍荼利、呉田を離してください)
(良いのか?)
(わたくしが、必ず)
アイサインで指示をした。一瞬だけ軍荼利の中でも迷いが生まれたが、最後には呉田から離れる。そして呉田は勝利の笑みを浮かべた。
「詩宮が地上に残ると予想したが、お前を選んで正解だった」
「呉田さん!ちゃんと事情を話して」
何の警戒心もなく詩宮は近づく。呉田の笑みの奥に内包した感情に気付くことはなく、むしろこちらを警戒しながら近づいた。
「ありがとよ」
「っづぅ!?なん、で」
二人の方からは陰になり隠れていた右手。そこから発せられた何かが破裂するような衝撃音が全員の耳に届き、詩宮の膝が崩れた。
「スタンガンか……!」
「……」
僅かに意識が残った詩宮を背中から支えるようにして立つ。完全に人質に取られてしまった。
「言わなくてもいいだろう。抵抗すればこいつが死ぬ」
スパイは殺害を極力避ける必要がある。たとえ呉田を捕縛したとしても詩宮が殺されてしまえば、それで凪の部隊とフジタに傷を残す。
「貴様、どこまでも外道が!」
「ギィ!」
もはや口答えさえも許されない。体を締めつけられた詩宮の悲鳴が金縛りの呪文のように二人の動きを止めた。
「わかったら武器を捨てろ。もしこの銃撃を躱したなら、こいつの首を折る」
冷徹に言い放ちながら詩宮の細い首に腕がかかる。先程のように回避をするわけにもいかない。
「分かりました」
「ようやくそんな顔が見れたか」
悔しそうな表情を浮かべるしかできないフジタ。それを見てやっと呉田に余裕の笑みが見えた。頭に銃口を向けられた。距離を開けられた状態になり、阻止しようにも間に合わないだろう。
金眼の救援は期待できない。そうなると地上には不動しかいなくなる。それ以前にエレベーターが動作した時点で呉田は行動に移るだろう。
「武器だけじゃない……通信機も外せ」
「小癪な」
二人の耳から通信機が外された。金属製の床に捨てられる音が一本道に響いた。
(こうなったら、二人で突っ込むしかないぞ!そうでもしなければ)
軍荼利は見たことのないフジタの表情を横から見上げる。もはや犠牲は避けられない。限られた選択肢の中、悔しさを噛み締めるフジタ。通信機を外したせいかギリギリと歯軋りの音が聞こえる。
「死ね」
冷たい宣告が下された。突っ込むために、と軍荼利は照準を定める。
ーカリッー
その異音は唐突に耳に届いた。歯軋りの中に別の音が紛れていた気がした。呉田達には距離のせいで聞こえていない小さな音。思わずその異音を探ろうとフジタの方に目を逸らす。
「……なっ!」
瞳は動き出したフジタの動きを断片的に捉えていた。スパイとして動体視力も鍛えたはずだったが、そのセンサーを簡単に抜け出す。
「てめえ!」
呉田が放った銃弾は後ろまで通過している。今度は貫通したわけではなく完全に素通り。そしてフジタはもう呉田に手が届く距離にまで近づいていた。
脳が見えている世界に追いついていない。いやフジタ一人だけが別の世界にいるようにさえ見えた。
「うおおっ!」
僅かに軌跡が見えたのは首にかけられた呉田の左腕を無理やり引き剥がし、胸を小突いて体勢を崩させる動作。
「がっ」
伸びた腕を掴んだまま振り回す形で壁に叩きつけ床に転がした。軍荼利とフジタに挟まれる形になり、詩宮は壁を背に腰を落としている。
こちらを正面に向き直ったフジタ。鮮やかな赤い髪が揺れ、色の薄かった瞳は金色に光って見えた。
(なんだあれは!?ドーピング薬にしては、特異すぎる!)
