ちょっと大人なインフィニット・ストラトス   作:たんたんたんめん@オルコッ党員

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視線と香りが交わる日

 土曜の午前。

 駅前の広場には、初夏の陽射しが暖かく差し込んでいた。

 現地集合になった理由は、一緒に出掛けるのが気恥ずかしいという一夏の願いを聞いたからだ。

 寮から一緒に出るつもりだったセシリアにとって、彼女は少しだけ不満げに立っていた。

 

「……遅いですわよ、一夏さん」

 

 腕を組んで待っていたセシリアの表情は、怒っているというより――拗ねている。

 

「悪い。思ったより時間がかかってさ」

 

 一夏が素直に謝ると、セシリアは視線をそらしながらも、

 その頬にわずかな赤みを残したまま言葉を続けた。

 

「レディを待たせるなんて、紳士として減点ですわ。大幅に」

「じゃあ、今日のデートで挽回するよ」

 

 その一言に、セシリアの肩が小さく跳ねる。

 怒っているはずなのに、こういう言葉には弱い。

 

「……そ、そういう言い方は反則ですわ」

 

 口調こそ強がっているが、耳まで赤く染まっているのは隠せていない。

 やがてセシリアは気持ちを切り替えるように小さく咳払いし、一夏の隣へ自然と歩み寄った。

 

「まずは服を見に行きますわよ。一夏さんの私服、わたくしが選んで差し上げますわ」

「マジでお前が選ぶのか」

「当然ですわ。だって――」

 

 セシリアは一瞬だけ言葉を詰まらせ、

 声を落として続けた。

 

「……わたくしの隣を歩くのですもの。似合うものを着ていただかないと」

 

 その言い方が妙に可愛らしく、一夏は思わず笑みをこぼす。

 

「じゃあ、頼むよ。セシリアのセンス、信じてるから」

 

 セシリアは顔を赤くしながらも、一夏の腕を軽く引いた。

 

「行きますわよ、一夏さん。今日は――その……楽しみにしていましたの」

 

 その小さな告白めいた言葉が、一夏の胸に静かに残った。

 ショッピングモールに入ると、セシリアは迷いなく紳士服売り場へ向う。

 引っ張られるがままに一夏から見えたその横顔は、まるで戦場に向かう指揮官のように真剣だ。

 

「こちらですわ、一夏さん。今日はわたくしが責任を持って選びますわ」

 

 一夏は苦笑しながらも、素直に従う。

 セシリアが選んだのは、落ち着いたネイビーのシャツと、体のラインがわずかに出るジャケットだった。

 

「……似合ってますわね。笑って差し上げるつもりでしたのに」

「おいコラ、真剣に選ぶつもりじゃなかったのか」

 

 試着室から出てきた一夏を見た瞬間、セシリアが目を見開く。

 一夏の年齢からすると、少し上のイメージで着せたが、意外や意外、一夏は見事に着こなしていた。

 

「ちょっと大人っぽすぎないか?」

「いいえ。むしろ……その……とても素敵ですわ」

 

 言いながら、セシリアの耳は赤く染まっていた。

 最初は年齢に合わない服を着せて笑ってやろう、と思っていただけに不意打ちを食らった気分だ。

 

「せっかく選んでもらった所悪いんだけど、流石に予算オーバーだぞ」

 

 値札を見て遠慮する一夏に、セシリアは胸を張って言い切る。

 

「今日はわたくしが誘ったのですもの。プレゼントさせてくださいな」

「いや、流石に悪いって」

「でしたら、今度のお出かけの際は一夏さんにわたくしの服を選んでいただければと」

 

 その言葉に、一夏はここは何を言っても無駄だな、と観念した。

 

「ありがとう。次は、俺に買わせてくれな」

 

 地味に、次の予定を約束するあたり、セシリアは強かだった。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 服選びを終え(地味に何点か一夏に着せて買っていたりした)、セシリアは勇気を振り絞るように言った。

 

「つ、次は……水着売り場に行きませんこと?」

「水着ねえ……念のため言っとくが、コーディネートの対象外だぞ、それは」

 

 また、最初はネタ枠を持ってこられてもかなわん、と一夏が機先を制す。

 

「ええ。さすがに水着を選ぶのは遠慮しときますわ」

「そうしてくれ……そんでもって、俺はお前の水着を選ぶつもりは毛頭ないぞ」

「そこはわたくしの好みもありますし結構ですわ」

 

 助言はいただきますけど、と付け加えつつ水着売り場に入った瞬間、二人は固まった。

 

「……え?」

 

 そこには、水着を手にして悩む千冬と、カタログをめくる真耶の姿があった。

 

