私が凪であること   作:キルメド

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フジタの報告から二日が経った。徐々に判明するDNMICの悪事に怒りを募らせるしぶき。必要な情報が集まり明日には潜入するという通知が届く。その裏には警視庁上層部に蔓延るスパイに対する認識などが影響していた。
そして、そんな上層部で動くフジタからある言葉が伝えられる。潜入前夜に彼女が伝えたもう一つの情報とは……


第三話:潜入前夜に動く影

フジタの諜報活動により送られる情報は圧倒的な量と質を誇った。あっという間にDNMICとシラサギの明確な繋がりを資料以外に見つけ、またDNMICのビルの設計図や見取り図まで送られてきた。そして組織の動きに関しても明確にされる。

調査の結果、DNMICから販売されている化粧品のいくつかに僅かながら依存症を発生させる効能がある禁止薬物が混入していた。それはあくまで実験に過ぎず、ゆくゆくは濃度か混入させる化粧品の種類を増やすだろうと推測された。

『その薬物を化粧品に混入させる事により無意識の中で依存症を発生させて売り上げを伸ばす目論見かと』

「知らぬ間に薬物に犯されていた体はDNMIC化粧品の事を覚えており、またそれを買ってしまうというわけじゃな。なんという卑劣な」

しぶきが携帯を持っていない手を握りしめるとギリギリと音がなる。正義を重んじるしぶきの怒りの表れでもあった。

シラサギとの兵器取引はそれが発覚した際の、すなわち今この状況になった時に自衛するためだろう。

「明日の夜に作戦決行か」

『はい。どうやらシラサギはDNMICとの取引を組織全体で複数に分けて行っていたようで、以前凪の部隊が捕縛したのはそのうちの一つに過ぎないようです。シラサギの幹部を捕らえられたのは幸運でした』

「なるほど。そこまで大規模になれば情報も漏れるわけじゃな」

フジタから発信された通信を受けたしぶきが状況をまとめる。あの会議から2日で凪の部隊が潜入に当たり必要とする情報をすでに得ており、隊長であるしぶきと司令であるヨモギに通達される。しぶきはちょうど学園の昼休みだった。

「なぜそれが発覚しながら今夜ではない?時間が経てばそれだけ向こうの武装が進行する。迅速に対応するのがセオリーではないのか」

確かに他の取引が行われていたと分かったならすぐに潜入するべきというのは間違いないだろう。いずれは元大八州という肩書きを持つ予里の下に兵が集まる可能性もある。それを何故一日待たせるのか。

