私が凪であること   作:キルメド

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四国での捕縛作戦から2日が立った。凪の部隊の4人は逆さ塔に呼び出される。捕縛作戦から発展した次の潜入任務の会議だ。
時間通りに集結するが会議は始まらない。それはまだ始めるに条件が足りていないのだろう。
ヨモギは彼女達以外のもう1人のスパイを待っていた。


第一話:赤髪が報せた結果

任務から2日後。凪の部隊の拠点、逆さ塔では次の作戦会議が開かれた。表向きは黒百合学園の生徒として生活している4人は放課後に召集される。そして警視庁上層部の情報は津守ヨモギを通して与えられる。

「あれ?どうかしましたか?」

いつまでも会議が始まらないことに全員が違和感を覚え始めた。

「全員揃ったら会議を始めるぞ」

「全員?」

ヨモギの言葉に首を傾げた飛粋が辺りを見回すが今この場にはしぶき、葉栖美、ゆら、そして飛粋の4人がいる。他に誰かが来るというのか、思考を巡らせる。

「なぁばあさん。これで全員じゃないのか?」

「まぁ待て。一昨日お前達が捕縛した奴らの元を調べてる奴がいてな。そいつが仕入れた情報まとめて今こっちに向かってんだ」

一昨日の山小屋での捕縛作戦。あくまで二つの組織による密売交渉と思われたがその情報が明かされて事態は思わぬ方向に展開したという。

「なるほど。でも直接情報持ってくる必要はなくない?この逆さ塔って一応国の秘密なんでしょ?」

「少なからずただの情報屋じゃねえさ」

ヨモギは腕を組み不敵に笑う。その仕草がこれからやってくる人物への期待を膨らませる。そして期待がオーバーヒートしてゆらを立ち上がらせる。

「ふっふっふ!読めたぜばあさん!そいつはズバリ凪の新メンバーだな!いやぁ、アタシ様もようやくペーペー卒業か」

「え?本当に?やったー!素敵なお友達がまた増え」

「んなわけねぇだろ!」

「あらぁ!?」

釣られて立ち上がった飛粋ごと転けさせた。しかし凪の部隊に入隊することはないが国家機密そのものである凪の部隊と関わるのだ、並の存在ではない。

「ここに招き入れるということは警視庁の影で動く者の中にもヨモギさんが目をかけていた者がいるのじゃな」

「まぁそんなところだ。俺の指揮下に入ってない上にどこの部隊にも正式に属してないらしいがな。一昨日あそこで取引が行われるという情報を提供したのもそいつだ」

胡座をかいたしぶきが冷静に推理する。凪の部隊はあくまでヨモギの指揮下にあるスパイで警視庁内には別で本来の諜報部隊も存在する。決まった所属をしていないが、その情報は確かで信頼に値するとのこと。

「なるほど。そろそろ入ってくるかと思ったのじゃがな!」

「え?いるんですか?」

しぶきが腕を組みながら声を張り上げる。自然と飛粋達も入り口の方を向いた。ガチャリと音を立ててドアが開かれ件の人物が入ってきた。

「失礼します」

赤髪のショートヘアーが特徴的で身長は葉栖美やゆらより高く飛粋よりは低い。他に外見的な特徴といえば度が入った眼鏡と少々季節外れな黒い革のコート。年齢は20代前半ほどの若さだ。

「しぶきちは何分前から気付いてた?」

「大体5分前じゃ」

「へー、アタシ様は15分前」

しぶきに対抗してゆらは維持を張った。

「わたくしが来たのは8分と40秒前なのですが……」

「まぁスパイは嘘をつくもんだからな!」

「開き直っちゃった!」

彼女の言葉にも柔軟に対応する。その様子を見て新たに作られた凪の部隊がどういった物なのかを把握しようとした。

「これが調べたデータです。時間がかかり申し訳ありません」

「なぁに、昼も夕方もそんなに変わんねえよ。それより自己紹介でもしていけよ。今回の任務に一枚噛んでるんだろ?」

「そうですねぇ。ただのバックアップですが、これも何かの縁か」

コートの女はこちらに向き直る。手渡された茶封筒に入っていたデジタルチップの中身に目を通しながらヨモギはメンバーの方を指差した。4人全員の視線が赤毛の彼女に集中している。

