ちょっと大人なインフィニット・ストラトス 作:たんたんたんめん@オルコッ党員
ただ、結構なミスを仕上げた後に気づいたという
今更編集もできないんでそのままあげちゃえと
「準備はよろしいでしょうか?」
「ああ、問題ない」
月日が流れるのは早いもので、瞬く間に決定戦の日がやってきた。
放課後、第三アリーナには二人の対決を観戦しようと、多くの人が詰めかけている。
それこそ、一組のクラスメートだけではなく、他のクラスや他学年の生徒も多く集まっていた。
既に試合開始のコールは鳴っている。
後は、二人が始めるだけだ。
「では始めましょう!」
「お手柔らかにな!」
セシリアの持つライフル──スターライトmkⅢ──から蒼い光が放たれる。
一夏はそれをセシリアに教えてもらった回避のコツを思い出し避ける。
確かな手応えを感じつつ、体勢を立て直しセシリアに向き直る。
「優秀な生徒でわたくしも鼻が高いですわね」
「そいつはどうも!」
しかし、喜んだのも束の間、続いての射撃は回避先をセシリアに読まれ、あっけなく被弾してしまう。
回避の時は後方に20度。そう教わったのを愚直に守って動いているのを見抜かれたのだろう。
「大人気ねえぞコラ!」
なんてことを言っている間もセシリアの射撃は収まらない。
最初は射撃を避けた一夏にある種期待するような空気。「流石はブリュンヒルデの弟」というような雰囲気はあったが、次第に白けたような空気が侵食してくるのをアリーナのシールド越しにも一夏は感じるようになった。
無理もない、と一夏も思う。
善戦している様に見えてその実、一撃もセシリアに加えることが出来ていない。
というより、接近することすらままならないでいた。
(となると、やっぱアレしかねえか)
余裕の態度を一泡吹かせてやる。一夏はニヤリと口角を上げた。
一夏の雰囲気が変わったのに気付いたのか、セシリアが訝しげに眉を顰めた。
「何がおかしいのですか?」
「いや、お前の掌の上で遊ばれるのも悪かねえが、やっぱ俺としてはやられっぱなしはどうにもな」
「男の子ですもの、仕方がありませんわ。ではどうします?」
「こうすんだ──よッ」
言うや否や、一夏は手に持った刀をセシリアに向かって投げた。
「──は?」
それまで余裕をみせつつも、油断なく一夏を見定めていたセシリアの表情が呆けたものになった。
その間隙を縫うように、一夏は白式を加速させた。
とは言え、セシリアも並のIS乗りではない。直様意識を切り替え、まずは一夏の投げた刀を撃ち落とす。次いで一夏に照準を合わせた。
一連の動きをほぼ無意識下で実行しつつも、頭の中は疑問で一杯だった。
(なぜ武器を? ……まさか、勝負を諦めたとでも?)
普通のIS乗りなら、武器を投げても問題ない。だが、一夏は違う。
武器を失ったらそれで戦う術を失うのだ。
故に彼は勝負を捨てたと判断するのが妥当だろう。
確かに、終わり方としては悪くはないだろう。
このまま嬲られる様に負けるよりは、最後の大勝負に打って出たもの、惜しくもセシリアには一歩届かなかった。──そう見られた方が格好はつく。
だが──
(──だとすれば少々、いえかなり残念ですわ。織斑さん、あなたはそんな人ではないと思っていましたのに)
一夏はたしかに賢い人間だ。
決定戦も負ける事を前提に、ではどう負けるかと考えてもおかしくはない。
けれど、本気でそう考えたのならもっとずる賢く、練習の段階から仕込み、もっと接戦を演じて華々しく散る選択もあったはずなのだ。
だが、現実はそうはなっていないない。
練習の時から一夏は本気だった。どう負けるかなんてセシリアに感じさせる動きではなかったのだ。
基礎を学び、確実に一歩ずつIS乗りとしての階段を登っていた。
そんな一夏の姿をセシリアは評価していたというのに。
しかしこうなってしまったのならば、仕方がない。
「これで終わりにしましょう」
