私が凪であること   作:キルメド

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飛粋に誘われるままに五階に進んだ凪の部隊。しかしセキュリティルームの前で飛粋が罠を張って待ち構えていた。鉄線を張り巡らされ動きを封じられた三人を前に、飛粋は予里の下に着くことを提案する。


第六話:飛粋はやっぱり

飛粋のテンションの高さや普段なら絶対似合わない言葉から、全員が彼女の洗脳を疑った。

「不動。少しだけ大人しくしていてね」

「ダメですよ。抵抗は許しません。何もせずに捕まってください」

普段から見せる笑顔で不動が指を動かすと鉄線の間隔が更に狭まる。身動きをする事すら許されない。

「大人しくするのはみんなの方です。もう傷つかなくなるために、危険じゃなくなるために」

不動の表情が険しくなる。どうやら彼女はその上書きされた信念のためだけに行動しているようだ。

「私はみんなを守りたいんです!みんなとずっと一緒にいたいんです!だから私は、こっちに裏切ることにしました」

「不動……お主は騙されておる。目を覚ませ!」

「目を覚ますのは隊長の方です!このまま私たちが、凪の部隊がどうなってしまうかを考えてください!そうしたらこっちの方が良いに決まってるんです!」

正気を失っているわけではない。しかし飛粋の言葉は正義とは決して一致しない。それだけに彼女に対して説得を試みる。

「そんなことしたら、あの人に怒られるわよ!あの人が何のためにあなたをスカウトしたと思ってるの!」

「知らない!そんなこと知らない!私にとってヨモギさんの言ってることは正義なんかじゃなかった!」

段々と聞く耳を持たなくなる。まるでアクセルをかけ続けてどんどん加速しているように、飛粋の感情は暴走を続ける。

「こんなことしていてもボロボロにされて捨てられるだけ!誰も私達を助けてくれないで誰もいない場所に追いやって消す!」

肌に触れるギリギリのところで飛粋の声を受けて揺れる鉄線。強引に抜け出そうとすれば傷はおろか四肢が切断されるだろう。

「だから、これはみんなのためなんです。みんなで一緒に警視庁なんて抜けてこっちに」

「いい加減にしろ!」

軍荼利が拳をギリギリと握り込むと、膨れ上がった筋肉がまた鉄線に触れてスーツの袖と皮膚が切れてわずかに流血する。

「動かないでください!」

しぶきの動きを感知した飛粋の緊張感が更に増す。首元にある鉄線が近づき身動きを取れなくなる。

しかしその反応が弱点を晒すことになった。

「へへ。おかしくなっても、飛粋は飛粋だな」

愛染はその様子を見て笑った。ただそれは相手を見てニヤリと笑うのではなく、彼女を見ていつもの様に満面の笑みを見せる。

その笑顔は凪の部隊のスパイ『愛染』としての物ではなく、一人の女『乱獅子ゆら』としての物だった。

「何を言ってるの?」

「こういう事だよ!!」

ゆらは腰の刀を抜こうと動く。当然可動域には鉄線が網の様に何本も重ねてあり、その一本一本が抵抗しようとする体を切り裂く。

「動かないでって言ってるでしょ!」

「いっづづづづ!」

無理に刀に伸ばそうとした腕を、僅かに開いた足を、捻った体を傷つけてゆく。その跡である赤い線の下からは血が流れ出す。おまけに飛粋はそんな反応をするゆらに更に鉄線を飛ばし、あっという間にゆらの両腕に絡みついた。

「どう!痛いでしょ!ゆらちゃんはもう痛いの我慢しなくてよくなるんだよ!だから今は大人しくして!」

「ぎぃぃ!!我慢しなくてよくなるかぁ……じゃあまだまだ我慢しないとなぁ!」

拘束された腕を無理やり動かすと何かが裂ける様な音と痛烈な刺激が身体中を駆け巡る。そしてゆらは動くことをやめなかった。着ているスーツの一部一部が赤黒い血で滲んでいた。