「わたくしは『フジタ』と申します。所属はまぁ『警視庁』ということになりますかね」

「警視庁所属か。止まる木がないのか?」

「いえ、これがわたくしのやり方です。一応今は『山風』という部隊に協力してます。あえてどこにも所属せず、情報が入ればその場に合わせて出場できるように」

「なるほど、便利屋みたいな感じだね」

フジタは警視庁内の色々な課を行き来しつつ情報の収集と共有そして掲示をしている。そのため特定の所属という意味では「警視庁」というのが1番しっくりするだろう。

「随分と軽い腰なんだなお前」

「否定はしません。身軽な方がやりやすいので」

任務や指示には忠実ではあるが、定まった範囲でしか動かないことを彼女は嫌った。選り好みはしないがその点だけは拘った。軽く流されたゆらはニヤリと笑う。

「それでは始めさせていただきます。2日前凪の部隊が捕らえた人物達、そして今回の大元を調べました」

4人の持った電子パッドにデータが送られる。そしてスクリーンに映されたのは昨日の任務のターゲット達だった。特に交渉していた2人は大きく映されている。

「この2人が取引をしていたのはその殆どが武器や兵器に関するものでした。片方は国内にその武器の取引を持ちかける所謂仲介役の『シラサギ』と呼ばれるグループで、もう一つはそこに密輸した武器を売る『リグ』と裏業界で呼ばれるグループです」

フジタが並べる情報を見る限りただの武器の密輸交渉現場でしかない。そこから先ほど言っていた大元という言葉を考えると、更に黒幕がいる事が考えられる。

リグに関しては捕らえた者が末端の交渉人でしかなくそこから更に情報を探るのは難しい。一方シラサギの方は幹部格がわざわざ乗り出して交渉をしていたらしい。

「この事から考えてシラサギは既に別の交渉相手のことを見据えていたと思われます。この取引を確実に成功させればその次で多大な利益が得られるという確証があった。今画面にあるのはこの半年でシラサギが接触したとされる組織の情報です」

画面が進み企業名の一覧が映された。その数は20はあり、どれも規模も動く金額も大きな交渉ばかりだった。

「ちと待てい!お主がなぜこの情報を得ている?シラサギがここまでの情報漏洩をするとは思えん」

しぶきが指摘するようにシラサギは日本国内で武器を転売する仲介グループ。交渉した相手の情報こそが1番の信用であり守らなければならないものであるはずだ。それがこうもあっさりと目の前に並んでいる。

「取ってきました。貴女がた凪の部隊が拘束作戦を終えた少し後で。捕らえられた者がシラサギの幹部だと発覚してすぐに必要になると思いまして」

「ってことは、フジタさんもしかしてとんでもないスパイ!?」

「はい。警視庁にいる前から」

飛粋の今更すぎる指摘にもフジタは微笑んで対応した。

「じゃあこの二つの組織が取引するって情報はどうやったんですか?」

「以前に別の任務でシラサギの事を追いかけたことがありましたね。その時から多少張り込むポイントを押さえていまして、それがやっと実を結んだ形ですね。これまで取引の情報が漏れる事はなかったんですが、今回は組織内で大きく急速に動いていたのである程度の動向を掴めたのが幸いです」

強い興味を持った飛粋に対して丁寧に説明する。普段情報を漏らさない組織がそこまで動くこと、この件の重要性の現れである。そして彼女が自らの手で入手し厳選した情報に改めて目を通す。

「特に大きな金額が動いているのは5つか。億単位のもいくつかあるけど、この中で単純に1番怪しいのはっと」

ちょうど4ヶ月前、3ヶ月前、2ヶ月前、1ヶ月前、半年前とここ数ヶ月間はコンスタントに大きな交渉を抱えていたシラサギの記録から今回の交渉品の買い手を探す。

「時期が近いのは半月前の『GETOO』とか1ヶ月前の『ディープ』ってグループ怪しくないですか?」

「いえ、シラサギが交渉をまとめて武器を提供するのにかかる期間はおよそ一月ほどと言われています。武器の物取りを2日以内に終わらせることを考えればその線は薄いかと」

「なんだ?随分と遅いなぁ。大八洲なら遅くても一週間だぞ」

「それはお主らのところがおかしいんじゃ!この戦闘民族が!」

大八洲の名前を聞いてもそれにツッコミを入れるしぶきの言葉にもフジタは動じていない。どうやら彼女の手元には凪の部隊の細かな情報すらあるようだ。

「でも優先度ってのもあるんじゃない?GETOOとの交渉金額は暫定で6億。同時期の他の取引よりも極めて大きな金額が動いているし」

「それにさっきシラサギが大きく急速に動いてこの取引を行ったと言っていた。金のこと考えてこの辺りが妥当なはずじゃ」

「いえ今回は別件で急速に武器を仕入れる必要があったようです。時間は急速に、金額はその面上よりも高く」

そう言った意味でもこの交渉は相当のイレギュラーだった事が後から判明したとフジタは付け足した。

「1つ臭いのがあるぜ。つい一週間前にな」

一週間前、リストの1番下に記載された名前に目を通す。そこに書かれた『DNMIC』という横文字を見て騒然とする。

「DNMICって確か化粧品の会社だよね?偶然同じ名前とか?それとも偽装?」

「細かく調べたところ間違いなくあのDNMICでした。名前を変えていないのはシラサギへの信頼と契約を互いに優位にしないためでしょう。そしてこの会社が今回の取引の大元です」