口から出てきた声色は、ひどく冷たいものだとセシリアはどこか他人事の様に感じた。
引き金を引こうと指に力を入れた瞬間、一夏の声が届く。
「──いや、まだだ」
けして大声ではない。声を張り上げたわけでもない、それでも、胸を掴まれるような、思わず息を呑むような、鋭い声。
ほんの少しセシリアの動きが止まる。だが、一夏にとってはその僅かな時間だけで十分だった。
一夏の身体が爆発的に加速した。通常の加速ではこうはならない。
「
ならば、どこで覚えたというのか。
次から次へと繰り出させる予想を裏切る一夏の動きに、セシリアは今考えなくとも良いことを考えてしまった。
「さあ捕まえたぞ……!」
「武器も持たずに何ができるとおっしゃって!?」
「はっ! 武器ならあるんだよ!」
セシリアの懐に入った一夏は勢いそのままに体当たり。
バランスを崩したセシリアに追い打ちをかけるように回し蹴りを叩き込む。
刀や、銃がなくとも、IS自体でもダメージを通すことは出来る。
そんな当たり前の事を失念していた、己を不甲斐なく思うが、今はそれどころではない。
「ぐぅ……!」
「まだ終わっちゃいねえぞッ!」
苦悶に顔を歪ますセシリア。
反対に一夏はこれまで見せたことのない、猛禽類を思わせる鋭い目つき、そして好戦的な笑みを浮かべた。
「知ってるか、オルコット。地面にぶつかってもダメージは入るんだぜ」
「まさかあなた……ッ!」
「そういう訳だ。エスコートしますぜ、お嬢様ッ!」
急降下。そしてその先にあるものを理解したセシリアの表情が驚愕に染められる。
一番最初、一夏がISを動かした時も彼が勢い余って地面に衝突した。
あの時も、シールドエネルギーは減少していたのだ。
ならば、あの時よりも勢いをつければどうなるか。
「こ……の……ッ!」
「悪いな! 馬力はこっちの方があんだよ!」
セシリアも衝突すまいとスラスターを吹かすが、機体性能でも負けている上に、さらにセシリアは
結果、減速するどころか、更に勢いを増してセシリアは墜落した。
「……ッ……つぅ……ッ!」
墜落した箇所はまるで隕石が降ってきたかのようにクレーターが出来上がっていた。
落下の衝撃は凄まじく、轟音とともに砂塵が舞い上がっており客席からは何が起きているのかは見えない。
だが、砂塵の向こう側からはセシリアのうめき声と、金属同士がぶつかり合う音が響いていた。
その時点で、姿は見えずとも戦況は大きく変わったのだと誰もが理解した。
「空中だとどうしようもねえが地上だったら俺にだってやりようはあるんだよ!」
墜落後、体勢を立て直す隙をセシリアに与えることなく、一夏は己の身体を武器にセシリアに肉薄していた。
本来のISバトルではあまりお目にかかれない、原始的な戦いが繰り広げられていた。
「こんな……出鱈目な……ッ!」
「お嬢様のお前じゃあ、殴り合いの喧嘩なんかしたことなんか無ェだろ!?」
空中での戦いとは裏腹に、地上での戦いは一夏の方が優位に立っていた。
中遠距離戦では無類の強さを誇るセシリア。
だが、逆説、近距離での戦いを強いられた彼女は弱く、脆い。
現に今も、一夏の打撃を装甲のある箇所でなんとか受け、ギリギリのところで絶対防御が発動しないように立ち回っていた。
(これでは……! これではまるで──)
セシリアの頭に浮かんだ言葉を見透かすように、一夏が続きを紡いだ。
「──さっきと真逆だなオルコットォッ!」
「──ッ!」
悔しいが、まさにその通りだった。
一夏が武器を捨て、セシリアの意表をついてからここまで、主導権は完全に一夏の手にあった。
どうにかこの状況を打破するためにはと頭をフル回転させるが、答えは出ない。
──近接ブレードを展開する?
馬鹿な。立ち止まって、意識を腕に集中し、武装名を叫び、それでようやく展開できるのだ。
そんな時間を与えたら、たちどころに勝負は決まってしまうだろう。
──なら、距離をとって戦いのステージを戻す?
