ちょっと大人なインフィニット・ストラトス   作:熱烈オルッコ党員

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初めての実習

 グラウンドへ足を踏み入れると、途端に視線が突き刺さる。

 一夏というよりは、シャルルへが大半だが。

 着替えた時は、時間ギリギリかと思ったが、早足で来たからか、まだ授業が始まるまでは余裕があった。

 

「お前に興味津々って感じだな。まあ、新しい男子生徒だし無理もないか」

「ごめん……」

 

 思わず、当てつけるように言ってしまった。

 やはり、今の自分は余裕がない。

 妙に客観的にそう思えた。

 

「まだ授業まで時間あるし、色々聞いてみたらどうだ?」

 

 特に、転校生が来ると喜び勇んでいた相川を意識して言う。

 本来は、シャルルと一緒にいるべきなのだろうが、つい邪険に扱ってしまいそうなのだ。

 そうすると、周りに違和感を与えてしまいかねない。

 一夏の呼びかけを聞いて、相川を筆頭にシャルルに人が群がる。

 シャルルの姿が見えなくなってようやく、一夏は大きく息を吐いた。

 

「──何かありましたの」

「おわっ!?」

 

 声をかけられると思っていなかった一夏が、情けない声を上げる。

 ここまで驚かれると思っていなかったのだろう、声をかけたセシリアも驚いた様子だ。

 が、直ぐに取り繕ったセシリアは少しだけシャルルの方に視線をやって、ポツリと呟いた。

 

「同じ男性が来て嬉しいのかもしれませんが、気を抜かぬよう。操作を誤ってもわたくし達は絶対防御が守ってくれますが、生身の方には被害が及びますので」

「わかってるよ。悪いな、心配かけて」

 

 普段、一夏はここまで素直に礼を言わない。

 その事に違和感を覚えたがセシリアだったが、結局セシリアは何も言う事はなかった。

 そんな様子のセシリアを見て、一夏はもしかしたらコイツもシャルルの事に気付いているかもなと思った。

 だから、浮かれるなと忠告してくれたのだろう。

 

「なんだかなあ……上手くいかねえもんだな」

 

 ガシガシと頭を掻きむしる。

 少なからず、嬉しかったのだ。同じ男が来ると知って。

 だから、男装していたとわかった時、その反動でシャルルに強く当たってしまったのだ。

 これではいけない、と一夏は自分自身に言い聞かせた。

 と、ざわついている空気が一変した。

 千冬が来たんだろうなと一夏は思った。

 

「整列!」

 

 空気を切り裂くような、掛け声。千冬だ。

 たったこれだけで、一組と二組の生徒は無駄口を叩くことなく整列をする。

 千冬だけでなく、ラウラも満足だろう。一夏はぼんやりと思った。

 

「実習に移る前に、使用するISの説明を行う。デュノア、前に出ろ」

「はい!」

 

 指名を受けたシャルルが前に出た。

 一夏から見た限りでは、動揺はなさそうだ。

 

「お前は、ラファール・リヴァイヴの説明をしろ」

「はい。ラファール・リヴァイヴですが、デュノア社製のISになります。世代としては第二世代型ですが、開運用開始が第二世代開発最後期という事もあり、そのスペックは高く評価されています。その証拠に、最後発でありながら世界第三位のシェアを誇ります。特筆すべきは操縦の簡易性で、操縦者のタイプを選ばない本機は豊富な後付装備が可能ということもあり、格闘・射撃・防御といったように全距離、そしてあらゆる戦闘に対応が可能となっています」

「よし、そこまででいい。流石に実家のISの説明は慣れているな」

「ど、どうも……」

 

 千冬に褒められた時に、ぎこちなく笑ったのを一夏は見逃さない。

 

(実家が大企業、ね……)

 

 その後、打鉄の事も説明されていたが、一夏は別の事を考えるあまり、聞いていなかった。

 

「では実習に移る。専用機持ちがリーダーとなり、十一人グループに分かれて行うように」

 

 いつの間にか、説明を終えたのか、千冬がそう号令を出した。

 次の瞬間、予想通り一夏とシャルルの周囲に女子が群がった。

 

「織斑くん私に色々教えて!」

「デュノアくんよろしくね!」

 

