ちょっと大人なインフィニット・ストラトス 作:熱烈オルッコ党員
「う…………」
目が覚めると、そこは見知らぬ天井だった。
だが、薬品の匂いが鼻につき、ここが保健室だとすぐに悟った。
一夏が身体を動かそうとすると、途端に全身に痛みが走る。
(セシリアと戦って……保護機能が働いて気絶して……それで──)
視線だけを横に向けると、腕を組んだ千冬が不機嫌そうに座っていた。
「千冬、姉……」
「……お前は自分が何をしたのかわかっているのか?」
「──っ!?」
千冬の質問に答えようと身体を起こそうした瞬間、またしても激痛が走る。
痛みに顔を歪め、ベットに力なく横たわった。
先程から、左腕を動かそうにもうまく動かない。
「無理な負荷がかかったせいで、全身の筋肉にダメージがあるようだ。特に、左腕は筋断裂一歩手前という状況だ」
「マジか……」
「一夏」
学校での呼び方ではなく、家での呼び方をされた。
だが、発せられた声に込められた怒気を感じ取り、一夏の背中に冷たい物が流れた。
「
「……やり方は知ってたけど、それは知らなかった」
正直に言っても、千冬はまだ目尻を吊り上げたままだった。
「オルコットから聞かされた後もやろうとしていた様だが?」
「………………ごめん」
今度こそ、言い訳も出来ず素直に謝るほかなかった。
バツの悪そうな表情の一夏を見て、ややあって千冬が口を開く。
「ただ、まあ、アレは
「……わかった」
千冬の言葉に一夏は苦笑を漏らす。
なんとも不器用なことだが、千冬はこれで励ましているつもりらしい。
と、千冬の手が伸びてきて、一夏の頭を撫でた。
「……試合中、お前の言葉を聞いて、正直申し訳ないと思った。私の肩書が、お前を苦しめてるのだろうと」
千冬の表情から、先程のような不機嫌な雰囲気は消えていた。
一夏は直視できず、窓の外に視線をやる。
既に日は沈み、夜の暗い影が広がっていた。
試合が終わったのは夕方だったが、目覚めるまでずっとここにいてくれたのだろうか。
「それは、どうあがいても変わらない事実だからな。俺がどんなに『俺は俺、千冬姉は千冬姉』って言ったところで、千冬姉の弟って見られるわけだからな」
「一夏……」
千冬の声が震えた。
なんとなく、今の千冬の表情は見たくなかった一夏は、窓の外を見たまま、続けた。
「でも、それもひっくるめて、織斑一夏なんだよ」
「だが、そのせいでお前に無茶させたと思うと私は……。ブリュンヒルデの弟と言われるのがお前の重荷だと思うと──」
「──千冬姉が、俺の重荷な訳あるか」
千冬の言葉を遮る。
確かに、一夏がIS学園で必死に学んでいるのは千冬の存在がたったからだ。
だが、それを重荷と思われるのは他ならぬ一夏が許せなかった。
そもそもだ、千冬の存在がなかったならば、セシリアとここまで渡り合えなったと一夏は強く思っている。
千冬の存在が、自分の背中を押したのだ。
「俺が、オルコットと渡り合えたのは千冬姉の存在があったからだ。千冬姉がいたから戦えたんだ。だから、そんな事は言わないでくれよ」
普段なら、恥かしくて言えない様な事だろうに、今は不思議と舌が回る。
先程の戦いの余韻で、昂ぶったままどこか浮ついているのだろうか。一夏はぼんやりと思った。
「あの日、千冬姉が守ってくれた俺は、守る価値のあるものだったんだってみんなに証明するんだ」
熱に浮かされた一夏は、このセリフを聞いた千冬がどんな表情をしていたか、気付くことが出来なかった。
☆☆☆
「お目覚めですか?」
千冬が保健室を出た後、痛み止めの薬を飲んだ副作用か、襲ってきた睡魔に身を任せて眠りについた一夏だったが、人の気配を感じ取り目を開けると、視界いっぱいにセシリアの顔が映っていた。
それはまあ、いい。おそらく看病に来てくれたのだから、ここに居ても不思議ではない。
ただ、距離がすこぶる近い。
一夏が少しでも身を起こせば、あるいはセシリアがもう少しでもかがめば触れ合う程の近さだ。
「近いな」
「今なら、キスをする千載一遇のチャンスだと思いまして」
正直なものだと一夏が苦笑いを浮かべると、セシリアが顔を離す。
「なんだ、やらないのか。俺は激痛で動けないから本当にチャンスだぞ」
「遠慮しておきますわ。キスした程度で何か得るわけでもありませんし」
「俺のファーストキスにメリットが無いみたいに言わないでくれるか?」
不機嫌そうな表情を浮かべる一夏に、セシリアは面白そうに笑みを浮かべる。