「なんでよ!そんなことしなくていいの!もう痛いことしなくていいんだよ!」

「あぁ?しなくちゃいけないに決まってんだろ!アタシ様が痛い思いしなくちゃいけないに決まってんだろうが!!」

「やめろ!それ以上すると本当に体が千切れるぞ!」

隊長の命令を無視してゆらは暴れ続ける。撒き散らされた血の量は尋常ではなく、腕はまるでひしゃげた様に不自然に曲がり始めている。自力で立ってはいるのだが、足の状態もまともではない。

「やめて!やめて!!やめて!!!もうこんな事しないで!」

「……ほらな、やっぱり飛粋は飛粋だ」

気がつけば痛みを与えている側の飛粋の顔は苦しみのあまり歪みだし、痛みを受けている側のゆらは余裕を持って笑っていた。

「嫌……お願いゆらちゃん!やめて!ゆらちゃんの体が」

「だったらこれを解除するしかないよ!早くしないと本当に!」

孔雀の言葉は煽りではない、忠告以上のものだ。飛粋は苦悶の表情こそ見せてはいるが一向に鉄線を緩めない。むしろゆらの抵抗を抑えつけようと力を強めている様にさえ見える。

(いくら飛粋ちゃんを脅すためでもやりすぎだよ。回復が早いって言っても腕ちぎれたら治らないでしょ!)

麻酔弾が装填された拳銃は用意しているが、身動き一つ取れないのでは照準を定めることができない。だがその動けない状態で動き続けているゆらは少しずつ前進する。

「こ、こないで!もとにもどって!!うああああああああああ!」

「元に戻るのはお前だ。本当は苦しいんだろ?今までいたところも今いるところも苦しかったんだろ?」

着実に飛粋に近づきながら説得を試みる。一歩進むたびに体の節々が音を立てて裂けて血飛沫が鉄線と床にかかる。

「アタシ様が痛くても、痛くなくても、飛粋は痛くなったんだよな。アタシ様が苦しくても、苦しくなくても、飛粋は苦しさを耐えてたんだよな。アタシ様は大丈夫だって、ずっと言ってたけど、飛粋も大丈夫だって言ってたもんな」

飛粋はゆらが傷つくと必ず心配そうな目を向けた。それは飛粋にとってゆらは大切な人だからだ。それはゆらにとっても同じだった。

「ダメ!ダメ!!ダメ!!!ダメ!!!!ゆらちゃんもうやめて!死んじゃう!ゆらちゃん死んじゃうよ!」

「大丈夫だって言ってるだろ?アタシ様は強いんだ!お前が諦めるまでアタシ、様は」

ゆらを傷つけまいとする飛粋の意図とは別に体が動いた。ある意味でゆらを元に戻そうとする意図とは一致しているのかもしれないが。更に鉄線が伸びて、直接彼女の顔面を狙った。

「にげて!!ゆらちゃん」

叫んだ頃にはすでに遅かった。鉄線が壁に反射されるように動き、ゆらの目を切り裂いた。おびただしい量の血が噴き出す。

「ぐあぁっ!ずっぅぅ!」

それでもゆらは歩みを止めない。体勢を立て直して自分が前だと信じる方向に進み続ける。痛みに耐えることこそあれど、その口元は常に笑っていた。

「飛粋!飛粋!!どこにいるんだ!ちょっと見えなくなったがすぐ行ってやるからな!」

目が見えない状態、しかも体中を鉄線に切り裂かれている状態でも必死に一つの目標めがけて進む。

「やばいよ!いくら愛染でもあれじゃ」

「いや、効果はあった」

二人を囲む鉄線に僅かながら間隔が空いているように見えた。そしてその向こうに見える飛粋の言葉では表現し難い表情も。

「ああぁ、そんな、ウソ!ウソ!!」

ゆらの姿を見てしまうと力が抜ける。それを理解した本能が目を閉じさせた。彼女の全身を滴る血の音と飛び散る鮮やかなレッド、そしてまだ傷つき続ける体が予里に塗り固められた心の奥にある飛粋の本当の心を苦しめる。

