私が凪であること   作:キルメド

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ビルの中、三方に分かれた凪の部隊。下の階層にいる隊員は各階でシラサギから輸入された武装が大量に発見される。しかしビル内はもぬけの殻、自分達しかいない空間に不穏な違和感を覚えていた。
一方、五階に上がった不動は無事セキュリティルームに到達。しかしそこで待ち構えていたのは今回の任務のターゲット『予里水可』だった。


第五話:急変する壇上

スーツの若い男はゆっくりと近づく。不動が戦闘態勢に入っているにもかかわらず、不動のことを見つめながら。

「そのスーツが凪の潜入服ってわけか。警視庁ってのもやるもんだなぁ」

(私が凪の部隊だと分かってる。まさか相手のトップが気付いてるなんて)

不動に近づくこの男こそ、DNMICの新社長「予里水可」だ。今回のターゲットとも言える。

(見つかったからには私の手で捕縛するしかない)

すでに鉄線を伸ばす準備はできていた。あとは近づく予里の隙を突くだけ。

「まぁこの階のセキュリティダウンくらいならしてあげよう」

しかし予里はあっさりと目線を別の場所に移した。体ごと向きを変えて部屋の壁際にある装置へと向かう。液晶画面にはこの建物の見取り図の様なものが映されていた。

「それに触るな!」

「いいじゃないか。セキュリティを解除するだけだ」

不動の言葉はまるっきり無視された。背中越しに見える画面には最上階のセキュリティロックを解除するという文字がある。

(違う!これは本当にセキュリティを解除してるわけじゃない!余裕ぶってるけど、全部ブラフのはず)

予里の言葉とその文を鵜呑みにするわけにはいかない。スパイとして疑う姿勢を貫いた。予里が背中を向けた瞬間に力を込めた。

「ハァ!!」

不動が右腕を振ると同時に鉄線が伸びる。それはシステムを動かしていた予里の右腕を搦め捕った。

「どわっと!」

「触るなって言ったでしょ!」

そのまま引っ張り体を反らせると、一気に近づき背中に潜り込んだ。そして背負う様な形で持ち上げ地面に叩きつける。

「ぐおぉ……!」

「大人しくしてなさい」

うつ伏せに倒れた予里の両腕と足を鉄線で拘束した。こうなれば簡単には抜けられない。

予里から目を離しても触覚と聴覚を意識しつつ、不動はセキュリティボードに向かった。

「いったたた。流石警視庁のスパイ、若くても実力は折り紙付きか」

背後でブツブツと呻く予里に気をやりながらセキュリティロックの解除を進めようとした。

すると

(さっきの画面だ。予里は本当にセキュリティを解除してた)

何故かは分からないが、予里の先ほどの言動も行動は真実だった。不動が振り返ると予里はまだ痛みに苦しんでいるという表情をしていた。

(セキュリティは解除した……予里も確保した。後は他のメンバーと連絡を取って、山風に連絡して制圧するだけ)

思いのほか計画は順調に進んだ。間違いなく想定外なものも含めて。その想定外が思考の隅で存在感を放つ。

「いやぁ凄いもんだね。君達が自分の下にいればと思うよ」

「私達は正義を執行するだけ」

「ならこっちにいてもいいじゃないか」

予里は笑いながら即言葉を返した。不動はその笑みに不気味さを覚える。それが思考をさらに加速させた。

「君達は警察なんかに良いように使われるよりももっと自由に安全にいるべきなんだ。単独での潜入なんかではなく確実なバックアップを、スパイの力を認められた所にいないと」

「私達は認められてます!」

思わず声を荒らげてしまった。脳裏に自分をスカウトし鍛えてくれたヨモギの姿がちらつく。その人を馬鹿にされているような気がした。

「誰に?警視総監にかい?どうせ自分の直属の上司くらいだろ?警察ってのはそういうもんさ」

予里の言葉を聞きながらなんとか思考を落ち着かせようとする。しかし冷静になると今度は予里の言葉が間違っていないように感じた。

「部隊として置かれたのは扱いやすくするためと君達の上司を抑えやすくするため……それとその気になればいつでも解体処分出来るようにするためかな。奴らからしたらスパイなんて情報を貪る虫みたいな扱いさ」

その言葉には覚えがある。凪の部隊ではなく単独で活動しているフジタの扱いはまさにそれだ。山風部隊を始めとした警視庁トップとは決して良い印象を持たれていないということも聞いた。

「最後には、君らはまとめて処分される。不幸な事故になるか、或いは無理難題を突きつけられ若い体を酷使し続けるか。きっと凪の部隊はこれから他の都合で振り回され危険な潜入をやらされるだろうね」

「うるさい!!」

「いっづ!!あだだ!」

耳から入ってくる言葉で嫌な物を想像してしまった。思わずその言葉を続けさせないように鉄線を強く引く。すると両腕両足を締め上げられた予里からまた痛みの声が上がる。

(いけない!確保しなくちゃいけないんだった!)