それと同時に、無茶な機動の後遺症は無さそうだとセシリアは安堵した。
「…………………」
「…………………」
それっきり、二人の間には沈黙が生まれた。
もともとの社交性は二人とも高いのもあり、日常ではお互いに軽口を叩いたり、勉強の真面目な時もコミュニケーションを欠かさなかった事を考えると、この沈黙は珍しかった。
一夏はぼーっと外を見ているだけだったし、セシリアの方は、何かを探すかのように、宙に視線を漂わせていた。
「──織斑先生に聞かれましたわ。最後、あなたを撃たなかった事について」
沈黙を破ったのは、セシリアの方だった。
一夏は視線を窓から外し、彼女の方に顔を向けた。
「俺もそれは気にはなったよ。それまでなりふり構ってなかったくせに、あそこで急に銃を下ろしたことが」
勝ちを譲ったとも取れる動きだが、だとすればもっと早くそうしていたはずなのだ。
至近距離でミサイルを放った事を考えると、尚更だ。
「織斑さんのISは限界でした。それまでに攻撃を受け、脆くなっていたとはいえ、突然装甲が剥がれたのを見ればわかりますわ」
「そうだな。そこで俺も身体の痛みも自覚した。ISは痛覚を遮断するって聞いてたからおかしいなとは思った」
「それでも織斑さんは、戦おうとした。身体に異常が出ているにも関わらず」
「正直、あの時はアドレナリンが大量に出てたんだろうな。冷静な判断が出来ていなかった。どうなるか知った今、もう一回やれって言われても恐ろしくて出来ねえよ」
もっとも、命の危機が差し迫ったり、緊急時には躊躇なく使用するつもりではあるが。
「ですが、あの時のあなたは使おうとした。わたくしは、あなたに苦しんで欲しくなくて、またわたくし自身もあなたの苦しむ姿を見たくなくて、引き金を引くことが出来ませんでした」
「……本当に、こうやって聞くと求愛されてるような気がするから不思議だ」
いつもの様に、一夏が苦笑交じりに呟くと、セシリアが自嘲気味に呟いた。
「──あながち、その言葉は間違ってないのかもしれませんわね」
言いつつ、セシリアが一夏の右手にそっと手を重ねた。
深夜の保健室に、怪我で動けない男の看病に来た美少女。ラブコメを始めるにはお誂え向きだ。
とはいえ、だ。
一夏とセシリアはその例からは漏れていたはずだ。
今回もいつもと同じ様に「あなたのことは好きでもありませんので」という事を言われるのだろうと一夏は身構えていただけに、セシリアの口から出てきた言葉は意外だった。
これでは、紛うことなきラブコメだ。セシリアがいつものような余裕そうな笑みではなく、どこか弱気混じりな、思わず抱きしめたくなるような雰囲気を醸し出しているのも、拍車をかける。
間違いなく、身体が万全なら起き上がり抱き寄せていたな、と一夏はぼんやりと思った。
「あなたもおっしゃったではないですか。わたくしの負けられない事情もわかる、と。……ならばおわかりでしょう? わたくしは、祖国とあなたを秤にかけ、あなたをとった」
「そりゃ、目の前で怪我なんかされたら目覚めが悪いしな。俺でもそうするぞ」
「あなたとわたくしでは、背負っている物の大きさが違いましてよ?」
「……まあ、それはそうだが」
確かに、セシリアと自分では立場が違う。
これはどうしたもんかと一夏が頭を捻っていると、セシリアが「言っておきますが」と口を開いた。
「対戦相手があなたでなければ、あの場面でもわたくしは容赦なく撃ってましたね」
「いきなり怖いこと言わないでくれるか?」
「女子生徒ならまだしも、男性が相手なら尚更ですわ」
「……すまん。マジでその言葉の意味がわからん。なんで男相手なら容赦なく撃てるんだ?」
一夏は本気で、彼女が何を言っているのか理解出来ないでいた。
それをそのままセシリアに伝えると、彼女は鳩が豆鉄砲を食ったようなキョトンとした表情になった。
なんとも、今日は様々な表情が見られるものだ。
「え……? だって、いや、あなたはわたくしの事は調べたのでは? てっきりわたくしの男性嫌いの事も知っているのかと」
「お前の個人的な嗜好なんか知るもんか。調べたっても……まあ、なんだ。両親の事とその後の事くらいだし」
そう伝えると、セシリアが大きなため息を吐くと、脱力した様にベットに突っ伏した。
正直、お腹の辺りに乗られると重みで痛く、思わず情けない声を上げそうになったが、格好つかないのでなんとか堪えた。
