ちょっと大人なインフィニット・ストラトス 作:たんたんたんめん@オルコッ党員
日曜日の朝、自室から持ち込んだ機材を調理台に並べながら一夏はラウラがやってくるのを待っていた。
昨日調達した三種類のコーヒー豆と、念のためとその他の豆も用意している。
戻ってきた後、自室で焙煎した分も含めて千冬のとは別に、自分用にブレンドを試すつもりもあった。
「遅刻してしまったか? 時間通り来たはずだが」
壁にかかっている時計を見つつ、準備をしている一夏にラウラが首をかしげる。
予定通り来たはずだが、一夏はだいぶ前に来ている様子だったからだ。
「ああいや、ちょっと準備があったから早く来ただけだ。時間通りだよ──で、後ろは見学か?」
ラウラの後ろについてきた二つの陰に、一夏が顎で示す。
「ああ、シャルロットは部屋で今日の事を話したら興味を持ったみたいでな。で、鈴は行きがけに拾ってきた」
「ラウラがどういうコーヒーを淹れるか気になってね」
「あたしもそんなとこ──って拾ってきたってあたしは猫じゃないんだけど?」
まあ、参加者が増えるのは悪い事じゃないし、何度も試すなら味見役が増えるのは良い事だ、と一夏は歓迎の意思を示す。
そういえば鈴にコーヒーを淹れて見せるのは久しぶりだったな、と一夏はぼんやりと思った。
「で、どんな豆を用意したの?」
トレイに並べている豆を摘まみながら、鈴が口を開く。
ラウラとシャルロットも気になるのか、各々トレイから豆を摘まんでいた。
「鈴が持ってるのがブラジル。今回はそれをベースにしようと思ってる。で、ラウラが持ってるのがエチオピアで、シャルロットが持ってるのがケニアだ」
ふーんと聞いておきながらつまらなさそうな鈴に一夏は苦笑する。
逆に、ラウラとシャルロットは興味があるのか、手に持った豆の香りを嗅ぎ、互いの豆を交換してもう一度香りを確かめていた。
「今回は焙煎済みの豆を用意したから、後は挽いてお湯を注げば完成まで持っていける」
「あれ、今回は水出しにしないの?」
「水出しだと一杯を作るのに時間がかかるし、色々試すのには向いてないからな」
鈴の言う様に、一夏としては水出しの方が好みだが、千冬の様に苦みを味わいたいなら水出しは向いていない。
それに、ラウラが試すなら、ペーパードリップの方が簡単だろうと一夏は考えていた。
「じゃあラウラ、ミルに豆を入れてくれるか?」
「う、うむ」
ラウラが計量カップを手に、慎重に豆をすくい上げる。
深煎り特有の艶が、照明を受けてわずかに光った。
「これをミルに入れればいいのだな?」
「そう。こぼさないように、ゆっくりでいいよ」
一夏が電動ミルのフタを外し、カウンターに置く。
中は空で、ステンレスの刃が静かに光っている。
ラウラは計量カップを傾け、少しずつミルの投入口へ流し込んだ。
カラカラ、と乾いた心地よい音が響く。
「そんなに入れなくて良いぞ」
ラウラは一夏の言葉に合わせて手を止め、残りの豆を袋に戻す。
「……これくらいか?」
「まあ大体で良いよ」
シャルロットが横から覗き込み、ミルの中を見る。
「豆の大きさが揃ってると、挽き方も安定するんだよね?」
「良く知ってるな。まあだからって無理に揃えようとするのも面倒だから、そこまで気にする必要もないけど」
一夏はフタを閉め、カチッとロックを確認する。
「設定はここ、ペーパードリップだから真ん中で良い」
「いつもはもっと細かいよね」
相変わらずよく見ているな、と一夏はシャルロットの指摘に頷く。
「水出しにするならもっと細かくするけどな、今回は荒い方が良いと思うぞ」
言いながら設定をすると、ラウラが興味深そうにその動きを見つめる。
