私が凪であること   作:キルメド

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潜入作戦で敵の罠にかかり裏切ってしまった飛粋。上層部からは謹慎を言い渡された。ただ呆然とそれを受け入れる飛粋。そして受け入れられないもう一人をしぶきと葉栖美は抑え込んでいた。


第十一話:月が二人を見下ろす

「おいしぶきち!はっすー!」

「ダメじゃ」

「ダメだよ」

「まだ何も言ってねえじゃねえか!」

何も言わずとも状況で全て分かる。それを言われることを覚悟してこの状態にしたのだから当然のことだ。

「どうせ解け、でしょ?」

「絶対に解かんぞ」

「ふざけんなぁ!アタシ様を飛粋んとこに行かせろー!!」

逆さ塔内の一室、凪の部隊の作戦室でゆらは台の上に大の字で拘束されていた。理由は当然飛粋との接触を避けるためだ。

 

東京に戻る前の車の中、ヨモギが言った言葉に一番に牙を剥いたのはやはりゆらだった。

「おいばあさん!そりゃねえだろ!」

『これはオレ一人では判断できねえ。警視庁上層部で正式に審議にかけ、その上で罰則を科する』

ゆらの言葉を無視してヨモギは話を進めた。

「つまり謹慎は罰則じゃなくて一時的な対処ということですか?あたし的には十分罰則だと思うんですけど」

『まぁな。これでもまだ甘い方だろう』

難しそうな声を上げるヨモギと葉栖美だが、平然と話を進める二人に苛立ちを覚えるゆら。

「アタシ様は認めねえぞ!飛粋の謹慎はぜってえ認めねえからな!」

『それと飛粋が謹慎の間、ゆらは逆さ塔で寝泊りをしろ』

「はぁ!?」

「飛粋にスパイとして会ってはならん。ゆらがそれを守るとは思えん以上、この判断は間違いではないじゃろう」

しぶきまでもが何事もないかのように語る。納得がいくはずがないゆらにただ教えるような口ぶり。

「てめえらああ!!」

敵対していた時よりも明確な怒りをゆらは向けた。今にも抜刀して斬りかかりそうだ。それをしないのは反応が一切ない飛粋が視界にいるからだろう。

「おい飛粋!お前もなんとか言えよ!嫌だぁ!とかみんなと離れたくないい!とか!」

俯く飛粋の肩を抱いて最大級のボリュームで語りかける。その叫びはもはや懇願と言ってもいいだろう。

「仕方ないよね……あんな洗脳にかかって、みんなに酷いことしたんだもん。危ないもんね」

受け入れているとは言い難かった。しかしその表情にあったのはゆらが期待した悔しさではなく、絶望的なまでに悲しい顔をした飛粋だった。出ようとした言葉は胸から喉にかけて詰まり出てこれなくなった。

『以上だ。審議は結果が出次第すぐに伝える。それまでは大人しくしてろ』

「はい……」

車内の雑音でかき消されてしまいそうな飛粋の返事を待たずにヨモギの通信は切られた。任務を成功させたとは思えない暗い空気がその場に残っていた。

 

東京に到着した後はまず一番にゆらを押さえ込み逆さ塔に連行して拘束。飛粋はとりあえず寮に帰らせた。審議がいつ行われるかなど明確な時間は伝えられなかった。

「てめえら人でなしか!飛粋が今も苦しんでるんだぞ!こいつを解けってんだよ!なんだよこの状態!!エッチなビデオか!」

「うるさい!」

「ゲボぉ!」

苛立ったしぶきの肘鉄が腹に入る。軽い体重ではあるが筋力の分鋭く深く突き刺さる。完治までには至っていないため加減されているが、痛烈であることに変わりはない。

「はぁ……ゆらちゃん分かってちょうだいよ。あたし達は今ちゃんと動けないところなんだよ」

今回の任務に関わった二つの部隊は立ち位置としては非常に難しいところに立たされている。協力関係にあった山風はNo.2である呉田の正体が発覚して信用問題としてはかなり弱い立場になってしまっている。

