ちょっと大人なインフィニット・ストラトス   作:たんたんたんめん@オルコッ党員

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織斑一夏という少年

 さて、時刻は夜。

 食堂で夕食を済ませた一夏は、あてがわれた寮部屋で教科書を開いていた。

 ちなみに、荷物関連はご丁寧に一夏が部屋に入ると既に運び込まれていた後だった。念の為確認したが、コーヒー豆はやっぱり千冬好みのばかり、一夏はその事実にちょっと絶望した。

 とはいえ、豆を運んでくれただけでも感謝せねばならない。残りの豆は週末にでも家に取りに行けばいいだろう。

 と、教科書を眺めていると、ドアをノックする音が響いた。

 

(誰だ? こんな時間に)

 

 疑問に思いつつも、ドアを開けてみるとそこには自身の姉、千冬が立っていた。

 

「織斑先生。どうしたんですか?」

「ああ。夜にすまないな。お前が女子を連れ込んでいないか、確認しに来た。これも寮長としての仕事だ」

「初日に女連れ込むって俺はどんなワイルドスケベですか。しませんよ、そんな事」

「私もそんな事をしていないと信じたいんだが、やはり寮長としてはこの目で確認しないとな。──良いから部屋に入れろ」

 

(あ、駄目だこの人。どうやっても部屋に入るつもりだ)

 

 なんとなく、女どうこうは建前で、本音のところが見え隠れしている事に気がついた一夏はおとなしく千冬を部屋に入れることにした。

 部屋に入った千冬はベッドの辺りまでツカツカと歩いていき、女子が居ないことを確認するとつまらなさそうな表情を浮かべた。

 

「なんだ、誰も居ないのか。女の一人くらい連れ込んでいれば面白いものを」

 

 そんな姉の一言に苦笑いを浮かべながら後手に一夏は扉を閉める。

 

「教師がそんな事を言って良いのか?」

「良い訳あるか。だが、年頃の弟を思う姉としての言葉ならアリ、だろう?」

「いや、ねえだろ。もし致してる最中だったらどうするつもりだったんだよ」

「そこは教師として厳罰を与えよう」

「理不尽すぎる」

 

 完全に、教師としての仮面を外した千冬は、一夏の使っていない方のベッドに座った。

 普段はジャージやスウェットだが、今はスーツ姿だ。

 キッチリとした格好でだらけるというのはなんともチグハグな印象を与える。

 

「これでも、一応仕事で来てるんだぞ?」

「そうなのか?」

「ああ。お前は女子校に入学させられた男子生徒だからな。精神面で参ってないか確認にな」

「なるほど。それはお優しいことで。──で、本命は」

「お前の淹れたコーヒーを飲みに」

「やっぱそっちが目的じゃねえか」

 

 まあ良いけど、と一夏は屈託のない笑みを浮かべる。

 そういえば、千冬とこうやって話をするのも久しぶりだった。

 一夏はサイフォンをいじりカップにコーヒーを注ぐ。

 なんともタイミングが良いことに、ちょうど新しいブレンドを試すところだったのだ。

 

「ほい。新作」

「ありがとう。──今回は水出しじゃないんだな」

「ああ。千冬姉の持ってきた豆だとどうにも、な」

 

 恨み節を吐いてみたものの、千冬は気にした様子もなくすする。

 千冬が満足そうに目尻を下げるのをみて、一夏もカップに口をつける。

 我ながら、悪くないブレンドだと思う。いがっぽいのはもうどうしようもないので気にするのはやめた。

 

「どう? 千冬姉」

「悪くない。やはり、お前に淹れてもらったコーヒーが一番旨い」

 

 飾り気のない言葉だが、千冬は嘘を言う性格ではない事は一夏も知っている。

 そしてアレコレ言葉を散りばめるような性格ではない事も。

 だからこそ、『旨い』という簡潔な一言が無性に嬉しいのだ。

 

「ところで一夏。今日一日過ごしてみて、IS学園はどうだった?」

「うーーん……まあ、トイレが遠いとかそういう生活面での問題はチラホラあったな」

 

 事実、トイレと言えば事務員が使っているトイレしか男性用のトイレはない。

 休み時間の範囲でギリギリ往復出来るかどうかと言ったところだ。

 もっとも、千冬が聞きたいのはそういった話ではない。

 

「私が言いたいのはそういう話ではないな。不自然に女子に迫られたりしなかったか?」

「あーー……」

 

 そっちかと一夏は頭をガシガシと掻く。

 一夏とて、呑気なお子様ではない。千冬の質問の意図がわからない訳ではない。

 

「昼飯の時に三年の先輩が来たよ。指導してくれるってな」

「ふむ。誘いにはのってないな?」

「当たり前だろ。……まあでもアレはハニトラっぽい感じは無かったけどな。単純に俺とお近づきになりたいだけって感じだった」

「そうか。だが、用心だけはしておけよ。お前だって、ハニトラに引っ掛かって人体実験をされるだけの人生はごめんだろう?」

「わかってるって」

 

 なんでまた、こんな話になってしまったのだろうか。

 自分はほんの少し前までは至って普通の、十五の少年のはずなのだが。まあ、夜の校舎の窓ガラスは割って歩いてはいないけども。

 

