ちょっと大人なインフィニット・ストラトス 作:たんたんたんめん@オルコッ党員
金はまだ準備が出来てないと思うので銀が先です
カーテンから、淡い光が差し込む。
「……ぅ……むぅ……」
温かく優しいその光が、少年の顔を撫でると、少年は少しだけくぐもった声を漏らす。
「朝……か」
少しだけ名残惜しそうに布団にくるまった後、「むん」と勢いをつけて起き上がる。
その後洗顔と歯磨きを済ませた彼は、コーヒーメーカーから黒い液体をカップに注ぐ。
「……うん。いい感じ」
満足気に頷くと、ホットメーカーに食パンと食材をセットしてコンロにセットする。
一夏は最近は食堂に行かず、もっぱら自室で済ませる事が増えていた。
一ヶ月たち、好奇の視線を集めるということは少なくなってきたと言うものの、それでも注目されることに変わりはなく、出来るだけその視線から逃がれるべくこういった生活スタイルに落ち着いていた。
出来上がったホットサンドを食べつつ、一夏は今日の時間割を眺める。
ゴールウイークは今日で明け、学園はいつもどおりの日常を取り戻す事になる。
「今月までは座学が中心、か」
入学当初は他の生徒よりも遅れをとっていた一夏も、今では先取りをしているくらいである。
他の生徒は、6月からISを乗り出す為、授業もそれに合わせているが既に専用機持ちの一夏はそれではまずいということで、予習を重ねていたからだ。
とはいえ、既に学んでいるから内職をしようと思っても、千冬がそれを許すはずも無いのだが。
「一夏さん。起きてらっしゃいます?」
ノックと同時に、投げかけられる声。
時計を見ると、そろそろ登校する時間には丁度いい時間を指していた。
扉の向こうに、「今行く」と告げると一夏は制服の上着を羽織り、かばんを手にする。
「おはようセシリア」
「はい。おはようございます、一夏さん」
セシリアは同学年の者と比べても遥かに長いスカートをつまみ挨拶をする。
何度見ても、その貴族らしい挨拶には慣れない。……らしいというか、彼女は紛うことなき本物の貴族なのだが。
「別に、毎日起こしに来なくたって俺は寝坊なんかしねえぞ」
セシリアを連れ立って歩きながらぶっきらぼうに一夏は告げる。
クラス対抗戦のその後くらいから一夏は今の生活スタイルに落ち着いたのだが、セシリアは毎朝こうして迎えに来るようにいなったのだ。
「はい。知ってますわ」
「だったらわざわざ来なくてもいいだろうに」
「あら。わたくしは一夏さんと一緒に登校をしたいから来ているのに、そんな言い方をされるのですか?」
目を伏せ、心底傷つきましたと言わんばかりのその様子に、一夏は慌てる……なんてことは無く苦笑を浮かべた。
「はっきり言いすぎだっつーの。日本人は察しと思いやりを心情にしているんだ。そうやってガツガツ来られると引いちゃうんだぞ」
「それは、相手の好意を察せられる人だけが言える言葉ですわね」
「……うるせえ」
と、寮と校舎を繋ぐ道を歩ききり校舎に入ると、職員室の手前で立っている女子生徒の姿が目に写った。
この学園の生徒にしては珍しく、スカートタイプの制服ではなくズボンを履いている。
銀髪が陽の光を浴びてキラキラと煌めく様は、まるで人形の様な雰囲気を放ちそうなものだが、実際に彼女が纏う空気はどこか冷たくどこか近寄り難く感じた。
「あんな奴うちの学校にいたっけ?」
「いえ、いませんわね。……というかあの方は──」
心当たりが無い一夏とは対象的に、セシリアは何かを知っているのか言葉を紡ごうとする。
しかしそれよりも早く件の少女がこちらに気付き、近づいてきた。
「織斑一夏だな」
「そうだけど……俺に何か用か?」
向こうが、自身の名前を知っているのは不思議ではない。
うぬぼれてるわけではないが、ISに関わっている人で自分の名前を知らない人はいないだろう。
それよりも気になるのは、彼女のことだ。
初対面のはずだが、どこか聞き覚えのある声に記憶を探る。
「いや何、改めて自己紹介をと思ってな。私の名前はラウラ・ボーデヴィッヒだ。こうやって面と向かって話すのは初めてだからな」
「そりゃどういう事……ってもしかしてお前」
そこで何かを思い出したのか、ハッとした表情になる。
「ようやく気付いたか」
呆れ気味な少女。
確かに、この声に聞き覚えが有るはずだ。そして、向こうから見れば呆れられてもしょうがないだろう。
「いや、あの時は軍人と話しているとは思っていたから同い年だとは思ってなかったんだよ」
「だからお前はずっと敬語だったのか……」
言い訳がましく告げる一夏だが、まさか一夏の方も軍人が十代。それも同い年だったとは思わなかった。
それ故、気付くのが遅れたのだ。
と、そこにセシリアが割り込んできた。
「一夏さんはボーデヴィッヒさんとお知り合いなのですか? なぜドイツの方と繋がりが?」
ラウラ・ボーデヴィッヒ。
その名はセシリアも聞き及んでいた。
ドイツ代表候補生という少女の名は。
なので、疑問だったのだ。一夏がどうして彼女と親交が有るのかと。
「ああ。千冬姉が一年くらいドイツで教官をやってた話は知ってるな?」
「ええ、それは」