「しぶき達は愚かヨモギさんでさえ今は満足に動けないじゃろう。ここは耐えるしかない」

「ざっ!けんっ!なあああああああああ!!ゴアァ!」

またゆらが暴れだす。そしてまたしぶきに殴られて黙らされた。

「いい加減にせんか!今お前が動いたところで結果を悪化させるだけじゃ!」

「じゃあ飛粋が苦しんでるとこをまた黙って見てろってのがいいことなのかよ!アタシ様はもう飛粋のあんな顔を見たくねえんだよ!!」

「それはしぶきも同じじゃ!じゃが耐えねばならぬ!!」

「耐えられるかってんだ!!」

身動きが取れない中声を張り上げる。普段ならしぶきの鉄拳で気絶してしまいそうなところを耐えてまた声を上げる。

「アタシ様は絶対行くんだ!!こうなったらしぶきちに内臓全部ぶっ壊されようが腕と足引っこ抜けてダルマになろうがぜってえ飛粋んところに行ってやるんだああ!!」

いくらゆらでもそんな傷は治らない。しかし本当にそうなっても構わないと飛粋のことを思い体を動かそうとする。体の節々の痛みも全く気にならずにもがき続けた。

「謹慎は一時的な対処だって言ってたじゃん。だから審議が終われば復帰できるかもしれないし」

「先のことより今だろおがああ!!今の飛粋をなんとかしねえと先の飛粋が笑ってる気がしねえんだよお!!」

やはり意見は平行線のままだった。ゆらの言い分が分からないわけではない。しかしその思いのままに動くわけにもいかない。それが一番凪の部隊のために、何より飛粋のためにならない。

「なんだよ……なんでだよ!苦しい時も楽しい時も一緒にいるって言ったじゃねえかよ!こういう時に助け合うのがあんたらが教えてくれた友達ってやつじゃねえのか!!仲間ってやつじゃねえのか!!」

飛粋から教えてくれた友達というもの、凪の部隊が教えてくれた仲間というもの、今の状況は確かに彼女が知ったどちらとも違うかもしれない。

「ここは我慢しろと言っておるんじゃ!」

「我慢なんて普段から散々やってんだろうがアタシ様は!こういうことを我慢なんてできるかぁ!」

「平行線じゃな。いい加減黙らせるか!」

「ちょっとしぶきち。いくらなんでもやりすぎだって!二人とも考えてることくらい分かってるでしょ!」

拳を振り上げるしぶきの間になんとか葉栖美が立った。抑え込むまではいかないが、しぶきの拳からゆらを庇った。

「ならよ、はっすーはどうなんだ!」

「はぁ?」

「民主主義で行こうぜ!アタシ様としぶきち、どっちの意見に賛成なんだって話だ」

「望むところじゃ!はっすー、しぶきの言っていることがわかるじゃろう?」

「はぁ〜?」

ため息にも似た葉栖美の声。なんとしてでも飛粋の元へ行きたいゆらの突拍子もない発言に頭を抱えた。その上こういうノリになるとしぶきが煽りに乗ってしまうためどうしようもない。

「なんでそうなるかなぁ。あたし正直に言っちゃうよ」

こちらに向けられた厳しい視線に対して少し呆れてもいる。

「あたしはね、半分半分。飛粋ちゃんのことを思って側にいてあげてもいいとも思うし、凪のことを考えてここで我慢する方がいいとも思ってる。1と0じゃなくて五分五分なんだよ」

葉栖美が呟くと二人とも黙り込んだ。本当のところは先程葉栖美が指摘したようにみんな思うところは同じなのだ。状態の掴めないものを天秤にかけてどちらが良いかと答えが出ない問答を繰り返すだけ。正解が出ることはきっとないだろう。

