ちょっと大人なインフィニット・ストラトス 作:たんたんたんめん@オルコッ党員
「さて、やりますか」
日曜日、IS学園に用意されている調理場で、割烹着を着たセシリアは気合の入った表情を浮かべていた。
いや、気合というよりはどこか緊張感のある表情と言ったほうが正しいか。まるで、戦場に赴く兵士の様な面持ちである。
やろうとしていることはただ料理をつくるだけなのだが……セシリアが生物兵器よろしく毒物を作るのを考えると、あながち間違いではない気もする。
さて、そんなセシリアがこうして料理をしようとしているのは他でもない。
「卵料理くらい出来ねば、オルコット家の恥というもの……!」
本人的には、親睦パーティの一件が大分堪えている様である。
せめて簡単な料理程度なら作れないと、と思っているのだ。
彼女の立場を考えると別に料理が出来なくても何ら問題は無いとも思うのだが、それを許せないのはやはりプライドの問題か。
「ん? セシリアじゃねえか。何してんだお前」
セシリアが卵を割ろうとしたタイミングで、一夏が調理場に入ってきた。
彼が袋を持っている所を見ると、彼も何か作るつもりなのだろう。まあ、ここに来る時点で料理をする以外の選択肢は無いのだが。
「見ての通り料理をと思いまして」
「……大丈夫なのか?」
伺うような一夏の視線。パーティ準備の際のセシリアの醜態を覚えているのか、その瞳はどこか不安げに揺れている。
事実、彼女は卵を割ることすらおぼつかないのだから、その不安も当然とも言えるが。
「大丈夫ではないですわね」
「何堂々と言ってやがるんだお前は。つーかだったら一人でやろうとすんなっての。鈴とかに頼ってみろ、実家が料理屋だっただけにアイツも料理の腕は中々だしな」
言いつつ、一夏は袋から食材を取り出す。
中身はコーヒー豆のようだ。
「今日はご自宅に戻られると言ってましたが……目的はそれですか」
「ああ、箒に飲ました時は微妙な顔をされたからな。……このまま引き下がるなんて事は出来ねえ」
入学式初日の箒の反応がよほど堪えていたと見える。
自慢のコーヒーをあんな顔で飲まれたのが気に入らないというのはわかるのだが……。
一夏も一夏で、どこか覚悟を決めた兵士の顔をしていた。
「別に、ブレンドを試すのならここでやらなくても良いのでは?」
それこそ、自宅でやってくればよいのだ。
どうしてここでやるのかとセシリアが問うと、一夏は肩をすくめて答えた。
「別に今日はブレンドを試すつもりじゃない」
では、どういうつもりなのだろうか。
そんなセシリアの疑問を感じ取ったわけでは無いだろうが、一夏は続けて答えた。
「コーヒーを使ったスイーツでも作ろうと思ってな」
「はあ……」
「なんだその反応は」
「いえ、そういった物も作れるのかと思いまして」
「喫茶店でバイトしてたって言ってただろ? 軽食だけじゃなくてスイーツ類の作り方とかも教えてもらったしな」
むしろ、デザートやスイーツ系の方がメインだったなと一夏は思い返す。
ランチに力をいれるというよりは午後の優雅な時間を提供する場というのが一夏の働いていた喫茶店の特徴だった。……喫茶店に似つかわしくない定食屋のメニューもあったがそれは従業員の気まぐれによるところが大きいか。
「コーヒーを使ったスイーツですか……」
「まあ簡単なのはコーヒーゼリーだな。……つっても、苦いって言われたコーヒーをただゼリーにしましたってんじゃ芸がない」
「そうですわね。ミルクを用意して口当たりをよくしようにも、箒さんは見栄を張って使わなさそうですし」
「確かに、絶対そうするぞアイツ」
初日、無理をしてでも飲もうとした意地っ張りな幼馴染の姿を思い返し、噛みしめるように笑う。
「となると、何を作りますの?」
「そうだなあ……」
顎に手をやりながら、一夏は何かを探るように宙に視線を浮かばせる。
と、目についたのはセシリアが大量に用意した卵だ。
「お前、卵使うつもりだったのか」
