私が凪であること   作:キルメド

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愛染がボロボロになりながらも、不動を予里の洗脳から救い出した凪の部隊。予里が待ち受けるセキュリティルームへと4人で向かった。
しかし予里は更なる罠を準備しているのだった。


第七話:凪の力

セキュリティルームのドアを開ける。細心の注意を払って中に入るが、不動が一度入った時と同じく人の気配はない。

「セキュリティはすでにオフになってる。さっき不動が言った通りだね」

「ならばこの奥が奴の部屋。愛染、行けるか?」

コードネームを呼ばれると見せつけるように伸びをした。破れた服の下からはまだ大きな傷とそれを止めた絆創膏を覗かせるが、特に問題はなさそうだ。

「まぁ動くのに問題はねえさ。それでいいだろ」

「うん。私はゆ、愛染やみんなを信じるよ!」

まだ洗脳の余韻が残っているのか、不動の反応はおぼつかなかった。それでも臨戦態勢に入ったことが目で分かる。

「っしゃあ!行くぜ」

奥に繋がるドアを愛染が蹴破る。ロックも何もかかっていないのだから簡単に道が開き、その向こうの部屋は白いタイルを敷き詰めれた床と奥から海までの夜景が広がっていた。社長室などでよく見るデスクと高級そうな椅子には一人の男が腰掛けている。

「見つけたぜ予里!」

彼の顔がが目に入ってから愛染は急加速、抜かれた二本の刀で彼を切り刻もうと射程距離まで迫る。

「うるさいですよ」

しかし予里は動揺していない。そして愛染の動きが止まった。見えない何かに走っている姿勢で前に来た頭に何かがぶつかった様だ。

「ぐぅ!」

ぶつかったと思われる箇所から流血する。そして血飛沫が空間に不自然に残っていた。張り付き流れる血のりが何があるのかを教えてくれる。

「強化ガラスか……皆出るぞ!」

「もう遅い」

愛染の勢いに乗って部屋の中に全員入ったのはまずかった。軍荼利が呼び戻す前に勢いよくドアが閉められる。そして鉄格子が現れた。

「こんなもの!っつうう!」

グローブ越しでも触れると同時に手が弾けた。高熱と高圧電流を帯びた鉄格子に道を阻まれた。体の防衛本能が触れることを拒否する。触れられないのであれば軍荼利の怪力もほとんど意味をなさない。

「完全に閉じ込めさせてもらったよ。君たちにはこれから眠ってもらう」

そう言ってテーブルに置いてあったリモコンのスイッチを押すと、不自然に天井に穴が開いた。そこには管らしきものが複数本見える。この部屋すら予里が用意した罠でしかなかった事を思い知らされる。

「まさか、毒ガスか」

「いいや、そこから出るのは神経を麻痺させるガスだ。君達の身柄は預からせてもらうよ。こちら側で有益に使うためにね。どうせ君達の居場所なんてなくなるんだから」

「居場所がなくなる?」

予里の言葉は普通とは違う。その一つ一つがこちらの思惑を誘導させようと動く。

「そこの飛粋って奴は一度こちらに服従している。そしてその様子も君達が争っていた短時間の様子もしっかりと監視カメラで記録されていたんだ。あとはこれを君達の上に垂れ込めばいい」

「うるせえ!飛粋は自分の意思で裏切ったわけじゃねえ!てめえが洗脳したんだろうが!」

「落ち着いて愛染。あいつの言葉に乗ったら思う壺よ」

また飛び出して壁にぶつかりそうな愛染を孔雀が抑える。それを見て予里は笑った。

「そもそも上に垂れ込むってどうやって」

「言葉通りさ。警視庁ってのはそういうところなんだよ。君達が何を信頼しているのかは知らないが、こちら側にも信頼できる仲間ってのがいるのさ」

「そんな……じゃあ私達が捨てられるっていうのは」

まだ精神的に傷を残している不動の心が抉られる。予里の言葉を実現させるために自分が動かされていたことに気付いたのだ。

「さて、最後のチャンスだ。大人しくこっちに来い。そうすれば君達の安全も正当な評価も報酬も保証しよう」

選択を迫るというよりは命令に近い。どちらにせよ凪の部隊には他の選択肢を与えられてすらない。どう答えようとも予里がスイッチを押せばガスが吹き出し眠らされる。そして眠らされた後には飛粋と同じように洗脳させられる未来が待っているだろう。

