ちょっと大人なインフィニット・ストラトス   作:たんたんたんめん@オルコッ党員

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伝えたい言葉

「落ち着きましたか?」

「悪かったな……」

 

 泣きはらした赤い目を隠す様に、一夏が立ち上がる。

 ちょっと顔を洗ってくる。と言い残して、洗面所に歩いていく背中をセシリアはじっと見ていた。

 待っている間に、と持ってきた紅茶をカップに注ぎ、とサンドイッチを皿に並べる。

 

「ん? どうしたんだ、そのサンドイッチ」

 

 顔を洗った一夏が、不思議そうに問いかけてくる。

 確かに、紅茶を取ってくるとしか言っていなかったな、とセシリアは思い出す。

 

「織斑先生が持たせてくれまして」

「……手作りじゃないよな?」

 

 少し、怯えたような一夏の様子にセシリアは安堵する。

 軽口を叩けるくらいには、いつもの調子が戻ってきている事なのだから。

 

「ご心配なく。食堂の方に作っていただいたそうですわ」

「なら安心だな」

「……一夏さんがそう言っていた、と後で織斑先生に伝えておきましょう」

 

 からかうように言ってやると、一夏は「うげ」っと声を漏らす。

 けれど、すぐにニヤリと笑いを浮かべ口を開く。

 

「その場合、お前もご心配なく、とか言ってた事も言うからな」

「……さて、せっかくのご厚意ですし、いただきましょうか」

「うわ、逃げやがった」

 

 ぶつくさと文句を言いつつ、サンドイッチを口に運ぶ一夏。

 そういえば、何も言わずに紅茶を用意してしまったが大丈夫だろうか、とセシリアは思ったが、とうの一夏は気にした様子もなく、紅茶を口に運ぶ。

 

「前に飲ませてもらったのと同じか?」

「ええ。お気に入りの茶葉ですから」

 

 たわいのない会話ができる事に、セシリアはもう一度安堵した。

 心の底から切り替えが出来ているとは思わないが、それでも持ち直している事には違いがないのだから。

 と、一夏が眉をひそめる。

 どうしたのだろうか、とセシリアが思うのと同時に一夏が口を開く。

 

「サンドイッチが負けてるな」

 

 一夏の言葉に、「ああ」とセシリアが思い出す。

 以前、サンドイッチをふるまった時に一夏が言っていたではないか。

 

「確かに、少し弱いですわね」

「まさか、お前の作った方が良いと思う日が来るとはな」

「……どういう意味ですの? それ」

 

 睨んでやると、「悪いって」と笑いながら返される。

 一夏とのそんな気安いやり取りが心底楽しい。そう思う自分が確かに存在していた。

 

「ご希望なら、毎日作って差し上げてもよろしくてよ?」

「お前、それ意味わかって言ってんのかよ?」

 

 苦笑交じりに、紅茶を飲みながらこちらを半眼で見てくる一夏に、セシリアはただただ微笑みを浮かべて言葉は返さない。

 ややあって、一夏はバツが悪そうに頬をかく。

 

「……悪い。茶化すような事じゃなかったな」

 

 冗談交じりとはいえ、半ば本気で言っていたのだが、案外一夏にも届いたようだ。

 

「鈍感な割によく気付けたと褒めて差し上げますわ」

「お前なあ……」

 

 頭をガシガシと搔きむしりながら、一夏が紅茶の入ったカップを置く。

 いつもより、真剣な表情で見られ、セシリアの胸が跳ねる。

 

(──顔、赤くなってないですわよね?)

 

 今までなら、からかうなり、誤魔化すなりしていた場面だろうに、上手く言葉が出てこない。

 

「……本気で俺の事好きなのかよ?」

「それ、ものすごく自意識過剰な方のセリフですわね」

「俺も自分で言ってそう思ってたところだよ畜生!」

 

 気恥ずかしくなったのか、声を大にしてわめく一夏の顔は赤かった。

 自分でも、慣れない事をしている自覚があるのだろう。

 

「……どいつもこいつも、俺のどこが良いんだよマジで」

 

 おそらく、鈴の事も指しているのか。

 自己肯定感の低さはやはり、千冬に対する負い目、そういったところからくるのだろうか。

 誘拐された事、そして尊敬している姉の名声を傷つけた事。ゆえに、自己評価が低くなる事は理解する。

 けれど、セシリアは今までに感じたことのない、苛立ちを自覚した。

 

「──それ、わたくしや鈴さんを馬鹿にしてますわね」

 

 思いもよらない言葉だったのだろう。

 一夏が目を丸くして、いや、と慌てた様に声に出す。

 

「何が違うというのですか」

 

