ちょっと大人なインフィニット・ストラトス 作:たんたんたんめん@オルコッ党員
「千冬姉。話がある」
代表候補生組と話し合った翌日の夜、一夏はこうして千冬の部屋を訪ねていた。
「学校では織斑先生と呼べと言いたいところだが……まあ、今日は許そう」
一夏の表情を見た千冬は、何を聞きに来たか悟った様で、素直に部屋に上げる。
「……意外に、綺麗にしてるんだな」
部屋に入った一夏は一瞥すると、そう呟いた。
綺麗に、と評価しているが服は脱ぎっぱなしだったり、ビールの空き缶がゴミ箱から溢れていたりと、お世辞にも褒められる部屋ではない。
だが、自宅の惨状を知っている一夏からすれば、これでも片付いている方なのだ。
「で、話ってなんだ? オルコットと付き合う事にでもなったか?」
「待ってくれ千冬姉。俺、結構シリアスな感じで来たよな? どうしてそんな話になったんだ?」
「何を言う。唯一の男性操縦者が、イギリスの代表候補生と付き合う事になったんだ。大変なのはこれからだろう? その相談に来たとなれば、深刻な顔になるのも当然だ」
うんうんと一人頷く千冬に、一夏はどこからツッコムか悩んでしまった。
というか、その場合は間違いなくセシリアも連れてくるつもりである。
「聞きたいのはシャルルの事だよ」
何時もなら、冗談の応酬に付き合っただろうが、今はその余裕はない。
持ってきたコーヒーを注ぎながら、一夏は言葉を続けた。
「アイツ、女だろ」
「ほう」
一夏から見て、千冬の表情に変化はない。
いや、少しだけ口角を上げている。
「話をする前に、一つだけいか?」
「ああ」
「お前はどうしてデュノアの面倒に首を突っ込もうとする? 放って置いても文句は言われないから、放っておけ」
「どうしてって言われてもな……」
建前は色々と考えつく。
だが、姉の前でそれで良いのかと一夏は思い直した。
「今の世の中だと時代錯誤って思われるだろうけど、泣いてる女の子を放って置くのは俺には出来ないんだよ。男はやっぱ女の子を守るべきだと思う……ってのは男尊女卑かな?」
まあ、泣かしたのは一夏自身なのだが。
いや、原因はデュノア社で俺は悪くないと自身に言い聞かせる。
「確かに時代錯誤もいいところだな。それに、その理屈で言えば私も守ってもらわないとな」
「そいつは難しいな」
あっはっはと、誤魔化す様に一夏は笑う。
世界最強の千冬を守るとはどんな冗談だろうか。
むしろ、こちらは守ってもらってばかりだ。
「セシリアと話してな。俺等は学園側も了承した上で、シャルルを受け入れたという結論に達した。だから、理由を聞かせて欲しくてここに来た」
「ふむ……」
「それに、鈴とラウラも気付いている。感の良い奴らもそのうち気付くと思う。学園側がどういう意図で受け入れているのか。それを知れば俺達の動きも合わせられる」
言いながら、千冬は一夏の淹れたコーヒーに口を付ける。
しかし、セシリアと一緒に考えたとは言え、良くこの結論にたどり着いたものだと素直に思った。
一夏は、下手に動く不味さも弁えこうして相談に来たのだろう。
これなら話しても問題ないと千冬は思った。
「デュノア、だとややこしいか、シャルルの転校……いや、保護はデュノア社からの依頼でな」
やはり、と一夏が呟いた。
予想していた事だからか、動揺した気配はない。
保護、という言葉に眉を寄せた程度だ。
「保護が目的だったら、別に男である必要はねえだろ」
一夏の言う通りだ。
むしろ、女のまま入学してくれた方が学園側の調整もなく安易に入る事は出来る。
しかし、シャルルの肩書がそれを否定している。
「代表候補生って事は国も絡んでる筈だ。どうしてフランスがこの話に乗る?」
良く視えている。
千冬は、一夏にこうなって欲しく無かったから、ISから遠ざけていた。
だが、現実問題、一夏は知らなくて良いことまで知ろうとしている。
そして、今の一夏を誤魔化すことは出来そうに無いことも悟ってしまった。
「デュノア社の問題は二つだ。シャルルと、第三世代機の開発だ」
そこで、千冬は一度息を吐く。
言い難い事だろうかと、一夏が身構える
「シャルルは正妻との間に産まれた子ではない。愛人との間に産まれた子だ」
これまで、ほとんど表情を変えなかった一夏の顔が険しい物になった。
ラウラから聞かされていたとはいえ、ハッキリと明言されるとやはり受け止め方は変わってくる。
「デュノア社は世襲制だ。しかし、現社長と妻の間には子供がいなくてな。永らく、後継者の事が問題になっていた。……が、そこにシャルルという存在が浮上した」
「アイツを跡継ぎにするつもりか。愛人の子供って事はそれまではマトモに扱ってこなかっただろうに、途端にそれか」
一夏が吐き捨てるように言う。
それを千冬は咎めるように首を振る。
「誤解するな。現社長に後を継がせるつもりはない。だが、周りはどう思う? 会社を狙うものがシャルルを旗印に担いだらどうする? それに、シャルルさえいなければという者も現れるだろうな」