加速力に劣る機体でどう距離をとれと言うのだ。
それに、距離が取れたとしてライフルを展開するためには、腕を真横に突き出すルーティンが必要になる。
一夏は正面にいるのだ。銃身を横に展開してどうやって正面にいる彼を撃てるのだ。
(それもこれも、わたくしの不甲斐なさ……ッ!)
代表候補生が聞いて呆れる。
自身にそういった弱点があるのはわかっていた。だが、距離を詰めさせなければどうということは無いと考え、長所をひたすら伸ばしていた。
それがどうだ。
たかが一週間動かしただけの初心者に距離を詰められ、苦戦を強いられているではないか。
いや、苦戦どころではない。このままでは──
(──負ける……? わたくしが……?)
そんな事は許されない。
確かに、一夏は類稀な成長を果たした。
皆はここまで戦える一夏の姿に驚いているかもしれないが、彼の努力を知っているセシリアからすれば、驚かない。
今の戦況になったのも運や偶然によるものではない。
これまで学んだこと、得たこと、体験した事、その全てをつぎ込み、一夏自身の手によってこの状況を完成させたのだ。
ならば、それこそが一夏の実力によるもの。このまま彼が勝利したとしても不思議ではない。それはまぐれでもなんでもない、少しずつ勝ち筋を手繰り寄せ、そして掴んだ必然の勝利だ。
とはいえ、だ。
一夏の頑張りを知らない人は、結果だけしか見ない人々はそんな風には捉えてはくれない。
──初心者だと油断したセシリアが無様にも敗れる。
そう判断されてもおかしくない。否、そう判断する方が当然だろう。
一夏が初陣を飾ったように、セシリアのブルー・ティアーズも、今日が初陣。
祖国、イギリスが持てる技術を、あらゆる人材を結集して作られた機体なのだ。
さらに、この機体は欧州連合の統合防衛計画、第三次イグニッション・プランの主力機としてトライアルに参加している。
他に参加しているのは、ドイツのレーゲン型、そしてイタリアのテンペスタⅡ型のみ。
その中で、イギリスのティアーズ型は実用化という点で、リードしていた。
後は、その有効性を示せば良く、そのため、BT適正の高いセシリアに専用機として渡し、彼女はこのIS学園に派遣されていた。
そんな機体を駆る彼女が、初心者に敗北するのはあってはならない事なのだ。
一夏の急成長には、目を見張る部分はある。いずれ、負ける日が訪れるのはしょうがない。
だが、しかし。
それは今日ではないのだ。今日であってはならないのだ。
「わたくしは敗北は許されない! わたくしは負けるわけにはいかない!」
「お前の生い立ちを知ってればその気持も理解できるがな! だからといって俺もおいそれとは引き下がってはやらねえぞ!」
一夏の動きが加速する。
いよいよセシリアは受けきれず、絶対防御が発動するシーンも増えてきた。
ブルー・ティアーズのエネルギーが減るたび、会場の熱は更にヒートアップする。
ジャイアントキリング。下剋上。誰もがその景色が現実に近づいてくるのを感じているのだ。
だが、セシリアだけはおいそれと、認める訳にはいかない。
──自身は、どれほどの人の人生を背負っている?