「千冬姉……何してんだよ」

 

 一夏が呆れたように声をかけると、

 千冬は振り返り、まるで当然のように答えた。

 

「見ての通りだ」

「私たちも、水着を買いに来たんですよ」

 

 まさか、同じ日に同じ売り場で遭遇するとは思っていなかった一夏は少しだけ千冬を睨む。

 

「そんな目をするな……せっかくのデートを邪魔をするような無粋な事はしないさ」

「良いですねえ、青春ですねえ」

 

 楽しそうに目を細める千冬と、おそらく本気で言っているであろう真耶。

 何か言い返そうとしたが、おそらく何を言ってもそれ以上に返ってきそうなので、一夏は口を紡ぐことにした。

 横目でセシリアを見ると、自分は関係ないと言わんばかりに、水着を選び始めている始末だ。

 と、千冬は何を思ったか、ニヤリと笑うと手に持った水着を一夏の前に差し出した。

 

「一夏。どっちが良い」

「え、俺が選ぶのかよ」

 

 文句を言いつつも一夏は差し出された水着を見やる。

 片方はスポーティでありながら、メッシュ状にクロスした部分がセクシーさを演出している黒い水着。

 もう一方は、先の水着とは対極に、一切のムダを省いたかのような機能性重視の白い水着。

 

(似合うのは黒の方だろうけど……)

 

 しばらく黒の水着を注視した後、ちょっと派手じゃないだろうか、と一夏は思いなおす。

 

「白の方かな」

「なるほど、黒か」

「全く参考にしてねえじゃねえか」

 

 白の水着を戻す千冬に、一夏が不満げに口を開く。

 けれど、千冬は気にした風もなく鼻を鳴らす。

 

「お前が先に見ていたのは黒の方だろう。昔から、お前は気に入った方を注意深く見るからな、すぐにわかる」

 

 その癖は本当なのだろう。

 一夏がぐぬぬ、と唸ったまま言葉を返さないのが何よりの証拠だ。

 セシリアは二人のそのやり取りを見ながら、自分の胸元にそっと水着を当ててみた。

 

――もし、わたくしがこれを着たら……

 

 その瞬間、一夏の視線がふとセシリアに向いた。

 そして――止まった。

 ほんの一秒。

 しかし、セシリアには永遠にも感じられた。

 

「……っ」

 

 胸が跳ね上がり、思わず水着を抱きしめる。

 千冬はその様子を横目で見て、わずかに口角を上げた。

 

「奥にも種類があるから、色々と試すと良い」

 

 セシリアの耳元に顔を寄せ、囁く。

 そんな千冬の声に背中を押され、セシリアはそっと水着売り場の奥へ歩き出した。

 

――一夏さんの癖。

――気に入った方を、注意深く見る。

 

 千冬が言ったその言葉が、

 セシリアの胸の奥で何度も反響していた。

 

「セシリア、どうした?」

 

 一夏が声をかけると、セシリアは振り返り、少しだけ視線を泳がせた。

 

「い、いえ……少し見てみたいものがありまして」

 

 棚には、色とりどりの水着が並んでいる。

 セシリアはその中から、慎重に、しかしどこか落ち着かない手つきで一着を手に取った。

 

――どれなら、一夏さんの視線が止まるのかしら。

 

 その問いが、彼女の思考を支配していた。

 まず手に取ったのは、英国らしい上品なネイビーのワンピースタイプ。

 露出は控えめだが、シルエットが美しい。

 

「……これなら、清楚に見えますわよね」

 

 しかし、セシリアはすぐに首を振った。

 

(清楚なだけでは注意深く見ていただけないかもしれませんわ)

 

 次に手に取ったのは、白地に淡いブルーのフリルがついたビキニ。

 可愛らしく、彼女の雰囲気にも合う。

 

「こ、これは……ちょっと可愛すぎますわ……」

 

 頬を赤くしながら胸元に当ててみるが、

 どうにも自分のイメージと噛み合わない。

 そして、三着目。

 淡い水色のシンプルなビキニ。

 装飾は少ないが、逆にそれが身体のラインを際立たせる。

 セシリアはそれを胸元に当てた瞬間、自分でも分かるほど心臓が跳ねた。

 

――これなら……。

 

そのときだった。

 

「セシリア?」

 

 振り返ると、一夏がすぐ後ろに立っていた。

 驚いて水着を落としそうになりながら、セシリアは慌てて姿勢を整える。

 

「こ、これは……その……!」

 

