ちょっと大人なインフィニット・ストラトス   作:たんたんたんめん@オルコッ党員

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潮風が運ぶ想い

 更衣室でセシリアと別れた一夏は先に水着へ着替え、海辺で軽く準備運動をしていた。

 着替え終わったら先に行っていて良いというセシリアの言葉に素直に従った形だ。

 潮風が心地よく、遠くで波が砕ける音が響く。

 

「あれ? 一夏、一人だけ?」

「……むう」

 

 振り返った一夏は、思わず目を見張る。

 ラウラは黒を基調に、レースがあしらわれたビキニ。

 普段の軍人気質からは想像できないほど女性らしく、肌の白さが陽光に映えていた。

 

「おーラウラ……すごく似合ってるな。お前がそんな可愛いヤツを着るとは思わなかったぞ」

 

 ラウラは一瞬だけ固まり、耳まで赤くなる。

 

「……シャルロットがどうしてもと言うからな」

 

 横でシャルロットが苦笑しながら肩をすくめる。

 

「ラウラったら『学校指定の水着で行く』なんて言い出したんだよ? だから一緒に買いに行ったんだ。せっかく可愛いのにもったいないでしょ?」

 

 シャルロットが一夏に視線を向ける。

 

「ね? 一夏もそう思うでしょ?」

「まあな。ラウラは可愛いんだから、似合う水着の方がいいよ」

 

 一夏は照れた様子もなく言い切る。

 それに学校指定の水着で来る方が何かと問題になりそうなところだ。

 そんな一夏の様子にシャルロットは勝ち誇ったかのように「ほらね」と笑う。

 と、一夏はふと気になっていたことを口にする。

 

「そういえばシャルロット。もしあのまま男装を続けてたら、今日はどうするつもりだったんだ?」

「えっ……」

 

 シャルロットは頬をかきながら視線を泳がせる。

 

「そ、それは……なんとか誤魔化すつもりだったよ。ほら、日焼けしたくないとか、泳げないとか……」

「絶対バレてたと思うぞ」

「うぅ……自分でもそう思う……」

 

 ラウラが「無理があるな」と真顔で頷き、シャルロットはさらに肩を落とす。

 そんな様子の彼女に、一夏は笑いかける。

 

「今のお前の方が自然で、俺は良かったと思うぞ。……水着も似合ってるしな」

「ありがと……一夏に水着姿を褒められたってセシリアに自慢しとくね」

 

 うげっと苦虫を潰したような表情の一夏とは対照的に、シャルロットは笑顔を浮かべる。

 と、「噂をすれば」とシャルロットが指を伸ばす。

 

「お待たせしましたわ、一夏さん」

 

 セシリアの声に一夏が振り返ると、髪を後ろでまとめたセシリアが、青色の水着姿で立っていた。

 思わず、一夏は顔を逸らす。

 

「い、いや……その……」

「一夏さん? なぜ視線を逸らしますの?」

 

 セシリアは一夏の視界に入ろうと左右に動く。

 一夏は逆方向へ逃げるように視線を外し続ける。

 シャルロットとラウラは肩をすくめた。

 

「一夏、逃げすぎでしょ」

「セシリアも追いかけすぎだな」

 

 セシリアは一夏のそんな様子に業を煮やしたのか、両手で一夏の頬を包み、こちらを向くようにする。

 

「……なんだよ」

 

 無理に「俺は不機嫌です」と言わんばかりの表情を浮かべている一夏に、セシリアは思わず笑みを浮かべる。

 感想が無いのは寂しいところだが、滅多に慌てふためかない一夏のこの姿がみれただけで、満足だ。

 けれど、次いで出てきたシャルロットの言葉に、セシリアの表情が冷めたモノになった。

 

「僕には似合ってるって言ってくれたのにね。セシリアには言わないんだあ」

 

 わざとらしく嘯くシャルロットに、ラウラも追従する様に口を開く。

 

「私も、可愛いと言ってもらえたな」

 

 二人の言葉に、一夏は余計な事を言うな、と二人を睨もうとして、より強い力でセシリアに頬をつかまれる。

 先ほどと違い、頬がぐにっと歪むほどの強さだ。

 

「お二人の水着姿は似合ってますし、可愛らしいですものね。──で、わたくしは?」

 

 セシリアの視線に負けたのか、一夏は小さく息を吐くとセシリアをまっすぐ見定める。

 

「奇麗だよ。髪型も似合ってるしな」

「ありがとうございます。──まったく、最初からそう言えばよろしいのに」

 

 口ではそう言いつつ、セシリアも照れているのか頬が赤く染まっていた。

 シャルロットとラウラはそんな二人の様子を呆れたのか、お互いに視線を交わすと「じゃあ僕たちは向こうで遊んでくるね」と離れていく。

 自然と、一夏とセシリアが二人きりになった。

 