「だあああくそ!せめてこれ解けよぉ!」

「まったくぅ……貴様はどうあっても飛び出すじゃろうが」

「おう!アタシ様はそういう奴だ!いつも考えなしに突っ込んで大怪我して周りに迷惑や心配をかけさせる奴だ!だから絶対に飛粋んとこに行く!」

真っ直ぐに自分を見下ろすしぶきと目を合わせる。その意思に一切の揺らぎはない。彼女にはそうありたいと思う強い気持ちがあり、包み隠すつもりは一切ない。

「どうするしぶきち?」

「なんじゃその顔は……」

葉栖美がニヤニヤと機嫌を伺う。頑固なしぶきだが、全員の思いを汲み取るのもまた隊長の役目でもある。短い言葉で意思を通じ合わせては悩んでいた。

「仕方がない……はずしてやる」

手足に付けられた枷を専用の鍵で解除する。やっと両手両足が自由になったゆら。しかし即座に飛び出すのではなく余裕を持って固まった体をほぐしていた。

「普通は飛び出すものではないのか?」

「んー、いやまぁもちろん飛び出したいんだけど……体ほぐしとかないとだし、それに通したいものもあるしな」

「通したいもの?」

伸脚運動を終えたゆらはゆっくりと振り返る。いつもよりも柔らかな笑みをこちらに向けてくれた。

「ありがとよ、隊長」

その言葉を残して駆け出していった。逆さ塔からあっという間に抜け出して飛粋を探すことになるだろう。

「やれやれ。この場はゆらに任せる他ない。一応始末書を書く準備だけでもしておくか」

「あたしも手伝うよしぶきち。作文は得意だから」

「はっすー。連帯責任じゃからな」

「そうそう、連帯責任」

二人はあえて動向を見守ることなく結果を待つことにした。逆さ塔から飛び出したゆらが何をしてくれるのか大きな期待を寄せながら。

 

真っ暗な空には三日月が昇り、空気は夏らしい湿気が残った少し蒸し暑い空気だった。それでも川に跨る橋の真ん中は心地よい空気だった。

「はぁ……私どうなっちゃうんだろ」

そんな場所で飛粋は黄昏ていた。水面には街灯に照らされ反射した己が川の流れで歪みながら写っていた。表情を読み取ることができない。

「謹慎って言われたけど私があそこにいたらゆらちゃんがずっと逆さ塔にいなくちゃいけなくなるし」

そんな言葉は建前に過ぎない。本当は自分がその部屋に一人でいることに耐えられなかった。ヨモギが言っていたような覚悟なんてまるでできていないのだ。

だと言うのにあの場で「嫌だ」と言うことができなかった。何度も何度も己の弱さを呪っている。希望へと向かい崖を登り続けても足場を踏み外したら絶望という奈落へと真っ逆さまだ。今もまだ飛粋は絶望の中に落下し続けている。

「スパイ辞めることになったら記憶を消されるんだっけ?そしたら私はどうなるんだろう」

事前に聞かされた話ではスパイとしての役目を終えると、それに近い職に就くという特例を除いてスパイ時の記憶は消去されてしまう。不自然にならないように内容が補填されて本来の生活に戻ることになる。飛粋の場合は黒百合女学園にいられるかも怪しかった。

「黒百合のみんなとも会えなくなるのかな?ゆらちゃんとも葉栖美先輩ともしぶき隊長とも、会えなく」

想像するだけで感情が体を動かし視界を滲ませる。しかし今更泣いたところで何も変わらないとすぐに拭わせた。

「覚悟しないと、覚悟を……かく、ごを」

やはりできなかった。飛粋には難しすぎた。スパイとなってから楽しかった日々を思い返すとひたすらに今は辛かった。

「やだよぉ……みんなに会いたいよぉ……」

しかし会ってはいけない。そもそも飛粋が部屋を出ていることすらも危ういのだ。もしも偶然会ってしまったところを見られたらまた迷惑がかかりそうだった。またあの誰もいない自分だけの部屋に戻らなければならない。