 自らを卑下する言葉は、セシリアの父を連想させた。

 なぜ男らしくしないのか。──何度も思った事だ。

 だが、それと同時に母に対しても疑問が湧いた。

 母は、そんな父の態度を気にいらないと思っていたはず。

 セシリアはそれは、父の事が単純に嫌いだから、と思っていた。

 母は、女尊男卑の風潮が広まる前から、男性の庇護を受けなくとも生きていけるだけの財を得ていた。だから、単純に離婚という手段を取ればよかったのだ。

 だが、母はそれをしなかった。

 

「わたくしが愛した貴方は、その様な存在ではありませんわ」

 

 母がなぜ離婚という手段を取らなかったのか。

 母がなぜ父に対し苛立ちをぶつけていたのか。

 その理由が今なら分かる気がした。

 

──自身が愛した男が自らを貶める。

 

 不愉快にならない筈が無いのだ。

 他の人に「アイツはろくな男じゃない」などと言われるのなら、まだ我慢は出来る。むしろ、「そんな事はない」と声を大にして否定しよう。

 だが、それを本人に言われてしまったら、どうすることも出来ないのだ。

 

「二度と、わたくしの目の前で己を卑下する発言はしないでください」

「……お前に、俺の何わかるんだよ」

「ええ、ええ。わかりませんとも。わたくしは超能力者でもなんでもありませんから、あなたの考えていること、思っていること、その全てを理解するなんて出来ないでしょう」

 

 けれど、と語気を強める。

 

「あなたと共に過ごした時間の中で、織斑一夏という人が、どれほど素敵な方なのか、というのは見てきたつもりですわ」

 

 突然、全く触れていない分野の勉強をやれと言われ、これほどまでに真剣に取り組める真面目な人がどれほどいるだろうか。

 性別を偽って自身を害そうとした少女のため、無条件で動ける優しい人がどれほどいるだろうか。

 そして、自身が傷ついてもなお、戦い続ける事が出来る心の強い人がどれほどいるだろうか。

 

 そんな想いを言葉に込めてセシリアはぶつけると、少しの間が空いて一夏が視線をそらす。

 

「……悪かったよ」

「わかっていただければ結構ですわ」

 

 沈黙が広がった。

 時折響くのは、紅茶を入れたカップを置く音だけ。けれど、その沈黙はどこか心地よく感じる。

 ややあって、一夏が口を開く。

 

「確かに、お前みたいな奴が、そんな適当な男に惚れる訳がねえよな」

 

 自嘲気味に吐き出された言葉だが、不思議と苛立ちは感じなかった。

 

「ええ。わたくし、セシリア・オルコットはそんな軽い女ではなくってよ?」

「そういや、鈴にも似たような事言われたっけな……」

「他の女性の話はしないでくださる?」

「お前が最初に鈴を話題に出したんだよな!?」

 

 俺が悪いのか? と憮然とした表情の一夏。

 コロコロと表情を変える一夏を前にして、ああ、とセシリアは思う。

 

「……いいですわね。こういうの」

「俺を苛めるのがそんなに楽しいのか?」

「それもありますけど……」

 

 あるのか、と抗議する一夏を半ば無視する。

 こういった、気安いやり取りが出来る相手がいる事がどれほど幸せなことか、とセシリアは思う。

 でもそれは、相手が一夏だから、と言うのが大きいのはわかっていた。

 

「で、だな……」

 

 急に居住まいを正し、言いにくそうに口を開く一夏。

 

「お前が俺を好き、と言ってくれた事は嬉しいし、俺も多分、お前の事が好きなんだろうなとは思う」

 

 でも、と続ける。

 

「その気持ちに確証が持てるか、まだ自信がないんだよな……。それに、お前はああは言ったけど、お前の横に立つ男に相応しいかって言われても、胸を張って言えないっていうか……」

「結局のところ、自己評価より他者からの評価がどうなるか、と言うのが生きていく上では全てですわよ?」

「お前って変なところアレだよな……」

 

 普通の高校生とは違い、見てきた世界が違うのだ。

 同年代の生徒たちに比べ、達観した目線で見てしまうのは仕方がないとも言えた。

 

「でもまあ、良いでしょう」

 

 紅茶を飲みほす。

 いつも飲んでいる紅茶のはずなのに、いつもより美味しく感じた。

 

「一夏さんが以前おっしゃったように、時間はまだまだありますわ」

 

 右手を持ち上げ、銃を構えるように一夏に人差し指を向ける。

 

「わたくし、狙った獲物は逃さなくてよ?」

「……そりゃ、覚悟しておいて方がよさそうだ」

 

 苦笑いを浮かべた一夏に、セシリアはとびきりの笑顔で返した。




と言う訳で、ヒロインは内緒タグを変えます!(今更感がすごいけど)
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