 などなど、口々に投げかけられる。

 さてどうしようかと一夏が悩んでいると、群がる女子生徒の背後からどこか殺気の様な気配。

 

「やる気があって結構な事だ。織斑先生の指示では十一人という事だが、やる気があるというのなら私は何人でも構わないぞ」

 

 千冬が出席簿を振り下ろすよりも早く、ラウラが切り出した。

 何故か、普段は見せない満面の笑みを浮かべていたりする。とはいえ、ラウラから放たれる空気は優しいものは微塵も感じられないのだが。

 

「どれ、それだけやる気があるのなら飛行までやってみようか? いや、戦闘をしても良いかもしれないな」

「すみません! 真面目にやります!」

 

 誰かが言うのを皮切りに、口々に謝罪の言葉を上げる。

 やはり、こういう時はラウラが適任だなあと一夏はぼんやりと思った。

 これからも面倒事があったら積極的に頼ろうと固く誓った。

 

「ふん。最初からそうしていれば良いんだ」

 

 鼻を鳴らしたラウラは、それまで纏っていた気配を消し、振り分けを始めた。

 振り分けられる人を見ながら、一夏がある事に気付く。

 

「あいつどんだけハイスペックなんだよ……」

 

 ラウラは、何も考え無しで振り分けているのではない。

 例えば、自分の所に来ている人に目を向けると、運動神経が良さそうなメンバーや、座学の成績が優秀な者だ。

 おそらく、指導する側の面子で、一番頼りない自分の所に、教え易そうな人を置いているのだ。

 他のグループに目を向けても、ラウラはある程度の基準を持って振り分けている。

 セシリアのグループは、運動神経は良くないものの、座学の成績が良い生徒。これは、理論派のセシリアの説明を聞ける者という基準。

 鈴はセシリアとは反対に、座学の成績はそれほど良くはないが、運動神経は良い生徒。感覚で教えられても問題がない生徒だ。

 もし、これが逆の組み合わせなら、教える方も教えられる方もお互いに大変だろう。

 そして、ラウラが自分の手元に残しているのは、座学も運動神経も良くない、言い方は悪いが落ちこぼれと評される側の者達だ。一夏の目から見ても、一番教え馴れていそうなラウラに付けたという事か。

 最後にシャルル。こちらは習熟度と言うより、他の要素で選んでいるのだろう。

 先程、一夏とシャルルのグループに入ろうと押しかけて来た面子はいない。押しの弱そうなシャルルを思って、あまり前に出すぎない、引っ込み思案な生徒を選んでいるのだ。

 

「凄いよねえボーデヴィッヒさん」

「ああ。……つーかアイツなんで二組の生徒の成績とか知ってるんだ?」

 

 自分のクラスの成績を把握しているだけでも凄いのに、ラウラは他のクラスの情報まで仕入れていた事になる。

 やはり、ラウラはこのクラス、いや学年で見ても頭一つ抜けているだろう。

 

「すみません織斑先生。十一人ずつの配分という事でしたが、少し差が出てしまいました。このままでもよろしいでしょうか」

「ああ、良いだろう」

 

 基準があっての振り分けなのだから、千冬としても問題は無いようだ。

 そして、かつての教え子の成長に何処か誇らしそうに薄っすらと笑みを浮かべたのが一夏にはわかった。

 

「じゃあ皆さん! これから訓練機を一機ずつ取りに来て下さい! 数は『打鉄』が三機、『リヴァイヴ』が二機です。好きな方を班で決めてくださいね!」

 

 真耶の声が響き渡る。

 一夏は既に何を持ってくるか決めていたが、どちらを選ぶのか話し合うのも勉強の一環と思い直し、班員の意見を聞くことにした。

 

「どうする? どっちを持ってくる?」 

「うーんさっきのデュノアくんの説明だとリヴァイヴの方が良いと思うけど、私は打鉄かな」

「ふむ、どうしてそう思う?」

「だって操縦の簡易性が特徴って言ってたでしょ? でもそれって、ある程度操縦できる人が言える言葉でしょ?」

 

 同じグループになった鷹月の説明を聞いて一夏は「ああ」と曖昧に頷く。

 やはり、このグループの生徒は優秀だなと思った。

 適当に考えている訳ではないのだ。

 だが、一夏の考えは逆だ

 