「電話が……誰だろう?」

ポケットに入ったスマートフォンがバイブレーションで着信を知らせる。こんな時間に電話をかけてくる人間は限られる。無視しようと判断するよりも早く体が動いて画面を見てしまった。

「ゆらちゃん……無視するべきだよね」

そう思考と判断はできるがセンチメンタルに支配された右手が応答に指を伸ばしてしまった。

「ゆ、ゆらちゃん」

『飛粋!今どこにいるんだ?寮の部屋から出てるだろお前!』

「まさか逆さ塔抜け出してきたの!?」

『ああ、まぁそんなとこかな』

飛粋を安心させるために逆さ塔での経緯を説明した。そして飛粋がいる位置を聞き出そうとした。

「ごめん……言えないよ。だって私達会ったらダメなんだし」

『そっか。まぁすぐ行くから待ってろ』

「え?」

飛粋達が使っているスマートフォンはスパイとして使っている物と同じ物だ。その機能として通信相手の位置情報の共有が可能、つまり通話をした時点で互いの位置関係がわかっている。

「しまった!逃げないと」

すぐさま手摺にもたれかかっていた体を真っ直ぐにしていたが、その勢いを受けて肩を抑えられる。

「おせえよ!こっち見ろ」

スピーカー越しにではなく直接ゆらの声が耳に届いた。180度振り返ると満面の笑みを浮かべたゆらがいた。

「見つけたぞ飛粋!こんなところにまで出てきやがって!やっぱ寂しかったんだな!」

「ゆ、ゆらちゃん!ダメだよ!私と一緒にいるところ見られたら」

「いいんだよ!アタシ様は飛粋に会いたかったんだ!」

がっしりと抱きついたゆらにすべての言葉が封殺される。ただその行動に合わせてゆらの温もりを貪るように自分の両手をゆらの背中で重ねた。

「今は謹慎なんて知ったこっちゃねえよ!飛粋だってガッチリしてんじゃねえか!」

「…………あっ」

我に帰って腕の力が抜ける。そして少しだけ離れた。後のことを考えると辛くなってきた。こうやって一緒にいたとしても、凪から離れることになればその記憶は全て消えてしまう。記憶を消されるのはもちろんだが、記憶が消えた後にすれ違うゆらのことを考えると胸が痛んだ。

「私、もしかしたらスパイじゃなくなるかもしれないんだ。だから私とはもう……そうじゃないと辛くなっちゃうから」

「そっか。まぁもしかしたらそうかもな。飛粋がやってた事って普通に裏切りだしな」

「う、うん」

笑いながら平然と言ってのけるゆらの言葉。デリカシーのない言動がまた彼女らしい。

「ん?スパイじゃなくなったらどうなるんだっけか?」

「確か、スパイの時とかそれに関連した記憶が消させるんだって聞いたことがある。私はスパイになるために東京に来たから。もしかしたら高千穂に戻ることになるかも」

「スパイの記憶かぁ。じゃあ今のうちに実家の住所教えてくんね?」

ゆらが徐にメモを取り出した。その行為に少しだけ硬直していた。

「え?」

なんとか困惑の声を絞り出した。体中から汗が噴き出す。先ほどまで感じなかった暑さから出ているものではない。

「アタシ様なんかおかしなこと言ったか?そのタカチホ?って多分東京からじゃ遠いとこだろうけど、週三くらいで会いに行きたいしな」

「でも……そうなったら私、みんなのこと何も覚えてないんだよ?ゆらちゃんの事も分かんないし」

ゆらは無言でメモ帳を握り込ませる。力の入れすぎで少しだけ形が崩れた。

「ゆらちゃん?」

「ほらさっさと書けよ。絶対ないかもしれないけど、もしもの時にアタシ様が飛粋んとこに行けなくなるだろ」

「でも……」

「でもじゃねえよ!」

少しだけ背伸びをして上から見下げた。飛粋に上を任せるためだ。その目は僅かに潤っているように見えた。なんでそんな事を言うんだ、という言葉が声に出さずとも伝わる。

「記憶なんかなくてもアタシ様と飛粋なら絶対仲良くなれる!だってアタシ様と飛粋は敵同士から始まったじゃねえか!」

「……!」

確かに二人がファーストコンタクトをした時の所属は凪の部隊と大八洲師団だった。そんな二人が紆余曲折を経てかけがえのない親友同士になっている。ゆらに握りしめられた飛粋の手が震える。心なしか体温も上がっている気がした。