「今だ!」

視覚こそ真っ暗だが触覚で鉄線が僅かに緩んだのを感じ取った。さっきまではゆっくりで歩幅も小さかったが、突然走り出した。無理やりに腕の拘束を外して力なくぶら下げながら進んだ。

「飛粋いいいいいいいい!!」

まだいくつも残っている鉄線も体を捻って避けながら飛び出す。そして今度は殆ど傷つかずに前へと出れた。目を開けた飛粋はもはや射程距離はおろか自分の二歩前にまで迫っているゆらの姿に戦慄した。

「うっそ!なんで?」

「緩んだ鉄線が血で滑ったのじゃろう。狙ったかどうかは分からんがな。今ならこちらも自由に動ける!」

至近距離でゆらを見たショックから完全に力が抜けた飛粋。今まで張り巡らされていた鉄線がハラリと落ちる。やっと鉄線から解放された二人はすぐに駆け寄る。

「しまった!」

「これで詰みじゃな」

三人を相手に勝てるはずもない。銃口を向けられているわけではないが敗北を悟った。そして自分が犯した罪の重さがやっと体を支配したかのように飛粋はへたり込む。

「飛粋……」

音で判断したのか、ゆらも同じようにしゃがみ込んだ。自然と視線の高さが同じになり飛粋は塞ぎ込んでしまった。目の前にあったゆらの顔は飛粋の攻撃により血塗れだった。

「ごめん……なさい。わたしのせいで、わたしの、せいで」

「はっはっは、かもな。でもアタシ様のせいでもある。だからこれは自業自得だ!飛粋が気にすることじゃねえよ」

そう高らかに笑い飛ばしても飛粋の表情が晴れないことをゆらは知っている。傷だらけの体は再生の途中だが全身にはまだ強い痛みが残っている。

「って言っても飛粋は気にするんだよな。どうしたもんか」

「ずっと気にしてたもんね。ゆらちゃんが傷つくところを見てさ」

「まぁアタシ様も逆だったらそうしてたけどさ」

見えないなりに飛粋の表情を探る。そして目元の血を拭ってもらい、やっと光が差し込み出した。

「うおっ、だいぶ治ってきたかな。ほら飛粋、こっち見ろ。アタシ様はお前の顔が見たいぜ」

「ダメだよ、あわせるかおなんて」

「見ろ、飛粋。見てやれ」

隊長の言葉を受けて恐る恐る顔を上げる。そこにあったのは満面の笑みのゆらだった。目はしっかりと開いていて、彼女の瞳に映る自分の顔まで鮮明に見えた。

「な?大丈夫だろ?とっさに目閉じて顎上げたから目自体は切れてないし、腕も……まぁすぐに動かせるって」

ダラリと両腕が地面について大きな血溜まりを作っているが、それどもゆらは笑っていた。安堵と共に大粒の涙が溢れ何もかもが見えなくなる。

「……ああ、よかった……よかったよ」

抱き締めようにも体がボロボロなゆらには手が伸びない。まだへたり込んで涙を流し続けた。

「ゆらちゃん……わたし、どうしたら」

「とりあえず任務じゃね?なぁ隊長」

「うむ。愛染の傷が4〜5割でも治ったら動く。そのために準備をするんじゃ」

「はいはい。服はどうしようもないけど、今は傷開かないように絆創膏貼るよ」

孔雀は応急手当て用の絆創膏を取り出し切り傷に片っ端から貼り付ける。そして軍荼利はしゃがみ込み飛粋と向かい合った。

「た、隊長……!」

軍荼利が視界に入ってくると大きく後ろに下がった。しかし背中と頭はすぐ壁にぶつかる。更に軍荼利は迫ってきた。

「逃げるということは、精神的に何かされたとはいえ自分が何をしたか分かっているということじゃな」

固く拳を握りなおすとまたグローブがギリギリと音を鳴らす。飛粋の脳内を恐怖が支配した。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

また俯いて謝罪の言葉を繰り返す飛粋。一歩間違えばゆらを殺してしまうところだった。仮にゆらが動かなかったら更に悪い結果を招いただろう。

「反省できるとはいい子じゃ。ゆらの奴めは全く反省しないがな」

軍荼利は信じられないほど優しかった。その拳は開かれていた。飛粋が感じたのはたまにもらうゲンコツなどではなく、頭を撫でられている感覚だった。数日前も撫でられては出来立てのタンコブが痛んだのを覚えている。