落ち目とは言え、世界を代表するISメーカだ。
内部にも、外部にも社長の椅子を狙う者は多い。
そういった者達にとってシャルルは疎ましく思う存在であり、喉から手が出る程欲しい人材であったりもする。
「それを守るために、デュノア社……というよりは社長だな。彼は何処よりも保護するのに向いているIS学園に送り込もうと画策した」
「特記事項、か」
一夏が記憶を探り呟く。
特記事項は学園内にいる限り、いかなる組織も介入する事は出来ない事を記している。……無論、抜け道が無いとは限らないが。
しかし、これら全てデュノア社の問題だ。
フランスは何一つとっても関係ない。フランスを巻き込んだ理由がある。
「フランスとしても、第三世代機の開発は急務。それに……お前の存在はどこの口も喉から手が出る程欲しい存在だということは分かっているな?」
「だから、シャルルに命令した。俺に接近しろ、白式のデータを盗め、と。──実際、送り込む理由になれば何でも良かった訳だ」
杜撰な男装も、そういう理由があってだろう。
目的がデータを盗む程まで親密にさせる事なら、もっと手の込んだ男装をさせる。
だが、目的がそもそも違うのだ。
学園に入ることだけが目的なら、そこまで男装に力を入れなくてもすむ。
「男性操縦者、それも国家代表候補生となれば疎ましく思う者も安易に暗殺という手は取れない。フランス政府に対しては、白式のデータを盗ませて第三世代機の開発を加速させる為に、という風な事でも言ったのか」
言いながらも一夏は、デュノア社の動きに舌を巻いていた。
言葉にすればこれだけだが、よほどの手腕がなければ実現させることは不可能だった筈だ。
「デュノア社はシャルルの在学中に全ての片を付けるつもりらしい。反体制派の粛清と第三世代機の開発をな」
「反体制派を粛清すれば、シャルルの命は守られる。第三世代機の開発をすれば、フランス政府にも文句は言われない」
在学中と言っても、三年もないだろう。
長く見て一年。もしかしたら年内には形にしなければ厳しいだろう。
だが、それだけの覚悟は決めているのだと一夏にも容易に想像できた。
「その事を知っているのは?」
「学園長と私。あとは僅かな教員だけだ。フランス側も、最小限の人数だけだと聞いている。反対派が性別すら把握していなかったからこの計画を強行したらしい」
それでも、何時まで粘れるかわからない。
が、その時は特記事項を盾にするつもりか。
しかし、一夏は他に気になる事もある。
「でも……だったらそれをシャルルに伝えてやれば良いじゃねえか」
シャルルは明らかに追い込まれている。
追い込んだのは一夏達だが、それでも本人が事情を知らされていれば、精神的に余裕が生まれたはずなのだ。
「確かに、本人に話した上で予定通り計画が達成するのがベストだ。だが、第三世代機の開発に失敗したら? フランス政府は責任逃れの為、デュノア社を徹底的に追求するだろう。その時、シャルルが全てを知って動いたのであれば共犯者になってしまう。だが、知らなかったとすれば話は別だ。命令され、強要されていたと逃げられる。言い換えれば、シャルルの罪を軽くする事が出来る」
学園にシャルルの話をしに来たアルベールの姿を、千冬は思い出していた。
それは、我が子を思う父の姿そのものだった。
本来は、千冬としては頷ける話ではなかった。
だが、一夏を危険から遠ざけるため、ISに触れさせない様にしていた事や、誘拐された時に、一夏を救うために国を捨て、無茶をした事。
それがあったからか、共感してしまったのだ。
「──わかった。なら、俺は何もしない」
しばらく、黙っていた一夏がポツリと呟いた。
それを聞いて、千冬は内心でホッと胸を撫で下ろす。
この場合、何もしないというのが、一番ありがたいのだ。
「シャルルに本当の事を言いたいけど、アイツの為にならねえ。それどころか、迷惑をかける事になるんだろ」
「ああ、そうだ」
誰よりも優しい一夏が、そうすることが一番良いと頭では分かっていたとしても、何もしないという選択を採るしかない現実は、相当な苦痛なはずなのだ。
しかし、自分がどう思うかではない。シャルルの為に一夏は何もしない事を決めた。
それが、千冬にとっては嬉しかった。
(……本当に、大人になった)
立場が変わったからか。知らなくてもいい世界を知ってしまったからか。
或いは、その両方か。
一夏の成長した姿に、千冬は思わず目頭が熱くなるのを感じた。
もしかすれば、これが子供の成長を見守る親の気持ちという事か。
(いかんな、コレは)
これ以上はみっともない姿を晒しそうだ。
千冬は誤魔化す様に一夏の頭を乱暴に撫でる。
照れたような笑みを浮かべた一夏をみて、千冬はまたなんとも言えない気持ちを抱く。
「一夏。話は終わりだ。──明日も早いぞ、織斑。寝坊はするなよ」
「千冬姉、話してくれてありがとう。──分かりました、織斑先生」
そう言って、頭を下げ再び顔を上げた一夏の表情は、生徒のソレに戻っている。
少し、寂しいなと千冬は思った。