『それに関しては山風の都合です。バックアップ及びサポートとして並ぶためにはどうしてもこの一日が必要とのこと』

山風と共同戦線を組むことになったための弊害とも言うべきか。もちろん潜入する凪の部隊を負担を考えれば一日を早めるだけでもまだ違うのだろうが。

「それは任務を確実に遂行するために必要なことか?」

『どうでしょう。わたくしにはその情報がありません』

「ならお主の推測で構わん。伊達に警視庁上層部を転々としているわけではないのじゃろう」

返答する前に小さな笑い声が聞こえた。そして少し間を空ける。決してしぶきをバカにしているわけではない。むしろその声は山風に向けられていたのだろうか。

『上層部の人達にはまだスパイに対する警戒を払拭できていないと思われます。そのために必要以上に実力を見せる必要がある、と判断したと思われます』

「それもまた建前なのじゃろうが、成功させればそれだけの物となるか。ヨモギさんが了承するはずじゃ」

結局しぶきはその内容を受け入れた。任務の危険度は増すが山風が動かないならどうしようもない。下手な事をすると共同戦線を破ったと言われかねない。

『一応わたくしの方からも掛け合っておきます』

「うむ。それの報告を以ってお主の仕事は終わりか?」

『……恐らくは。わたくしは当日の作戦には参加できないでしょう。まぁ最初から諜報活動が主でしたから』

携帯のマイクの向こうから聞こえてくる声色は変わらない。しかしその中にある僅かな機微をしぶきは聞き逃さなかった。

「お主の情報は必ず有効な力となる。凪の部隊の隊長として礼を言おう……まぁ"ご苦労様"というやつじゃな」

思わぬしぶきの言葉に返ってくる言葉はない。僅かな吐息すら漏らさずにしぶきの労いを受け止めた。しぶきが隊長たる所以、その一つに触れる。

「この仕事が終わったら凪の部隊でドッジボールをするのじゃが、お主も来るか?」

『ドッジボールですか。やってみたいところですが、もう先約が入っておりまして』

「そうか、残念じゃ。また協力をすることがあればよろしく頼むぞ、フジタ」

『はい。何かあれば連絡してください。協力させていただきます』

相手の表情は分からない。しかし2人とも互いに笑い合っているのが分かった。2人の中には任務と電波以外の繋がりは何一つないが、それでも十分だった。

程なくしてフジタとの通話が切れた。通話時間は10分に満たないが決して効率的な報告ではなかっただろう。しかしこれもありだと2人は笑った。

 

「作戦の時期を一日早めることなど不可能だ!」

呉田の怒号が室内に響いた。周りにいた人間は呉田と目を合わせない様にデスクに顔を向けている。ただ1人進言をしたフジタだけは堂々と正面に立っている。

「凪の部隊が潜入する事を考えれば武装される前に作戦を遂行するべき、というのが向こうの言い分です」

断られるのは分かっていた。しぶきもフジタもその点においては全く期待していなかった。なのだが一応言葉を通す。

「それだけ凪の部隊の株を上げるチャンスだと言っている。それに大八洲の支部にも潜入したのだろう?だったら何の問題がある」

呉田の言い分は薄っぺらいものだが、それを言い返そうとするには立場と部が悪い。金眼ならなんとか言えるだろうが、下手に金眼に公然と近づきすぎるのはフジタの立場として良くない。

仮に凪の部隊が訓練されたスパイとはいえまだ子供だと進言すれば、余計に舐められることになるだろう。彼女達やヨモギの沽券に関わる。

「とにかく作戦時間早めることができない。隊長としてそれを変えることはできない」

結局金眼の言葉が全てを決定づけた。それ見たことかと得意げな呉田を横目にフジタは持っていたカバンからファイルを取り出した。

「潜入するのは首都郊外にあるDNMIC本社ビルではなく、静岡県東にある商業ビルです。ここがアジト、あるいは武装関係を蓄えている拠点だと判明。まだ本社ビルに武器を運んだ形跡はありません」

「この資料にあるのはなんだ?」

開かれたファイルの最初のページにあったのは潜入する商業ビルの設計図、そして次のページにあったのはシラサギの事を更に細かにまとめたデータだった。

「シラサギを取り押さえる際に重要と思われるポイントをマークしておきました。この任務が終わった後にもそれは使えるかと思いましてまとめておきました」

フジタが調達してきた情報はかなりの信頼度がある。となるとこのデータはシラサギを落とすキーとなるものだろう。

「よくやった。今日でお前との協力関係は終わりだ。明日の作戦には参加できない事を頭に入れておけ」

「やっぱりそうですか」

冷たい金眼の言葉をあっさりとフジタは受け入れた。明日の作戦で山風が行う事は凪の部隊のバックアップと彼女たちが潜入した後の拠点の制圧だ。フジタには出る幕がないという判断をされた。