軍荼利が見たどの記録にもフジタの様な状態になるドーピング薬はなかった。輝いてさえ見えたその姿は僅か5秒の間で軍荼利の全ての興味が奪ってしまった。
「ふぅ、形勢逆転だな」
フジタの瞳の輝きが消える。そして噛み合わせる様にもう一度強く口を動かすと瞳の輝きが戻る。
(持続時間は5秒といったところか)
金色に輝く瞳が呉田を見下ろす。その中には僅かに輝きとは真逆の暗い感情が秘められている。
「ゲホッ、ガッ」
仰向けに倒れた呉田に向かって足を大きく振り上げた。ほんの一瞬のタメ……先のことを予測した呉田の全身から恐怖の汗が噴き出すよりも早くその鉄槌は振り下ろされた。
「グオォ!」
低い呉田の悲鳴と分厚い腹部の装備に突き刺さったフジタの踵落とし。体が折られるまでもなく口から胃酸を漏らしながら気絶している。
「ふぅー」
そしてフジタは元の状態に戻っていた。呼吸は落ち着いており、表情にも乱れはない。
「はい。詩宮さんもすぐ回復するでしょうし、わたくしの仕事はこれで終わりですかね」
平然としている。むしろ平然としすぎている。何事もなかったかの様に軍荼利の横を通り過ぎる。
「そうそう、これをどうぞ」
フジタの手からデータチップが渡される。おそらくセキュリティルームで軍荼利を待っていた時に抜き出したものだろう。
「5階でのやり取り全部入った物です。5階のセキュリティそのものは単独なんですけど、カメラだけはこっちで統括していたので抜き取っておきました」
「あの予里の言葉はハッタリではなかったのか」
「どうするかは隊長さんにお任せします」
よく見るとチップは僅かに濡れており、フジタの顎にも汗が伝っている。見上げた軍荼利から隠す様にすぐにセキュリティルームへと向かった。
「通信機は良いのか?」
「差し上げます。ここからでも地上に通じる便利な物なので、それで報告をしてください」
「これもジャミングを通り抜ける様に調整したのじゃがな」
今まで付けていた物を胸ポケットにしまってフジタの通信機を使い周波数を合わせた。
「こちら軍荼利、司令部応答を」
『たいちょおおおおお!!無事だったんですね!!』
「不動うるさい!こちらの任務はほぼ完了じゃ……イレギュラーはあったがな」
『やはり詩宮はそっちに行ったか。反応した時には既にビル内に入っていた。こちらの対応が遅れた』
かといって二人は司令部を離れるわけにはいかず、途中までは呉田の思い通りにさせてしまった。
「結果としては問題ない。屋上の戦闘は?」
『つい先ほど終了した。ビルの防衛は完了と見ていいな』
その報告には特に驚きはしない。愛染と孔雀がいる上に精鋭揃いの山風部隊が共同戦線を張っているのだ。負けるはずがない。
「ではこちらからの報告は以上。詩宮と呉田……いや、宍戸凌馬と共に帰投する」
『了解した』
通信を終える頃には詩宮が問題なく動けるほどに回復していた。しかしまだ恐怖の色は消えていない。信頼していた人間に裏切られたことで思考が回っていないのだろう。
「立てるか?」
詩宮に優しく声をかける。あくまで相手の精神状態を気遣った軍荼利、ゆっくりと背中を壁に預けながら立ち上がらせた。
「えっと……呉田さんに手錠を」
「そうじゃな……これをかけねば」
「いたっ」
懐から手錠を取り出し放り投げた。銀色に光る拘束具は宙を舞い詩宮の体にぶつかる。
「だ、大丈夫ですよ?私見てませんから」
「別にカッコつけてヘマをしたわけではない。それはお主に渡したのじゃ」
「私に?え?なんで?」
間抜けた声しか出てこない。軍荼利は拾った手錠を詩宮に握らせた。自分より僅かに背の高い詩宮の俯いた顔を覗き込む。
「私が、手錠を……そんなのあなたがやればいいじゃないですか!」
「良くない!」
軍荼利の一喝、狭い通路を反響しながら詩宮の脳に焼き付けられる。
「奴は山風部隊に潜入したスパイじゃ。山風のケジメは山風が付けねばならん。しぶきら凪の部隊では入り込めないこと……今それができるのはお主だけじゃ!司令部を離れられない以上は主らの隊長、金眼新が来ることはない!ここでお主が捕縛するしかないのじゃ!」
軍荼利の言葉は一つ一つが重く響く。彼女の拳の重さも言葉の重さも、それすなわち彼女が背負った全ての重さなのだ。正義、軍荼利の背負ったその言葉が詩宮の体を泣きべそをかきながらでも動かした。