「さあ!どっちを」

「くだらん!!貴様の言葉など信じるものか!!」

軍荼利が一蹴した。腕を組み仁王立ちするその姿は小柄ながらもその威風を全身から放っている。

「高らかに勝利宣言しておるが、貴様が何を仕掛けたのかなど興味はない。我々が貴様の軍門に下ると相当な自信なようじゃが、我々は我々の正義を胸にここにいる!たとえその先に己の身に保証も評価もないとしても、我々が任務を遂行するのは悪を滅するという目的のためのみじゃ!たとえ民間人の中に隠れていようとも、警視庁に潜んでいようとも、目の前でガラス一枚隔てた状態だろうとも、何も変わることはない!!」

堂々と啖呵を切ってみせた。その言葉が彼女達の背中を押し、折れかけていた心を真っ直ぐにする。

「あっそう。まぁそんなの関係ないけどさ。まぁ勝手に喚いてろよ」

淡々と吐き捨てるがその表情からは「不服」の二文字が見える。リモコンを持つ手もわずかに震えているだろうか。しかし、指は一切の滞りなくスイッチを押した。

「そんな言葉も思い出せなくなるさ!」

天井の管からガスが噴出される。その音を聞いて予里は勝利を確信して高らかに笑った……。

 

 

 

 

笑ったがそれ以上は何もなかった。その笑みさえもすぐに消失する。

「馬鹿な!」

彼の目の前で凪の部隊がこちらを睨みつけている。本来ならガラスの向こうは視界すら消えるほどの高濃度の神経ガスがあるはずなのに。

「あーあ、残念。ネズミでも入って配線噛みちぎられたんじゃない?」

孔雀が指摘すると2cmにも満たないネズミが天井から何匹も這いずり落ちてきた。そしてそしてガスは全くと言っていいほど出ていない。

「はい。ご苦労様」

全員でキャッチして孔雀の元に戻る。彼女がそのネズミ達を操っていたとしか考えられない。

「馬鹿な!いつのまにネズミを」

「エレベーターに少しだけ隙間を開けて潜り込ませた……カメラが付いていなかったのは我々に不動を警戒させ内部で作戦を立てるように仕向けたのじゃろうが、仇となったな」

五階到着時に愛染がエレベーターの一部分を切り開き、予め孔雀がビルの近辺にスタンバイさせて懐に隠れていたネズミ達に指示し潜入させた。あとは不動と争っている間に仕掛けの配線を噛みちぎれば天井裏にある仕掛けは機能しなくなる。

事前に部屋内に仕掛けてあった出口を塞ぐ鉄格子と電流の仕掛けは解除できなかったが、天井裏のガスの噴出に関しては完全に無力化。溜め込まれたままのガスは法的に危険物として処理されるだろう。

「この階だけは独立したセキュリティシステムになってるんだ、罠を警戒するのは当然だろ。それにこういうのは大八洲の常套手段じゃねえか」

大八洲棟梁の娘である愛染が笑う。予里もその顔を覚えてはいたが、こちらの作戦を読んでくるとは考えてもいなかった。

「敵を目の前でもがき苦しませる……趣味悪いとこ変わってねえな。自分がトップに立ってあの馬鹿姉達の真似か、ヨリ」

「その名で呼ぶな!大八洲から逃げ出した出来損ないが!」

そして思うようにいかなかった故に冷静さを欠いた予里。その焦りが地雷を踏み抜いてしまった。

「カッチーン……言ってくれるじゃねえか。アタシ様にやらせろよ隊長!」

「分かっておる。不動と好きにやれ」

「アイアイ!不動、あのフォーメーションでやるぞ!」

「分かった!」

凪の部隊は各員急速に動き出す。それに対して予里は次の手段を踏むためデスクに設置されていたボタンを押す。特に何か仕掛けが動くわけではないが再び余裕があるように笑みを見せる。