「12段階も設定の差があるのか。そんな微妙な差で味が変わるとは……奥が深い」
「コーヒーは微調整の積み重ねだからな。じゃ、スイッチ入れるぞ」
一夏がボタンを押すと、ミルが低い唸り声を上げ、豆が砕ける香ばしい匂いが広がった。
ラウラはその香りにわずかに目を細める。
「……悪くない匂いだ。落ち着く」
ミルの音が止まり、静寂が戻る。
一夏がフタを開けると、均一に挽かれた粉から香りがふわりと立ち上がり、濃い匂いが広がった。
「よし、これでOK。続けて残りの豆もやるぞ」
「ブラジルだっけ? まだ残ってるけどまとめてやっちゃわないの?」
面倒だし、まとめてやっちゃいましょうよ、と鈴の性格が見事に表れた言葉に、一夏はわかってないと言わんばかりにちっちっちと指を振る。
「豆ってのは粉に挽いた瞬間から酸化が始まるんだよ。面倒でも飲む直前に、飲む分だけを挽くこれが旨いコーヒーを淹れる秘訣だぞ」
「あんたのそのしたり顔、腹立つわー」
ジト目で見てくる鈴を横目に、他の二つの豆も使う分だけ挽く。
「よし、これで準備完了。あとはブレンドの割合と湯温と抽出時間だな」
ラウラが真剣な表情で頷く。
「続けて教えてくれ。まずは一夏のやり方で淹れてみたい」
「まあ、最初からやれってのは無茶だからな」
一夏は粉の状態を軽く確認すると、ケトルへ視線を移した。
「じゃあ、お湯を九十一度から九十二度にする。これより熱いと雑味が出るし、低いと苦味の芯が弱くなる……と思う」
ラウラはその動きを真剣に見つめていた。
「……本当に細かい調整なのだな」
「コーヒーは『温度が性格を決める』って言われるくらいだからな」
四人でじっとケトルの温度表示温度の変化を感じ取るように目を細める。
カチッと設定した温度に到達するのを確認し、一夏はドリッパーにフィルターをセットし、挽きたての粉を静かに落とす。
粉の表面がふわりと盛り上がり、香りがさらに濃くなる。
「軽く混ぜてやって、層にならない様にするのがポイントだ。……今回はブラジルを七割にして、エチオピアとケニアを十五%ずつだな」
一夏が細い糸のようにお湯を落とすと、粉がじわりと膨らみ、表面に小さな泡が浮かぶ。
「まずは三十秒の蒸らし。ここで粉をふくらませて、香りを引き出す」
ラウラが思わず息を呑む。
「……生きているようだ」
蒸らしが終わると、一夏は湯量を少し増やし、一定のリズムで円を描くように注ぎ始めた。
「ここからは抽出時間を短めにする。苦味のキレを出すためだな」
ドリッパーの中でコーヒーが落ちていく音が、静かな部屋に心地よく響く。
ラウラはその音に耳を傾けながら言う。
「香りが変わった。さっきより鋭い……だが嫌な匂いではない」
「ブラジルを多めにしたブレンドだからな。苦味の芯が強いけど、後味は軽くなるはずだ」
シャルロットがカップを並べながら微笑む。
「一夏の説明、聞いてるだけで味が想像できるよ」
「あー一夏のその得意そうな顔、懐かしいわー」
抽出が終わり、ドリッパーから最後の一滴が落ちる。
一夏が四つのカップに均等に注ぐと、
深い色合いの液面から湯気が立ち上り、香りがふわりと広がった。
ラウラがカップを手に取り、慎重にひと口。
「……苦い。だが、すぐに消える。苦味が残らないのに、満足感はある。不思議な味だ」
シャルロットも続けて飲み、目を輝かせる。
「うん、苦いと思ったけどすぐに引くね」
ただ、一夏は納得いかないのか、眉を寄せる。
「苦みがガツンときてスッと消えるイメージで作ったからそれは良いんだが……キレが強すぎるな、もう少し苦みが残った方が良い気がする」
四人が一杯目を飲み終えると、ラウラがカップを置きながら言った。