わかっているのならば、背負ったのならば、負けるわけにはいかないのだ。
「誰もあなたに引き下がれとは言ってませんわ!」
叫び、がむしゃらに腕を振り回す。
美しく勝とうと、綺麗に立ち回ろうとするな。なりふりなど、構う余裕はないぞ。
全てを出し尽くさねば、待っているのは敗北だ。
「──ッ!」
「引いていただかなくても結構! ならば、わたくし自身の手で退かすだけですわ!」
セシリアの振るわれた腕を一夏はバックステップで躱す。
僅かに間合いが開いたが、問題はない。まだ、自分の距離だ。
そう思って踏み込もうとした一夏の目に、セシリアの表情が映った。
試合当初の、余裕を感じる笑みではない。
先程までの、追い込まれた表情でもない。
覚悟を決めた、どこまでも凄惨な笑みだ。
「まさかお前──ッ」
「流石、わたくしのISをしっかりと調べてらっしゃる様ですわね。もう一度、戦況をひっくり返させていただきます!」
瞬間、ブルー・ティアーズの腰のアーマーが跳ね上がる。
一夏の目に見えたのは、ミサイルだ。
小型とは言え、至近距離で放たれればどうなるか。
背中に冷たいものが流れた。
「正気か!? この距離で撃てばお前にもダメージは入るぞ!?」
「仕方がありません。このままでは押し切られてしまいますので! ──行きなさい!」
発射されたミサイル。
距離が空いているのなら避けられたかもしれないミサイルも、この距離ではどうする事も出来なかった。
爆発の衝撃と暴風に、白式が吹き飛ぶ。
だが、それはセシリアも同じことで、地面に叩きつけられる。
「クソッ」
痛みを堪え、体勢を整え、再び距離を詰めようと
距離を得たことでライフルを構えることができ、落ち着いて狙いを定めることが出来るようになったセシリアの狙撃を受けたのだ。
「
「チィッ!」
セシリアの言う通りだ。
先程セシリアに通用したのは、一夏が
だが、知っていさえすれば。
セシリア程の技術を持つ狙撃手には通じるはずもない。
「これで、流れはわたくしの方に戻りましたわね!」
そもそも、通常機動で近づけるのならば
(どうする……? どうすればいい……!? ああ、畜生、わかんねえ! どうすればいいかわかんねえ……けど! とにかく動きを止めるな! 足を止めれば負けるぞ!)
アドレナリンが出ているのだろう。
体力こそ尽きかけている、白式の装甲も無傷の箇所を見つける方が難しい。だが、動き自体は試合当初より格段に良くなっているのは自分でもハッキリと分かった。
セシリアのアドバイス通りの動きでなくとも、回避は出来ているのだ。
距離さえ詰めれれば、まだ勝負はわからない。
一夏はそう、己を鼓舞する。
『ちょこまかと! というか、その様な動きが出来るのなら最初から動けば良いのに!』
『何にキレてんだお前! つーかわざわざ
『もう良いでしょう!? あなたは充分戦いました。ですが! 今のあなたでは勝ち筋は残っていませんわ!』
『それがどうした!? 悪いが、俺は勝てないから戦わないとか、そんなお利口さんじゃねえんだよ』
『あなたそんな熱血キャラでした!? これは同情でもなんでも無い! これ以上戦うとダメージレベルが──』
『うっせえ、知ったことか! いいか、よく聞け!』
そこで通信を切り、一夏は息を大きく吸った。
「俺は! 世界最強のIS操縦者! 織斑千冬の弟、織斑一夏だ! 身体が、コイツが、動く限り諦めねえ!」
箒との会話で、負けても良いと言っていた男の言葉とは思えない。
だが、それでこそ織斑一夏なのだ。
本来の彼の性格は負けるを良しとしない、負けず嫌いの男だ。
上辺だけ取り繕っても、彼の本質は何も変わってはいなかった。
(そうだ。一夏。お前はそんな諦めの良い男じゃないだろう?)
一夏の宣言に、観客席で思わず拳を握る箒の姿があった。
剣道を始めた頃は箒の方が強く何度も打ち負かした。しかし何度も一夏は立ち向かってきた。
自身より強くなってからもそうだ。師匠でもある箒の父に打ち負かされても、決して一夏の方から立ち会いはやめる事はなかった。
(そんなお前の姿に、私は心揺さぶられ、惹かれたんだ)
いじめから助けてくれた事もあったが、箒が一夏に惹かれたのはそこだけではない。
彼の心に魅せられたのだ。
(だから、戦え、力の限り、頑張れ、一夏。)
箒の視線の先で、一夏が再び
「その手はもう通じませんわ!」
だが、加速した途端、セシリアに狙撃され動きが鈍った。
次いで降ってくる射撃を避けるため、一夏は再び距離をとっての回避に専念させられる。
(
白式のエネルギー残量は残り少しだ。
だが、武装にエネルギーを割かなくても良い分、機動と防御に思いっきり使える。
こちらもギリギリだが、開幕からバカスカ撃ち、接近戦でエネルギーを削ったからブルー・ティアーズのエネルギーもあと少し。
もう一度主導権を奪い返せば、勝てるのだ。
(千冬姉の試合を思い出せ! 千冬姉だって刀一本で世界を獲ったんだぞ!? 懐に飛ぶこむ術はきっとある!)