「大方、応援要請ってところかな。こちら凪の孔雀、山風部隊に連絡……敵方に応援要請あり、現在予里を捕縛に向かってます」

通信を試みる。5階のセキュリティは完全にダウンしているためあっさりと通じた。

『了解した……これより戦闘準備に入る。凪の部隊は引き続き予里水可捕縛に専念してくれ』

「はいはーい。よし、あんた達も頑張りなよ!」

すぐにその仕掛けを察知し待機していた山風部隊に連絡する。対応した金眼の冷静な返答から迅速な動きを予感させた。通信を終えたあとは気合を入れるためか不動と愛染の背中を強く叩いた。二人の中にある冷静な怒りと次の行動を察しての行為だろう。

「残念じゃったな。我々のバックには十分な力がある。お主のあと備えとは訳が違う」

「黙れ!どちらにしろお前達はこの部屋に閉じ込められたままだ!このまま応援が来ればすぐに抑えつけて洗脳して」

「貴様……凪を舐めすぎじゃ!」

軍荼利がその笑みを破壊せんと拳を振るう。もちろんそこには硬いガラスの壁がある。予里の笑みは消えることはない。

「何をやっても無……」

しかしガラスで阻まれたその怒りの拳はズン!という衝撃音と小さな亀裂音を僅かに響かせる。小さな少女を見下げていた予里の余裕はその瞬間に消失した。

「っしゃあ!!行くぜ!!」

軍荼利の向こうにはこちらを鬼のような形相で睨む不動が見え、更に奥に見えたのは不動の鉄線を腰に巻いた愛染だった。そして愛染が壁に張り付くように後ろに飛ぶと、不動は前方へとダッシュする。二人の真逆な行動はすぐに力の作用が現れる。

「まさか」

逃げようとした時点で既に手遅れだった。

「うおおおおおおおお!!」

「おおおおおるああぁ!!」

愛染が壁を蹴り、不動は背負い投げの感覚で鉄線を前へとしならせる。鉄線に引っ張られ加速した愛染は一直線にガラスの壁、いや既にそれを通過してその向こうにいる予里へと突っ込んだ。

「馬鹿な、ぐぼあああ!」

厚さがどれだけあるかも関係なくガラスの壁が破られる音を聴く頃には、予里の体はくの字に曲がっている。ガッシリと体を捕まえられて向こうの窓ガラスにぶつかる。

「よっしゃあ!作戦」

ここまでは良かった。激突した窓ガラスの耐久力さえ高ければ。

「せいこおおおおおお!?」

勢い余って、というのはこの事を指すのだろう。予里と愛染の体は部屋の窓ガラスさえも突き破ってしまった。一面がガラス張りになっていた事もあり、降り注ぐガラスの欠片と一緒に地面に真っ逆さまに落ちる。