「どうやら、気を使っていただいたようですわね」

「余計な事をしやがって……」

 

 二人の水着姿を褒めていた事をバラされた恨みも入っているのか、二人の後姿を一夏が睨む。

 セシリアは髪を整えながら、一夏の横に並ぶ。

 

「悪かったな。二人の前で褒めるのがなんか恥ずかしくてな……」

 

 一夏が素直に言うと、セシリアは一瞬固まり、次の瞬間には満面の笑み。

 

「あらあらあら、でしたら仕方ありませんわね」

「ご理解いただきありがとうございます。お嬢様」

 

 ようやく、一夏もいつもの調子を取り戻してきたのか軽口を叩く。

 その調子のまま、一夏は言葉を重ねる。

 

「この後は何をして遊びますかお嬢様」

「でしたら、軽く海にでも入ろうかと」

 

 ちらりと海を見ながら言うセシリアに、一夏は恭しく手を差し出す。

 

「ならエスコートでも」

「あら、気が利きますわね」

 

 セシリアは面白そうに笑うと、一夏の手を取り歩き出す。

 と、一夏が思い出したかのように口を開く。

 

「そういや、日焼け止めとかは塗ったのか?」

「ええ。──わたくしに塗りたかったとか?」

「いや、絶対にやらんが」

 

 どうなるかわかったもんじゃない、と一夏は半ば本気で思っていた。

 

「きゃっ……!」

 

 強めの波が来て、小さい悲鳴と共にセシリアが足を取られかける。

 

「大丈夫か?」

 

 思わず、腕にしがみついたが一夏は気にした様子もなく、ただただ心配の色を顔に浮かべていた。

 セシリアが問題ない、と頷くと安心した様に頬を緩めると、今度は顔を赤く染めて視線を宙に漂わせる。

 

「んじゃ、ちょっと緩めてくれ。……胸が当たってるんだよ」

「あ、も、申し訳ありません!」

 

 セシリアが一夏の言葉に慌てて飛びのくと、一夏は頬をかきながらどこか遠くを見る。

 

「いやまあ、謝るのはこっちと言うか、ありがとうと言うか」

 

 口ごもる一夏にセシリアは思わず頬を緩ませた。

 

「一夏さんがのぼせそうですし、浜辺に戻りましょうか」

「おいこら、誰のせいだと思ってやがる」

 

 強い日差しを避けるように、一夏とセシリアはパラソルの影へ移動する。

 砂浜の熱気が和らぎ、波の音だけが静かに響く。

 セシリアはタオルを膝にかけ、髪を結び直しながら一夏を見る。

 

「さっきは強く握ってしまい、申し訳ありませんでしたわ」

「いや、危なかったし、あの反応が普通だろ」

「普通、ですの……?」

 

 セシリアは少しだけ頬を膨らませる。

 

「わたくしとしては、もっと特別扱いしてほしいところですのに」

「特別扱いって……」

 

 一夏が困ったように笑うと、セシリアはその反応が嬉しいのか、ふっと柔らかく微笑む。

 

「でも……こうして二人で座っていると、なんだか不思議ですわね」

「不思議?」

「ええ。いつもはISの話や、勉強の話が多いですけど、今日は本当にただの学生になったかのようで」

「まあ、そうだな」

 

 セシリアは砂浜に視線を落とし、指で小さく円を描く。

 

「だから……こういう時間、嫌いじゃありませんわ」

 

 一夏はその言葉に少しだけ照れたように視線を逸らす。

 

「俺も……落ち着くよ。セシリアといるのは」

「っ……!」

 

 セシリアは一瞬で顔を赤くし、タオルで口元を隠す。

 

「そうやってさらりと言いえてしまう一夏さんは本当に……ずるい方ですわ……」

「え、俺そんな変なこと言ったか?」

「変ではありませんわ! むしろ……嬉しすぎて困りますの!」

 

 セシリアは胸に手を当て、深呼吸して気持ちを整える。

 パラソルの影は狭く、自然と二人の距離は近い。

 波の音が一定のリズムで響き、会話が途切れても気まずさはない。

 セシリアはそっと一夏の横顔を見つめる。

 

「……ねえ、一夏さん」

「ん?」

「このあと、また一緒に泳いでくださいます?」

「ああ。せっかく海に来たんだしな」

 

 その答えに、セシリアは満足そうに微笑む。

 

「……随分と楽しそうだな、お前たち」

 

 低く、よく通る声。

 一夏とセシリアが同時に顔を上げると、スポーツドリンクを持ち、腰に手を当てた千冬がパラソルの影に立っていた。

 海風に揺れる黒髪、鋭い視線。

 水着の上からパーカーを羽織っているものの、存在感は圧倒的。

 セシリアはビクリと肩を震わせる。

 

「織斑先生、これは、その……!」

「何をそんなに慌てている。休憩していただけだろう」

 