「あ、はい。とりあえず卵程度は割れるようにはなりたいなと」
「ふーん。てことは、割った後の処理はまだ考えてないよな?」
「ええ、まあ」
「んじゃ、そいつ俺にくれ」
セシリアとしてはその後の処理方法は何も考えていなかったので、一夏の言葉に異論はない。
一夏とすると割るだけ割って後はどうするつもりだったのかが疑問なのだが、深く追求するのはやめておいた。
「つーかお前は未だに片手割をやろうとしてんのか」
「だって……」
「だってもクソもあるか」
にべもなく言い放つと、軽くセシリアの頭を小突く。
ISに置き換えると、最初からマニュアルモードで乗り回すような話だからだ。
「俺だって最初は両手で割ってたし最初から無理すんな。つーか今回は白身と黄身を分けるから両手の方がやりやすいしな」
「ところで一夏さんが作ろうとしているものってなんですの?」
「シフォンケーキだな。苦味は抑えられるし、生クリームを用意しとけば食べやすくなるだろ。……アイツが使うかどうかは別として」
そういう意味では、セシリアがまだ卵を割る前だったというのは一夏にとっても運が良かった。
指導無しではセシリアは黄身と白身を器用に分けるのが難しいというのは火を見るより明らかだったからだ。
学園がある程度食材は備蓄しているとは言え、このお嬢様は冷蔵庫にある卵を全て使うつもりだろうから。
「こうやってな。黄身と白身を分けてくれ」
横に並んだセシリアに見せるようにカツンとボウルに卵を当てて殻を割り、それぞれの手に持った殻にお手玉の様に何回か黄身を動かすと白身がボウルに落ちていく。
黄身だけになったところで別のボウルに落とす。
「こんな感じにやるから片手割はしなくていい。両手でしっかりやれよ」
「わかりましたわ」
調理の邪魔になるからだろうか、普段は下ろしている髪の毛を後ろに回して束ねる。
「──っ」
思わずといった風に一夏が息を呑んだを見て、セシリアは不思議そうに首をかしげる。
「……? どうかなさいまして?」
「……別に、なんでもない」
あからさまに視線をそらす。
そんな普段の一夏を思うと珍しい挙動に、セシリアの口角が釣り上がる。
「さては、わたくしのこの髪型に興奮してらっしゃいますの?」
「だから、なんでもないっての」
「はいはい。──でも、箒さんもこの髪型ではないですか」
「あいつは昔からあの髪型だから慣れてんだよ。お前がその髪型にするのははじめてだからな。そういう意味でびっくりしただけだぞ」
焦ったようにまくしたてる一夏。
それはもう見事な焦り様で、普段の余裕のある立ち振舞からは考えられない姿であった。
「では、そういう事にしておきましょうか」
反対にセシリアは余裕のある態度でふふっと笑みを浮かべる。
「ある意味では新鮮ですわね。あなたのこの様な姿は」
「……ほんとにうるさいっての」
ふてくされた様に呟いた一夏は、わざとらしくセシリアから目をそらす。
……まあ、それでもチラチラと彼女の方に視線を飛ばしてはいるのだが。
もちろん、それに気づかない筈が無いセシリアだが、あえて指摘はしなかったが。別に、見られること自体は不快ではないのだから。
「そういや、お前紅茶好きなんだろ? だったら用意してくれると嬉しいな」
「ええ、その程度なら喜んで。……思えば、これまで振る舞う機会がありませんでしたね」
というか、一夏が無事に週末に出歩けているのがまれだったりする。
どうにも金曜日に気絶をして保健室にお世話になる率が高すぎるのだ。
「それでは、わたくしは紅茶の準備をしますのでこれで」
「あ、おいコラ」
調理室を出ようとするセシリアに投げた一夏の声は、彼女に届くことはなかった。
終わってみれば、セシリアは卵を割るところまでしかしていない。
「お前、料理がしたかったんじゃねえのか……」
だだっ広い厨房に残された一夏のつぶやきを拾ってくれる人もまた、ここには居なかった。
実はまだ作中は4月です