他の試合はまったく見ていなかったし何故か見せてもらえなかった、千冬の試合だけは隠れて何度も見た。
リアルタイムの試合だけでなく、この一週間、ネットにアップされている試合の映像だって何度も見返した。
世界最強の千冬と一夏では技量はまるで違う。だが、今の自分にも出来る動きはあるはずだ。
小さい頃はわからなかったが、今ならわかる。
魔法のようにしか思えなかった千冬の軌道も、あらゆる基礎の上に成り立っているのだ。
(千冬姉だって
これなら届く。
そう思った一夏は、再び加速の動きに移る。
「いい加減に諦めなさい!」
一夏が爆発的な加速をした直後、撃ち落とすべく引き金を引いた。
青色の閃光が一夏を、先程までと同じ様に射抜こうとしたところで──
「──はァ!?
確かに捉えたと思った一撃が避けられた事に動揺が走る。否、避けられた事は確かに驚いたが、その避け方に動揺したのだ。
一夏は機体の加速中に無理やり機体をズラし、軌道を変えた。
信じられない。そう口を動かしたが、言葉にはならなかった。
「あなた正気ですの!?
「お前に正気を説かれるとは思わなかったぜ! このままだと押し切られそうだからな! 一か八かだったがやれるもんだな!」
「話を聞きなさいッ!」
会話をしつつも、セシリアは射撃をやめない。
その度、一夏は
「本っっっ当にッ! その動きはおやめさいッ!」
「敵にやめてって言われてやめる馬鹿はいねえだろ!」
セシリアは焦る。
てっきり
だが、一夏の動きと言葉を聞く限り、本気で知らないようだ。
「──ぁあ?」
再び軌道を変えたところで、白式の左腕装甲が弾けた。
なんで? と呆けた顔を見せた後、次いで襲ってきた激痛に一夏が顔を歪める。
「んだよコレッ!?」
「だから言ったでしょう!? その動きはおやめくださいと!」
「だからなんで!」
やはり、一夏は知らなかったのだ。
「なぜソレが使えるのにその事を知らないのですかッ!?
痛みに顔を歪めつつも、一夏の瞳から闘志は消えてはいない。
凄まじい闘争心だと思いながら、早く楽にさせてあげよう。そう思ってセシリアはトドメを刺すべく、ライフルを向ける。
けれど、一夏はまたしても加速の体勢をとった。
「──っ! 危険性を理解した上で尚、使いますかソレを!」
「現状、俺の手札はこれしか無いからなァ!」
まだ、一夏はこの軌道の危険性を理解していない。
最悪の場合、壊れるのは機体ではないのだ。
その、最悪の光景を頭に浮かべたセシリアは、幾許の逡巡の後、ライフルを静かに下ろした。
セシリアが撃たなければ、一夏が避ける必要がなければ、彼は回避の為に無理に動かさなくて済む。
接近を許すことになり自分は負けてしまうが、それでも良かった。
「な……んで?」
自身に向ける銃口を下げるセシリアを見て、一夏の口から気が抜けたような声が漏れた。
と、同時にグラリと一夏の身体が揺らいだ。
「え……あ……あ……とちょっとなのに……動け……よ……ッ!」
必死に機体を動こそうにも、動く気配はない。
彼に異変か?とも思ったが、セシリアはすぐに検討がついた。
「救命領域対応でしょうね。無茶な動きを繰り返すからですわ」
崩れ落ちそうになりながらもなんとか踏ん張る一夏に近づきながら、セシリアは呆れ混じりに囁く。
機能の事は一夏も知っていた様で、小さく「マジで……?」と呟いた。
突然戦いをやめた両者に、観客はざわめくが、二人には関係なかった。
「マジもマジで大マジですわ。わたくしは体験した事は無いのでわかりませんが、これで眠らされるときって結構辛いらしいですわね」
「……だろうな。どうも強制的に眠らせにかかってる感じだ」
試合前のコーヒーが足りなかったか、と続けた一夏にセシリアは白い目を向ける。
カフェインを増やせば耐えれるとかいう話ではないのだが。
「抵抗するだけ無駄だと思いますわ。というか、今もこうして耐えれていることの方が驚きですし。──何れにせよ、楽になるためにも身を任せてした方がよろしくてよ?」
「そういうこと……なら……俺は少し……休むから……ちょっと頼……む……わ……」
