ちょっと大人なインフィニット・ストラトス 作:熱烈オルッコ党員
でも恥ずかしくて呼べない!
──っていう葛藤が大好物なのでそれを書きたかっただけの話です。
「一組のクラス代表ってアンタなんだってね」
箒と水を取りに行った鈴は、帰ってくるなりセシリアに向かってこう口にした。
言葉を向けられたセシリアは、胸に手を当て、礼儀正しく答える。
「ええ。自己紹介が遅くなりました。わたくし、イギリス代表候補のセシリア・オルコットと申します」
「よろしく。あたしの事は凰じゃなくて鈴でいいからね」
「では鈴さん、これからもよろしくお願いしますね」
お互い、笑顔で挨拶を交わす。
「あと、今週のクラス対抗戦もあたしが出場することになったから、それも含めてよろしく」
と、なんでもないように付け加えた一言に一夏が反応を返す。
「ん? 二組の代表って別にいなかったか?」
クラス代表を決めるのに手こずったのは一組だけだ。
他のクラスは既に決定しているのに、転校して来たばかりの鈴がなぜ代表になったか、単純に疑問だったのだ。
「あたしも別に乗り気はなかったんだけどね。代表候補生で専用機持ちってバレた瞬間に担がれちゃって」
「へえ、お前も専用機持ちなのか」
「そ。それも第三世代機だって大盛りあがりでね。これなら一組にも勝てるって盛り上がってたわね」
そう肩をすくめる鈴。仕草だけでなく、口調からもやれやれという雰囲気が込められている。
同時に専用機持ち、第三世代機と言った瞬間、セシリアの目がすっと細くなった。
やはり、彼女もイギリス代表候補生として気になるのだろう。
中国は、欧州連合には所属していないが故に第三次イグニッション・プランには関係はないとしても、それでも気にせずはいられない。
だが、一夏と鈴はそんな事は気にした素振りはなく話を続ける。
「そりゃ期待もされるだろうな。確か、景品が豪華なんだっけか?」
「そうなの? あたし、その辺は全然知らないんだけど」
「食堂デザートのフリーパス券ですわね。わたくしもしっかりとプレッシャーをかけられましたわ」
今度は、セシリアが肩をすくめる番だった。
ちらりと周りを見渡すと、何人かが食堂のデザートに舌鼓を打ってるのが見える。
一人で食べているわけではなく、シェアしている辺り美味しいが値は張る。それが食べ放題となれば、目の色も変わるというものだろう。……仮に食べ放題としても、その後に訪れる地獄の日々を想像しない辺り、今を生きる学生らしいと言えば学生らしいが。
「んで、こいつが箒な。小学校の頃の幼馴染」
「……自己紹介くらい自分でやる。──篠ノ之箒だ。名字で呼ばれるのは好きではないから、私のことも箒でいい」
「じゃあ、よろしくね、箒」
と、セシリアが物思いに耽っている間に箒も自己紹介を済ませたようだ。
箒とはあまり話したことはないが、今後は名字で呼ぶのは控えようとセシリアは思った。
「にしても、お前がIS操縦者とはな。それも代表候補生ってすげえな」
「ふふん。あたしは優秀なのよん」
「お前、馬鹿そうに見えて実は頭いいもんな」
「なによそれ」
実際、快活そうなイメージが強い故に忘れがちだが、鈴は中国から日本にやってきた時、まったくと言っていいほど日本語は話せなかったが、すぐに習得する事が出来た。それこそが、優秀な証になり得るだろう。……まあ、異国の言語を覚えるにはその国の人を好きになればいいとはよく言ったもので、一夏と会話したい為に必死に覚えた側面はあるのだが。
「じゃあ優秀なあたしが、ISの操縦も教えてあげようか?」
「結構です」
セシリアが、一夏が返事をするよりも早く言葉を放つ。
「座学は私が」
そして、箒が続き、
「実技はわたくしが教えておりますので」
再度セシリアが釘を刺すと、鈴が楽しげに声を上げて笑った。
思い通りにコトが運んだ様で、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「あーごめんね。一夏とのお楽しみタイムを取られちゃ嫌よね」
「んなっ!?」
「でも、一夏にばっかかまけてて良いのかな?」
すうっと鈴の目が細められた。
「……どういう意味ですの、ソレ」
