ちょっと大人なインフィニット・ストラトス   作:たんたんたんめん@オルコッ党員

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夜の勉強会

「さて、やるか」

 

 千冬を見送った一夏は、机に向き直る。

 セシリアに解説を書いてもらうために交互に行き来していた為、一夏の手元にある教科書には解説が書かれたページとそうでないページがあった。

 とりあえず、解説が書いてないページを読んだところで理解できるはずもないので、解説が書かれたページを読み進める。

 

(さすが代表候補生。よくまとめてあるな)

 

 素直に感心する。

 人に教えるという事は、その内容を深く理解しないと上手に出来ない。

 セシリアにとっては、この内容は初歩の初歩。これくらい当然という事だろう。

 後は、実技の面でしっかりと教えてもらわねばと一夏は気を引き締める。

 少なくとも、来週末の模擬戦までにはある程度まで戦えるようにしなければならない。

 

(なんてたって俺は、千冬姉の弟だからな)

 

 世界最強の弟が、無様な機体操作をしてしまえば良い笑いものだ。

 それで自分が笑われるだけならまだ良い。自分が我慢すれば良い、それだけだ。

 だが、その矛先が千冬に向くのだけはなんとしても阻止せねば、と一夏は強く誓っている。

 もう二度と、千冬の名誉は傷付けない。一夏は強く拳を握りしめた。

 と、一夏が気を取り直したところで、再びドアをノックする音。

 

「あいてるぞー」

 

 千冬姉が忘れ物か、あるいは何か伝達事項を伝え忘れたのだろうかと思い、わざわざ出迎えるということをせずその場で声を張り上げる。

 すると、ほんの少しだけ間が空いた後、ドアが開く音。

 ハナから千冬姉が来たと疑わない一夏は教科書から目を離さず、ドアの方に見向きもしない。

 精々、返事がなかったことに疑問に思った程度だが、それもそこまで気にする必要がないと判断した。

 

「忘れ物か? 意外と抜けてるもんな、千冬姉は──」

 

 ガチャリ、と鍵をかける音がして初めて彼は違和感に気付いた。

 顔を向けると、そこにはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットが立っていた。

 お風呂に入った後なのか、シャンプーの匂いに格好も制服ではなくパジャマだ。

 普段のお嬢様然とした格好ではなく、一見無防備なその姿に一夏は心臓の鼓動が早くなっているのを自覚した。

 

「ど、どうしたんだオルコット。夜に男の部屋に来るのは非常識じゃないか?」

「その言い草は失礼ではなくて? 招き入れたのは織斑さんでしょう?」

 

 千冬姉と勘違いしてたんだと言っても、今更だろう。

 とりあえず今はセシリアをその目に映さない事だけを意識する。

 薄暗い部屋の中で、こんな格好の少女が佇んでいる。ハッキリ言って目の毒である。

 開き直ってしまえばそれまでなのだが、彼はそんな余裕を持てるほど女性経験豊富ではなかった。

 

──こんなことなら、電気つけて勉強していれば良かった。

 

 そんな的はずれな事を考えるほどに、一夏は動揺していた。

 そんな一夏の様子を見て、セシリアは内に秘めた思いなどおくびにも出さず笑みを浮かべる。

 

「ちょ、ちょうど良かった。今ISの勉強をしてたんだが、教えてくれないか?」

 

 自分でも、下手な話の逸し方なんだと思いつつも、これしか浮かばいのだからしょうがない。

 他にないかと見渡したところで、コーヒーしかないのだが。

 

「それに、さっき飲んでもらったブレンドとは違うのも用意したんだ。味見してくれないか?」

「コーヒーを頂くと、お礼をする約束のはずでは? もう渡せるお礼はわたくし自身だけになりますが」

 

 墓穴を掘った一夏は頭を抱えた。

 完全にセシリアにペースを握られてしまっている。

 どうしようかと頭を悩ませていると、セシリアがふっと笑った。

 いたずらが成功したような、そんな笑みだ。

 

「冗談ですわ。明日実技をすると言いましたが、考えてみれば織斑さんはISの動かし方すら知りませんから、予習でもしようかと」

「あー……。そうならそうと早く言え。たちの悪い冗談はよしてくれよ……お前、俺だから良かったけど他の奴なら押し倒されても文句は言えんぞ?」

「──それでも良いんですけどね……」

「なんか言ったか?」

「いえ、なんでも」

 

 動揺から立ち直った一夏は、用意したコップにコーヒーを注ぐ。

 その横で、セシリアは持ってきた教科書を開いた。

 

「実技と言っても、いきなりISに乗ったところで上手く扱えません。最終的な操作は感覚に頼ることにはなりますが、操作のイメージなどある程度知っておくと参考になるかと」

「なるほど。ブレンドをする時、最後に頼るのは自分の感覚だが、その前にどんな味に仕上がるか理屈立てて考えるもんな」

「……ええ、ああ、はい。そう思って頂いて結構ですわ」

「お前ぜっったい共感してねえよな畜生」

 