言下にISが解除され、一夏の目が閉じられる。
一夏の身体が空中に浮き、落下がはじまったところで、優しく抱きとめる。
意識を失う前の一夏の言葉を思い返し、セシリアは知らずのうちに首を振っていた。
「なにが『少し休む』ですか。どうみてもこれは休憩ではなく気絶ですのに」
なんて強情な男なのだ。
知らず、セシリアは苦笑していた。
とりあえず、これだけ喋れるのならそれほど大怪我ではないだろう。
「──一夏! 大丈夫か!?」
と、血相を変えた千冬がアリーナに駆け込んできた。
普段の名字読みではなく、下の名前で呼んでいる辺り焦っているのがわかる。
というか、つい一週間前も似たような事があったな、とセシリアはぼんやりと思った。
「救命領域対応、その中の操縦者保護機能が働いたようです。気を失うまでは会話出来ていましたし、大きな怪我は無いとみて問題ないでしょう」
安心させるように千冬に語りかけると、彼女はほっとしたように小さく息を吐いた。
「そう……か。──この馬鹿め。無茶な動きをするからこうなるんだ」
「同じ様なことを気絶する前に言っておきましたわ」
「……ありがとう、オルコット」
小さく、ほんの小さく頭を下げた。
アリーナから見ている者からはわからないだろうがが、セシリアは千冬が頭を下げた事に、目を丸くした。
「そんな。お礼を言われることではありませんわ。わたくしも言っておかねば、気がすまなかっただけですし」
「それだけじゃない。最後、お前は一夏を撃たずにいてくれた。その直後に救命領域対応が働いたということは、限界ギリギリだったのだろう。もう一度無茶な軌道をしたら、大怪我を負うところだったかもしれない」
もう一度「ありがとう」と言った千冬は、救護班に一夏を預けるように伝え、セシリアに背を向けた。
「ふう……」
ようやく、緊張から開放されたセシリアが一つ大きく息を吐く。
イギリスにいた頃には模擬戦も多くこなしていたが、何百とこなした模擬戦よりも今の戦いの方が遥かに疲労がたまっていた。
そんなセシリアに、背を向けたままで千冬が「ああ、それと」と声をかけた。
「操縦者保護機能が働かなければ、お前は一夏に負けていた。それは自覚しているか?」
「……はい」
否定のしようがない、純然たる事実だ。故に、躊躇いながらもセシリアは千冬の質問に肯定の言葉を返す。
本当の勝者は、我が弟なのだ、そう千冬は言いたいのだろうか。
厳格な千冬ならそれは無いと思うが、どこかブラコン気質のある彼女なら言いかねないともセシリアは思った。
だが、彼女の口から出てきた言葉は、その様な言葉ではなかった。
「そうか。今日は、イギリスの最新鋭機のお披露目で、なんとしても勝たねばならない一戦。いや、勝たねばと、言うよりは、負けは許されないと言ったほうがこの場合は適切か」
「ええ……それが?」
「お前に手加減はなかった。万が一にでも、動かしたての初心者に負けるという事の重大性を、お前はわかっている。お前の事情を考えれば尚更な」
「あの、織斑先生……?」
彼女の意図が読めず、セシリアの言葉にも困惑の色が混ざった。
「なるほど、無自覚の内に、か。──お前は、負けるという意味を理解した上で、一夏を優先したんだ。祖国ではなく、一夏をな」
「……っ!?」
頭を何かで殴られたかのような、衝撃が奔った。
そうだ。今日だけは負けてはならないと覚悟を決め、臨んだというのに、最後の最後でセシリアは敗北を受け入れた。
イギリスの為に動き、自分の地位を確固たる物にする。その為に一夏を利用するはずだった。
しかし、間違いなく、自分は、真逆の行動をとった。
一夏の為に、敗北を受け入れたのだ。それも、無意識に。
「それが、お前にとって良い変化なのか、それは私にもわからん。……だだまあ、アイツの姉から言わせてもらうと、嬉しい変化と思うがな」
千冬は今、笑っているのだろう。なんとなく、セシリアはそう思った。
ミスというのはまあ、読者の皆様に見逃されることを委ねます
個人的にはこれでいいのかなっと