「ほんとに……ほんとに仲良くなれるかな?」

「だからなれるに決まってんだろ!!」

真っ直ぐなゆらの言葉、だというのに表情は険しい。自信がない飛粋の言葉がそうさえているのだろうか。また握る力が強くなった気がした。

「な!なれるから!だから飛粋書いてくれよお!」

まるで子供のように握った飛粋の腕ごとブンブンと振り回す。そんな彼女を見て、心の奥底が体以上に熱くなっていたことに気付いた。

「わわわ、分かったよ。書くから!書くから手を離して!」

その言葉でやっと手を離した。離されたはいいが、メモ帳は二人の汗と握力でクシャクシャになっていた。しかしそんなメモ帳にも飛粋はしっかりと書き込む。その様子をゆらはキラキラとした目で見つめていた。

「はい。ここが私の実家……もしものことがあってもまた会えるね」

「ああ!あと、記憶失くしてこっちにいるパターンもあるけど、その時もアタシ様は友達だ!覚えてなくても見つけたらぜってえ声かけるからな!」

「素敵!ありがとう!」

何気なく飛粋が小指を差し出した。それは小さな子供でも分かる約束の儀式。しかしゆらにはよく分からなかった。

「どした?女か?」

「女って……違うよ、これは指切りって言ってこうやって小指を絡めて約束するんだよ」

今度はゆらの右手を飛粋が引っ張る。そのままゆらの小指を立たせて自分の小指を絡ませた。

「約束した後には歌があるんだよ。ゆ〜びきりげんまん!ウソついたらハリセンボンの〜ます!ゆびきった!って歌うんだ」

「物騒な歌だなぁ。針千本ってマジモンの拷問じゃねえか」

「言われてみればそうだね。歌わなくてもいいかな?」

二人で小指を絡めたままくだらない話をする。こんな日常がとてつもなく嬉しかった。

「アタシ様と飛粋はずっと友達だ!スパイでもスパイじゃなくても、同じ学校でもそうじゃなくても」

「日本のどこにいても世界のどこにいても、私達はずっと友達だよ!」

小指が離れる。その代わり今度は体がくっついた。互いに抱きしめ合いながら約束が現実であることを祈るように抱きしめ合った。寮に戻る事も今はすっかり忘れている。

「仲がいいですね」

「うわぁ!!」

唐突に無機質な声が二人の上から振り下ろされた。二人揃って飛び跳ねて橋の中央へと寄った。

「フジタさん!?」

「なんだよ!今度はアタシ様を追いかけてきたのか!?言っとくけどしぶきち達が出してくれたからな!アタシ様は悪くねえぞ!」

橋の手すりの上にフジタが立っていた。初めて会った時と同じく季節外れな黒いコートを着ている。

「別に……ただ通り道でイチャコラしてるのを見かけただけですよ。今は非番なので」

やけに淡白な言葉が帰ってきた。レンズ越しに二人を見下ろす目にはさして感情の色が見えない。

思い返せば前にフジタと会った時はいずれも山風部隊で潜入任務をしていた時だけで、このような彼女のことを知っているのは凪の部隊ではしぶきだけだ。

「それで何をしてたんですか?」

「約束です。私とゆらはずうううっと友達って!」

「それはいいですね。部隊内での仲が深くなるのは」

「まぁ部隊じゃなくても関係ねえけどな」

多少不思議そうな反応をしていたが、やはり薄いものだった。これが彼女の素の状態なのだろう。

「そうですか。二人とも仲良くするのは良いですが、夜の東京は何かと危険ですよ。誰かに見られたりというのもありますし」

「んーまぁ確かにそろそろ危ないかもなぁ」

フジタの忠言を受け入れたゆら。彼女の言葉の奥には何も深い意味はないことを察している。ただ凪の部隊の立場を考えるとこれ以上二人が一緒にいるというのは望ましくなかった。