「さっさと凪に作戦の時間は変えられないと報告してどこにでも行けよ。どうせまた次の仕事があるんだろ?」

呉田からは追い出すような言葉を投げかけられる。金眼も対して何も言わない。どうやらフジタのスパイとしての仕事は終わったようだ。

「そういうわけではありませんが、わたくしはこれ以上介入できないようですね」

いつものように笑いながらフジタは出入り口へと向かう。その場にいる隊員から向けられている目は嫌悪ではない事を確信して、あとは凪の部隊の成功を祈るばかりだ。

「フジタ。お前の情報は有効に利用させてもらう」

「分かりました。では凪の部隊に連絡してきます」

最後まで笑いながらフジタはドアの向こうへと消えた。呉田はその様子を見てフジタがこれ以上何も行動を起こさないと思った。

明日の作戦で何かしようものなら凪の部隊にも責任が及ぶ。それを彼女自身が望みはしないだろう。

「では我々も明日の準備を」

呉田が少し間を開けて出て行ったのは最後までフジタの事を警戒してのことだろう。金眼はそんな彼を尻目にフジタの情報に目を通していた。

(なるほど。意外と自分の考えは通すタイプか)

資料の中にあったある物を見つけて金眼は表情を変えずに笑った。

 

最後の資料を渡し自分が明日の任務に参加しないことを伝えると、フジタはあっさりと凪の部隊の本拠地である逆さ塔を去ろうとした。

「なぁんだ、結局あいつ前線に出ないのか。ただの偵察要員か」

「その偵察が重要なんでしょ。お陰であたし達の情報はほとんど向こうに回ってないと見ていいし、しっかりどうやって潜入するかってプランも立てられるしね」

報告内容は単純なもので時間はかからなかった。ただ報告して立ち去る姿は最初に現れた時とは異なる。

「また機会があれば会いましょう」

それだけ言い残して去っていった。ただ背中を見送る四人だったが、複雑な心境でもあった。特に飛粋はスパイの仲間としてまだ深くまで踏み込めていないことが残念でならなかった。

「やっぱり仲良くなれないのかな?」

「まぁそれはあいつの言う通り機会があったらな。とりあえず今は明日の話だ」

「……うん」

ゆらは意図して飛粋の思いを遮った。これ以上フジタの方を見て欲しくなかった。フジタに対する疑念もあるが、飛粋が他の人物を熱意を持って見ているのが何やら気に食わなかった。