「うそ!うわあああああああ!!」

落ちるのは二人だけではない。鉄線で繋がった不動も引っ張られる。僅かに踏ん張ろうとしたが、軍荼利に抑えられる前に飛んでいってしまった。

「てめええええ!そっちは防弾ガラスじゃねええのかよおおおお!!」

「どうしよう!どうしよう!どうしよおおお!」

落下しながら二人揃ってパニック状態だ。五階からの落下はただでは済まない。おまけに両手が塞がった絶体絶命の状況だ。

『不動、落ち着いて』

不動の耳に孔雀の声が入る。その柔らかな声はまるで自分を生かす天啓にさえ聞こえた。

『今すぐ通信機に向かって、開けパラ、って言ってごらん』

「え?ひ、開けパラ?うわっうわあああああ!!」

その音声コマンドを認識すると不動のベルトからパラシュートが飛び出した。おそらく二人の作戦を察した孔雀が取り付けたものだろう。

「うごおぉ!」

吊られる形で愛染と予里もパラシュートの恩恵を受ける。なんとかこれでターゲットの捕縛は完了しそうだ。

『先輩、ありがとうございます。予里は今の落下で気絶しました。山風部隊の人達がこちらに来てるのも見えます』

ビルからもその動きは捉えられている。だが気になるのは予里が出した応援要請らしき物。次にどのような行動を取るべきかを迫られていた。

「了解。じゃあ私達も一旦降りる?」

「合流が望ましいじゃろうな。増援がどこから来るか分からん以上」

軍荼利の表情は曇ったままだった。まだ全てが終わっていない、そのサインを孔雀は確かにキャッチした。

「じゃあ頑張ってね。あたしはこの子達と下に降りるから」

何も言わずとも心の内が分かる。そんな二人だからこそ、それ以上のことは言わなかった。懐にネズミを戻した孔雀がワイヤーガンを使い外から降りると、軍荼利は逆に部屋を出てエレベーターを使って降りた。

 

一方下に降りたゆらと飛粋は互いの安否を確認していた。気絶した予里はともかく、ガラスの壁に突っ込みパラシュート開放時に衝撃を受けたゆらの様子がおかしい。倒れ込んだまま動かない。

「大丈夫?特に傷とかはないけど」

「ああ、傷はねぇ。ちょっと腰が」

愛染に外傷はなかった。腰回りの鉄線も二振りの刀が挟まるおかげで軽減できた。しかし自由落下からパラシュート開放の急ブレーキを一点で受けてしまい、ゆらの腰は強い衝撃がかかっていた。いま彼女の腰は殆ど外れた状態になっている。

「すまねえ飛粋。ここら辺思いっきり押してくんね」

「分かった。よいっしょ」

「あっだだだだだ!!」

飛粋に背中の下の方を押してもらい外れた腰を無理やり治す。ゴリッという感触でなんとか位置が戻ったか。少しでも近づけば驚異的な回復力で勝手に治癒される。

「うぐっおお!入ったああぁ……へえぇ、ぎっくり腰とかにはなりたくねえなぁ」

今にも死にそうな声を出しながらなんとか息を止めて腰を固定した。そしてフラフラと立ち上がると体操の様に体を伸ばしながら肩を回す。

「オッケーイ!アタシ様完全復活!!お?山風の奴らも来たみたいだな」

小さめのトレーラーがビルの前に到着する。そこからは機動隊の制服をアレンジした小柄な女性が現れた。その目はキラキラと輝いている。

「おおお!君達さっき落ちてた人たちでしょ?すっごーい!服はボロボロだけどしっかり確保してるー!」

「お?おう!なんてったってアタシ様だからな!凪の部隊の愛染をよろしくだぜ!」

「かっこいい!そっちの子は?名前なんて言うの?」

「凪の部隊の不動って言います!」

「こっちも名前かっこいいアダー!」

そこに二人の男が合流する。ガタイの良い方が後ろからチョップ。縮こまった女性と同じように揃って頭を下げた。

「すみません、まだ任務中だというのに」

「あ、いえいえ。気にしてませんので」

一応互いにある程度情報自体は入っている。ただそれを迂闊に口にするわけにはいかない暗黙の了解もある。それをさも当然のように聞き様当然のように返答した3人はおそらく異常なのかもしれない。

