ちょっと大人なインフィニット・ストラトス   作:熱烈オルッコ党員

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目が覚めると 後編

「わたくしが、本国からあなたに対してのどんな命令をされているか、興味はありませんか?」

 

 頭を一夏のお腹に預けたまま、セシリアはポツリと呟いた。

 

「そりゃ、興味はあるが……。それ、本人に言うことか?」

「確かに、本人を前に言う方は少なそうですね」

 

 互いに苦笑いを交わす。

 やはり、この関係は奇妙なものだと改めて理解したのだ。

 

「少ないなんてものじゃないっての。それで、なんでまた言う気になった?」

「あなたに対して、誠実でありたいと思いまして」

 

 その一言に込められた意味は、何なのだろうか。

 ただ、良き友人に対して言う言葉だろうか。

 

「あなたを本国に連れて帰るか、難しい場合は、えっと、その……織斑さんの遺伝子を持って帰る事ですわ」

「なんでそこで言い淀むんだよ。要は俺の精──」

「女性の前でハッキリと言わないで下さい」

 

 不機嫌そうに顔を歪めたセシリアが一夏の言葉を遮る。

 まあ、女性に言うのはあまりよろしい単語では無いのは確かだろう。

 

「まあ、予想通りっちゃ予想通りだな。俺自身を連れて帰らなくても、アレさえあれば研究は出来るか」

「ええ、その通りですわ」

 

 遺伝子情報を調べるのなら、十分すぎるサンプルだろう。

 もちろん、本人が居た方が良いだろうが。

 

「んじゃ、さっきも言ったが今はチャンスだな。俺は見ての通り動けないし、ヤるなら今だぞ」

「ムードも何もあったものじゃないですわね。というか、誘い文句としては最悪もいいとこですわ」

 

 不機嫌そうに口を尖らせるセシリア。

 というか、誘い文句によっては応じる可能性がありそうなセリフに、一夏は少し驚いた。

 普通は、聞かなかった事にして流すのが正しい対応なのだろうが、あいにく、この男はそういったタイプではなかった。

 

「そいつは悪かった。じゃあ、ロマンチックな空気を作って誘えばOKという事だな?」

「……その聞き方はズルいですわ」

 

 頰を膨らませるセシリア。

 こんな表情も出来る奴だったのかと、一夏は少なからず驚く。普段の貴族然とした隙のない振る舞いも悪くはないが、こういう年相応の表情をするのも良かった。

 

「……やっぱお前、可愛いわ」

「と、突然なんですの!?」

 

 思わず吐いて出た言葉に、セシリアが動揺したように目を白黒させる。

 大分、自分はこの少女に毒されているかも知れないなと、妙に客観的に思った。

 

(もっと付き合いの長かったアイツと、何が違うんだろうな)

 

 ふと思い返したのは、中学生の頃に事あるごとに自分と一緒に行動を共にしていた少女の姿だ。

 彼女もセシリアに負けず劣らずの美人だったし、性格的な相性も良かった様に思う。

 

(ま、過ぎた事だ。考えても詮無いことだな)

 

 それよりも、目を向けるべきは今、そしてこれからの未来の事だ。

 

「……お前のその命令。期限とかは決められてるのか?」

「いえ、特には。……他国に先を越されるなとは言われてますけど」

「なら、急がなくてもいいかもしれんな。……お互いに」

 

 互いに、という言葉に込められた意味は、セシリアにもなんとなくわかった。

 今の自分の気持は本物か、一時の熱に浮かされた朧げなモノではないのか。それを確かめるには、もっと時間が必要だろう。

 そしてそれは、一夏にも同じことが言えそうだ。

 

「わたくし達が今の立場でなければ、恋仲になっていたと思います?」

「そんなモンは知らん。お前が代表候補生じゃなかったら、俺がISを動かせる男じゃなかったら、そのどっちかが欠けてたら俺らは出会ってすらいない。だから、その仮定は無意味だな」

「冷たいですわね。もっと優しい言葉をかけて頂いてもよろしいではありませんか。あなたはもっと女性に配慮できるような物言いをしたらどうでしょうか?」

 

 なんだそりゃとも思ったが、まあいいだろう。ここは彼女の提案に乗ってやる事としよう。

 一夏は穏やかな笑みを浮かべ、恭しく口を開いた。

 

「僕と君は運命の赤い糸で繋がっている。たとえ今と立場が違っていたとしても、君の全てを照らす魂の輝きをこの僕が見つけられないはずはない。どこかで必ず僕は君に惹かれ、こうして語り合っていただろう」

 

 ご所望の通り、一夏は普段は絶対に言わないだろう甘い言葉をかけてみた。

 もっとも、言葉をかけられたセシリアの方はぽかんとして見返し、一拍の間を置き、吹き出した。

 

