ちょっと大人なインフィニット・ストラトス   作:たんたんたんめん@オルコッ党員

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託された想い

 この光景を、何も知らない人が見たら勘違いするに違いない。そうセシリアは思った。

 まるで敗戦を喫したかのように、首を垂れベッドに座る一夏の姿は勝者の姿ではない。

 

(ラウラさんも不思議がってましたし)

 

 戦いを終え、ピットに戻った際に出迎えてくれたラウラも手放しで勝利を称える、そんな雰囲気ではなかった。

 決勝は三時からと言うことで食事でも、というセシリアの誘いを一夏は断って自室に戻っていた。それにセシリアがついてきた、と言う形だ。

 すれ違う他の生徒たちに決勝進出を賞賛されている時は笑顔で対応していたが、部屋に入るなり今の姿になってしまった。

 いつもなら、部屋に戻った時点で流れるような動作でコーヒーを淹れるのだが、それすらもしない。

 自分で淹れてみようか、とセシリアはサイフォンを弄ろうとしたが、やめた。

 

「一体全体、どうしたというのです。せっかく勝利したというのに」

「……わかってんだろ。お前にも」

 

 一夏の向かい側のベッドに腰を下ろしながら問いかけると、ぶっきらぼうに返ってきた。

 苛立ち、というよりやるせなさや後悔が含まれた声音だ。

 

「鈴さんに零落白夜を使った事ですか?」

「……ああ」

 

 一夏は絞り出すように答えると、そのまま足の間に顔を埋めた。

 やはりそれか、とセシリアは得心がいった様に小さく息を吐く。

 

「なんてことをしちまったんだよ俺は……」

「一夏さん……」

 

 何と声をかければよいのだろうか。

 これほど憔悴している一夏を見るのは二度目だ。

 最初は、初めてISを纏った日に雪片を見てパニックに陥った。

 あの時は、千冬が連れ出して対応していたが、今は彼女はいない。

 

「……気分転換でもしましょうか。紅茶を持ってきますわ」

 

 一夏の返事を待たずに逃げるように、部屋を出る。

 後ろ手でドアを閉めると、大きく息を吐く。

 

(勝手についてきておいて、この有様ですか……)

 

 入学してから、今日まで一夏とは短くも濃密な時間を過ごしてきたと思っていた。

 一夏の強いところも弱いところも知れた。

 そして、自身の秘密も打ち明けた。

 けれど、彼が苦しんでいる時になんて声をかければ良いかもわからない自分が情けなかった。

 とにかく、一夏に言ったように紅茶を取り行こう、と自身の部屋に足を向けた時、背後から低い声が落ちる。

 

「──オルコット。少し時間をとれ」

 

 振り返ると、腕を組んだ千冬が立っていた。

 千冬も、一夏の様子が気になって彼の部屋を訪ねたところで、部屋から出てきた自分を見つけた。本人と話をする前に、自分に話を聞きたい。そんなところだろう、とセシリアはあたりを付けた。

 

「はい、大丈夫ですわ。ただ、一夏さんに紅茶を持ってくる約束をしてますので歩きながらでも?」

「ああ。構わないさ」

 

 しばらく、無言で歩いていたが、千冬が横目でじっと見つめている事にセシリアが気付く。

 

「……いつもの冷静沈着なお前とは大違いだな」

「……そうでしょうか?」

「そう聞き返している時点で、な」

 

 またしても無言。

 けれど、一夏の部屋の沈黙とは異なり、どこか心地の良い沈黙だった。

 

「……鈴さんに零落白夜を使った事を後悔している様でしたわ」

 

 沈黙を破ったのは、セシリアだった。

 それに対し千冬は「そうか」とだけ返す。

 

「織斑先生だって、現役時代は対戦相手に使っていた

 たとえ当たっても絶対防御が守ってくれる

 鈴さんだって気にしていない

 ──そう言おうと思っても、言葉にする事は出来ませんでしたわ」

 

 そのどれもが、おそらく聡明な一夏の事だ。分かっているに決まっている。

 だから、そんな言葉をかけても何の慰めにもならない事はセシリアにもわかっていた。

 

「よほど、一夏の存在がお前の中で大きいらしいな」

「ええ、まあ……」

 

 素直に返すと、意外だったのか千冬が少しだけ目を見開く。

 けれど、それはほんの一瞬ですぐにいつもの様に鋭く細める。

 

「それはあいつも同じだがな。……あいつは昔から、弱さを見せる相手を選ぶ。誰にでも本音をさらすような性格じゃない」

 

 言って、目を伏せる。

 

「昔に比べ、私にそうした姿を見せることは少なくなった……寂しい事にな」

「織斑先生……」

 

 ここまで、千冬が自分の感情を吐露した事があっただろうか。

 まごうことなく、弟の身を案じる一人の姉の姿そのものだった。

 

「あいつは強いが、同時に脆い。どこまでも自分を追い詰める性格だからな」

 

 セシリアは思わず息を呑む。

 千冬の声には、姉としての苦悩が滲んでいた。

 

「だからこそ……」

 

 千冬はセシリアを真っ直ぐ見つめる。

 

「お前が中途半端な気持ちでそばにいるなら、今すぐ距離を置け」

 

 その言葉は厳しいが、優しさでもあった。

 セシリアは胸に手を当て、しっかりと千冬を見返す。

 

「……中途半端ではありませんわ。わたくしは、織斑さんが弱さを見せた時こそ……

そばにいたいと思っています」

 

千冬は数秒黙り、やがて小さく頷く。

 

「……ならいい」

 

その声は、ほんの少しだけ柔らかかった。

 