「……確かにもう少し苦みが残っても良い気がするし、私も、もう少し苦くても飲めると思う」
シャルロットもそれに追従するように頷く。
「うん、キレはすごく良いけどもう少し重みが欲しいかもね」
一夏は二人の感想を聞き、少し考えるように顎に手を当てた。
「じゃあ、ブラジルをもう少し増やしてみるか。さっきは七割だったけど……もう一割くらい割合を増やそう」
「増やすとどう変わる?」
「苦味の芯が太くなる。その代わり、後味の軽さは少しだけ弱くなるかもしれない」
「つまり、さっきより苦みが出るってことだな?」
「そういうことだ」
話をしながらも、ラウラはまだ二度目だというのに手慣れた様子でミルに豆を入れる。
「挽き方は同じで良いか?」
「ああ。今回は味の方向性だけ変えるから同じで良い」
一夏が計量スプーンを渡すと、ラウラが慎重に挽き終わった粉をすくい始めた。
ブラジルを多めに、エチオピアとケニアは控えめに。
「ブラジル八割、エチオピアとケニアが一割……これでいいのか?」
「完璧。ラウラは本当に丁寧だな」
ラウラどこか誇らしげに淡々と返す。
「任された以上、正確にやるだけだ」
挽きあがった粉をセットすると、今度も同じ温度に沸かしたお湯を用意する。
ただし、と一夏は注ぎ方を少しだけ変える事を伝えた。
「ブラジルを増やした分、最初の注ぎを少し強めにする。苦味の芯をしっかり出すためにな」
ラウラが興味深そうに見つめる。
「お湯の注ぎ方でも味が変わるのか」
「変わる。まあ、飲んでみればわかるさ」
「一夏、ほんとにコーヒー屋さんみたいだね」
「まあ、バイトとは言え実際に働いてたしな」
抽出が終わり、二杯目のコーヒーが完成した。
四人がカップを手に取り、同時にひと口。
ラウラが最初に感想を口にした。
「……さっきより重い。だが、嫌な重さではない。苦味が太くなった分、満足感が増した」
シャルロットも頷く。
「うん、苦みが強くなったね。でも後味はまだ軽いし飲みやすいよ」
一夏は二人の反応を見て、軽く笑った。
「ブラジルを増やした効果だな。こうやって比べると、ブレンドの面白さが分かるだろ」
得意げに胸を張って笑う一夏に、ラウラが静かに言う。
「……一夏、もう一つ試してみたい比率がある」
「このブレンドじゃ納得してくれないと?」
ラウラの言葉に一夏は肩をすくめながらも、どこか楽しそうだった。
この二つは、どちらかと言えば一夏が主導して作ったブレンドだ。
けど、これから淹れるのはラウラが考えて淹れるブレンドになる。
どんな味になるのか、純粋に気になるところだ。
「じゃあ任せるから、やってみてくれ」
一夏が軽く身を引き、ラウラにスペースを譲る。
ラウラは短く息を整え、三種類の豆を見比べた。
「……比率は、ブラジル七割、ケニア二割、エチオピア一割だ」
「へえ、ケニアを増やすんだ?」
シャルロットが興味深そうに首を傾げる。
「ケニアの酸味は鋭いが、少量なら苦味の輪郭を整えるはずだ。エチオピアは香り付け程度でいい」
理屈を語るラウラの声は落ち着いていて、どこか自信があった。
一夏はその様子に、思わず口元を緩める。
「……いい組み合わせだと思う」
挽き終わった粉をフィルターに落とし、ラウラは一夏の動きを思い出すように、表面をそっと均す。
「お湯は……九十二度でいいのだな?」
「ああ。注ぎ方も教えるからやってみろ」
ラウラはケトルを持ち、慎重に細い湯を落とした。
粉がふわりと膨らみ、蒸らしの香りが立ち上る。
「……さっきより、香りが軽い気がする」
「ケニアが増えるとそうなるな。鋭いけど、軽やかになる」
「それに、膨らみが強い?」