「まぁ氷村が先についてたとしても同じようなもんだったと思うけどな」

「ちょっと仁木さん!?いくらかわいくても別部隊の子には声かけないって!誤解を招くようなこと言うな」

仁木と呼ばれた男にからかわれる氷村と呼ばれた男。そしてそれをじっとりと下から見つめる女性、名前は詩宮、身長は凪の隊長しぶきより少し高い程度。

「かわいいと思ってるじゃないか。下半身抑えろ!」

「へぐおぉう!」

そんな氷村の腰を背後から容赦なく蹴り上げる照見という女性。こちらはゆらと並ぶくらいの身長だ。全員黒髪で見栄えとしては統率感がある。

「へぇ〜山風部隊って意外と楽しそうな奴らなんだな」

「いやいや〜、凪の部隊もでしょ。だって全員女の子なんでしょ?しかも私より若い子達で」

「はいはいそういうのは良いから。これから増援が来るんだろ?」

照見が流れを寸断すると悶えていた氷村も含めて他の隊員の顔つきも変わる。精鋭部隊という噂は間違いないようだ。金眼もトレーラーから出てきてビルを見上げた。

「敵の増援がどこから来るかわからない以上、今は体を休めるべきだ。それと予里も拘束しておけ」

山風部隊が手錠を取り出し予里にかけると、孔雀もビルから降りてきた。その表情には緊張も緩さもない、まだ全てが終わっていないと気を引き締めた。

「よいしょ!そういうわけ。あたし達は隊長の指示が出るまで待機。予里の方はどうしよっか」

「そいつはこっちで預かる。念のためにそこの青ネクタイの鉄線で拘束してくれ」

指示されると飛粋が手錠の上から予里を拘束してトレーラーに乗せる。その裏は簡易的な司令室になっており、山風部隊に付けられた小型カメラの映像と周辺マップに発信器の位置がモニターに映っている。

「基本的に指令役がここにいてアナライズする。今回は俺ってことになってるが」

「へえ〜、すごい。でも指令役って固定じゃないんですね」

「自分で志願したり、誰もいなかったらくじ引きで決めたり色々だ」

「へ?くじ引き?」

「うちは少数精鋭な上に制圧担当だが、他小隊の指揮を任されることもある。誰でも的確な指示をできないといけないからな」

山風部隊も機動隊から選出された小部隊、彼らには彼らなりのやり方があるという事を知る。

「でもこんな重要そうなところに予里を置いていいんですか?」

手足を鉄線で拘束されているとはいえ予里は話術を含めて頭が回る。そんな者を司令室に置くのはあまり有効な手とは言えないが、隊員達は文句一つ言わなかった。

「まぁそれだけ俺は信頼されてるのさ。それに俺は凪の部隊の実力を信頼している。あんな隊長がいるんだからな」

ニヤリと笑う金眼。覗き込む他の隊員達もそのやり取りを聞いて胸を撫で下ろす。飛粋も安心して気絶している予里を置く。

そんな安心感を消すように通信機からの緊急音声が耳を劈く。

『凪の部隊と山風部隊に連絡。作戦領域上空に不審な航空機二機を確認』

「山風部隊隊長金眼、了解。上空に対し警戒態勢」

『凪の部隊隊長軍荼利、了解。これより山風部隊のサポートに回る』

通信を聞いた隊員達は全員戦闘態勢に入る。金眼は腰を落とし、飛粋もトレーラーから飛び出した。

「山風部隊、全員に連絡!敵は上から来る!二人一組で片方はビルの上に待機!!上空はレーダーでキャッチできないが郊外とはいえ無関係な人間がいる中で大きな破壊活動は起こさないだろう。重要なのは侵入を許さないことだ!報告によればビルの中は兵器で満たされている!決してビルに入れるな!」