「な、なんですのそのキザな言葉は。そんな言い回しをされたところで、人には向き不向きがございますわよ?」

「そんな事を言わないでくれよ僕の光よ。僕は君の為にしてあげられることは全てやりたいのさ」

 

 それでも、懲りずに一夏は続ける。

 セシリアに至ってはもはやお嬢様らしからぬ振る舞いを見せている。

 声を上げて笑い、目尻には涙が浮かんでいたりする程だ。

 

「い、意外にそういう言葉遊びも似合いそうですが、やはり、わたくしは普段のあなたの態度の方が好きですわね」

「だったら、優しい言葉をかけろとか配慮しろとか言うんじゃねえ。せっかくやってやったのにこれだけ笑われるんなら、頼まれたって二度とやるもんか」

 

 あからさまに拗ねた様子の一夏。

 そんな彼の様子を微笑ましいとセシリアは思う。

 と、ずっと横になっていたせいか、髪の毛に寝癖がついてしまっているのに気付く。

 放っては置けないセシリアが一夏の頭に手を伸ばしを軽くとかす。

 男の癖に、なめらかな触り心地だ。普段の彼の様子から別段、手入れはしてなさそうなだけに羨ましいものだとセシリアは感じた。

 

「……お前が男嫌いでよかったと心底思ってるよ」

「あら、それはどういう意味で?」

「お前は天然の男殺しみたいだからな。誰彼かまわずそういう事をやっていたら、今頃大変な事になってるぞ」

 

 少女漫画もびっくりのハーレム集団が誕生していたかも知れない。

 利権を狙ってセシリアに近づいた男達が、逆にセシリアに手懐けられる光景を思い浮かべ、思わず一夏の口元に笑みが漏れる。

 

「あなただけには言われたくないですわね。無意識に異性を惹き付けるという意味では、あなた以上の人はいないはずですから」

 

 そんな事はない、と否定してやりたかったが、言葉になることはなかった。

 

「さて、そろそろ帰った帰った。マジで寝坊しても知らんぞ。……なにより同居人も心配していると思うしな」

「ああ、それなら大丈夫ですわ」

 

 一夏が訝しげな視線を向ける。

 言葉の真意が、本気でわからなかった。

 

「織斑さんのお見舞いに行くと言ったら、快く送り出していただけましたし」

「……マジか」

「本来は明日にしようと思っていたんですけどね。その事を伝えたら『彼氏のお見舞いを後回しにするのはどうかと思う』とも言われまして」

 

 完全に外堀が埋められてるじゃねえかと一夏は思った。

 

「やっぱ彼氏って思われてるのな……」

「一応、今回は否定しておきましたけど」

 

 前回、明確に否定しなかった事の影響がありありと出ているのは間違いようのない事実だった。

 

「今になって否定するのは遅いんじゃねえのとは思うけど、まあいいや」

 

 今更愚痴っても、詮無いことなのだ。

 もしかしたら、嘘から出た真という言葉があるように本当になる可能性も秘めていることだし。

 

「あ、それと。クラス代表の事ですが」

 

 そういえば、今日の戦いはクラス代表を決める戦いだったと今更ながらに思い出した。

 

「ああ。それはお前が勝ったんだから、お前がやるのが当然だろ」

 

 もともと、やる気のなかった役職を、どうにかセシリアに押し付けられないかと思っていた所である。

 彼女に譲るのにはなんら抵抗はない。むしろ、やってくれと懇願する立場だ。

 だが、セシリアは釈然としない表情を浮かべているが。

 

「それに、クラス代表みたいな優等生がやるような役職は俺には合わん。お前の方がよっぽとお似合いだろうさ」

 

 優等生なのは見てくれだけだが、と付け加える。

 確かに、こうして、一夏と夜中に逢っている時点で優等生でもなんでもないので、セシリアも苦笑いするだけだった。

 

「では、クラス代表は拝命しましょう」

 

 セシリアは最初から立候補の立場にあった。

 そういう意味では、クラス代表の立場に就くのは異論はなかった。

 と、一夏が眠そうに目を瞬かせる。

 

「俺は寝るから、適当に帰っていいからな」

 

 言うや否や、一夏が目を閉じる。

 セシリアが来る前までに結構寝ていたはずなのだが、やはり疲労が溜まっているのだろう。ほどなくして寝息が聞こえた。

 一夏を起こさないようにと、ゆっくりと立ち上がり、改めて彼の顔を覗き込む。

 あどけなさが残る中にも、どこか男らしさを秘めていた。

 黙っていれば文句なしのイケメンである。

 

「おやすみなさい。──一夏さん」

 

 初めて、名前で呼んだ。

 たったそれだけの事なのに、胸が絞まるような感覚に襲われた。顔が真っ赤に火照ってるのが、触れなくともわかる。

 これは、しばらく練習をしなければ、気安く名前を呼ぶ事など出来なさそうだ。

 少しだけ、気安く呼べる箒の事を羨ましく思った。


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