 千冬は淡々と答えながらも、一夏の隣に座るセシリアと、その距離の近さに一瞬だけ視線を向ける。

 一夏は気まずそうに背筋を伸ばす。

 

「織斑先生、どうしました?」

「お前たちの様子を見に来ただけだ。海に来てはしゃぎすぎて溺れでもしたら面倒だからな」

 

 それだけ言うと、千冬は頬を緩める。

 周りに生徒はいない。教師モードはここまで、という所だろう。

 

「それで、一夏。お前はこの後どうするつもりだ?」

「えっと……セシリアとまた泳ごうって話してけど」

「……ほう。私がお前を遊びに行けと、追い出してから結構時間がたつようだが、飲み物はどうした?」

 

 千冬の目が細くなる。

 セシリアは一瞬で背筋を伸ばし、両手を膝に揃える。

 

「別に責めてはいない。だが――」

 

 千冬は一夏の額を指で軽く弾く。

 

「女子をエスコートするなら、もう少し気を配ってやれ」

 

 言いつつ、スポーツドリンクを一夏に差し出す。

 

「あ、ありがとう。千冬姉」

「遊ぶならしっかりと遊べ。ただし――」

 

 千冬はふたりを見渡し、少しだけ柔らかい声になる。

 

「熱中症には気をつけろよ。一夏、お前がちゃんと見てやれ」

「……ああ、分かったよ」

 

 千冬は満足したように頷き、パラソルの影から離れていく。

 その背中を見送りながら、セシリアは胸に手を当てて息をつく。

 

「……心臓が止まるかと思いましたわ……」

 

 パラソルの影は狭く、二人の肩が触れそうなほど近い。

 さっきまでの騒がしさが嘘のように、波の音だけが静かに響く。

 セシリアは少しだけ身体を寄せる。

 

「……一夏さん」

「ん?」

「わたくし……さっきの言葉、本当に嬉しかったんですのよ」

「言葉?」

「わたくしと話すと落ち着くって……」

 

 一夏は照れたように笑う。

 

「ああ……本当のことだし」

「……っ」

 

 セシリアは胸元を押さえ、俯きながら小さく笑う。

 

「そんなふうに言われたら……もっと一緒にいたくなってしまいますわ」

「別にいいだろ。海はまだまだ時間あるし」

「……ええ。一夏さんはそういう方でしたわね」

 

 もっと一緒に、というのはこの時間だけではないのに、と一夏の相変わらずの鈍さにセシリアは苦笑いを浮かべる。

 

 会話が途切れても、気まずさはない。

 むしろ、沈黙そのものが心地よい。

 セシリアはそっと一夏の横顔を見つめる。

 一夏はその視線に気づきながらも、あえて何も言わない。

 波の音、遠くで聞こえる笑い声、潮の匂い。

 すべてが二人の距離をゆっくりと近づけていく。

 

「……本当に、こうして座っているだけで落ち着きますわね」

「まあな」

「ええ。一夏さんと一緒だから、ですわ」

 

 その言葉は大げさでも、押しつけがましくもない。

 ただ、素直な気持ちがそのまま乗っている。

 一夏は少しだけ照れたように笑う。

 

「俺も……なんか安心するよ。セシリアと話してると」

 

 セシリアの肩がわずかに震え、嬉しさが隠しきれないように微笑む。

 

「……ねえ、一夏さん」

「ん?」

「わたくし……今日、来れてよかったですわ」

「そりゃあ、実習だしな」

「いえ……一夏さんと来られてよかった、という意味ですわ」

 

 一夏は言葉に詰まり、視線を少しだけ逸らす。

 

「……そう言われると、なんか照れるな」

 

 セシリアはそっと身体を寄せ、肩がほんの少し触れた。

 

「……あの、一夏さん」

「ん?」

 

 セシリアは一瞬だけ迷い、けれど勇気を振り絞るように言葉を続ける。

 

「手……少しだけ、繋いでもいいですか?」

 

一夏は驚いたように目を瞬かせる。

 

「なんでまた?」

「なんとなく……ですわ。今の、この時間を……ちゃんと感じていたいんですの」

 

 一夏は少し考え、そしてゆっくりと手を差し出す。

 

「……少しだけだぞ」

 

 セシリアの指が触れた瞬間、彼女は小さく息を呑む。

 そのまま、そっと一夏の手を握りしめた。

 

「……あたたかいですわね」

「そりゃあ、太陽の下にいたしな」

「ふふ……そういう意味ではありませんわ」

 

 セシリアは嬉しそうに微笑み、二人はしばらくそのまま手を繋いで座っていた。

 波の音、潮の香り、パラソルの影。

 そのすべてが、二人の距離をゆっくりと、確実に近づけていく。

 セシリアは一夏の肩にそっと頭を預ける。

 

「……もう少しだけ、このままでいさせてくださいまし」 

「……ああ」

 

 一夏は、ただ静かに頷いた。

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