目ざとく見つけた鈴が呟き、それに一夏が答えた。
「ケニアはガスが抜けにくいからな。蒸らしが派手になるんだよ……ラウラ、お湯の量を増やして円を描くように回しいれてくれ」
三十秒程度たってから一夏が指示を出す。
その言葉に従うように、ラウラはゆっくりと湯量を増やし、円を描くように注ぎ始めた。
その手つきはぎこちないが、真剣で、丁寧だった。
「……よし」
抽出が終わり、四つのカップに注がれる。
色は先ほどよりわずかに明るく、香りは鋭さの中に甘さが混じっていた。
ラウラが最初に口をつける。
ひと口飲んだ瞬間、わずかに目を見開いた。
「……苦味が太い。だが、後から酸味が追いかけてくる。重いのに、最後だけ軽い……不思議な味だ」
シャルロットも続けて飲み、嬉しそうに笑う。
「ほんとだ。さっきより複雑だね。香りがふわっと残る」
鈴もカップを置きながら頷く。
「苦いけど、後味がスッと抜けるのは一緒ね。飲みやすいわ」
一夏は三人の反応を聞きながら、自分のカップを口に運ぶ。
そして、ゆっくりと息を吐いた。
「……面白いな。ケニアを増やした分、苦味の輪郭がはっきりしてる。エチオピアの香りが最後にふっと残るのも悪くない」
ラウラはわずかに胸を張る。
「成功、ということでいいのか?」
「もちろん。ラウラのブレンドだよ、これは」
その言葉に、ラウラの頬がほんのり赤く染まった。
「……なら、次はこのブレンドをベースに色々試してみたい」
三杯目を飲み終えた頃、ラウラは静かにカップを置いた。
その表情は満足というより、むしろ次を求める兵士のように真剣だった。
「……一夏。もっと深い抽出の技術を教えてほしい」
「お、やる気だな」
ラウラはこくりと頷く。
「比率で味が変わるのは分かった。だが、同じ比率でも淹れ方でさらに変わるのだろう? 湯温、蒸らし時間とさっきから聞いていて気になっていた」
シャルロットがくすっと笑う。
「ラウラ、完全にハマってるね」
鈴も肩をすくめながらも、どこか楽しそうだった。
「まあ、こうなると思ってたけどね。ラウラも変なところでこだわるし」
一夏は少し考え、ケトルに視線を移す。
「じゃあ……まずは湯温からいくか。温度は苦味と酸味のバランスを決める一番大きな要素だ」
ラウラは姿勢を正し、まるで訓練の講義を受けるように真剣に聞き始めた。
「例えば、さっきは九十二度だったけど……これを九十度に下げるとどうなると思う?」
「……苦味が弱くなる?」
「正解。苦味の芯が細くなる代わりに、酸味が少しだけ前に出る。逆に九十四度にすると、苦味が強くなるけど雑味も出やすい」
「二度でそんなに変わるのか……」
ラウラは驚いたように目を見開く。
「コーヒーは『温度が性格を決める』って言われるくらいだからな」
「さっきも言ってたわよ、それ」
鈴が茶化す様に言うと、一夏はうるさいと続けて、フィルターに残った粉を指で示した。
「次は蒸らし。これは“粉を起こす時間”だ。さっきは三十秒だったけど、これを二十秒にすると……」
「香りが弱くなる?」
ラウラが即答する。
「惜しい。香りは出るけど、味の厚みが薄くなる。逆に四十秒にすると、苦味が強くなる代わりにコクが出る」
「……奥が深いな」
ラウラは真剣そのものだ。
その横で鈴がぼそっと呟く。
「ラウラ、完全に職人の顔してるわよ」
「任務だと思えば当然だ」
「任務じゃないんだけど……まあいいか」
一夏は笑いながら、ミルを手に取った。
ラウラからすれば、敬愛する千冬に飲ませたいがために、絶対に失敗は出来ない。
そういう意味では、任務と同じくらいの熱量で臨むのは必然だった。
「……分かった。では試してみたい」