「もう一つだけ教えてくれ。──お前は、一夏の何を見ている?」

「肩書だけではありません。彼の優しさも、弱さも……全部ですわ」

 

 千冬はその言葉にほんの一瞬だけ目を細める。

 

「……なら、簡単には離れるなよ」

「はい。必ず」

 

 その後、部屋についたセシリアは紅茶を淹れ、ポットに移す。

 部屋から出ると、待っていた千冬が手に提げていた袋をこちらに差し出してきた。

 

「こちらは?」

「食堂の職員にお願いして、サンドイッチを作ってもらっていてな。一緒に持っていくと良い」

 

 一夏の部屋に来た目的は、これを届ける事だったのだろう。

 食堂で食事をしない事がわかっていた千冬はやはり、一夏の姉なのだと思わされた。

 

「では、私は仕事に戻る。……くれぐれも決勝に遅れる。なんてことはするなよ?」

 

 一夏に会わなくても良いのか。セシリアがそう呼び止めるよりも早く背を向ける。

 去り際に、背中を向けたまま千冬が口を開いた。

 

「……あいつを頼んだぞ」

 

 千冬は厳しい人だ。

 幼いころから、一夏がそうであったように、と二人で生きてきたからこそ、彼女も誰にでも心を許す人ではない。

 その千冬が、誰かに対して「頼む」と託した。

 その言葉の重みがどれほどのものか、セシリアとてわからない訳ではない。

 

(……認めていただけたのでしょうか)

 

 そう思うと、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 けれど同時に、責任の重さも感じた。

 

(わたくしなんかが本当に?)

 

 元々、イギリスの命令で近づいた。

 その事は一夏も。そして千冬も知っている。

 その上で、託してくれたのだ。

 

──ああその通りだとも。お前の言う通り私は本気だ。本気で教官に恩返しをしたいと思っている。本気で一夏を守ってやろうと思っている。その為なら祖国を敵に回す覚悟は出来ているさ

──イギリス代表候補生、セシリア・オルコット。お前はどうなんだ?

 

 かつて、ラウラに言われた言葉を思い出す。

 

──一夏と付き合えるようになって、イギリスに一夏の身柄を渡せと言われたらあんた、抵抗出来るの?

 

 つい最近、鈴に投げかけられた言葉が頭の中を駆け巡る。

 

(──答えを出すのは、今なのかもしれませんわね)

 

 一夏の部屋の前にたどり着いたセシリアはふと、立ち止まった。

 

(わたくしも、もっと強くならなくては)

 

 一夏が弱さを見せた時、迷わず支えられるように。

 千冬に問われた覚悟(・・)が、静かに心の中で形を成していく。

 そっと胸に手を置く。

 

(一夏さん。わたくしは、あなたのそばにいたいのですわ)

 

 ただの恋心ではない。

 一夏が見せた弱さを受け止めたことで、その想いは決意(・・)へと変わっていた。

 扉を開ける前に、セシリアは大きく息を吐く。

 

 部屋に入り、セシリアは一夏を探す。

 一夏はセシリアが紅茶を取りに行くと伝えた時の姿勢のままだ。

 その姿を見つけた瞬間、セシリアの胸がきゅっと締まった。

 

──中途半端な気持ちでそばにいるなら、今すぐ距離を置け

 

 千冬の厳しい声が、まだ耳に残っている。でも同時に──

 

(──逃げることなどできるはずがありませんわ)

 

 託された想いが、セシリアの背中を押してくれた。

 セシリアは深呼吸をして、一夏に歩み寄る。

 

「一夏さん」

 

 返事は返ってこない。

 セシリアは一歩近づき、ほんの少しだけ声を落とした。

 

「どんな言葉をかけても、一夏さんに本当の意味で届くことはないとわかっていますわ」

 

 一夏の肩が震える。

 ゆっくりと、ぎこちない動きで顔を上げた。

 

「セシリア……?」

 

 セシリアは隣に座ると、一夏の袖をそっと摘まむ。

 

「あなたのその苦しみを、減らして差し上げる事は出来ませんわ」

 

 でも、と続ける。

 

「わたくしを頼ってくださいませ。……わたくしなら、その苦しみも受け止められますわ」

 

 セシリアを見る一夏の目は、普段とは違う。

 捨てられた子犬の救いを求めるそんな様な目だった。

 

「──俺は、怖かったんだ」

 

 その声は、普段のどこか斜に構えた様な口調とは違う。

 どこか震えていて、弱弱しい雰囲気を感じさせた。

 セシリアはじっと、静かに一夏を見る。

 

「あなたが、その様に素直に想いを口にするのは珍しいですわね」

 

 一夏は唇をかみしめ、視線を落とす。

 

「誰かを守りたくて……。千冬姉が俺を守ってくれた力で……俺も誰かを守りたくて……でも、さっきの俺は……」

 

 セシリアは一夏の袖をつまんでいた手を離し、彼の頭にそっと手を置く。

 どこか優しく、包み込まれるような感覚。

 

「──きっと、本気で後悔できるのは、一夏さんが本気でそう思っているからですわ」

 

 一夏は目を見開き、そして静かに涙をこぼす。

 

「こういう時だけ……ズルいって……」

 

 普段のセシリアと一夏の関係なら茶化すような場面だ。

 たが、今のセシリアは優しく微笑むとただただ受け止める。

 

「泣いてもいいのではなくて? わたくしの前なら」

 

 頭に置いていた手が離れる。

 あ、と思うよりも早く、セシリアが一夏の背中に手を回す。

 一夏は、それを拒むことなく、否、自分からセシリアの胸に身をゆだねた。

 

「……悪い。少しだけ、貸してくれ……」

 

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