 ブレンドが趣味と言ってたじゃねえかこの野郎、と一夏は思った。

 我ながら、なんともしっくり来る例えだと思ったのだが、こうも手応えがないのは切ないというかなんというか。

 

「それにしても、勉強熱心ですわね」

 

 チラリとセシリアは先程まで一夏が見ていた教科書を見る。

 自分が部屋に入った時点で彼はこの教科書を開いていた。それはつまり、ずっと勉強していた事実他ならない。

 ここまで、勤勉な人物も珍しいだろう。意識の高さだけなら、間違いなく学年トップだ。

 故に、少しだけ気になった。彼はどうしてここまで真剣に取り組むのか、と。

 

「織斑さんはどうしてここまで勉強を?」

「どうしてって……お前らが真剣に教えてくれるからだろうが。教える側が本気な以上、こっちだってそれ相応のやる気で返さないとな」

 

 違う。聞きたいのはそういった話ではない。

 もっと本質のところを聞きたいのだ。

 

「そうではなくて、どうしてISの事を学ぼうとしているのか。それが聞きたいのですわ」

「……まあ、今後の俺の人生にはISがついて回るからな。やっておいて困るもんでもないし」

「だからといっても、これは詰め込みすぎですわ。予習にとお邪魔しておいて言うのはなんですが、休息も必要かと」

 

 それは、セシリアの偽らざる本音だ。

 今の一夏は明らかに無理をしている。このままでは、いずれ潰れてしまうだろう。

 

「わかってるが、少なくとも来週末までは休めねえ。なんとか、勝負になるレベルまでには持ってかねえと」

 

 一夏は覚悟のこもった目でセシリアを見定める。

 初めて見せる彼の表情に、ほんの少し胸が跳ねた。

 

「そういうわけで、マジで明日から頼むぞ。お前しか頼れる奴は居ないんだから」

 

 対戦相手にこんな事を頼むのはなんとも滑稽だろう。

 だが、一夏にはそんな事を気にする事もしないのだが。

 

「まあ、降りかかった船ですし、わたくしもやれるだけのサポートはしますわ」

「…………」

「なんですの、そのなんとも言えない顔は」

「多分、お前が言いたいのは乗りかかった船じゃ……。降りられちゃ困るんだけど……」

 

 おそらく、自分の顔は真っ赤になっているだろうとセシリアは妙に客観的に自覚した。

 そんなセシリアの様子に一夏はこれみよがしに声を上げ腹を抱えて笑う。

 

「あ、あなたねえ! 笑いすぎですわ! 少し間違えただけじゃないですの!」

「だからって、降りかかったはねえだろ。ほんと笑える」

 

 目尻に浮かんだ涙を拭いながら、一夏はヒイヒイと息も絶え絶えといった様子だ。

 一夏は久しぶりに声を上げて笑ったと思い、セシリアもそういえば久しぶりに声を張り上げたなと思った。

 少しだけ、憂鬱な気分が吹き飛んだ気がする。

 

「さて、じゃあしっかり笑ったし、勉強するか」

「ええ、そうですわね。最初はここからが良いでしょう──」

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「うげ、もうこんな時間か」

 

 勉強を始めてしばらくして、一夏は固まった身体をほぐすように大きく伸びたついでに時計を見る。

 随分熱中していたようで、もはや完全に深夜と言っていい時間帯だ。

 

「おいオルコット。そろそろ帰れ。これ以上は申し訳ねえ」

「そうですわね。今日はここまでにしましょうか」

 

 とりあえず、最低限のところまでは進められたとセシリアは手応えを感じた。

 少なくとも、明日の放課後に専用機を受け取ってそのまま運用にこぎつけられるだろうと思うくらいには。

 

「ほんと、感謝してもしたりねえ。マジで助かる」

「わたくしは帰りますけど、織斑さんも勉強などせずしっかり寝て下さいね」

「ああ、本当に助かった」

 

 こちらが恐縮するくらいに、一夏はお礼の言葉を重ねる。

 なんとも律儀なことだとセシリアも呆れる。

 

「では織斑さん。また明日」

「ああ。また明日──って日付変わってるからもう今日じゃねえか」

「確かに」

「じゃあ、気をつけて帰れよ。送ってかなくて悪いな」

「お気になさらず。それではおやすみなさい」

 

 一夏の「おやすみ」という言葉を聞いて、セシリアはドアを閉める。

 廊下に出てしばらく歩いたセシリアは、ふと立ち止まるとため息をついた。

 何も起きなかった。起こせなかった。

 千冬の読んだ通り、セシリアには一夏を押し倒す覚悟も、押し倒される覚悟も出来ていなかった。

 仮に一夏が押し倒しに来たら、おそらくISを展開してでも抵抗しただろう。

 まったく、中途半端なものだと自嘲気味に笑う。

 それでも、一夏と同じ時間を共にしたのは良かったと思う。

 楽しかったのだ。セシリアは同い年の友人など、居なかったのを思い出す。

 そういう意味では、一夏はセシリアにとって初めての友人と言っても良かった。

 

(まあ、その友人をハメようとしてるんですけど)

 

 自嘲気味に笑いつつ、セシリアは自分の部屋に戻った。

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