ちょっと大人なインフィニット・ストラトス   作:たんたんたんめん@オルコッ党員

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一日の終わり・続

 シャルルの荷物を運び出し、再び一人部屋になった自身の部屋で一夏は、千冬に頭を下げていた。

 

「千冬姉、本当にごめん……」

 

 沈痛な面持ちの一夏に対し、千冬がふっと表情を緩める。

 

「気にするな、とは言わん。が、構わないさ。──お前の為に頭を下げるのはこれが初めてって訳でもないしな」

 

 それが嫌で、自分の事で千冬に頭を下げさせたくなかったのに、同じことをしてしまった自分が情けなかった。

 

「大人になったと思ったが、やはり子供だな

 次からは、相手の気持ちを理解して、もう少し寄り添う事だな」

 

 返す言葉もない一夏は「……ああ」と小さく絞りだすだけだった。

 

「さて、一夏。コーヒーを準備してくれるか?」

「良いけど……仕事残ってるんだろ?」

「ここまで勝ち残った弟に労いの言葉をかけるくらいの時間は作れるさ」

 

 あえて声を明るくすると、一夏の表情も少しだけ明るくなる。

 一夏がサイフォンを弄ると、香ばしいにおいが立ち込めた。

 

「そういえば、デュノア社には本当に今日、声をかけたのか?」

 

 いつもより濃い目に抽出したコーヒーをカップに入れ、千冬の前に差し出す。

 残ったコーヒーを保温ポッドに移しながら、気になっていたことを聞こうと思った。

 

「ん? ああ、それは事実だ。そこで、本人に伝えて良いと言われてな」

 

 どうやら、千冬も全部が全部嘘だったわけではなかったのか。

 

「否が応でも、来賓の数が多い大会だ。試合を観戦した者があいつの性別を気付く可能性が高いからな。それに、セシリアがそうだったように肩書で気付く者も現れるだろう。……どのみち、このあたりがタイムリミットだったのだろう」

 

 あとは、デュノア社がどうにか第三世代機を開発すれば万事解決。と言う事か。

 

「でも、俺がハニトラにかけられたり、データを盗まれてたりしたら危ないところだったろ」

 

 そう。シャルルが何もしていなかった。あるいは出来なかったからこそ、彼女を守りきれたのだ。

 そして、一夏自身も女子との同室の生活に耐えたからこそ。

 

「ISのデータを盗む事については、ラウラが上手く防いでくれるだろう。と、ある程度信頼していたからな。昔のあいつならデュノアの事も切り捨てていたかもしれないが、今のあいつなら見捨てるようなことはしない。……厳しいところはあるが、人の上に立つ資質が十分にあるからな」

 

 一夏の淹れたコーヒーを一口すすり、満足げに目を細める。

 

「えらく評価してるんだな」

「初めての実習の時の様子を見たら、そう思うのも当然だろう?」

 

 確かに、実習の際にラウラは勉強についていけていない生徒を自身のグループに集めていたし、座学の面でもフォローしている姿を何度か見ているだけに、一夏も納得するところはある。

 シャルルの事をセシリアと鈴で話し合う時も、つい同情して流されるような場面でも、あえて厳しいことを言っていた印象はある。

 

 これだけラウラを評価しているのなら本人に言ってやれば喜ぶのに、と思うがこの人が面と向かって誰かを褒める姿は弟としてもあまり想像できなかった。

 

「お前はお前で、ハニトラについては入学時から口酸っぱく言ってきたからな。それで、安易に手を出すほど阿呆ではないと思っていたさ」

「ラウラとの落差が凄いな」

 

 先ほど、自分でも千冬は直接、人を褒めないとはわかっていたが、ラウラとの対比に苦笑いを浮かべるしかなかった。

 ある意味、信頼されているのだろう。一夏はそう思う事にした。

 

「それに、今のお前にはセシリアがいるだろう?」

 

 ニヤリとニヒルな笑みを浮かべた千冬に、一夏は顔をしかめることで返す。

 何か言い返したいところだが、セシリアを理由にシャルルを追い込んだだけに、素直に認めるほかなかった。

 

「つーか、千冬姉的にはセシリアの事は良いのかよ。あいつも目的はシャルルと一緒だぜ?」

 

 妙に気恥しくなった一夏は、そういえば自身の姉がセシリアには何も言わない事を問いかける。

 それに、元々妙にセシリアの背中を押している節があるのが気になってはいたのもあるので、と。

 

「あいつは、デュノアと違って自分の意思があるからな。……後はまあ、まだ何もしていない以上、デュノアと同じで、私の守る対象には変わりはないのさ」

「で、何かあった場合は、国からの命令がある以上、特記事項を理由に追い出すって事か」

「そういう事だ」

 

 何かあっても、一夏を守り切れる自信があるから、何もしないでいるのだ。

 それはそれとして、妙にセシリアを推している気はするのだが。

 ただ、そこは幼いながらに背負うものが生まれた境遇に、千冬自身が共感しているのかもしれない、と一夏は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 慌ただしく引っ越しを終え、ベッドに腰かけたシャルルが、新しくルームメイトになったラウラをじっと見つめる。

 今までは冷たい人、だと思っていたの印象が変わるくらい、今のラウラはどこか浮ついているような印象を受けた。

 