「呉田さん……手錠をかけます」
震えながら気絶した両手を取る。一瞬動き出すことを警戒して構えていたが、それは杞憂に終わる。フジタの一撃は相当強力だったようだ。あの一撃は軍荼利に勝るとも劣らないだろう。
(全く動かない。フジタが使ったあの薬……あれは一体何なのだ)
呉田の両手に手錠がかかるまでの間、軍荼利はそのことばかりを考えていた。爆発的な身体能力の向上、短すぎる効果時間、重要そうなことは全て頭の片隅にあるメモ帳に書き込んだ。
「……ん分、呉田さんを捕縛しました」
「こちら軍荼利、捕縛を完了。これより帰投する」
『了解……よくやった』
「それは自分の部下に言うんじゃな」
通信を切りながら呉田を抱えようとする詩宮に近づく。
「先にしぶきから言わせてもらおう……よくやった」
そっと頭を撫でて声をかけた後、呉田の足を抱える。二人でまるで担架で運ぶ様な体制で呉田をエレベーター乗せる。一階では既に他の山風部隊隊員が待機している。女手二人で運ぶのはここまでだろう。
(山風はNo.2の離脱と正体発覚で大きく失脚するじゃろう……そして凪の部隊も今回の件が明るみになればどうなるか)
今回の潜入任務が残した二つの部隊の傷痕、軍荼利の頭の中はそのことを考える。フジタがもたらした最後の情報、それをどうするかは軍荼利次第、その言葉の裏にある彼女の意思を探っていた。
ビルから少し離れた路地裏。ここからビルの地下セキュリティルームに通じる隠し出入口があった。その詳細を知っていて自由な人間は今や少ない。
「ここもいずれ塞がないとなぁ」
同じ事をさせるわけにはいかない。穴を塞ぎ、セキュリティルームまでの道も何かしらのことで完全に使えなくする。もっともそれはフジタの管轄外の仕事だ。
「あぁ、凪も山風もどうなるかなぁ。頭痛くて全然考えられない」
ひどい頭痛がする。短時間で三度の服用、重ねて使っているわけではないが体は負荷に耐えきれずどこかに支障をきたす。急激な運動で高まった体温を大量の汗が下げにかかる。
(体感的には4秒くらい……副作用は頭痛と大量の発汗)
それでも己の体で実験して結果をまとめる。それだけの時間、それだけの副作用、しかしあれだけのパワーとスピードを得られる。フジタにとってやはり捨てられない物であった。
「はぁ、やっぱりぼくのは付け焼き刃がいいとこか。先生の『スパイス』には敵わないなぁ」
口の中に仕込んだカプセル。強く噛み締めるとそれは砕けて身体能力を高める粉末状のスパイスを服用できる。服用すれば胸に撃たれた銃撃の傷を即座に回復し、相手の反応が1秒は遅れる程の速さで動くことができ、装備越しでも気絶させられるだけの力を得る。それを製造していた"先生"の姿が彼女のまぶたの裏に焼き付いていた。
「だいぶマシになったし、帰ろうか」
と思ったところに携帯電話に着信が入った。任務外なのだがいつもの癖で通知はミュートになっている。気付いたのは偶然画面を見ていたからだろう。そして画面には「津守ヨモギ」と書かれていた。
「はいはいヨモギさん。ぼくの任務は無事完了。上から言われた粗探しも、両部隊のサポートも無事成果をあげたつもりですが」
今回フジタが山風部隊に協力していたのは警視庁上層部から与えられた粗探しというミッションによるものだ。警視庁は宍戸の存在に気付いたわけではない。ただ疑り深い彼らはこうやってフジタを送り込み探らせていた。フジタが嫌われる原因でもある。
「はぁ、呼び出しですか。あなたは本当に急ですね。ぼくだって暇じゃないんですよ」
悪態はつくがヨモギの誘いは断れない。断ろうとする意志が生まれない。彼女こそが過去にフジタに一縷の希望を与えた存在でもある。そしてスパイとして自分を使ってくれる彼女への恩義が優先順位をくり上げる。
「分かりました。それと薩摩さんから報告は……やはりそうですか、あの人らしい。普通は隠すもんですけど」
僅か一週間にも満たない時間、その中でしぶきの人柄は分かりやすく、尚且つ心を引き寄せられた。僅かに口角が上がる。
「では時間は0時で、はい、また会いましょう」
通話が切れる。フジタは新たな目標のために行動を始める。