 言い訳を探す間もなく、一夏の視線が水着へと向けられた。

 そして――止まった。

 ほんの一瞬。

 しかし、セシリアにははっきり分かった。

 千冬が言った通り、一夏の目が注意深く水着を見ている。

 

「ちょっと露出が多くないか……?」

「い、いえ、これに決めましたわ!」

 

 一夏がこの中で注視していたのは三番目の水着だ。

 

「買うのか?」

「ええ。……一夏さんが、一番見ていたのがこれでしたので」

 

 その言葉に、一夏が顔を赤くし視線をそらした。

 遠くから見ていた千冬は、今まで、見た事のない一夏の表情に、わずかに口角を上げて呟く。

 

「……なるほど。あいつも、ああいう顔をするのか」

 

 ちなみに真耶は真耶で「ひゃああ……青春っていいですねぇ……!」と一人で盛り上がっていたそうな。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 会計を済ませて水着売り場を出ると、一夏はふと思い出したように言った。

 

「悪い、ちょっと寄りたい店があるんだ。豆の補充と……ラウラの分も買っときたくてさ」

「ラウラさんの?」

 

 そういえば、祝勝会の中でそのようなお願いをされていたな、とセシリアは思い出す。

 

「千冬姉にコーヒーを淹れるって張り切っててな。あいつが飲める範囲の苦みで、かつ千冬姉の好きそうな豆を選んでやろうかな、と」

 

 セシリアは小さくため息をつきながらも、どこか微笑ましそうに肩をすくめた。

 

「本当に……面倒見が良い事で結構ですわ」

「まあ、勝者の願いに、千冬姉の為って言われたらな」

 

 そう言いながら、一夏はショッピングモールの奥にあるコーヒー専門店へ向かう。

 店に入った瞬間、焙煎された豆の香りがふわりと広がり、セシリアは思わず目を細めた。

 

「良い香りですわね……」

「だろ? ここの豆は外れがないんだ」

 

 一夏は慣れた手つきで棚の前に立ち、いくつかの袋を手に取る。

 その横顔は、さっきまで水着売り場で照れていた少年とは思えないほど真剣だった。

 

「まずは自分の分だな。イルガチェフェはまだ残ってるし……今日はアンティグアにするか」

「……また難しい名前が出てきましたわ」

「慣れれば自然に覚えるぞ。……こいつはフルーティーで香りも良くて飲みやすいんだよ」

 

 セシリアは感心したように頷きつつも、呆れたように笑う。

 

「いまさらですが、本当にお好きなんですのね、コーヒー」

「まあな。で、問題はラウラの分だな。あいつに焙煎からやらせるのは難しいから焙煎済みの豆にするとして……」

 

 一夏は焙煎済みの豆が置かれているコーナーに移動し、袋を一つずつ手に取っては香りを確かめる。

 

「千冬姉は苦めが好きだから……イタリアンローストのマンデリンか、フレンチローストのブラジルか……」

「そんなに違うものなんですの?」

「全然違う。マンデリンはコクが強くて、後味が重い。ブラジルは苦味はあるけど、香りが柔らかい。この二つを混ぜてもよさそうだけど……ラウラも飲むならここはブラジルをベースにするとして」

 

 セシリアは腕を組み、一夏の横顔をじっと見つめる。

 

「……なんだよ」

「いえ。こういう時だけ、やけに饒舌になりますわね」

「……そりゃ、好きな物だからな」

 

 一夏は少し照れたように鼻をかいた。

 

「で、その豆に何を合わせるおつもりで?」

 

 呆れたように言いながらも、セシリアの声はどこか柔らかい。

 

「エチオピアで後味をちょっと軽くしても良いし……いや、ケニアで苦みを強くしつつ後味もすっきりさせるのもアリだな……それならいっそ二つ使うのもアリか」

 

 でもなあ、となおもぶつぶつと呟く一夏をセシリアは呆れた様に見やる。

 が、一夏はその視線に全く気が付くことはなかった。

 

「ブラジルをベースに、エチオピアとケニアを加えて……バランスは明日、ラウラと確かめるとして……」

 

 あとは、焙煎度合いをどうするか、と一夏は生豆のコーナーに戻りつつ、店員を呼ぶ。

 

「すみません。焙煎をお願いしたいんですが」

「珍しいですね、織斑さんが焙煎もお願いしてくるなんて」

 

 なじみの店だからか、店員とも顔見知りなのだろう。

 思えば、一夏が男性と会話をしているのを初めて見たな、とセシリアはぼんやりと思った。

 

「学園の友達がコーヒーを淹れてみたいって言ってて、焙煎からやらせるのはハードルが高そうなので」

「そうなんですね。でしたら、どういった具合に仕上げます?」

 