「どれを?」
「湯温を変えてみたい。九十度と九十四度……二つを比べてみたい」
一夏は思わず笑ってしまう。
「ラウラ、もう完全に研究者だな。そこまで試すのか」
「違う。私は……もっと美味しいコーヒーを淹れたいだけだ」
その言葉は不器用で、けれど真っ直ぐだった。
シャルロットが嬉しそうに微笑む。
「ラウラの淹れるコーヒー、楽しみだな」
鈴も腕を組んで頷く。
「じゃ、味見役としてしっかり飲ませてもらうわよ」
一夏はケトルを手に取り、温度設定を変えながら言った。
「よし、じゃあ次は温度の違いでどう変わるかを体験してみようか」
一夏がそう言ってケトルの設定を変える。
「同じ豆、同じ挽き方、同じ比率で……温度だけ変える。それで味がどう変わるか、だな?」
「そういうことだ。ラウラなら違いが分かると思う」
「……任せろ」
ラウラはフィルターをセットし、粉を落とす。
その動きはもうぎこちなさが薄れ、丁寧さが際立っていた。
まずは九十度の方から。
蒸らしの湯を落とすと、粉がゆっくりと膨らむ。
香りは柔らかく、先ほどよりも丸い。
「……膨らみが穏やかだな」
「温度が低いとガスの抜け方もゆっくりになるからな」
抽出が終わり、四人はカップを手に取る。
ラウラがひと口飲み、すぐに目を細めた。
「……苦味が細い。鋭さがなく、丸い。代わりに、酸味が少し前に出ている。軽い……いや、柔らかいと言った方が正しいか」
一夏は思わず感心したように息を漏らす。
「ラウラ、すごいな。そこまで言語化できるのは珍しいぞ」
「訓練で味覚の分析はしている。食事の栄養価や状態を判断するために必要だからな」
「軍人らしい理由だね」
シャルロットが笑う。
鈴もカップを置きながら頷いた。
「確かに軽いわね。苦味が弱いから飲みやすいけど、ちょっと物足りないかも」
次に九十四度の抽出に移る。
蒸らしの段階から、粉の膨らみがさっきよりも強い。
香りも鋭く、立ち上がりが早い。
「……さっきと全然違うな」
ラウラが小さく呟く。
抽出が終わり、四人は再びカップを手に取る。
ラウラはひと口飲み、眉を寄せた。
「……苦味が太い。芯が強い。だが、少し雑味が出ている気がする。重さはあるが、後味が荒い」
一夏は驚いたように目を見開く。
「そこまで分かるのか……。確かに、温度を上げすぎると雑味が出やすいんだよ」
「苦いけど、これはこれで好きな人いそうね。千冬さんとか」
鈴のその言葉に、一夏は苦笑する。
「まあ、千冬姉は苦いのが好きだからな」
ラウラは二つのカップを見比べ、静かに言った。
「……分かった。温度だけで、ここまで違うのだな」
そして、ふっと息を吸い込む。
「一夏。次は……自分だけの一杯を作ってみたい」
なおも言葉を重ねる。
「湯温、蒸らし、比率……全部、自分で決めたい」
「ラウラの完全オリジナルだな。楽しみだ」
ラウラは真剣に頷き、豆の袋を見つめた。
「……比率は、ブラジル六割、ケニア三割、エチオピア一割。湯温は九十一度。蒸らしは三十五秒」
「理由は?」
一夏が聞く。
子供の様に、その姿は興味津々な様子だ。
「苦味の芯は欲しいが、重すぎるのは嫌だ。ケニアの酸味で輪郭を整え、エチオピアで香りを残す。温度は苦味を出しつつ雑味を抑えるために九十一度。蒸らしは香りを引き出すために少し長めにしたい」
一夏は思わず笑ってしまう。
「……ラウラ、もう完全にバリスタの考え方だぞそれ」
「違う。私は……教官の為に美味しいものを淹れたいだけだ」
その不器用な言葉に、三人は自然と笑顔になった。
ラウラは丁寧に豆を挽き、粉をセットし、湯を落とす。
その動きはもう迷いがなく、静かで、綺麗だった。