一夏が誘拐された際、その時に千冬に一夏の居場所を伝え、協力したのはドイツ軍だというのは。
そしてその見返りとしてドイツ軍に協力していたというのは、以前聞いていた。
「私はその時に、教官……織斑先生にご指導頂いていたのだ」
「なるほど。ですがそれは織斑先生との繋がりであって、一夏さんとの接点のある説明にはなりませんが」
セシリアがそう言うと、一夏とラウラはどこか気まずそうな顔でお互いを見合う。
その二人の様子に、セシリアはムカムカしたものが心のなかで首を擡げたのを自覚した。
「あの、何か言い辛い事でも?」
「いやまあ、言い辛いというかなんというか……」
「……そのまあ、アレだ。教官の名誉にも関わることだからな」
「それはどういう───」
二人の態度が気になったセシリアが追求しようとした瞬間、職員室のドアを引く音とともに別の声が割り込んだ。
「──オルコット。それは私の方から説明しよう」
我らが一年一組の担任、織斑千冬だった。
千冬は、二人に説明させるのをどこか嫌がるように早口でまくし立てる。
「私がドイツにいた時、特に親しくしていたのがボーデヴィッヒなんだ。休日は部屋に招いたりしていたんだが、その時に織斑と電話でのやり取りはしてな。だから声だけの繋がりはある訳だ」
千冬の説明を聞き、成程とセシリアが頷く。
「招いてたって千冬姉……」
「まあ私が教官の部屋に招かれていたというのは事実だからな……」
部屋に招いたと言ったあたりで一夏とラウラが眉をひそめてはいるが、説明としては通っている。
小声で何やら呟いている二人の様子がやはり気になるが、あまり突っつくのはやめておけとセシリアの本能が警鐘を鳴らした。
「丁度いい。織斑、今日は一日ボーデヴィッヒに付き合って学園の案内をしてやれ」
「あ、はい。わかりました」
「ボーデヴィッヒもそれで良いな?」
「はい。異論ありません」
伝えることは伝えたと千冬は三人に「ホームルームには遅れるなよ」と最後に告げ職員室に戻った。
千冬の姿が見えなくなった瞬間、一夏が頭をガシガシと掻きながらほやいた。
「案内っつってもな。食堂と……後は寮くらいか?」
「どちらも既に案内マップを見て把握している。案内の必要は無い」
きっぱりと言い切ったラウラに、一夏もだろうなと曖昧に頷く。
「ああ。だが、アリーナの申請方法。これはわからないから教えてくれると助かる」
「了解了解。訓練機の申請方法も必要か?」
「そちらは問題ない。私も専用機持ちだからな」
専用機持ちという事は彼女も代表候補生なのだろうかと一夏はぼんやりと感じた。
そこに鋭い視線を向けたのはセシリアだ。
「専用機……ということは、現在開発が進んでいるレーゲン型ですか?」
「そうだ。イギリスと同様に、我が国でもデータ取りをする為にこうして私が派遣された」
二人の間で、見えない火花が散ったような気がしたが、一夏はなんのことかよく分からなかった。
まあイギリスとドイツだから仲が悪いのかなと思う程度だ。
「話は変わるが、一夏は放課後は暇か?」
「今日の放課後は、セシリアとISの練習が入ってるが……」
「ならば丁度良い。一つ手合わせ願おう」
願おうと言ってはいるが、断れるような雰囲気は感じられない。
これは決定事項だと言わんばかりだ。
「模擬戦か。──セシリアはどう思う?」
「よろしいのではなくて? わたくしや鈴さんといった手の内を知っている相手とやるよりも、手の内を知らない相手と戦うのは瞬時の対応が求められますし、なによりも初顔合わせの相手と戦う事自体が刺激にもなりますし」
「ふむ。事前に機体データを渡そうと思っていたが、そういう意図があるのならやめておいた方がよさそうだな」
随分、大盤振る舞いをするつもりだったものだとセシリアは感じた。
ISに関する情報は直ぐに開示せねばならないとは言え、自発的にやる事は少ない。
それをわざわざ自分の方から提案するのだから、どうにも不自然だと。
有無を言わせぬ雰囲気で模擬戦を提案したりする辺り、何かラウラに考えはあるのはわかるのだが……。
「そう勘ぐるな。深い意味はない」
考えている事が読まれたのか、ラウラに声をかけられる。
「一夏が、現時点でどれだけやれるのかを測るだけだ」
「……一夏さんの実力を知ってどうされるつもりで?」
「ふむ……。どうするつもり、か」
腕を組み、ラウラはポツリと呟く。
今度はラウラが考え込み始めた。もっとも、こちらは答えを探っていたセシリアと違い、既にある答えの伝え方を考えてる風だが。
「ある程度の実力があれば何も問題はない。だが、弱ければ鍛える。それだけだ」
答えている様で答えになっていない。
それは、あくまでも実力を知ってその後の対応を話しているのであって、なぜ一夏の実力を知りたいのかには繋がっていない。
セシリアがそこを指摘しようと口を開くよりも早く、一夏が手を叩いた。
「成程、俺のコーチ志望って訳だな。その為に、現時点の実力を知って教え方を考えると」
まとめた風に言っているが、その実、ラウラの言った内容を言い換えているだけだ。
セシリアがどうにも、釈然としない思いを抱きながらもトントン拍子で一夏とラウラの模擬戦が決まった。