「それじゃしぶきち。あたし達も」

「はっすー、その事じゃが野暮用が入っての。しぶきは少し抜けねばならぬ」

「野暮用……?うん、分かった。じゃあ若いの二人にでも混じっとくね」

具体的には説明しなかったが、それが逆に葉栖美に何かを感じとらせ理解させた。ヨモギもただその様子を見るだけで細かいことを聞きはしなかった。

しぶきが向かうのはもちろん、フジタのところだ。もっとも彼女が行く先は分からないが、ただ後を追いかける。ただスパイとして気付かれないようにではなく堂々と。

逆さ塔を出て東京タワーから離れて、気がつけば大きな公園に来ていた。砂場には子供達が作ったまま放置した砂の山がある。

フジタに特に変わった様子は見られない。ただ敢えて何かあるとすればこんなところを通って何をしたいのか分からないということか。

「まだ着かぬのか?」

痺れを切らしたしぶきが思わず口に出した。足を止め振り返るフジタはまたあの時のような笑顔の表情を貼り付けていた。

「もうすぐですよ。しかし本当に乗ってくれるとは思いませんでした」

「あぁも煽られてはな。何が『正義を貫く意志があるのなら』じゃ。普通の書き方で誘えば良いじゃろうに」

「そうもいかないんですよ。もうわたくしはどちらにも関与できない状態ですから、確実に来てもらわないと困ります」

フジタの顔つきが変わる。それはフジタの心変わりを意味していた。スパイとして与えられた仕事は終わった。ここからは別件、或いは私用と言ったところだろうか。

「なるほど呼び出してきた理由はそれか。まさか凪の隊長と一緒とはな」

フジタが向かっていた方角から体格の良いスーツを着た男が現れた。山風部隊隊長の金眼だ。

「いえいえ、彼女もわたくしが呼んだんですよ。お二人にどうしても伝えなければならないことがありましてね」

「結局、我々はこの女の良いように連れてこられたんじゃよ」

不敵に笑うフジタのことを2人は警戒する。しかしその中に敵対の2文字は見られない。ただ他の隊員に見せられない情報だとすればなんの意味があるのか。

「わたくしは越権行為を犯そうとしているだけですよ。山風部隊の裏切り者を捕縛するというね」

「なに!?」

驚きの声をあげたのは金眼ではなくしぶきの方だった。山風部隊は警視庁上層部の存在なのだ。そこに裏切り者がいるとすれば警察全体に対してあまりに大きな穴となる。

「俺の部隊に?まさか俺を裏切り者としてここで捕縛するのか?」

「いえいえ、金眼さんは白です。白で隊長だから呼んだんですよ。全体を見て指揮する存在だからこそ他の隊員に余計な手を出させないようにできると思いましてね」

普段のフジタが見せていた笑顔に比べて今のフジタの笑顔は明るい。軽いというべきか。

「ただ作戦中または作戦直後の山風部隊の内容を上に報告するとガタガタしちゃうでしょう?混乱を招かずに解決する様に互いに協力してもらおうにも規模が大きすぎます。そこで隊長のお二人にだけ話を通し実行してもらいたいんです」

ただ純粋な笑みが消えた先にあるのは何度も見た不敵な笑みだ。フジタはスパイとしてそこにいることに変わりはない。

「それで尻尾を掴んだ奴はどうする?」

「当然逮捕です。山風部隊に潜入していた者として元の調べはある程度付いているので後は吐いてもらうだけ」

「随分と周到な用意じゃな。まるでその者が最初から潜入していると分かっていたかのような」

「別にそうでも。ただまぁ、山風の皆さんは当たりがキツかったので嫌だなぁとは思いましたけど」

冗談なのか本音なのか分かりにくいがフジタは笑っていた。

「では詳しい話を始めましょうか」

フジタは今回の捜査で判明したスパイの名前を挙げた。そしてその人物を捕らえるための作戦を説明する。これはしぶきの金眼にしか明かさず、だからこそ機能する作戦でもあった。

「だが、お前の作戦はともかくその情報は確かなものなのか?」

「一応それを証明するためにも今まで頑張って来たんですが」

「情報鑑定なら我々も行おう。元々持ち帰ったらやろうと思っていたところじゃ」

「あはは、わたくし全然信用されてませんね」

否、信用されているからこそ疑う。その力の矛先が自分に向いていないということを証明するために。

「では情報鑑定は凪の部隊に任せよう。これでやっと協力関係か?」

「まぁそういうことじゃな」

金眼が差し出した右手にしぶきは応える。互いに力を入れ過ぎずに握手をした。隊員達は誰も見ていない協力の儀式だ。

「ではわたくしはこれで。明日作戦に参加できませんので」

「遠巻きにか。お主も難儀な立ち位置じゃな」

誰にも信用されず……しかしその信用を売るために確かな情報を得るために、身を危険に晒す。同情されてもフジタは笑顔を崩さなかった。スパイとはそういうものだからと。

そのまま2人を置いて去っていった。明日、いや今から彼女が何もしないわけではない。そんなスパイが消えてから2人は一度息を吐いた。

「まったく面倒な奴が上層部にはいたもんだ」

「全くその通りじゃ」

ヘラヘラと笑いその内面を隠す若い女性を相手に2人は少し疲れていた。しかしその女から渡された情報が2人の緊張感を高めさせる。

「では情報鑑定を頼む。凪の部隊隊長、薩摩しぶき殿」

「任せてくれ。山風部隊隊長、金眼新殿」

2人は再び握手を交わした。やることは完全に分別されているがその握手が互いの無事を祈ることも成功を願うことも意味していたのだ。




一応山風部隊は大体の人がまともな人達で構成されています。金眼隊長含めて悪人ではありません。だからこそ先遣部隊として凪の部隊を選んだというのもあります。
一応山風部隊のメリットとしては、情報収集と潜入による直前調査を他にやらせる事で自分達へのリスクが減ります。その功績がスパイ達の信頼にも繋がるという事にはなっています。

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