抽出が終わり、四人はカップを手に取る。
ひと口飲んだ瞬間、三人は同時に目を見開いた。
「……美味しい」
シャルロットがぽつりと呟く。
「苦いのに、軽い……いや、違う。強いのに優しいって感じ?」
鈴が驚いたように言う。
一夏もゆっくりと息を吐いた。
「……すごいな。バランスが絶妙だ。苦味の芯が太いのに、後味が柔らかい。香りもふわっと残る……」
ラウラは少しだけ照れたように視線をそらす。
「……そうか」
「これ、千冬姉に飲ませてみるか?」
ラウラは一瞬だけ驚いた顔をし、すぐに頷いた。
「……ああ。教官にも、飲んでほしい」
ラウラの言葉を聞くや否や、一夏は携帯を取り出し、呼び出しを押す。
ほどなくして繋がる。
「どうした? 珍しいな」
「千冬姉、忙しくなければで良いんだけど、調理場に来てくれないか? 新しいブレンドの味見をして欲しくて」
返事はすぐに返ってきた。
「……わかった。すぐに行こう」
通話を切り、千冬が来てくれることを一夏が伝えると、ラウラの顔が強張る。
「って一夏、ラウラが淹れたって説明してないじゃない」
「ああ、驚かせたくて、な?」
「うわーいい性格してるわねあんた」
鈴と一夏がじゃれ合っていると、ほどなくして千冬が部屋に入ってくる。
「お前たち、揃って何をしている?」
その視線がテーブルの上のカップに向き、ケトルを持ってお湯を注ぐラウラを見てわずかに眉が動いた。
「……ラウラが淹れるのか」
「ブレンドの比率から、温度の設定。それに蒸らしの時間まですべてラウラが決めたんだよ」
一夏の説明を聞いて、千冬がほう、と唸る。
と、淹れ終えたのかラウラが一歩前に出る。
その動きは軍人らしく整っているが、どこか緊張が滲んでいた。
「教官。試していただけないでしょうか」
千冬はラウラを見つめ、そして無言でカップを手に取る。
香りを確かめるように、ほんの少しだけ目を細めた。
ひと口。
部屋の空気が静まり返る。
千冬は表情を変えず、もうひと口、ゆっくりと飲んだ。
そして──
「……悪くない」
その一言は、
千冬にしては最大級の賛辞だった。
ラウラの肩が、ほんのわずかに緩む。
「……お口に合ってなによりです」
「ラウラ、よかったな」
一夏の声にラウラは小さく頷く。
千冬はカップを置き、ラウラに向き直る。
「味の芯がしっかりしている。苦味が強いが、後味が軽い。それに香りも悪くない。……よく考えて淹れたな」
「比率も温度も、全部自分で決めました」
「それはさっき一夏に聞いたぞ」
千冬はわずかに口元を緩めた。
「ならば、これはお前の一杯だ。……気に入った」
ラウラの胸がわずかに上下する。
嬉しさを隠しきれない、そんな微かな動きだった。
一夏はその様子を見て、どこか誇らしげに笑った。
今回のブレンドを試したい方は
91度のお湯を150ml
ブラジル(サントスNo2)6g
ケニア(AA)3g
エチオピア(シダモ)1g
に注げばできます
本当は2種類、ブラジルとケニアでやりたかったんですが、2種類だとどこか重い感じになってしまったので、エチオピアを入れました。
ブラジル7g、ケニア3gでも近いイメージで作れるかな…?と思います
苦いのが苦手な方は、これにミルクを少し(2割程度)だけ足してみて下さい。砂糖はダメです。
少しまろやかになりますが、それでもこのブレンドの形は残ります。
ラウラのイメージに合わせたコーヒーです。
作中で鈴が味の感想で「強くて優しい」と評していますが、今作のラウラも「強く、不器用ながら優しい兵士」をイメージして書いています。
そういった意味でも、彼女にぴったりな一杯が出来たのではないでしょうか