『了解!!』

金眼の檄と共に山風部隊のメンバーが2組に分かれた。武装自体は特に機動隊に用いられるものと同じで一つはビルの内部から上へと移動し、もう一つは地上で待機している。

『凪の部隊全員に連絡!我々は山風部隊のバックアップだ!各々小部隊としてくつわを並べ戦線を共にせよ!軍荼利はビルの内部にいる』

「くつ、くつわ?なんだそれ」

「一緒に戦えってこと!じゃああたしは下に残るから愛染は上ね」

「分かった!」

「じゃあ私も屋上に」

凪の部隊も各員がそれぞれ持ち場を見つけ散らばる。軍荼利はビルの中でバックアップを行う。愛染はビルの屋上部隊と、孔雀は地上部隊と合流する。その中で不動は出遅れていた。

『不動、お主は司令部の護衛じゃ!そこを離れるな!』

「え?」

軍荼利の命令を聞くと体が震えて動かなくなった。今この場で振り返らずに走り出せたらどれほど良かっただろう。そんな事ができずにトレーラーに戻る自分が憎らしかった。

「……了解しました」

いくつもの映像が展開される画面を見ている金眼。その背後に立ち、湧き上がる感情を抑えながら周囲を警戒した。

「お前、そんな事で堪えてるのか。やっぱりまだまだ若いな」

何も見ていないが何かを察している金眼の言葉。予里の洗脳の影響が残っているのかダイレクトに精神に届いた気がした。

「私は……もうダメなんですか?」

「さあな。何があったのかは窓ガラスぶち割ってからしか知らない俺に聞いてどうする。ただ今は前線に向かうよりもここにいるべきだと判断されただけだろう」

冷静な言葉をなんとか受け止める。受け止め切らなければいけなかった。悔しさをなんとか飲み込んで全神経を防衛と戦闘に集中する。

「ところで、お前フジタの事はどう思う?」

「え?フジタさん?」

「フジタさんじゃなくてフジタだ」

コードネームに敬称をつける事は基本的にありえない。不動はスパイになってからの時間が短い。もちろんヨモギ達の下で鍛えられ実戦で叩き上げられただけに戦闘能力及び機械の扱いはある程度保証できる。ただ精神面はそう簡単にはいかない。今回の件で不動もそれを自覚した。

「あの人は凄く不思議な人でした。初めて会ってからまだ一週間も経ってないけど先輩としてスパイってこんな事もできるんだって事を色々教えてくれた人でした。細かな動作や色んな情報を抜き出して、それが今回役に立って、本当のスパイって言うのはこの人の事を言うんだろうなぁって思いました」

フジタが持ってきた資料と情報、そこから想像できる潜入の過酷さと有益な情報に対する敏感さ。人に取り入る所作と常に自分のペースを崩さない姿勢。その全てが不動は羨ましかった。

「それはつまり、凪の部隊のメンバーが偽物スパイだと?」

「違います!偽物なのは……私だけです。不動って名前を貰ったのに敵の精神攻撃に動揺してあっさりと洗脳されて仲間を殺しかけて、今だって前線でみんなと一緒に戦わせてもらえない。そんな私がスパイとして生きていくなんて」

「それは勝手に思っていればいい」

予里の洗脳の傷跡がまだ残っている。少し刺激するだけでドロドロと口から吐き続けられる自分に対する怒りと不甲斐なさと劣情。その全てを金眼は無理やり断ち切った。

「今は任務がある。任務の後のことは盤石になったときに頭の片隅に考える。それが実戦だ」

「……はい」

金眼が期待した答えは聞かなかった。その代わりモニターを見て状況を伺う。隊員達が見上げた空には僅かながら航空機の影がある。

ビルの屋上では戦闘が始まり、地上部隊も警戒態勢を強めた。




今回の作戦は予里の精神操作や誘導が上手いが故の仇となった一面もあります。また凪の部隊を手中に納めようとすることに拘りすぎた一面もあります。何故その作戦を選んだのかは彼の目的によるものがあります。

予里捕縛を成功させた凪の部隊。ビルを制圧することにも成功し、今度はこちらが敵を待ち受ける形になった。その表面の攻防の裏でもう一つの作戦が進められていた。
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