セシリアはそんな一夏の様子に気付かず身を起こし、気の抜けた様でもあり、そしてがっくりした様な表情そのままに続けた。
「……たしかにその程度のことならネットでも調べられますわね」
「イギリスがバックアップして色々調べられるお前と違って、俺にはそんな後ろ盾はないんだよ」
俺を何だと思ってたんだお前と一夏はセシリアに非難する視線を向けた。
すると、セシリアはバツの悪そうな顔をして顔を背ける。どうやら、勢い余って言わなくても良いことを言ってしまったようだ。
「……ってお前男嫌いの癖に俺としょっちゅう一緒にいたのか」
だが、そうなると彼女は嫌々自分と接していたことになる。
「それはちょっと、悲しいな。俺はお前といる時間は嫌いじゃなかったけど、そう思ってたのは俺だけだったって事か」
「そんな事はありませんわ!」
らしくない、セシリアの大声が保健室に響いた。
一夏に向けられたセシリアの視線は、真剣そのものだ。
「初めはそれが命令でしたから、自分を押し殺した部分があったことは否定しません。でも、そんな思いはすぐに消えましたわ。あなたはわたくしが嫌うような男性ではなかったから。だから、あなたと過ごした時間は苦痛でもなんでもなかった。……むしろ、わたくしもあなたと一緒に過ごした時間は楽しく、ふと、自分が男性嫌いだった事を忘れる瞬間もありました」
「おいなんか告白めいてないか? 大丈夫なのかコレ」
「茶化さないでいただけますか。今、割と真面目に話してますので」
そんな事を言いつつ、セシリアの方も恥ずかしくなってきたのだろう。
先程と同じ様に一夏のお腹の辺りに、顔をうずめた。
「だからお前、最初に話した時にちょっと俺を嫌ったというか、不快そうな顔をした理由は」
「え……?」
「初日の、教科書を貰った辺だったかな。お前と比べて卑下した時、お前は一瞬表情を歪めてたんだよ。アレは嫌ってたから無意識に出たって事か……その後は感じさせなかったけどな」
「よく見てますわね……。というか、それだけ人の気持の機微に鋭いのになぜ恋愛ごとになると鈍くなるのでしょうか?」
箒の顔を思い浮かべ、セシリアは本心から気の毒だと同情した。
「俺に聞くな。つーか事あるごとに『もしかしたらコイツ、俺に惚れてるな?』とか思ってる奴は自意識過剰にも程があるっての。それに万が一外れていたら恥ずかしいなんてモンじゃないぞ」
「それはまあ、そうなんですが……」
一夏の言葉にも一理あるのだが、何事にも限度というものもあると思うのだ。
もっとも、箒はもう少し積極的になっても良いとも思うが。
と、一夏の手がセシリアの頭の方に伸びてきて、暗闇の中でも映えるセシリアの金髪を弄りだす。
小さく「あ……」と声を漏らすが、それだけだった。
他の男なら迷わず振り払っているだろう。だが、彼が相手と考えるとやはり嫌悪感は湧いてこない。
むしろ、もっと触って欲しいとすら思った自分に驚いたくらいだ。
「こんな俺でも、真剣に告白されたのならしっかりと向き合うさ」
ポツリと呟かれた言葉は、なぜか実感が込められているように感じた。
意外に、そういった経験があるのだろうかとセシリアが思っていると、一夏がじろりと睨んできた。
「で、なんでまたこんな話をしにきたんだよ。時間だって遅いだろ」
一夏が時計を指差すと確かに、既に日付が変わっている時間だ。
IS学園は土曜日も授業があるため、本来は金曜日の夜ふかしはあまりよろしくない。
そんな事を思っていると、今度はセシリアが一夏にジト目を向ける。
「そのセリフ、夜ふかし常習犯に言われても説得力はありませんわね」
「あいにく、俺はこんな有様だから明日は休みなんだよ。だから今日は徹夜し放題だな」
まあ、徹夜したところでやれる事はなにもないけどな、と続けた一夏にセシリアは苦笑を漏らす。
だったら、なにも夜ふかしなどしなくても良いではないかとも思うが。
「お前は普通に学校あるからさっさと寝とけって。徹夜は美容にも良くないと言うしな。せっかくの美人が台無しだぞ」
「なら、せめてわたくしの話をもう少しだけを聞いて頂いてからでもよろしいですか?」
いつものように、気軽に返そうとした一夏だったが、セシリアの真剣な雰囲気を感じ取って、セシリアの頰を優しく撫でるだけだった。
長くなってきたので前後編で分けます
というか、5400文字くらい書いたのに、千冬姉パートは1800文字。セシリアパートは3600文字…しかも後編もある。
なんで身内よりセシリアの方が長いんですかねえ…!