スクリーンとパッドにDNMICの会社情報が映し出された。商品やサービス事業はもちろんのこと、社内の雰囲気や噂と10年間の社歴が載っていた。

「ここ10年間で躍進した新手の化粧品メーカーとして有名。昨年の収益は国内企業二位。最近は新たな化粧品や香水を売り出しただけでなく、自社製品を用いたセラピーサービスも始める。地域の活性化のために自社周りの産業に投資をしている。そしてその方向に大々的に転身するようになったのは3ヶ月前、と」

「3ヶ月前にちょうど現社長が就任しておる。転身はこの新社長の思惑じゃろうな」

社歴の3ヶ月前のところに代表取締役の変更が起きている。前社長は病状の悪化により一線を引きその代わりに予里水可という男が就任している。

「よさとみずよし〜?」

「中々ない読み方と苗字だよね」

名前を読んでゆらは首を捻った。飛粋もその名前が目につく。

「予里は30歳の若さで社長まで上り詰めたのですが、調べたところ表立った経歴が入社した1年前までしかないんです。それ以前は完全に闇の中で学歴もフェイク。普通ではありえない出世をしています。起業者や前社長との血縁関係もありません」

予里の異例の出世。同時にもう一つの違和感を覚えさせる資料も付いていた。

「社内での社長に対する不満がほとんどないってのはおかしな話だね。これだけの方向転換はこんな短い期間で不満がなくなるとは思えないんだけど」

とあるネット記事の取材での情報だ。ちょうど予里の就任から1ヶ月経った時のものだが、社内で方針転換に不満を訴える社員ものはほとんどいなかったという。会社としては大きく事業を拡大展開させたのだから方針としては間違ってなかったのだろう。

「経歴が不明瞭な若い社長を相手にという条件を加えると更にですね。ネット記事だからそういう風に風当たり良く書いたとか?」

「いえ、その記事を書いた記者に証言を取りましたが『ただリアリテイを出すために不満な意見を持っている人間がさもいるかのように書いた』だそうです。心音も正常でしたし、賄賂をチラつかせて喋らせたので嘘ではないかと」

予想とは逆の答え。会社に媚を売るために無理やり不平不満を訴える声を減らしたのではなくむしろ増やしていたのだ。

やはりこの会社は怪しかった。新社長と方向転換、それに対する不満がひと月で消滅させた。そしてシラサギに接触した記録も残っている。ほぼ黒で間違いない。

「そしてこの社長を調べるのに難儀したんですよ。なにせ警視庁にある情報を片っ端からひっくり返しましたから」

「ああ、そういうことか。アタシ様分かっちゃったわ」

ゆらの何かを思いついた様に手を叩く。それは予里が彼女の記憶の中に引っかかるある人物とリンクしたからだ。

「こいつ大八洲にいた時見たわ。若い衆の中でもそれなりにいい腕してた。たしか『ヨリ』とか言われてたな」

予里という苗字はそこから発想を得た偽名だろう。この会社には大八洲の関与があることが浮上する。

「一体何をして何の目的でこの地位を得たのかは不明ですが、少なくともこのDNMICが危険なのは間違いないでしょう」

「名の売れた大八洲関係の者となればシラサギが急ぎ対応する可能性も大いにある、というわけじゃな」

この取引の裏にあったDNMICが大八洲の足がかりとなることもあり得る。何よりこれ程までに拡大している会社のトップが予里の様な人間に変わり、それと同時に方針も変わった。見過ごすわけにはいかない。

「なるほどな。上からの指令も納得だ。まずは山風部隊がDNMICの細かな調査を行う。近いうちに凪が潜入しセキュリティの無力化、最後は山風が突入して完全に制圧する」

山風部隊とは警視庁が持つ機動隊の中にある部隊の一つ「山風」のことである。ターゲットの規模が大きいこともあり凪の部隊での単独ではなく共同ミッションを出された。

しかしあくまで分野を分けており互いに協力するわけではなく役割分担に近い。

「とはいえ凪の部隊にも調査には参加していただきたい、というのが山風の意見です。例えばDNMIC社が製作している化粧品の購入とかなら年頃の女の子ですしバレにくいでしょう」