ハッとなって鉄線を緩める。下手に力を入れると手足を切断してしまう。怒りに任せてそこまでやってしまうと人として戻れなくなる。

「ヒィ、ヒィ」

予里が必死に呼吸を整え体を揺らすと彼の手から何かが転げ落ちた。小さなそれは光り輝き、地面に接触する度にキンキンと高い音を立てた。

(何か握ってた!?回収しないと!)

大きさからして爆弾ではない。その光沢は磨かれた石、或いは宝石の様なものだった。まるで吸い寄せられる様に手に取った。

「すごく……綺麗」

目が離せなくなった。背中越しに届くモニターの光を内部で乱反射させてその紫の輝きを増している。

光が脳を侵食する。これに限っては比喩表現でもなんでもない。全身から力が抜けた気がした。

「あれ?いま一瞬」

「あぁ、気にしないでくれ。それよりさっきの話の続きと行こう。君たちはこのまま良い様に使われるだけの存在で良いのか」

「!? どうやって鉄線を!」

予里は目の前で立っている。先ほどまで鉄線で拘束されていたが、飛粋が光に目を奪われて力を抜いて拘束を解いていた。

「どうやっても何も、交渉中に這い蹲っているのは失礼だろう?だから外してもらったんじゃないか」

「……確かにそうかも。私たちは本当にいつかは捨てられるの?」

何の違和感も覚えずに飛粋は交渉を始めた。彼女の中では交渉に戻ったという認識になっている。

「警視庁は私達を利用してるだけなの?あの人達が掲げてた……隊長達が信じてた正義って嘘なの?」

「真実を受け入れられないかもしれないが、まずは落ち着くことだ」

慌てる飛粋を諭す予里。彼女の中に真実と称した虚実を刷り込む。

「凪の部隊の話を聞いた時に疑問に思ったんだ。君達の様な少女が何故警視庁でスパイをやっているのか、と。君達は自分の意思でスパイになったのだろうか、とね。そしてスパイという立場でこんな危険な任務を与えられている事を望んでいたと」

「それは……この国のためになるからと。こんな私が日本のため力になれるとある人が教えてくれたから。私はその教えに従ってるだけ」

「では、その危険に飛び込み死ぬことは自分の意思となるな。人によってはこの建物内の武装で君達を潰しにかかったかもしれない。さっきだって君を撃つことは簡単にできた。君達は既に命を失ったも同然だ」

「そんな」

確かにセキュリティルームの奥に部屋がある事を不動は知らなかった。危うく殺されるところを彼がそうしなかったという事実を誘導されながら作り上げる。もはや完全に敵対するという意思はなかった。

「こちらに付けば君達を守れる。もっと安全に、より有効に、傷つくこともなく」

「それは……素敵な提案」

予里の提案に飛粋は歓喜していた。それが偽りの言葉とも偽りの感情とも気付かずに。

 

「なるほど。この建物、そこら中武装塗れか」

4階までの探索を終えたところでゆら達の元に軍荼利が合流した。

「ねぇ軍荼利。ほんとに一階に誰もいなかったの?」

「あぁ。妙なことにこの建物にあるのは兵器のみ。もぬけの殻じゃ」

本来ならその武装を扱うための兵士がいるはずなのだが、このビルには誰もいなかった。仮に警備システムで発見されたとしてもそれに対応する者がいないということになる。

「不動からの通信はねえし。やっぱ突入した方がいいんじゃねえか?」

「それも手じゃな。あと5分待ってセキュリティ解除の気配と通信がなければ上がる」

軍荼利は冷静に対策を練った。不動のことを重んじると同時に最悪の展開だけは回避しなければならない。

「もう一度こっちから発信するわ。おい不動!聞こえるか!」

「許可を待たんか!」

『はい。聞こえるよ、愛染』

「うおお!通じてるってことはセキュリティ落としたか」

通信機からは期待していなかった不動の返事が聞こえた。愛染も声が少し大きくなるが、それは彼女の心配の表れでもある。

『うん。セキュリティを停止させたけど、セキュリティルームの奥に部屋があって突入したいんだ。隊長達も含めて4人全員で突入しましょう。5階には通風孔以外だと非常用エレベーターでしか繋がってないみたいで』

「待て不動、それは我々ではなく山風が」

『今しかないんです。突入されるとそのまま逃げられるかもしれないので、私達で捕縛するしか』

言葉を被せられた。確かに山風が突入して5階に登っている間に逃げられる可能性がある。ビルの上から突入しようにも隠し部屋があったのだから隠し経路がある可能性も否めない。

『待っています。向こうに動きがあるかもしれないので、私は見張りを続けます』

不動の方から一方的に通信を切られた。それは暗に3人に早急な選択を迫っていることになる。

「不動の言う通りかもなぁ。どうする隊長?」

軍荼利にはセキュリティルームの奥にある部屋が何か分かる。だが不用意に飛び込むわけにはいかない。

「この機を逃す手はない……というわけか。どちらにせよ一旦不動と合流せねばならんしなぁ」

「ま、その辺のこともあるし行くしかないでしょ隊長」

不動の案に乗ることにした。全員が頷き見取り図を開き、最新の注意を払って非常用エレベーターに乗り込む。

(エレベーター内にカメラはないか)