「その前にシャワーかな。流石に汗臭いし」
一度自宅に帰るところから始めることにした。
作戦は無事完了。屋上と地下通路で捕縛された兵達は全員警視庁の下に運ばれた。時期に情報も絞り出されるだろう。そしてDNMICの製品製造工場も抑えられる。
顔を合わせた凪の部隊と山風部隊は互いに敬礼をする。決して交わることのない部隊同士の共同戦線、その成果は悪くないものだろう。
「今回の作戦、先にビルを占拠してみせた凪の部隊の力があってこそのものだろう。凪の部隊に敬意を表する」
「我々としても諸々のバックアップはとても頼りになった。特にビルの防衛戦は山風部隊があってこそのもの。山風部隊に深い感謝を」
互いの隊長が硬い握手を交わす。その行為が昨日行われていたことを知っている者はこの場にはいなかった。
「んじゃま、こんなところかな?アタシ様は疲れたぜ!」
「ちょっと早い!人様の前でそういうの言わないの!」
「まぁまぁ、疲れたのは無理ないさ」
「あの屋上での共同戦線はとても有意義なものだったし、戦闘の参考になったわ」
凪の部隊も山風部隊もいつもの調子だった。飛粋と詩宮を除いて。
「詩宮ちゃん?大丈夫?」
「はい。なんとか」
「飛粋ちゃんもグロッキーって顔してるね。大丈夫か〜?」
「大丈夫です……」
二人の中に残った傷と部隊のメンツ、これから越えねばならない壁は決して低くも薄くもないだろう。あっさりとした別れはほぼ全員がそのことを見越しているからかもしれない。
「はいはい服脱いで。全身くまなくチェックするからねぇ」
「うわやめろくすぐったい!いっだだだだだ!」
改めてゆらの傷の治療を行う。半分ほど治癒してるとはいえ戦闘中もいくつか開いた物もあり、普段のゆらよりもだいぶ酷かった。
「私も手伝います。これは私が付けた傷だし」
「んー、それも大事だけど、飛粋ちゃんは心の傷も治さないとね」
「……それは分かってます」
傷薬を塗り込んだ後に開かないように絆創膏を貼る。打撲部分には湿布を貼り、まだ違和感が残っている腕はとりあえず固定した。
「これで全治一時間って言うんだから凄いよね」
「アタシ様だからな!」
堂々と胸を張るゆらとは対照的な飛粋。心の傷につける薬は簡単に見つからなかった。
「飛粋、お主にヨモギさんから話があるそうじゃ」
報告を行なっていたしぶきが顔を覗かせる。手招きをされ立ち上がるが、それを後悔する程の嫌な予感が体の中を駆け巡っていた。
「はい。宗近飛粋、来ました」
『大体のことはしぶきから聞いている。大変だったな飛粋』
あの時のしぶきと同じくヨモギの声は優しかった。しかし飛粋の体は小さく震えていた。
「すみません……私は、私は」
『あぁ。そのことについてだが、お前に言い渡すことがある』
「おいばあさん!何言い出す気だ!」
後ろから通信を覗いていたゆらが後ろから飛び出した。治療をしていた孔雀も引きずられながら出てくる。
「えっと、何この重い空気」
「………………」
しぶきもあえて抑えなかった。ただ見守ることに徹していた。
「わかって、ます」
『そうか。覚悟ができているならそれでいい』
少しだけ間を開ける。その独特の威圧感に場の空気が重くなり、全員が沈黙した。
『宗近飛粋に謹慎処分を言い渡す。謹慎中は任務への参加及びスパイとしての隊員との接触、逆さ塔への出入りを禁止とする』
沈黙はまだ続いた。言葉の意味を理解すると凍りつく、理解せぬように暴れようにも空気が重く動けない。
「わかりました……」
なんとかその沈黙を崩したのは飛粋の小さくて震えた声だった。
なぜここまで凪の部隊とフジタが立場というものを天秤にかけるのか。それはスパイが自分達に反抗しないことの証明、そして殆どのミスが致命の失敗となるスパイに対する厳しい評価によるものであった。場合によっては彼女達が持つ情報さえも吸い出されてしまう。そのような事が万が一にもあってはならない。上層部に新設組織としてまだその力に懐疑的な物もいるからこそ、ミスは許されなかった。そのため、彼女達のミッション完了は完全なる物でなければならなかった。
次回、謹慎を言い渡された飛粋。当然ゆらが大人しくしているはずがない。しかしそうでいられないのは彼女一人ではなかった。