「んー試合の後になって、『一夏の練習ばかり見てたから、自分の練習は出来てなかった』って言われても嫌だなって」
小首をかしげた鈴が、顎に人差し指を当てながら言い返すと二人の間の空気が、途端に変わった。
「…………それは、わたくしではあなたに勝てないと?」
無意識の内に、セシリアは耳に付けられているイヤーカフスに手が伸ばしていた。
「こらこらこら。なに剣呑な雰囲気をだしてる。今は楽しくお昼を食べながら親睦を深めようのアレじゃないのか」
セシリアの口調に、不穏な雰囲気が混じったところで慌てて一夏が割り込む。
だが、鈴の方の肩を持ったと思ったセシリアが不満げに口を開く。
「だって織斑さん、この方が──」
「なに? アンタまだ一夏の事名字で呼んでるの?」
だが、セシリアのセシリアはみなまで言う事なく、鈴に遮られる。
鈴としては、結構親密な関係だと睨んでいたので、セシリアが未だに一夏を名字読みしていたのが引っ掛かったのだ。
「そういやそうだな。俺もオルコット呼びのままか」
今の今まで気にしていなかったのか、一夏も気付かなかったと大きく頷いていた。
セシリアとしては、先週の保健室で一夏が眠っている間に密かに呼びかけて、自分にはまだ早いと思っているのだが、一夏はそうでもないようだ。
「いや、あの……下の名前呼ぶのにはまだ抵抗が……」
「シャイか!」
正直に打ち明けると、鈴がすかさずツッコミを入れた。
声に出さずとも、一夏も、そして箒も同じ感想を抱いたのか、苦笑いを浮かべつつ、生暖かい目をセシリアに向ける。
「逆に、みなさんよく普通に呼べますわね」
半ば、八つ当たり気味に返すと、鈴と箒が名前呼びをする経緯を簡潔に話す。
「あたしは小学校からの仲だし……家に遊び行くと千冬さんいたから織斑呼びだとややこしいし」
「私も同じだな。小さい頃からの仲だし、千冬さんもウチの道場に通ってたからな」
「やはり幼馴染ってズルいですわ……」
そう愚痴を言ってみても、突然幼馴染になれるわけでもない。
では、どうするべきかとセシリアは考えを巡らす。
そして、二人の名前呼びになった幼馴染という事以外の共通点に気付いた。
「織斑先生と仲良くなれれば、必然的に名前で呼べるようになるのでは……?」
「ちょっと待って、どうしてそうなったの」
「コイツ恋愛ごとに関しては相当、ポンコツな気がするぞ」
「というか、一夏の名前を呼ぶ為に、なんでもっと高難易度の事に挑もうとするんだ……?」
ある目標を達成するために、より高度な目標を設定するのは、人が往々にしてやってしまうミスではある。
「別に普通に呼べばいいじゃねえか」
「そうそう。織斑より一夏の方が文字数少なくて呼びやすいわよ?」
「おい。お前はそんな理由で俺の名前呼びしてるのか?」
もっとこう、思い入れがあってもいいのではないだろうかと一夏は思った。
まあ、これはセシリアが名前呼びをしやすくする為に言ってるだけだと思うが。
「あたしはアンタの事はセシリアって呼ぶつもりよ?」
「それは文字数的な意味でか?」
「もちろん」
「いや、ちっちゃい『つ』を呼ぶの面倒くさがるなよ」
口に出すと、オルコットもセシリアも文字数的には大差無いのは事実である。いや、織斑も一夏も同じ事だと思うが。
だが、鈴に気を使って貰ったのも事実だ。
ならば、一回だけでも言うのが義理ではないだろうか。
小さく、「よし」と呟くとセシリアは上目遣いに一夏を見やる。
「えっと……じゃあ……い、一夏……さん?」
「お。やれば出来るじゃねえかセシリア」
途端、一夏に名前で呼ばれたセシリアが顔を真っ赤に染めた。
「なんなのコイツ! 高校生にもなってめっちゃピュアじゃん!」
「言ってやるな。お嬢様はこういう経験がないんだよ」
「私よりヤバい奴がいるなんて……」
鈴が囃し立て、一夏が便乗し、箒が少しだけマウントをとる。
セシリアは怒ってるような、恥ずかしいような、そんな顔をしながら一夏をキッと睨む。
「ず、ズルいですわ! わたくしだけこんな恥ずかしい思いをさせるなんて!」
「いや、コレに関しては完全に自爆じゃねーか」
名前を呼ぶだけで、恥ずかしがるのは恋愛ポンコツと言われても仕方がない面はあった。
唐突になんの葛藤もなく突然名前で呼ぶのはどうしても許せないんです