「俺はリヴァイヴが良いと思うぞ。お前が言っていることはその通りだが、俺達が乗りやすい奴を持って来ても良いのか?」

 

 生徒に目をやると、なんだかわかったような、わからないような。そんな表情を浮かべていた。

 

「お前らは優秀だから、乗りやすい奴は他のグループに譲ってやれ。それに操縦が難しいからこそ、上達するってもんだ」

 

 それを聞いて、ようやく得心がいったかの様に皆が頷いた。

 と、ここで話を終えれば良い説明だったで終わるのだが、自嘲気味に笑いながら一夏は付け加えた。

 

「まあ、教える側の能力はここのグループが一番低いがな。頼むから手をかけさせないでくれよ」

 

 苦笑いを返されながら、一夏達は仲良くリヴァイヴを取りにい行った。

 

「さてと、じゃあ始めるか。トップバッターはお前だ」

「は、はい!」

 

 そう言って一夏が相川を指名すると、裏返った返事が返ってきた。

 表情を見ても、固さが伺える。

 一夏は相川に近づくと、苦笑交じりに口を開く。

 

「ISに乗るのが初めてってわけでもないだろう? 別に失敗したって死ぬわけじゃないんだ。肩肘張らず気楽にやれ」

 

 それに、と一夏は続ける。

 

「俺が乗った時なんか、カタパルトで飛び出して地面に激突したんだ。それに比べたらその可能性は無いからな」

 

 気安く背中をバンバンと叩いてやると、相川のどこか気負ったような表情は消えていた。

 相川はリヴァイヴを纏うと、ぎこちない足取りで一歩、また一歩と足を踏み出す。

 必死な表情で歩みを進める相川を一夏は一度止めた。

 

「ちょっとお前。今何を考えてる? 具体的に言うとどこを意識してる?」

「えーっと……どこって言われても足だけど……」

「意識の向け方を変えよう。お前は日常で歩く時にわざわざ足を意識してるのか? なんとなく歩こうと思えば歩けるんだ」

「そんな無茶苦茶な……」

「いいから」

 

 一夏の言葉に半信半疑の相川だったが、いざやってみるとスムーズに歩けたようで驚いた表情を浮かべていた。

 

「空を飛ぶ──そういう人が本来しない動きってのはコツがいるがな。日常でやっている動きはISでもほとんど同じだ。あれこれ考えずに自然にやってみるのも手だな」

 

 続いて、二人目はこれまた同じクラスの鷹月。

 こちらも同じように歩行に挑んだのだが、こちらもぎこちない動きをしていた。

 本人もどういうわけかわからず首をひねっている。

 

「あー。相川は割と感覚でやれるやつだからな。IS自体を自分の体の一部だと認識出来るんだろうよ。けど、お前は割と理屈っぽいところがある。つまり、どこかでISを自分とは別物だって思っているんだ。その場合は無意識に『歩こう』って思っても無駄だ。どっかで少なからず意識しちまってるしな。だからお前の場合は理屈で覚えろ。歩くって動作を言語化すればいい。生身のときだって、身体の部位を色々使って歩くわけだろ?」

「右足を踏み出す時は左手を前に出す……とか?」

 

 鷹月が不安そうに呟いた一言を頷いて肯定してやる。

 ただし、と一夏は付け加える。

 

「もっと細かく出来る。踏み出す足はどこにつくのか。重心の移動のタイミングはどうするのか。その重心を移動させるためにはISのどこを動かせば良いのか。そもそも、重心は今どこにあるのか。──一概に歩くと言ってもこれだけ意識することがある。だが、コレさえできればあとは応用だ。とりあえずはそういうのを意識してみろ」

「難しいね……」

「ただまあ、考えないようになるの一番だな。理屈っぽいセシリアだって細かい動きはともかく、基本的な動きは意識していない筈だ。歩く、止まる、飛ぶ。この三つは考えずにやれるようにならないとな」

 

 ちなみに、コレはセシリアの受け売りである。

 その後、授業は続き大きな波乱もなく順調に過ぎていった。 

 ちなみに、ラウラのグループは全員がわずかとは言え地面から浮かべるようにまでなっていた。




基本大人が集まっていますが、シャルだけはそこまで(というかまったく)変わっていません
環境的に、変わる要素がなかったとも言えます

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