「うん!行こっか!ゆら」

「行こっかって、アタシ様は逆さ塔に……」

「ずっと友達なんでしょー!!私と一緒の部屋でしょー!!謹慎なんて知ったこっちゃねえやでしょー!!一緒に寝たい!!」

「さっき言ったろ!どんなとこにいても友達だって!一緒の部屋にいなくても友達だからな!」

「やーだー!!」

「あまり大きな声を出さない方がいいですよ」

今度は飛粋が子供のように駄々を捏ね出した。ゆらの体をがっしりと掴んで離さない。体格で有利な飛粋のハグは彼女の腕力と精神面の来るものもあって中々抜け出せない。

「ゆら〜、一緒に寝よう。私寂しかったんだよぉ」

「つか急にどしたんだよ!」

「恐らくは洗脳の影響がまだ残っているのかと。本来ならフィルターを通ししたりする言葉がダイレクトに頭に入ってしまって、それが意思と直結して色々と歯止めが効かなくなっていると思います」

飛粋はどうしても人付き合いの経験が少ないことから人との距離感を間違えてしまうことがある。それでもここまでガツガツしていることはなかった。フジタが言うように洗脳の影響がまだ残っていると思われる。

「影響って……どうすんだよこれ。任務の時こんなだったら隙だらけもいいとこじゃねえか」

「いま対処をすれば大丈夫かと。言ってしまえば酒に酔っている状態みたいなものです。満足させてあげて寝て起きたら『あー、昨日はなんであんなことしたんだろう』って感じで後悔するかもですね」

ゆらが赤面する。しかし抱きしめている飛粋には全く意味を理解できずに?マークを浮かべている。

「つ、つまり……アタシ様に飛粋を満足させろと」

「謹慎とか考えずに今晩一緒にいてあげるのがいいでしょうね。つまりはアレです、良い夜(グッドナイト)を」

「てめぇ!!分かって言ってんだろー!」

「それはもちろん。任せましたよ」

「てめえええ!!」

顔を真っ赤にするゆらと話の内容を全く理解できていない飛粋。そんな二人を見てフジタは心の奥底で楽しんでいた。だがそんな時間は長くは残されていない。すぐに目的地へと歩き始める。

「はぁ……おいフジタ!」

「なんです?」

振り返ると二人が随分と近づいていた。足音はほとんど無かったが気配で気付いたため驚きはしない。

「色々ありがとな!今度任務一緒になったら飛粋と仲良くしてやってくれ!友達になりたいって言ってたから!」

「そうですよ!フジタさんもお友達になりましょう!」

抱き合ったままこちらを見つめる二人。彼女達の人間としてもスパイとしても若く青い部分が残ったそれを見て、一度息を吐いた。

「ええ、その時はよろしくお願いします」

今までの笑みとは違うタイプの笑顔を見せた。僅かに口角を上げて返事をするとあっさりとその場を去る。飛粋とゆらもそれで十分に感じた。

「ふぅー、さてと。飛粋!帰るぞ!」

「うん!私達はずっと一緒だもんね!」

二人は抱き合ったまま寮に戻った。そこが二人の居場所なのだから。




裏切った上に味方殺しまでやりかけた。勢力として弱い凪の部隊にとってこの事件は非常に重くのしかかることになるでしょう。しかしだからと言ってそれで全てが終わりというわけではない。彼女達の可能性はまだ潰えていないのだから。

ゆらと飛粋を見送ったフジタ。別に声をかける必要はなく、道を急いでるならむしら避けるべきではあった。それでも声をかけた事を後悔してはいなかった。
そんな彼女が向かう先にはどんなものが待ち受けているのか

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