「なるほど!私達は現役高校生だもんね!なんかこういう協力関係って良いですよね!」

「いや、そうはいかねぇ!」

普段刀を振るい物を斬るように、飛粋の言葉をゆらは真っ二つにした。しぶきと葉栖美も同意見だと頷く。

「な、なんで!?なんでみんな乗り気じゃないんですか?フジタさんは同じ警視庁の人でヨモギさんも信用してるんですよ!」

完全に意見が孤立してしまった飛粋はしきりに喚いていた。フジタが自分を見て憮然とした表情をしているとも知らずに。

「あのねぇ飛粋ちゃん。あの人はあくまで共同戦線と言ったんだよ〜。そこまでの協力はする必要ないの」

「それに貴様らの要求を全て呑み協力するということは、我々が貴様らの思惑通りに動かされることに他ならん。ヨモギさんがかつて言ったであろう、凪の部隊は警視庁の下で動く独立した存在じゃと」

警視庁の中に存在するが、その立場は上下という概念がない。他部隊の協力をあっさりと受け入れてしまってはそれが破綻してしまう。

「まぁそういうことだ。俺達をただ従わせることは不可能、やるんなら直接てめえが来やがれ!そう山風のメンツに伝えてくるんだな」

トドメを刺すようなヨモギの言葉。最初は憮然とした表情だったフジタだったが徐々に口角が上がる。凪の部隊は立場としても自分とは似て非なる存在、それを確信した。

「かしこまりました。では調査は我々が行い、調査結果は逐一報告させていただきます。次にわたくしがここに来るのは潜入任務をいつ実行するかが決まった際に、ですかね。一週間以内には必ず」

フジタは余裕の態度を崩さなかった。彼女達の意思の強さの現れである鋭い視線をむしろ快く受け止める。

「なぁお前。本当にどこにも所属しないのか?アタシ様はお前みたいな奴が凪に入ってもいいと思うんだけど」

「それは俺の方から無理だと言っておく。腕は確かなんだがな」

ゆらのヘッドハンティングにも近い言葉をヨモギが跳ね返した。フジタの過去が凪の部隊に入れない理由だという。それがどういった事情なのか詳しくは明かさなかった。

「もし潜入の際に必要な情報があるならわたくしに言ってくだされば集めておきます」

報告を終えた後にメガネをクイっと上げて見せる笑顔は営業マンのようだった。まるで自分の能力を買わせようとするかの様な。

「では。本日は失礼しました」

「おう、気ぃつけてな〜」

そのまま退室する。表面上は笑顔だったがその奥に何があるのかを読み取らせない辺りは流石スパイと言ったところ。

「警視庁ってあんなのもいるんだなぁ」

「あれは稀なケースだ。こんな規律を重んじる組織の中で独立で動く存在なんてどこからも嫌われるものだからな」

事実、人として腹の底を読みにくく疑念の目を向けてしまう。スパイとしてはそれが良いのだろうが、その場合動きにくくもなる。

「やりやすいとか言ってたけど、どこにでも近づいて情報吸われちゃうんだからそりゃあんまりいい感じしないよね」

「奴の信念がどこにあるか次第じゃな。しぶきの様な正義を貫く者であれば良いのじゃが」

最初こそ飛粋は誰とでも仲良くなれるとそのスタンスに好感を持っていたが、その中身は誰に近寄っても誰にも根底にある意思を見せないことだと気付き戦慄する。

「じゃあ私達も仲良くなれないのかな?年も近いと思ったんだけど」

仲良くなる、ある意味でスパイとは無縁の言葉だろう。ギリギリまで近付き危険を回避することがスパイに最も求められるスキルなのだ。仲良くなるというのは、場合によっては危険に触れかねない。

「まぁそこは分かんねえよ。『仲良くなれるか』じゃなくて『互いに仲良くなろうとするか』だとアタシ様は思うけど」

「じゃあ仲良くなろうとすればいいんだね!」

「まぁそういう事でいっか」

ゆらと葉栖美が話を合わせ適当な落とし所にして話題を切る。今考えるべきことはDNMICがどれほどの組織と繋がりどれだけの悪行を働いているかだ。

「何はともあれ悪は許さん。我々凪の部隊がやる事は正義の執行のみ、そうじゃろう?ヨモギさん」

「ああ。だが今回ばかりは気を引き締めて行かねえと、やべえ事になるぞ」

フジタから渡された情報を見つめながらヨモギが顔のシワを濃くするとしぶきもまた緊張感を強めた。




フジタはオリジナルキャラクターです。警視庁の中で単独で動き回る存在として書きました。
ちなみに凪の部隊では「捕縛作戦」とされていますが、山風部隊では「拘束作戦」とされています。これは部隊が違うことによる名称の差です。大した意味はありませんが識別信号のようなものです。

フジタの持ってきた情報から新たにターゲットを定める凪の部隊。果たしてどのような巨悪が彼女達を待っているのか

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