「なんか機嫌いいね」

「ん? そうか?」

「うん。今まで見たことないくらいには」

「ふむ……なんだろうな」

 

 腕を組み、何かを探すように空中に視線を漂わせると、「ああ」とラウラが探し物を見つけたかのように言葉を漏らす。

 

「──私は、あの人に怒られたのが嬉しかったのかもしれん」

 

 えぇ……と変な生き物を見るような視線をシャルルから向けられる。

 

「そんな目を向けるな。……私自身、何を言ってるんだって思ってるんだから」

「でも、ドイツにいた時は織斑先生に教わってたんだから怒られるのは日常茶飯事だったでしょ?」

「それはそうなんだが……あくまでもそれは教官と隊員という立場での関係だからな。でも、さっきのアレはちょっと違くてだな」

 

 うんうん、と唸るラウラ。

 彼女には珍しく、上手く言語化できずにいるらしい。

 けれど、シャルルは「あー」となんとなく伝わった様だ。

 

「教官から隊員とか、教師から生徒って、立場を通した目線じゃなくて、ボーデヴィッヒさん個人を見てくれたから、かな?」

 

 シャルルの言葉に、一瞬だけ目を見開いたラウラだが、ややあって小さく頷く。

 今まで、シャルルが感じていたラウラの纏う雰囲気が、氷の様な冷たさから、少しずつ陽だまりの様な柔らかい物に変わっていくのを感じた。

 

「過去に一夏に対して、あの人の弟と言うだけで見てもらえるのを羨み、妬んだことがあってな。……恥ずかしい話だが」

 

 でも、と続ける。

 

「あの人が、一夏と同じように私を見てくれて、そして一夏と同じ様に私を怒ってくれたのが嬉しかったのだな」

 

 柔らかな笑みを浮かべ、大事なものを確かめるように胸に手をやる。

 そんなラウラの様子を見て、シャルルは怖いと感じていたラウラへの印象が変わっていくのを感じた。

 

「僕、これからもここにいようと思う」

「そうか」

 

 ぶっきらぼうに返すラウラ。

 これまでは恐怖しか感じなかったが、今は彼女が不器用なだけなのだとわかって、むしろ微笑ましいとすら感じる。

 

「初めて、誰かに守ってくれると言われたなって」

「あの人は、そういう人だからな」

 

 てっきり、学園を追い出されると思っていた。

 ここから外はもっと厳しい世界が待っていただろう。

 それでも、世界最強(ブリュンヒルデ)が守ると言ってくれたのだ。何よりも心強く思う。

 

「一夏も、庇ってくれたしね」

「あいつは甘いからな」

 

 最初の印象が怖く、恐怖心は今でも覚えている。

 けれど、一夏も一夏で、危機感からの反応だったのは十分にわかっていた。

 その上で、先ほどは自分を庇う証言をしてくれた。本気で追い出そうと思えば、出来たはずなのに、だ。

 逆の立場で考えた時、自身の身を害そうと近づいてきた人を追い出すチャンスで、庇う事が出来ただろうか。

 なるほど、今なら鈴が一夏を好きになった理由がわかる気がした。

 そして、それは目の前の少女も同様だ。

 

「ラウラも、僕のために厳しいことを言ってくれてたんだね」

「……ふん。私は教官に嘘の報告などしていないし、お前がデータを盗んでいたり、一夏に何かしていたら、正直に報告するつもりだったぞ?」

 

(素直じゃないなあ)

 

 ラウラの相変わらずの態度に思わず笑みが浮かぶ。

 もしかしたら、学園に来てから初めて自然と笑みがこぼれた瞬間かもしれない。

 

「僕が何もしない様に……何も出来ない様に、動いてくれてたんでしょ?」

 

 本気で追い出すつもりなら、データを盗ませるようにシャルルを動かせたはずなのだ。

 そして、その方がかかる労力は少なく、何よりも被害は最小限で抑えられる。

 けれどラウラは、ことあるごとにシャルルを脅し、動けない様にコントロールしていたのだ。

 それはつまり、男装していた事が発覚しても、それ以外の罪に問われない様にするために。

 事実、何もできなかったシャルルは、学園のルールで守られることになったのが何よりの証拠だ。

 なんとも不器用で、それでいて優しい人なのだろう。

 

「今まで、迷惑をかけてごめん。……これからも迷惑をかけちゃうかもだけど……いいかな?」

「……ふん。私が勝手にやったことだ。迷惑をかけられたとは思ってないさ」

 

 むしろ、悪いことをしたとラウラも割と本気で反省していた。

 よくよく考えてみれば、状況がそうさせたとはいえ、ナイフを喉元に突きつけるとか、謝って許してもらえるような事ではないからだ。

 

「明日から、改めてよろしくね──ラウラ」

「ああ、よろしく頼む──シャルル。いや、シャルロットと言えば良いかな?」

 

 ラウラにしては珍しく笑みを浮かべて返すと、シャルルも笑顔を浮かべる。

 

「ううん、今はシャルルで良いよ。……その名前は、大会が終わってみんなの前で打ち明けてからかな」

「わかった。その名前で呼べる時を楽しみにしておこう」

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