それだけを確認すると孔雀は縦に並ぶボタンの前に立った。すぐに5Fのボタンを押そうとする愛染の手を遮る。ドアが閉まってからしばらくエレベーターは停止したままだった。

「なんだよ!早く行かなきゃだろ」

「まずは落ち着け」

「ゴフッ!」

返答は横に立つ軍荼利から帰ってきた。同時に腰に重い衝撃が走る。

「さっきの不動の通信、どう思った?」

「いつつぅ、別に大したことはなかったんじゃね?ちょっと焦ってる気もしたけど」

「フジタの資料を思い出せ!」

フジタが事前に持ってきた資料の中には奇妙な社内アンケートがあった。所詮はネットニュースの記事の社内アンケートに過ぎないが、彼女が話した記者の発言が本当だとするならばどうやって急転換する社内を黙らせたのか。

「マインドコントロール……洗脳か」

「大八洲にいたお前ならその可能性を見出せると思ったが、どうだ?」

「どうだって……でも考えられる。集団心理の洗脳と個別での催眠洗脳は違うが飛粋の単純さならもしかしたら」

その正体が浮かび上がるまでは行かなかったが、確証を得るよりも不確実でも向かうしかない。

「言う通りに行ってなんかあったらどうするかって話よ。そもそもセキュリティルームの奥に部屋なんて見取り図にないしね」

確かに不自然な部分はある。この見取り図はフジタが持ってきた物でその信頼性は確か、だが不動の話と食い違う。何よりこの誰もいないビルが不安を煽った。

「行くしかない。もし不動に何かあったら尚更行かないわけにはな。いざという時には山風部隊もいる」

軍荼利の言葉で2人も意を決する。不動の言葉が罠だったとしても彼女を救えるのは同じ凪の部隊である自分達だけなのだ。

「行くぞ!」

5階のボタンを押すと衝撃と共にエレベーターが上昇する。胸の内にある不安よりも不動に再開する期待を高まらせた。その期待が上がりきる前にエレベーターは停止する。5階に到着した。

「敵はいねえな。手榴弾くらい投げ込まれるのは覚悟してたんだが」

「冗談でもそういうの言わない」

「出るぞ」

エレベーターの周りに罠らしき物はなく、長く伸びる廊下に人影はない。通信を開くと今まで耳をついていたノイズがだいぶ消えていた。

「不動、応答しろ」

しかし不動からの返事はない。無人の廊下しかこの場に情報はなかった。全員廊下に出て辺りを警戒する。

『こちら不動。エレベーターから右手の方にいます』

「返事が遅い」

ようやく不動からの言葉が返ってきた。全員が言われた方向に進んだ。先にあるのはセキュリティルームのみ、おそらくはそこに不動がいると思い3人とも足を急がせた。

『そこでストップ!』

唐突に耳に入った不動の声で全員の足が止まる。鍛え上げられた瞬発力が発揮される。そして次の瞬間に視界の端から光が走った。

「伏せて!」

「いや伏せるな!上からも来る!」

天井からも光が走り糸が伸びる。そして横から伸びた糸は顔に触れることなく壁に突き刺さる。知らぬ間に後ろにも糸が伸びていた。一つ一つが鉄製で触れれば皮膚に食い込み血を流させる。

「これは、まさかとは思ったけど」

「そのまさか…じゃな」

天井から余裕綽々と言った顔で不動が降りてくる。これほど見事に罠を張り巡らせられるのはやはり彼女しかいない。思えば前方後方以外塞がっている狭い廊下は彼女の独壇場かもしれない。

「おい!何のつもり」

「動かないで!動いたら切れるよ!」

不動が指一本動かすだけで糸の間隔が狭まる。下手に勢いを乗せれば切断さえ容易いだろう。流石の愛染も前に出ようとする体を制した。

「不動、何があったかは聞かん。じゃが何が目的か答えよ。これは隊長命令じゃ」

「はい。私は私が思う正義のためにみんなを拘束します。そしてみんなで警視庁を裏切りましょう!」

普段の彼女から決して出るはずもない言葉に全員が息を飲んだ。




催眠の最も簡単な方法は心理の隙につけ込むこととされています。ある感覚を一つのことに集中させることで他の感覚で暗示をかけるなどが一例として挙げられます。
また他にも一つの感覚に強い衝撃を与えて精神の抵抗力を一時的に失わせるという方法もあります。無抵抗になると跳ね除ける前に受け入れてしまう。フィルターを取り払われた状態といった感じでしょう


予里の手により寝返ってしまった不動こと宗近飛粋。絶体絶命の状態に追いやられた三人はどう切り抜けるのか!

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