 言いつつ、店員の男性はブラジル、エチオピア、ケニアと豆を取り出している。

 

「ブラジルはフレンチの中盤くらいまで、エチオピアは中煎りで止めてもらって、ケニアは中深煎りまでお願いします」

「わかりました。……ブラジル多めで良いですかね?」

「そうですね。ブラジルをベースにしたいんで、それで」

 

 豆の種類と焙煎度合いでどういったブレンドにするのか、店員もおおよそで理解したのだろう。

 

「エチオピアとケニアは同量くらいで良いですかね?」

「はい。微調整は友人にやってもらいますよ」

 

 ここまで選んでおいてアレだが、後はラウラ自身に調整してもらった方が良いだろう。

 

「じゃあ少しお時間いただきますね」

「お願いします」

 

 ほどなくして、出来上がった豆を受け取りそのまま代金を支払う。

 会計をしながら、店員がにっと笑いながら口を開く。

 

「織斑さんが女性を連れてこられるのは珍しいですね」

「今日はデートで来てて、付き合ってもらっちゃいました」

 

 正直に答えると思っていなかったのだろう。

 セシリアの頬が赤く染まり、つい俯く。

 

「せっかくですから、彼女さんも楽しんでくださいね」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 かけられた言葉に、自身が男嫌いだった事も忘れてセシリアは頭を下げる。

 じゃあ、また来ます。と一夏が声をかけて店を出ると、モールの空調の風がふわりと二人を包んだ。

 紙袋の中からは、さっきまで嗅いでいた豆の香りがほのかに漂ってくる。

 

「彼女さんですって一夏さん」

「へいへい。そりゃ良かったな」

 

 セシリアは、どこか楽しそうに笑う。

 

「それに、良い買い物もできたようで何よりですわ」

「……まあ、ラウラの初コーヒーだしな。下手な物を用意したら何を言われるか分かったもんじゃない」

「確かに、彼女のチェックは厳しそうですわね」

「だろ? だから扱いやすい豆にした」

 

 セシリアはくすっと笑い、横目で一夏を見る。

 その視線に、非難がましい思いを込めて。

 

「本当に……あなたって、誰にでも優しいんですのね」

「そうか?」

「そうですわ。優勝者のお願いとはいえ、そこまでして叶えようとするなんてお人よしにもほどがありましてよ」

 

 一夏は少しだけ言葉に詰まり、視線を前に向けた。

 

「……流石に、俺が叶えられない願いなら断るけどな。それに今回は千冬姉に淹れたいって言われたら、手を貸したくなるだろ」

 

 セシリアは肩をすくめ、ため息をつく。

 

「本当に……あなたという人は、女性泣かせですわね」

「なんでそうなるんだよ」

「だって、そんな風に自然に優しくされたら……勘違いしてしまう方が増えますわ」

 

 その言葉に、一夏は思わず足を止めた。

 セシリアも同じように立ち止まり、少しだけ視線をそらす。

 

「……いや、別に変な意味じゃなくて。あなたのそういうところが……その……」

 

 言葉を濁すセシリアの横顔は、ほんのり赤い。

 一夏は照れ隠しのように咳払いし、歩き出した。

 

「と、とにかく。ラウラの豆はこれでいい」

「ラウラさんの分はですね。で、わたくしの分はありませんの? ご自身のは買っておられましたが」

「いや、別にアレは俺だけのじゃなくてなお前の──」

 

 セシリアがぴたりと足を止め、一夏を見上げる。

 

「──わたくしの?」

 

 その瞳は、ほんの少しだけ意地悪で、でもどこか期待を含んでいた。

 

「……いや、その……セシリアには香りが良いのが合うと思ってお前の為にアンティグアを買ってたりしてだな」

「…………っ」

 

 赤くなった頬をかきながら言う一夏を直視できず、セシリアは顔を真っ赤にし、慌てて前を向いた。

 

「そ、そういうことをさらっと言うのが……女性泣かせなんですわ!」

「なんで怒られてんだ俺」

「怒ってませんわ! ……まったく一夏さんは」

 

 そう言いながら、セシリアは一夏の歩幅に合わせて歩き出す。

 紙袋から漂う深煎りの香りと、セシリアのわずかに早い呼吸が、並んで歩く二人の間に静かに混ざっていった。

 




デート回なんですけど、一夏にコーヒー語りをさせたくて……
割と真面目に、千冬姉に合いそうでラウラにも飲めそうなブレンドを考えました
次回、淹れ方を細かめに書きますので、よろしければ淹れてみて飲んでみてください
苦手な人はミルクを合わせるのも考えてますので…
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