「それじゃあ伝えることも伝えたし私は帰るかな」

「あ、千冬姉これ」

 

 ベッドから立った千冬に、一夏は保温ポットを渡す。

 中身は今さっき淹れたコーヒーだ。

 

「お前も、今日はほどほどで寝ておけよ。初日で疲れも溜まってるだろう?」

「ああ。色々気を使ってもらってありがと、千冬姉」

「なにか、困った事があれば頼ってくれ。私はここの教師であると同時にお前の姉なのだからな」

「わかってるから。俺は大丈夫だから。俺の心配はしなくて良いから」

 

 千冬が言おうとしている事が一夏にも伝わったのか、何処か焦った様子で強引に千冬の背中を押す。

 一夏に押し出され、千冬は部屋の外に出た。

 振り返った千冬が何かを言うよりも早く、一夏が口を開く。

 

「俺は大丈夫。もう千冬姉に迷惑はかけないから。千冬姉の弟として、織斑の名前に恥じないようにISの勉強もするから」

 

 一夏の、どこか悲壮なまでの覚悟に、千冬は己の拳を強く握りしめる。

 何か、何か言わねばならない。それなのに、千冬には一夏にかける言葉など何も出てこなかった。

 その事実がどうしようもなく悔しく、そしてそれ以上に情けなかった。

 

「じゃあ千冬姉、おやすみ。千冬姉も早く寝ないと健康に良くないぞ」

「……ああ、おやすみ」

 

 千冬はこの一言を絞り出すだけで精一杯だった。

 寮長の部屋に戻りながらも、頭の中は一夏の言葉だけが飛び交う。

 

──俺の心配はしなくて良いから。

 

 心配しない訳がない。一夏、お前はたった一人の家族なんだ。

 

──千冬姉には迷惑をかけないから。

 

 たった二人の姉弟なんだ。迷惑でもなんでもかけてくれて良いんだ。

 

──織斑の名前に恥じないようにISの勉強もするから。

 

 別に、織斑の名前なんてどうでも良いんだ。一夏は一夏なりに頑張ってくれればそれで。

 

 浮かび上がってくる言葉をそのまま言えれば良かったのにと千冬は思う。

 だが、言ったところで一夏には届かないことも同時にわかっている。

 あの日から、一夏は事あるごとに『織斑千冬の弟だから』という言葉を頻繁に使うようになった。

 千冬自身は、名誉だろうがなんだろうがどうでも良い事だった。

 ブリュンヒルデ(世界最強)の称号すらも、千冬にとってはどうでも良い。だが、一夏はそうでは無かったという事だ。

 と、考え事をして歩いていると、目の前から歩いてくる人影が目についた。

 

(あれは……オルコットか? どうしたんだこんな時間に)

 

 入浴の時間はとっくに過ぎている。

 門限前ではあるが、女子が一人歩くには遅い時間だ。

 

「何をしている。こんな時間に」

 

 ちょうどすれ違う瞬間に千冬が声をかけると、セシリアは驚いた風もなく、柔らかい笑みを浮かべ答えた。

 

「織斑さんに、こちらの資料を届けようと思いまして」

 

 彼女が手に持つのはISの操縦方法がまとめられた資料だ。

 

「ほう。織斑の為にわざわざ、か」

「ええ、織斑さんの為に、ですわ」

 

 千冬の鋭い視線を受けても、セシリアは笑みを携えたまま動揺した素振りは見せない。

 そんなセシリアの様子にさすがだな、と千冬は素直に認める。並の生徒なら、目を逸らすなり、うろたえるなり、なにかしらアクションを起こすのだが、代表候補生となるとそういった事はない。

 

「……まあ、あいつは明日専用機を受け取る。同じ専用機持ちとして、教えてやれ」

「わかりました。では、わたくしはこれで」

 

 軽く会釈をして、セシリアが背を向ける。

 その背中に、千冬は声をかけた。

 

「一夏の部屋に行くのは、お前の意思か? それともイギリスの指示か?」

 

 千冬の言葉に、セシリアは足を止める。

 振り返った彼女の顔には、変わらず笑みが浮かんでいる。だが、千冬にはなんだかその笑顔がなんとも悲しげに見えた。

 

「……どちらも、ですわ」

 

 どうにか絞り出した声はやはりやるせない思いが込められているように千冬は感じた。

 セシリアにどんな命令がくだされているか、千冬もなんとなく察している。一般の生徒ではなく、彼女は国家(・・)代表候補生なのだから。

 もっとも、彼女も完全に納得して飲み込めている訳ではないのだろう。でなければ、あんな表情をするはずもない。

 

「正直に答えたお前に免じて、見逃してやろう」

「よろしいのですか……?」

「そこは、最大の障害を除去出来て喜ぶところだろう? あるいは、お前が本気で一夏を押し倒すつもりなら、止めたがな」

 

 千冬がそう指摘してやると、セシリアは気まずげに視線を下げる。

 

「そんな気概もないなら、行っても無駄だろうな」

 

 ではな、とセシリアに背を向けて千冬は廊下を歩く。

 セシリアはその背中が見えなくなるまで一歩も動けなかった。

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