「たいちょう……たいちょー!!わあああん!」

思わず泣きついていた。自分が今の今まで攻撃していたというのに何も言わずに許してくれる軍荼利の器の大きさに涙を流す。その様子はまるで親子のようだった。

「よしよし。しぶきも辛い思いをさせたな……」

抱き締められた頭をそっと撫でる。強い抱擁をしながら泣きじゃくる飛粋の全てをただ受け止めた。

「さぁ、早めに切り替えるぞ。時間も迫っている」

「はい」

やっと正気を取り戻したといった目を見せる。いつもなら驚いて一歩退く距離感ではあるが、今日だけは退くことはなかった。

「お?もう大丈夫か?」

「それはお主に対してじゃ。もう動けるのか?」

「んー、まぁ動かす分には支障はねえな」

肩をグルグル回しながら愛染は答えた。完全に任務の表情に戻っている。一方で飛粋はもう少し時間がかかりそうだ。涙が心の澱みを洗い流す、などという単純な話ではない。

「よし。では飛粋、歯を食いしばれ」

「え?」

しかしそんな余裕は凪の部隊に残されていなかった。飛粋の額の前で軍荼利はグローブを外した左手である形を作った。人差し指、薬指、小指を伸ばし、一緒に伸ばさんとする中指を親指が抑えている。

それを見た瞬間、言われた通り歯を食いしばる。殆ど反射的にそうした。

「いっだああぁ!!ぐほぉ!」

親指の止めが外れると同時に中指に貯められていた力が解放され飛粋の額に激突する。俗に言うデコピンである。剛力な軍荼利のデコピンなだけあってその威力はとんでもない。強烈な衝撃で頭が持っていかれ、仰け反ると同時に背中の壁に後頭部をぶつける。

「これを仕置とする。早く立つのじゃ飛粋」

「は、はい」

頭の前と後ろから時間差で強烈な一撃をお見舞いされながら、飛粋はフラフラと立ち上がる。それを孔雀と愛染はげんなりとした顔で覗き込んでいた。

「げえぇ、マジで人間かよ。デコピンだけでどんだけ威力あるんだ」

「食らってみるか?」

「え?いやいやアタシ様は遠慮を」

「するな。食らえ」

余計なことを言った愛染に拒否権はなかった。僅かに前傾姿勢から戻りきっていない額に指が届く。

「ぎえあああぁ!!」

「お主は無茶をしすぎじゃ。体を大事にしろ」

愛染も飛粋と同じようにデコピンをもらい悲鳴をあげた。しかも両の手を床について悶えている。

「おっがあ!なんだこれ、三半規管が死ぬって!」

「不動、愛染、早く来い。この奥に予里がいるはずじゃ」

そんな彼女を無視して軍荼利は前へと進んだ。孔雀が心配になって後ろを伺うと、フラフラになりながらも二人はなんとか付いてくる。

「はぁ、覚えてろよ隊長!絶対に飛粋と仕返ししてやるからな」

「私もなんだ」

「勝手にしろ!それより行くぞ!」

「はい!」

「おう!」

「凪の部隊、再進発じゃ!!」

二人が大事ない様子を見て軍荼利は先陣を切る。その小さな後ろ姿を3人は追いかけた。セキュリティシステムのドアを開く頃には、全員本来の任務にあたる顔に戻っていた。




飛粋にとって凪の部隊は自分の全てを受け入れてくれる存在とも言える人々でもあります。今回も話せば自分の意見を認めてくれると思っていた節があり、精神干渉もあってそう言った一面が前に出て否定を認めなくなっていた。
そんな心を理解して真っ正面からぶつかってくれる唯一の存在がゆらであり、彼女の甘さを受け入れてくれるのが凪の部隊である。だからこそ決して彼女の事を離しはしないでしょう。

次回、凪の部隊と予里の対面。捕縛することはできるのか

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